第04話:五鬼
肩口をさすると、水城に斬られた傷はかさぶたになっていた。
水城と戦ってから2日が過ぎた。
属性者の自然治癒能力は常人のそれを遥かに凌駕する。
あの程度の刀傷なら数日で完治する。
「澪奈ちゃんと仲悪いみたいだけど…何かしたの、空?」
「いや、少なくとも嫌われるようなことはしてないと思うんだが…」
変わったことと言えば、戦ってからの水城の態度だった。
あからさまに敵視してきていた。
廊下で会えば睨まれるし、学食で隣に並ぼうものなら最後尾に行きなさい、とか言う始末。
「でも、何かしたならちゃんと謝っとくんだよ?何ならわたしも手伝うよー」
「…そうだな。その時がきたら、頼む」
そんな話をしているうちに余裕をもって学校に着いた。
こちらとしても、毎日マラソンをするつもりは無い。
トイレに行こうとして廊下を歩いていると、見覚えのあるツンツン頭を見つけた。
「あれ、緋山じゃないか」
「おう、蒼崎!朝見なかったから遅刻したのかと思ったぞ」
「オレだって毎日マラソンしてたまるか。それにそんなにギリギリな登校してないぞ」
「転校早々、勇気あるよな。そういえば天月は一緒じゃないのか?」
「ああ、オレ一人だ。トイレに連れ立って行っても仕方ないだろう」
普段、天月と1セットで数えられているような気がしないでもない。
転校したばかりなので、天月と行動することが多いのは不思議なことではないと思うが。
それに、昔からの腐れ縁、ということもある。
トイレから戻り、緋山と他愛の無い話をしている時だった。
もともと、危険な事柄には鼻が利く方だと自負していたが、この時ばかりはそのアンテナは働かなかった。
「なるほどねぇ。蒼崎は前からあのバンド聴いてたよな」
「オレとしては、あのギターの音がいいと思うんだけどな。ベースの重低音もいいけど」
一瞬。
その判断が遅れるだけで大惨事が起こることがあるんだと、このとき思い知った。
「ど、どいてーっ!!」
ペズンッ
ガッ ガッ ガッ
ズザー ドンッ
「おい、蒼崎!!しっかりしろ!!蒼崎!!あおs……………」
そこで強制的に意識が断絶された。
「…………ち、ちくわっ?」
飛び起きると、そこは保健室のベッドの上だった。
びっくりした表情の雪美と、なぜか呆れた顔をしている美鈴と海。
そして、なぜか笑っている天月と緋山。
「……みんな…どうしてここに?雪美も…そんな顔してどうした」
「空が倒れたって聞いたから……急いで来たんだよ」
「ちくわ、じゃないわよ、蒼崎君。あなたね、雪美がどれだけ心配してたのか、わかってるわけ?」
呆れ7割、怒り3割くらいで刺さるようなことを美鈴が言ってくる。
いや、こちらとしても状況説明が欲しい。
「だいたい、第一声がちくわってバカじゃない?まぁ、そんなことは前から知ってたけど……痛っ!!何すんのよっ!!」
とりあえず、青山の頭をひっぱたいておいた。
緋山と天月がくすくす笑っているのが気になった。
「おい、そこの笑ってるバカ2人。状況説明を頼む」
「ははは……だってよ、目の前でこいつがバウンドしたんだぜ。天月も見ればよかったのに」
「人ってバウンドするんだな。くくく……惜しいことをした」
人が状況説明をしろと言ってるのに、この2人は日本語が通じてないらしい。
怒りと同時に視界に入った見知らぬ女子生徒に目が行った。
背が小さく、髪を両脇に結っていた。
というより、その頭にあるアンテナのように伸びた髪に目がいった。
制服のリボンの色からして1年生だろう。
「えーっと…ところで君は?」
「えと…あの…その…」
「この子が蒼崎君と衝突したのよ」
バウンド、衝突、という単語。
なんだかだんだん嫌な予感と共に頭痛がしてきた。
「あの…ごめんなさいっ……わたし、急いでて…先輩とぶつかちゃったみたいで…」
しどろもどろな女子生徒の説明を要点だけまとめると、こうだった。
トイレから出てきたとき、その女子生徒が非常に急いでおり、猛スピードで走っていた。
そして、運悪くその直線上にいたオレと激突。
