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「わかりました、今回は特別にこの場で預からせていただきます。その代わりといってはなんですけれど、報酬の方はもう少し弾んでもらうことになりますがそれでもよろしいですか?」
深波の耳打ちもあってか、紅は依頼者の要求をあっさり飲んだ。
普段、ジェネラルストアでは依頼の急な変更への対応はしない。一つ要求を飲めば二つ三つとどんどん要求を増やしてくる依頼者もいるし、並行して行っている他の依頼にも影響が出かねないからだ。
しかし、今回は話が違う。預かるという契約で受け取りすら困難になってしまっては元も子もない。ただでさえジェネラルストアは学生の部活という時点で世間からは軽視されがちだというのに、契約を履行できなかったという尾ひれがついてしまっては所詮は子供のお遊びだったかと同業者になめられてしまうだろう。だが、そんなことは紅のプライドが許さない。なんてったって、紅は子供だからという理由でバカにされる事が大嫌いなのだ。
それに、依頼者の覚悟を試すために報酬を弾んで貰うなんて口にしたが、紅にこれ以上報酬を貰うつもりはなかった。依頼者が渋ったとしても今回は特別ですよと口にしていたのだ。それなのに、依頼者は依頼料も確認せずに二つ返事でそれを了承した。その態度に紅は今回の依頼は一波乱ありそうだと、まだ見ぬハプニングを想像し口を緩めた。その姿を横で見た深波は、やっかいな仕事が増えたと頭を抱えたのだった。
依頼者がネックレスを置いて帰って数時間、深波たち3人は誰がネックレスを管理するかでもめていた。ジェネラルストアがあるのは一般的な学校の中。きちんとしたセキュリティもなければ、戸締まりだって完璧とは言えない。そんなところに大事な預かりものを放置して帰るなんて無防備にも程がある。
部室には部費で設置した金庫があるが、そんなもの金庫ごと持ち去ってしまえば中身を盗むことは簡単だ。つまり、そんな箱の中に荷物をいれるくらいなら、誰かが持ち歩いていた方が安全なのだ。そして、いつもなら依頼物を管理する担当が持ち帰るのでもめ事は起きないのだが、今日に限ってそいつは顔を出さなかった。そして誰が持ち帰るのかと言い争っているわけである。
「責任もって部長が持ち帰るべきです」
というのは深波が。
「いやいや、そういうのは副部長である未知の担当だよ」
と紅が。
「そんなこと言って、新人は何事も経験なのよ?」
と未知が。
ぐるぐると三人の間で手渡されるネックレスは、責任を負いたくないがためのたらい回にあっている。
「私はか弱い女の子なんですよ?もし暴漢にでも襲われたらどうしてくれるんですか!」
か弱い女の子は自分でか弱いとは口にしないと思うのだが、彼女たちの会話はそんなことを考えられないほど白熱していた。
「安心して、深波ちゃん。ここにいるのはみんなか弱い女の子よ」
深波の手を包み込むように自分の手を重ねながら未知は言う。
「そうそう。だからお姫さん、後はよろしくね」
ぽんっと優しく叩かれた肩に、深波は目に見えない重石がのせられたような気がした。嫌な予感がしてきたころには紅と未知は部室の外に足を伸ばしていて、深波は急いで後を追うものの追いかけようにも猛スピードで小さくなっていく背中を見つめながら、深波は先輩との経験の差を思い知らされた。