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新ころころ日記   作者: 今長祐司
3/10

第三章   震災

とある昔の話し、伸也がある日の日曜日ジーパンにダウンジャケットというラフな格好で愛車プレリュードに乗り込み、日本橋の電気街に足を運んだ

電気街には夢が溢れ、若い男子グループや変な人や普通の人、老若男女問わずいろいろな人が歩いている

まるで皆冒険家のように

日本橋外れのローソン横に車を止め、伸也はMACの有る電気屋に立ち寄った

お目当てはLC630当時最新の機種である

その頃ノートパソコンも売られるようになったばかりで、結構いい値段がした

伸也は悩んだが、結局10回のローンを組みLC630を手に入れた

帰りの車の中、サザンの『勝手にシンドバット』を聞きながら、LC630を手に入れた喜びを噛締めた

Ⅴ‐TECは高音を響かせ、プレリュードの長いボンネットが風を切り裂き阪神高速を駆け抜けた

この時はまだ震災が起こるなんて考えてもいなかったのだ

「今日は量子力学について少し勉強しようかな?」伸也は呟いた

波動的量子力学は1926年シュレディンガーによって確立された

今日の原子や電子、素粒子などの粒子を扱う場合に於いて、位置と運動量が同時に双方を正確に測定出来ない、これを不確定性原理という

これによって粒子や電磁波の振る舞いを理解することが出来る

そして物性物理学のほとんどの領域をカバー出来ている

しかし、量子力学と相対性理論を合わせた理論の書物が望まれるが、まだ未だには完成されていないらしい

シュレディンガー方程式は量子力学にとって大変重要な方程式であり有名である

L直描Gにはそんなことが関係ないわけではない

とは、はっきりいえず、電子の振る舞いを量子力学的に観てデータ変換をするのであった

それが、近接効果補正であるが

兎に角電子が変な方向へと飛び回らなければ、それでいいのだ

伸也は思った

「古典力学で充分じゃん」(古典力学とはニュートン力学のことである)

然しながらやはり、現実は違った

量子論は今の工学には不可欠なものであり

超伝導などの素子を造る場合にも量子論は欠かせない

自宅の部屋で伸也はシムシティーをしながら、量子力学の本を眺めた

そこへ鈴本が帰宅してきた

「お帰り、処で電子って目に見えないよな」いきなり伸也は鈴本に声を掛けた

「そだね、小さすぎるんじゃないの」

「大きな電子ってあるよねえ」

「え、なに」

「地球っ」

「それは大きいよな」

「でも古典力学で行けるから、電子とは違うんじゃないの」

「それなんよね、難しいのは」

「電子はスピンが有るからねぇ」

 (今晩は報道ステーションです~)

「もうこんな時間か?」

「早いよねえ、一日って」

「明日は休み取るよ」

「え、明日有給取るの?いいねえ、火曜だよね何すんの?」

「友達とテニス」

「そうなんだ」

「じゃあ、おやすみ~」

日記に記した

(量子力学か、懐かしいな。シュレディンガー方程式か、憶えたなあ)

数時間後、午前5時46分

グルングルン・・・ががが

ゆっさゆっさと床が動いていた

まだ外は真っ暗闇

ぐらぐら、ばたんばたん、本棚が飛んできた

あたり一面本だらけ

確か横方向の揺れが激しかったようだが、寝ていて立ち上がる事さえ出来なかった気がした

そう、阪神・淡路大震災の朝である

忘れもしないあの朝、1995年1月17日

長い横揺れが暫く続き、外ではバリバリという音がしていた

やっと揺れも治まり暗闇の中、伸也がきづいたのは朝6時

テレビでは頻りに震災発生当初の状況を放送していた(~では火災が発生し~)