そして、激突されたオレは地面を3バウンドほどしてから床を滑り、更に廊下の壁に頭からぶつかった。
その後、担架で保健室まで運ばれたそうだ。
「……なんじゃそりゃ」
「い、一応、本当ですっ」
そりゃ、目の前で人が3バウンドもすれば笑いたくもなるだろう。
だけど、今度絶対殴ってやる。
その本人達はさっさと次の授業に行ってしまった。
「あの……本当にごめんなさい」
きっと緋山と天月に対しての報復を誓った顔が酷く怒っているように思ったのだろう。
その女子生徒は本当に申し訳無さそうに俯いていた。
「まぁ、いいって。こうして生きてるわけだしな」
「でも、でもっ、あたしのせいで……」
「だから、怒ってもいないよ。君はケガとかしなかったのか?」
「…何もありませんでした」
「ならよかった。オレは人よりちょっと頑丈だからいいんだよ」
「でも……申し訳無いです」
これは少し困った。
見ず知らずの先輩にそこまで激突してしまったら多少の罪悪感もあると思うが、一瞬の表情を読まれて誤解されているみたいだった。
このやりとりがずっと続きそうな予感がした。
「…そうだな。それじゃ、学食一回奢りでいいだろう」
「………え…?」
「学食で昼飯奢ってくれ。それでチャラだ」
「え…あ、はい!」
そんな時にチャイムが鳴った。
このまま次の授業も寝ていたかったが、目の前の女子生徒はそういうわけにもいかない。
「ほら、授業始まるぞ」
「あの…お名前を教えてくれませんか?」
「あ、それもそうだな。オレは、蒼崎空だ。よろしくな」
「蒼崎先輩…ですか。わたしの名前は…風子です」
まだあまり話していないので深く知ったわけではないが。
その名前はすごくぴったりな気がした。
「うし。またな、風子。約束、忘れんなよ」
「はいっ。それでは、また今度お昼誘いに行きますからっ」
少し顔を赤くしていたような気がしたが、それを確認する前に保健室から出ていってしまった。
結構時間もおしていたのでまた焦って飛び出て行ったんだろう。
次の犠牲者が出ないことを静かに祈った。
「ったく、ケガ人を歩かせるなよ…」
その後、昼前の授業の最中に天月からメールが来た。
どんな労いの言葉かと思えば、「昼、学食」とだけ書いてあった。
さすが、数少ない昔からの友人だと思った。
学食のフロア全体を見渡して、なんとか遠くからやつらの姿を確認することができたが、人ごみがすごくて近寄れない。
こんなところで風子とぶつかった時のような事故が起これば、死者が出ると思った。
「ど、どいてっ!!」
がっしゃーん
仰向けに倒れたようで、視界には学食の天井が見えた。
そして、空中に浮いているどんぶり。
ああ、あれは今日の日替わり丼のカルビ丼だなぁ、とか考えていると違うものが視界に入った。
それは人の背中だと気づいた時には潰されていた。
めちゃ
「ふー、なんとかカルビ丼だけでも死守できたわ…」
「………あの」
鼻を押さえて声をあげた。
どうやらその人の後頭部が直撃したらしく、どくどくと血が流れている。
てか、ちょうど仰向けで倒れているオレの上に乗っかってるのだから、客観的に見ればとんでもないことだと思った。
「わっ、ご、ごめんねっ!!」
死守したカルビ丼を抱えながら、飛び退いた。
もう少し早かったら助かりました。
「だ、大丈夫?」
「まぁ…なんとか。ティッシュくれたら非常にありがたいです」
非常に鼻が痛い。
そりゃ血も出るだろうと思うくらいの激痛だった。
しかもなかなか止まらない。
「ご、ごめんね。はい、ティッシュ」
「助゛がり゛ま゛ず」
そのティッシュを受け取りながら、どこかで見たことのあるアンテナが目に入った。
個人的にはそれどころじゃなかった。
「大丈夫?保健室いった方がいいんじゃない?」
「いや、さっきまでいたので…これ以上行くと保健室の先生に目を付けられてしまいそうなのでやめときます」
「そ、そうなんだ。そうだね…お詫びもかねて、今度学食奢るよ。それで許してくれないかな…?」
