第五章 プログラマー
何故か、伸也はU棟クリーンルームの一番奥のEB直描装置室にいた
「等々こんな日が来たのか?」伸也は呟いた
そこには、当然の事ながら本田さんの姿もあった
「お久しぶりですGL」伸也は本田さんに近寄った
「久しぶりだね、3年かな?」
二人は再会を祝した
新型EB直描装置HL800DGを眺めながら、二人は話した
HL800DGは200keVでHL700Dは50keVだった
この違いは、電気の勉強をした人なら分かることだろうが
HL800DGは性能が段違いであった
真新しい直描装置は真っ白なボディーに銀色の鏡塔、見るからに新品である
ウェハーは8インチであるため、搬送装置もかなり大き目だ
シリコンウェハーは8インチ、流石にでかい
「この制御盤でHL800DGの周辺装置を動かしているんだが、中にあるシーケンサの制御プログラムの点検をして欲しい」本田さんに伸也はそういわれ、肯いた
今では、本田GLである
「GLか」伸也は呟いた
直描グループはU直描Gとして復活していた
どうやら問題は山ほど有り大変な毎日を送っているらしい
「木村さんはどうしたんですか?いや、本田婦人ですかね?」
「希望どうりプログラマーやってるよ」本田さんは答えた
「C言語のプログラマーは引きて数多でね、今Uシミュレーショングループのマスコットガールだって」
「UシのGLと言えば、あの加本さんですよね、凄いなあ木村さん」
伸也は人事とは思えないような喜びを本田さんに告げた
「ここのウェハーを動かす駆動輪用のリレー回路を保持回路にしなくては手作業の効率が上がりませんね」パソコンでシーケンサの回路を真剣な眼差しで見ている伸也達であった
「噂によるとマスクにも直描にも使用できるレジストが開発されたそうですね?」
伸也は最新の情報だと言わんばかりに、本田さんに言った
「それは、内密な事なので他の人には言うなよ、そうなんだ出来てしまったんだよ」
「内密なのか?」伸也は呟いた
HL800DGは予想を遥かに上回るスピードを持っていた
「これなら、ライン化も問題ないな」
「これが、4GDRAMの設計データですか?」
本田さんは、新型の4GDRAMの設計データを伸也に渡した
「これとは別に、NAND型のフラッシュメモリのデータも明日手に入るんで、それも序でにデータ変換しておいてくれないか?」
「はい、喜んで」
久しぶりに本田さんとカレーの早食いをした伸也であった
「ところでU直描の直描装置の運転担当者にならないか?シーケンサもC言語もそれとVAエックスのVMSも解る君が欲しいんだが」本田さんがいつになく強い口調で伸也に話した
「それは、今やっている制御盤設計を辞めろと言うことですね」伸也は小声で呟くように本田さんに伝えた
日記に一言こう記した(HL800Dか、3年遅れたな)
伸也はセレナをグリーンのFITに乗り換えていた
FITは出荷されるようになって、1、2年という最新のモデルで、以後十数年売り上げトップクラスの車である
大阪鶴見区の鶴見緑地公園までFITを走らせ、緑地公園の駐車場に車を止めた
緑地公園は丁度桜が満開で日曜日と言う事も有って、子供連れの家族や、マラソンをする人など沢山の賑わいをなしていた
公園のベンチに座り、伸也は一人考え事をした
『制御盤の設計者と直描装置のエンジニアか』
どちらを執るか?両方は無理だ
伸也には二足の草鞋は履けないと思った
桜の花びらがパラパラと伸也の目の前を舞っていた
プルルル・・・
携帯の呼び出し音である
「もしもし、伊藤ですが?」
「おお、伸也。今、海物語で確変引いたんだけど」鈴本だ
「へ~そりゃあ目出度い事で」
「どうやったら、確変が連荘になるんか教えて欲しいんやけど?」
「はは、それは監視カメラに向かってガッツポーズをするといいよ」
蛸(1)、亀(3)、海老(5)、ジュゴン(7)そして蟹(9)が確変である
確率変動は二分の一なので、五連荘するには二分の一の五乗、約3.1パーセントの人が五連荘することになる
と言うことは一島に一人以上は五連荘する人が現れる事になる
