第六章 レジストとC言語
「このレジスト、大事なレジストだから触っちゃ駄目よ」涼子が強めの口調で伸也に話していた
「この、ポジ型レジストだよね、分かった。本田さんにも言っといた方が良いよ」
NVL棟クリーンルーム内のことである
先日1GDRAMの完成披露パーティーが有ったばかりでした
涼子は光顕でウェハーのパターンを確認していた
「うん、出来てるわ」
学会用に0.05μmのホールパターンをレジストで成型していた処である
「後は、SEMと断面SEMね」涼子は囁く様に考えた
数日後、「こんにちはシュプレイの宮里です」
涼子はレジストの結果を報告した
「こんにちは、あの新しいレジスト使えますよ」
「そうですか。良かった、混合率を従来のとは変えてみたので如何だろうと思ってました」
「はい、これからはこの混合率でお願いします」
シュプレイは化学薬品のメーカーである。涼子とは新型レジストの研究開発を協同でしていた
U棟事務所にて
「EB直接描画ですか」Lシの加本さんだ
「はい、将来的にホール形成には直描が必要となります」涼子が鬼気迫る勢いで加本さんに喋り掛けている
涼子は思った「ここで直描のアピールをしておかないといけない」
「分かりました。考えさせて貰いますね」加本さんは自分のデスクへ引き返して行った
「あっ、伸也だわ、またなんかぶつくさ言ってる」
「よう、木村さん。完全復活したんだ」
「そうね、それよりОHPできたあ?」
「もう少しだね」
「明日の会議で発表の練習させてもらえるんでしょ」
「頑張る~ふんが~」
「大丈夫かなあ?それより本田さん知らない?」
「今、部長室で直描装置のアピールしてるよ」
「へ~」
「お昼、まだやろう?カレー食べ行く?」伸也が珍しく涼子を誘った
「ОK、早食いはやめてよね」
U棟計算機室にて
「う~寒い」
涼子がホールパターンのデータ変換をしている
真夏だと言うのに着ているのは冬物だ
計算機室は常に気温十五度に保たれていて、流石に寒いのであった
伸也はその点鈍感なので、気にした事が無かった
「このプログラムね」涼子はデータ変換のプログラムの改良を命じられていた
数日後
「はい、分かりました」涼子はLシ転属が決まった。後のUシである
「これからC言語の腕前を上げてもらうから」加本さんに木村は期待されていました
「加本さん、一人前のプログラマーになるのにはどの位掛かるでしょうか?」
「一人前というのは人其々だね、情報処理試験とかシスアドとか何か目標を持つと良いよ」
三ヵ月後
『新しいカテゴリーによるEB直描用データ変換プログラムPROXについての実証検分』これが涼子の応物での発表の表題である
「~最後に新しい直描用データ変換によってこの様にレジストパターンを形成できました」涼子の発表が終了した
会場では一人拍手をする人がいました。それをよく見たら本田さんでありました
涼子は少し恥ずかしかった
涼子は本田さんにテレパシーを送った「有難う」
発表終了の数週間後
「U棟クリーンルームにEB直描装置が入るんだって」そういう噂が広まっていた
「駄目駄目、内密らしいから」
何故か皆、内密にしたがるのであった
研究所というのは内密な話を好んで内密でないかのように喋っている場所である
その布石として本田さん、中本さんそして涼子は、既にU棟クリーンルームへ進出していた
名目はレベンソンの開発である
涼子が中本さんに言った「もう少しでタバコの時間じゃないですか?」
「お、そやな。このロットSEMに入れといてくれる?」
「いいですよ」涼子は8インチ用の収納ケースを抱えてSEMのある所まで歩いた
「伊藤君がいたらもう少し楽になるだろうに」涼子はそう思った
伸也が復帰するのは、この二ヵ月後の事である
しかし、伸也はシーケンサのプログラマーになるのであった
ある日、U棟事務所に8インチ用のでかいウェハー収納ケースを抱えた中本さんがニヤニヤしながらクリーンルームから戻ってきた
そして、涼子に「出来たぞ」と言い笑った
「え~レベンソン出来たんですか?」
「ふふふ是からが大変だぞ」中本さんは勝ち誇ったように涼子に語った
そして、収納ケースをデスクに載せスタスタとタバコを吸いに行った
涼子は本田さんにテレパシーを送った「U棟でEB直描用のレジスト開発させて下さい」