「別にかまいませんけど…先輩もケガがなさそうでよかったです」
よく見ると、すごく綺麗な人だった。
リボンの色からして、3年生だろう。
大人っぽいので、可愛いというより綺麗だと思った。
「じゃあ、名前を教えてくれないかな。あたしの名前は村上未来。好きなように呼んで」
「オレの名前は蒼崎空です。よろしくお願いします」
なんとも変な自己紹介をしていると思った。
それも1日に2度も同じようなことがあった。
「蒼崎君ね。じゃあ、今度誘いに行くから。それじゃあね」
「あ、はい。それでは」
そうして人ごみの中に消えていった。
今更ながらにどこかで見たことある気がした。
「空ー?遅いよー」
「ああ、ごめんな。先に食べててくれ」
「どうしたの、鼻血?」
「……悪いことってのは重なって起こるものらしい」
「どうしたの?」
その後、なんとか塩ラーメンを頼んで、天月達に合流した。
放課後
「…恐ろしくハードな1日だった気がする」
「不運の塊のような男だな。見てる分にはおもしろいから別にいいけど」
「お前っ、そんな不運に追われてる身になれ!!」
「悪いが、そんな気は毛頭無い。泣くなら一人で泣けよ、気持ち悪いから」
自分の親友は酷く冷たいのだと確信に近いものを感じた。
疲れた体を引きずって帰ることにした。
「あ、帰りにCD屋寄らなきゃ」
「ん、何か出るんだったか?」
「おう。あのバンドのアルバムをだいぶ楽しみにしてたからな」
「前に言ってたな。今度は商店街で事故らないように気をつけろ」
「うっさいな!!そう何度も事故ってたまるかっ」
そうして、天月と別れ、商店街へ向かった。
「さて…あとは家に帰って楽しむとしよう」
念願のアルバムを買って、帰路についた。
しばらくはこれで満足できそうだった。
ふと、視界に見覚えのあるアンテナ…顔が入った。
同時に、向こうも気づいたようだった。
「あ、蒼崎先輩。どうもです」
「おう、風子に…未来さん?」
「あら、風子とも知り合いなの?手が早いわね、蒼崎君」
どういうわけか、この2人が並んで歩いていた。
そして、それを見てようやく気づいた。
「もしかして…姉妹、ですか?」
「あれ、てっきり風子とも知り合ってたから、わかってたと思ったけど」
「そうですよー。結構、人にも似てるって言われますし」
「む…たしかに、似てるな」
特に揺れるアンテナとかは瓜二つだった。
これは気づかない方がおかしい。
そして、少しの間、他愛の無い話をして買えることにした。
今日、事故があったといえど、この姉妹とだいぶ打ち解けることができた。
「それじゃあ、今日はこのへんで。奢り、楽しみにしてますからね」
「う、覚えてたかー…それじゃあ、明後日にでもしよっか?」
「いいですね。わたしもそうしようと思ってました」
「それじゃあ、明後日ですね」
そうして、軽く挨拶をして歩き出した。
風子のその一言を聞くまでは何気ない別れだった。
「でも、本当にいたんですね。『空』の属性者って」
振り向いた瞬間、すでにそこに未来さんと風子の姿は無かった
そして、街から何かが割れるような音が轟いた。
この反応は……闘鬼か。
しばらくしてから、ケータイに電話が入った。
『蒼崎、闘鬼が出た!!場所は折原商店街だ!!今どこにいる!?』
「ちょうどよかったです。オレも今そこにいます!!」
『そうか…悪いが到着まで時間かかりそうだ!!すぐ近くにいる警官に周辺の人を避難を命じてある』
「わかりました!」
電話を切って、その音のした方へと走り出した。
しばらく行った路地裏にそいつはいた。
「グウウウ……グオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「くっ!アルマ、剣を頼む」
「クゥ!」
『蒼天の剣』を握り締め、目の前にいる闘鬼へと距離を詰めた。
最近では闘鬼も特殊な能力をもつ種類も出てきた。
突き刺した爪から毒を出したり、音で攻撃をしてきたり。
まず始めに一撃を撃ち合わないと判断がつかない。
ガギィ!!