あの時、伸也は驚きのあまり気絶していたようだった

目覚めてすぐ、実家へ電話をし、無事を伝えた

「もしもし俺は大丈夫だから、凄い揺れやったけど、心配せんで良いよ」

「そうかね、気を付けなさい」母はかなり心配していた

家具等は散乱していたが、伸也達のマンションは幸い何事も無かった

「研究所はどうなったのだろう?鈴本、今日どうする」

「出勤するよ」

急いで支度をし、鈴本と走って出勤した

着くと研究所のみんなが既に出勤しており、みんなは広い食堂に集まっていた

「おお、無事だったか。凄い揺れだったよな」

本田さんが伸也の無事を確認した

研究所は震度6強の揺れを受けていた

「多分直描装置が動いているだろうな」本田さんはグレーティングに地下置きのEB装置の心配をしていた

「見に行きましょう」伸也は、そう本田さんに言ったが

「中に入るのが制限されているらしい」

装置の無事を確認することが出来たのは、それから3日後の事であった

シーケンサーの入った制御盤が横倒しになっていた

流石にEB直描装置は倒れてはおらず、電源が非常停止になっていた他は異常は見られなかった

研究所に危険物は山のように在るが、それらは幸いな事に爆発など無かったらしい

もし、シランボンベが漏れていたら、恐ろしい話である

その日、帰宅後部屋中の物が散乱しているのを、伸也はどこから片付けるか迷っていた

日記に願うように記した

(阪神・淡路大震災で被害を受けた方々の御冥福をお祈りします)

伸也はU棟の喫煙所にいた

タバコの火を消しながら、伸也は中本GLに尋ねた

「新型のEB直描装置はいつぐらいになるのでしょうか?」

「それは予算の取り合いだから、分からないな」

「もちろん日立ですよね」

「HL800Dか、難しいな」

「あれしかないですよ他は・・・」

「今回の震災で中研なんかが、かなり被害を受けたそうだ」

「中研は中研じゃないんですか?」

「UL研も中研との関係が断ち切れないからな」

「悔しいです」伸也はタバコをぷかりと噴かすGLに訴えた

伸也はコーヒーをデスクに持って行き考えた

「UL研は1Gフラッシュメモリーを如何したいのだろうか?」

1GDRAMは試験的運用を間近にしていた

「ゲートとホールは直描を使わざるを得ないだろうに、今の方法では量産なんて難しいだろう」

方法と言うよりも、装置の問題だ

未来への投資なのに、上の者は分かっちゃくれない

伸也はそのことを考えると、やる気をなくす思いがしてならないのであった

その年のHL800Dの納入は難しいとされた

となると中古のHL700Dしか持っていないL直描Gは解散、自然消滅ということにならざるをえないのであった

日記に記した

(HL800Dが導入されないという事は、俺達の存在価値が無くなるという事だ、転職しようかな)