「NVLとは、もうお別れだね」本田さんからそう言われた涼子だった
「是からはU棟の時代ね」涼子は悲しげに囁いた
「U棟の次は西条工場だよ、西条工場には今年入った加納君に行ってもらうことにした」
「大丈夫なの?」
「うん、一人じゃないよ」本田さんから「伸也も行くから」というテレパシーが入った
「そう、それなら大丈夫ね」
涼子は久しぶりにNVL棟へ足を運んだ
そして、今まで実験に使ったウェハーを片付け始めた
シュプレイの最新のレジストだけは、U棟へ持っていくため大事そうに袋詰めした
涼子はNVL棟の工場長に挨拶をしに行った
「今まで、お騒がせしました」
「ま、元気にやってください。U棟ですよね?」
「はい、700Dはこのままですが」
「時代の流れは早いね、じゃあ」
「有難う御座いました」涼子はNVL棟を後にした
涼子は化学科出身であるため当初からレジストの開発に積極的に参加していた
新しいレジストの開発は直描技術では不可欠なものであり、0.05μmのホールを形成するために様々なレジストが考案されていた
「こんにちは、シュプレイの宮里です」
「あ、どうもこんにちは。また、新たなサンプル有難う御座います」
「いろいろ、此方でも試していますので。実際に使った感想等、お願いします」
「えぇ、うちのEB装置は今のところ50keVなので参考になるか分かりませんが、此方こそ宜しくお願いします」涼子はこの時はまだ、ずっとレジスト開発をすると考えていた
いつの日からだろう、プログラムに目覚めたのは?
密かに涼子は神山さんにC言語のプログラムのテクニックを教わっていた
「今日は、サブルーティンの上手い処理方法をやります」
「はい、宜しくお願いします」涼子はディスプレイを真剣な目をして覗き込んでいた
「~こういう風にサブルーティンは処理すると良いよ」
「有難う御座いました、またお願いします」
涼子は「1Gの次には、また新しいプログラムが必要になるはずだわ」と思い、その時までには一人前のプログラマーになっておきたいと考えていた
「レジスト開発は如何しよう?」涼子は一人悩んでいた
『どうしたらいいの?』とメールを本田さんに送った
『自分の信じた道を行くのが良い、何でも挑戦してみては如何ですか?』本田さんからの返信であった
涼子はVAエックスのディスプレイの前にいた
ユーザー名前 『EXE2』 パスワード『DATAEXCHANGECONTROL』
「新しいPROXの作製ね」涼子が珍しく考え込んでいる
いつもなら何でも即決、思考回路は素早い方だったのだが
――レジストがプログラム作成を邪魔する
「レジスト開発を後輩に本当に譲ろうかしら?」
伸也にテレパシーを送った
返事は無い
数分後
「中本さんに相談したら良いよ」返事があった
「うん、そうする」涼子は頷いた
その日の夕刻、U棟喫煙室にタバコを吸わない涼子がいた
話し相手は中本さんだった
「そうなんです、集中できなくて」
「それでレジストを辞めたいと?」
「はい」
「両方やってみなさい、時が来れば何かが分かるだろう」
「え」
「きみなら出来る。それより、ここ煙たいじゃろ?伊藤はここで、情報漏洩しとる。ま、情報収集かな。奴は帰ってくるぞ、新しいスキルを身に付けて」
二人は喫煙室からU棟クリーンルームへ消えていった
「スーパー宙ぶらりんは今頃何してんだろ?」涼子がそう考えていたとき、U棟クリーンルームの館内放送が響いた
「新リソ木村さん、新リソ木村さん・・・」誰だろう
「はい、木村です」
「あ、どうもU新メモリの下木です、最新鋭のNAND型フラッシュメモリーの事でお話があって」
「え、じゃあ今すぐそちらに向かいますから。事務所ですよね?」
「今C棟の設計ツール室なんですが」
「それなら十分くらいで行けますから」
「そりゃあ、有り難い、宜しくです」
涼子は何となく嬉しかった。何が嬉しいのかは分からないが
「伊藤が帰ってくるらしいよ」本田さんが涼子に告げた
「そうなんですか?今何処にいますか?」
「多分計算機室だと思うけど」
「へ~今からC棟に行かないといけないんですよ」
「え、なんで?」
「内密です」
「そっか、まあいい。その後、伸也のところに行ってあげてくれ」
「了解」