これは連続する時間の中でのひとコマに過ぎず、一時間に二箱が消費されるものとすると、約一時間に一人以上の確変GET者が誕生し、島はドル箱でいっぱいになる
これは、台の設定にも依るが、約360分の1で全台を回し続けたときの、大体の目安として欲しい
何故か運良く十二、三杯出している人がたまにいるが
これは、店のサクラにすぎない
島にある電源交換機によって意図的に大当たりを出しているのだ
これを信じようと信じないとでも、実証に基づいての結果論である
海物語については裏ザメ理論なるものが存在している
これについては、インターネットで調べて欲しい
伸也は阪神高速へ向かい、FITを走らせた
今日の晩御飯はククレカレーの辛口
三十歳を越えた伸也は1LDKのマンションで一人暮らしをしていた
「そのうち、実家の母親を呼ぼう」伸也は何年も前からそう決めていた
「田本さん、僕には設計者になる実力がありません、それに他にやりたい事が出来ました」伸也は田本さんに相談した
あまりに身勝手すぎると自分でも思ったが田本さんならいい助言をしてくれると思い、返事を待った
「駄目、あと3年制御盤の設計とシーケンサのプログラマーやってもらうから」
意外な返事であった
伸也はあの時プラスドライバーを持ち設計者井本部長の姿に立ち竦んだ自分を思い出した
伸也は制御盤を造り続けた
月日は過ぎ3年後
「え~第1シーケンサ室から制御盤操作室へ、回転数をトップまで上げます」伸也の声である
いつになく張りのある声でインカムに喋っていた
「ОK操作室の回転数は今丁度1000rpmです」
「じゃあ、随時回転数を観ていて下さい」
「・・・これで、試験運転を終わります、お疲れ様でした」
製鉄所の制御盤の試験運転を伸也達のチームがし終えたところでした
「本当に、辞めちゃうんですか?勿体無いですよ」伸也の後輩加納が残念そうに伸也に問いかけてきた
加納は何処となく昔の伸也を髣髴していた
「やりたい事があるんだ」
「へ~そうなんですか?人生一度きりですからね」
二人は田本さんに連絡を入れNОAHに乗り込み、福岡の夜の街へ車を走らせた
「お疲れ様でした。カンパ~イ」加納が気勢を上げた
二人は一晩中飲み続けた
「8Tフラッシュメモリーですか?」伸也は驚いて聞き返した
相手はU新メモリの下木さんだ
8Tフラッシュメモリー、デザインスケールは最小0.05μm,フローティングゲートの幅である
「ゲートは直描でなくては出来ない、あとホールも、執り合えずデータ渡すから、何処に送っておけばいい?」
「じゃあ、U直描のVAエックスのデータホルダーに、EBDIRECT/ITOです」
「宜しく頼むよ、誰かに言わない様に、内密だから」
久しぶりに伸也はU棟の計算機室に足を運んだ
そこに木村がやって来た
「やあ、元気~?」伸也はかなり大きめの声で話しかけた
「忙しくて、暇がな~い、伊藤君こそ元気かな?」
「そだね、涼子婦人、0.05μmのホール出来たんだよね?」
「あ~あれね、ホールは幾らでも小さく出来るから、なにが婦人なんだか」
「え、じゃあ0.01μmとかも?」
「レジストによるわね、それに50keVだから・・・」
「ふ~ん、今何やってんの?」
「計算機の計算速度向上のカテゴリーをシンメトリーに・・・」
「全然分からへん、ねえメールアドレス教えてよ」
「いいわよ、頑張ろうね、期待されてるんでしょ?」木村からの激励の言葉であった
二人は計算機室のディスプレイに向かって、喋り続けた
伸也のデータホルダーに見知らぬ名前の設計データが入っていた
その時メールの着信音が計算機室に響いた、伸也の携帯であった
『800DGの総合試験運転をします。暇があればU棟クリーンルームへ来てもらいたい』[本田]、本田さんからのメールだった
「8Tなんて、超新型だよなあ」伸也はかなり大きな声で呟いた
「え~それではEB直描の製造ライン化に伴い総合試験運転を行います」本田GLが驚くほどの大きな声で、挨拶をした