 その一ヶ月後、L直描Gは新リソグラフィーGという新しいグループに吸収合併されることになった

本田さんはL転写Gのレジスト開発に本格的に参入することになり、木村は新リソGのレジスト開発の担当者となった

技術だけは残そうと言う事なんだと伸也は内心理解した

伸也はデータ変換技術を残しておかなければいけないため宙ぶらりんの立場に立たされた

一応、新リソGに机を貰い、レベンソンの開発へと事を進めていくことになった

伸也はレベンソンのシミュレーションを任された

何故か伸也はパソコンの画面を見つめて、OHPの手直しを進めながら心で泣いた

コーヒーが冷え切っていた、それを伸也は啜った

 処で古典力学とは、ニュートン力学つまりマクロな物質の運動に関しての研究に使われている

物体の動きとかロケットの軌道などに正確に適応されていた

対して量子力学は分子や原子、電子の粒子と波動の二重性を扱うこととなる

古典力学に足りないものそれはスピンであり、それを補った理論を量子論といい、量子力学という

これを使用し物性物理学が存在する

詳しくは、物性物理学の参考書を見てもらいたいものだ

 伸也は学生時代、物性物理学研究室に在籍していた

そこでは、ソフトマター物理学を研究してる、広本教授の下に就いた

それは、高分子や液晶などのソフトマターを扱い、伸也はガリウムフタロシアニンという高分子の物質の磁性を研究するのに携わった

昔々ある朝、電話が伸也にあった

「早く起きて実験室に来るように」

広本教授からの電話だった

伸也は「はい、すぐ行きます」

飛び起きた

えっもう九時だ

伸也の愛車『シティーターボ』が唸りを挙げた

黒塗りのステッカーだらけのシティーのターボメーターが全開で急ぎ、大学のキャンパスへと飛び込んだ

すぐに物性研の実験室に入ると、大久保君が電磁石の調整をしていた

「遅いよ、伊藤」

「ごめん、朝は苦手で」

大久保君はガリウムフタロシアニンの入ったガラス管を持ち、こう言った

「ま、この実験二人いないと始められないからね」

「今日、広本先生は?」

「学会」

「そうなんだ」

教授は物理学会に出かけていた

それで電話があったのだと、伸也は理解した

そうしているうちに、昼休みとなった

「アモルファスや希土類のみんなは?」大久保君に尋ねると

「昨日から徹夜で実験したんだって」

「それで、今寝てるんだ」

「そう」

「今日も昼から頑張るよ」

「今日はX線撮るからな」 

「美味いなーこのカレー、学食はカレーだね」

この日ガリウムフタロシアニンのX線解析を二人はおこなった

 帰宅した伸也はビデオでミラ・ジョボビッチのバイオハザードを観ながら、またもやカレーライスを食べていた

伸也はどんな料理よりもカレーをこよなく愛していた

U棟計算機室にて

VAエックスのディスプレイを眺める伸也がいた

伸也は身長170cmとごく普通の体格であったが、その傍らに身長147cmの木村が真剣な眼差しで、ディスプレイを覗き込んでいた

「これがサイジングのプログラムで、新たにデータ同士をカップリングするプログラムを作ってくれだって」

「どのくらいの期間で作るの?」

「さあ一ヶ月位かなあ」

「やってみる」

「これが出来るとレベンソンが完成できるんだよねえ、中本GLも期待してるらしいよ~応物の発表は僕か木村さんのどっちかにやって欲しいらしいよ」

「GLって何でGLなのかしら?」

「それが、なんでも転勤を断ったらしい、自分家の米作りを優先したんだって」

「それで未だにGLなのね」

「あの人柄なら部長になっても、可笑しくないのにね、じゃあ頑張って」

伸也はNVL棟へ足を運んだ。その途中C棟設計ツール室を通り掛かると、入り口の一番手前の設計ツールに同僚の佐藤がいた

「佐藤も設計してたんだ?」

「うん、新しいチップの集積率を上げるための設計データの一部変更で」

「みんな、設計に行きたがっているって噂だぜ」

「それは、内緒」

「内緒?結局みんな派手な方向に向かってるんだね」

「考えることは皆同じじゃないの」

伸也はNVL棟へダッシュした

この日、伸也は震災後NVL棟へ初めて入ることになる

描画したシリコンウェハーがグレーティングの至る所に散乱していた

伸也は悲しくなった

横倒しになっている制御盤のシーケンサーへパソコンを繋ぎ正常に起動するのか確かめてみた

VAエックスからEB直描装置に繋がる配線も調べ、図面通り繋がっているのか順番に接点をチェックした

そして、自動停止した直描装置の電源を入れ再起動できるか調べてみた

「機械的には故障はしてないな」と伸也は思い、重い制御盤を立ち上げようとしたが一人では無理なことがわかり、制御盤はそのままにして他を見る事にした

「冷却水は如何なんだろう?」

水漏れは無さそうだが、不審に思いグレーティングの下を覗き込んだ

そこは、配線だらけの薄暗い闇で伸也は懐中電灯でそこを照らし確かめてみた

幸いにも配線に水が掛かるなどの漏水は無く、シリコンウェハーの破片が散らばっているだけであった

阪神・淡路大震災では、兵庫県東部から大阪府、京都府、淡路島北部へ甚大な被害が有り、日本のみならず世界中に驚きを馳せたのであった

「ひどいな」伸也がEB描画室で呟いた

「これで、開発の早さが1年、いやもっと2、3年は遅れるな」

当然の事ながら、製造ライン全体が震災の被害を受け修復するのには、有に半年は掛かるとされていた

700DのU棟への移動の話も出ていたが、是で駄目になるに違いない

 日記にこう記した

(阪神大震災によって、数々の財産を失った。私も開発のスピードを早める気力を失った)