何事もないかのように刃を受け止められた。
どうやら目立った能力は無いが、少々体が頑丈らしい。
「なら……『地神の剣』」
『森神の太刀』に次いで、二番目に分厚い刃を持つこの剣。
剣自体の重さは一番重い。
その剣の重さでどんな頑丈な装甲も砕ける。
ガキッ
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
血飛沫と共に咆哮をあげた。
受け止めた腕を切り落としたんだからそれぐらい叫んでも仕方ないだろう。
相手がひるんでいる隙に、角を斬り落としに地面を蹴った。
「――――――――蒼天流」
『蒼天の剣』に空気中にある『空』の力を収束させる。
もとの刃の何倍もの大きさの刃を形成し、そのまま振り下ろした。
ザンッ
角と共に頭部もそれで跡形も無くなった。
光の粒子に消えて無くなる、はずだった。
キィィン
「っ!? なんだ!?」
光に変わった瞬間にすぐ消えた。
いつもなら少しずつ無くなっていくのだが、いつもと違った反応に再び構えた。
「いやいや、なんとも素晴らしい腕前。感服致した」
「はっ、よく言うぜ。あれだけ手際の悪いのにな」
「そうかしら?少しずつ痛めつけながら殺せるからいいんじゃないの?」
「……斬ってみたい。ソレ以外には興味など無い」
「………………」
そこには妙な5人組がいた。
やたら筋肉質なのが一人。
見た目がチャラチャラしていて同い年ぐらいな男が一人。
お姉さん系の女が一人。
時代錯誤な和服を着た男が一人。
そして、布に包まった塊になっているのが一人(?)。
避難もしないでこちらを見ていた。
「あんたら…避難しないで何やってんだ?」
「ったく…とんだ期待外れだ。予想以下の反応しやがって」
軽そうな男がつまらなそうに唾を吐き捨てながら言った。
どうやら闘鬼との戦闘の一部始終を見ていたらしい。
「なんで我らがここにいるか見当もつかんか、『空』の属性者」
「もっと簡単にしてあげなさいよ。エンも怒ってるみたいよ?」
「………!………!!」
まったく状況が理解できない。
目の前の5人組が何なのかも。
なぜ、属性者だとわかるのかも。
「へぇ…可愛い顔してるのね、ぼうや」
「っ!!?」
気づけば女がオレの頬に手を添えて、目の前にいた。
直後、飛び退いて剣を構えた。
「貴様ら、一体…」
「可愛いからヒントあげちゃうわ。………ほら」
ズシッ
一瞬、強烈な殺気を感じた。
それも5人分。
それは間違い無く、目の前の5人から発せられていた。
そして、その殺気は感じたことのある、ある殺気に似ていた。
「貴様ら………闘鬼、なのか…!?」
「ご名答。悪ぃけど、こうでもしないとわかんねぇなんてマジ終わってるぜ、てめぇ」
目の前にいる5人組は闘鬼だと言った。
だが、その姿は形は人間のそれと何の遜色も無かった。
「人間の姿を持つ闘鬼、だと…?」
「そうだ、『空』の属性者。我らこそが、闘鬼の上に君臨する闘鬼。『五鬼衆』だ」
闘鬼の上に君臨する闘鬼。
ならば、今まで戦ってきた闘鬼は下っ端でしかないと言うのか。
「ふむ……洞察力はそれなりにあるようだ。今までの闘鬼はわたし達の足元にも及ばぬ」
「まぁ、変な能力持たせたりしたけど?どれも弱くてしかたなかったのよ」
「能力を、持たせた……?」
能力を与えることもできるというのか。
ならば、その実力は闘鬼の中でも極めて上位にあるに違いない。
「…貴様ら目的は何だ。白状しないようなら、斬る」
「まぁ、物騒ね。焦らなくても教えてあげるわ。あんたが知っといた方がおもしろそうだしね」
「たしかにな。ぶっちゃけて言うと、俺ら相当暇してるわけ。下級の闘鬼に任せるのもかったるいから俺らでゲームでもしようと思ってな」
「ルールは簡単だ。どれだけ多く殺せるか、その数で競うのだ」
「そして、その勝負に勝った者は…あの方への挑戦権を手にできる、という寸法だ」
誰に挑戦できるかなんてどうでもいい。
そんな情報、知らなくたって構わない。
ただ一つだけ、許せないことがあった。
「…貴様らの暇潰しに人を殺す、だと…そんなこと、オレが!!」
「阻止する、か?できるものならやってみろよ、『空』の属性者。あんたが混ざればゲームは最高に白熱するからよ」
それすら楽しみの一つ。
目の前にいるのが、人ではないただの闘鬼だということを思い知らされた。
「……上等だ。そんなこと言ってるなら、今すぐ相手してやる」
『風神の双剣』に変えて、最大速度で間合いを詰めた。
一番近かった軽そうな男に斬りかかった。
ガギッ
「焦るなよ?てめぇは必ず、血祭りにしてやっから」
「ぐっ……!!」
真横に凪いだ右の刀は指で止められ。
同時に繰り出した左の刀での突きは、指で挟まれて軌道を変えられた。
「ま、せいぜいそれまでに殺されんなよ。『空』さんよ」
そう言って全員同時に姿を消した。
その一撃のやり取りだけで、実力の差を見せ付けられた。
あの5人の実力は通常の闘鬼と比べることすらできない。
自分の剣が、小さく見えた