「この8インチウェハーはNAND型フラッシュメモリーの回路をフィールドまでの行程を通過した物です。これに、ホールの描画データをEB直描してレジストパターンを形成させます」本田さんの説明であった
直描装置室には製造ラインの関係者、他のプロセスの技術者、その他興味のあるものが来ていた
「先ず、レジストの塗布からですね、次に乾燥、そしてEB直描装置に搬送します。搬送が終わると、第一真空ポンプ室の扉が開きウェハーを一枚ずつ取り込みます」本田さんの丁寧な説明が続いた
「おっ木村さん観に来たんだ」伸也が無塵服の木村をみつけた
「ちょっと気になって」
「やっぱり、あれかな旦那さんがリーダーになったから?」
「もう、そんなことより流石に速いわね800D」
二人にはHL800DGが輝いて見えたのであった
「700Dはどうなったの?」木村が懐かしげに聞いてきた
「あれねライン化されたらしい、だからもう製造ラインの持ち物になったんだって」
「へ~凄いわね、毎日プログラムばかりを見ていたんで知らんかった」
「僕も一時期仕事を離れていたから、人から聞いた話だけどね」
「ふ~ん」
「そういう事も有って西条工場にも行かないといけないんだ」
「そうなの?」
「どうも、本田さんが粘り強くライン化を進めたらしいよ~徹夜続きで体がもたんって言ってた」
「そういえば、朝帰りばかりしていたことがあったわ」
処でU棟クリーンルームは8インチ対応のためSEMも当然8インチ対応である
SEMの横にはMACが有り、MACで設計パターンの画像を写し出していた
伸也はまた宙ぶらりんな立場に立つこととなった
それは、ある真夏の太陽が照りつける暑い季節でありました
伸也はFITを走らせ西へ、何故か後輩の加納と西条半導体製造工場へと向かい走っていた
それはEB直描装置納入の為向かっていたのであった
西条工場は8インチ化されて間が無く、グレーティングの至る所が空間を成していた
工場の班長向園PLが伸也達に説明をした。PLとはプロセスリーダーである
「ここが、EB直描装置を備え付ける予定の場所です。そして、この横にレジスト塗布装置と現像装置を備え付けます」
「なるほど、これがれいのブラックボックスですね」
「そうです、この場所にシーケンサが入ります」
加納が興味有り気に「このシーケンサのプログラムを任せて貰えるんですね?」
「そうなりますね」班長が加納の方へ向き喋った
「第1~第4シーケンサまで有りますので、宜しくお願います」
「分かりました。全力を尽くします」加納が力強く返事した
翌日、西条工場にて
「今日の午後、直描装置届きます」班長が伸也達に話した
昼は大急ぎでカレーを食べ、装置の到着を待った
間も無く装置は10トンのカーゴに載せられて到着した
中を見るとウレタンに包まれた真っ白なEB直描装置が載せられていて、鏡塔は別にされてあった
「とうとう来たか」伸也は呟いた
夢にまで見たEB直描の生産工場への進出である
伸也はメールで本田さんに『西条への直描装置納入終了しました。これから配管等の工事が有るそうです。試運転は早くて一ヶ月後でしょう』と送った
返信で『納入お疲れ様でした。これからが本番です。計画がいろいろ有り、今整理中です』とあった
伸也は直描装置の制御盤の図面を手に取り、食い入る様に眺めていた
西条工場では1GDRAMの量産体制を本格化させようとしている最中で、毎日が慌ただしく過ぎていた
ある日のU棟計算機室にて
「これが、新しいカテゴリーを使った新プロックスなのよ」木村が伸也に説明していた
「NPROXか、分かった。使い方は従来のと同じなのかな?」
「そうね、同じよ。でも、スピードが遥かに速いわ。使ってみると分かるわよ」
「うん、有難う」
「頑張ってね」
大容量のデータ変換が遥かに早く出来る様になった
時間短縮というのは作業の効率化に断然役立つ
「いよいよ、西条工場でEB直描が始まるんだよね」伸也からのテレパシーである
「凄いわね、私も見物に行ってみたいわ~」木村は返事をした
「行ってみたら、木村さんなら顔パスだよきっと」