 1月20日金曜日、週末の気配を事務所一面に感じる出勤であった

「さ、NVLへ行くか」

伸也はOHPの手直しをしたフロッピーディスクを大切そうに持ちNVL棟へ走った

途中、超清浄Gの黒本とすれ違い、おはようの挨拶を交わし走った

いつも黒本とは、ここですれ違う

「黒本は早起きなんだなあ」伸也はそう思った

NVL棟の入ってすぐの休憩室で一服をし、クリーンルームへの入り口から飛び込むように、エアールームを抜けグレーティングの上を小走りにEB描画装置室へ向かい扉を開きすたすたと直描装置の脇へと行き、倒れている制御盤を乗り越え、電子回路の状態を見るべく、直描装置のシーケンスプログラムを眺めてみた

そして、徐にEB装置本体の電源を入れてみた 

ビームの調節は必要だが震災の影響でスティグマ等のビーム状態を表す数値は正常であった

伸也は電話を執り、本田さんに報告することにした

「もしもし、本田さんですか?EB装置の制御盤が倒れているので、起こしましょう」

「いいよ、今から行くから」

「お願いします」

伸也はEB装置の傍らにあるレジストの缶をかたづけはじめた

「ゲートのロットは大丈夫かな?」伸也はプラスティック製の箱を持ち上げ中身を満遍なく、調べたのであった

 断面SEMでレジストの仕上がり具合を観るにはシリコンウェハーをそのパターンの上で割らなくてはいけない

その為パターンは目で観て分かるぐらいの大きさにされており、そのウェハーはどうも無事であった

日記に記した

(震災の爪跡は激しいものであり、失うものが大きすぎた、しかし我々は歴史をきざむ)

時は過ぎ、伸也はプレリュードのV‐TECをぶん回し、復興した中央研究所へと、急いだ

中研は、塚口の工業団地にあり、そこの大会議場で今日1GDRAM完成披露パーティーがおこなわれた

「1GDRAM完成おめでとう」

場内アナウンスで司会の中研所属のグループリーダー池本さんが挨拶をした

ひそひそと伸也は本田さんに話した

「こんなパーティーするなんて、凄いですね」

「俺たちも一応関わったからね」

「あの人が、中研の所長ですか?初めて見ましたよ」物珍しそうに伸也は観ていた

「これで旨い事、製造ラインに乗せることが出来れば未来は明るいだろうね、漸く復興というところだね」

「誰かが、製造ラインへは行かないといけないですよね?」

「当たり前だ、誰かが行くことになる」

「僕、立候補しようかな」

「研究所を見捨てるつもりか、きみは」

伸也は僕でなくても人はいっぱいいると思った

伸也は向かいの席に座っている木村さんに尋ねた

「木村さんはこの先ずっとレジストやるの?」

「私は、プログラマーに転向します」

「え、まじで?」

伸也は驚いた

あまりの驚きに、ビールを一気飲みした

「C言語だよね?」

「私少しなら、出来るから」

「じゃあ、これから勉強するんだ?」

「プロのプログラマーになります」

「レジスト開発は?直描は?如何すんの?」

「後輩に譲ろうと思って、ふふふ」

 伸也は密かにデータ変換のプログラムを見てプログラムの勉強をしていたので、その時木村と一緒に勉強したいなと思っていた

然しながらC言語のプログラムは伸也には難しくなかなかマスター出来なかった

日記に記した

(プログラマー、なんていい響きだ。憧れの職業だな、無理でも勉強しよう、それからシステムアドミニストレーターの試験を受けよう)




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