3 カエデ市長
体感時間では数秒だろう。
気つけば、オレたちは先ほどいた家の前ではなく、どこかの裏路地に立っていた。
(――移動用の魔法だ)
オレは察した。
「ついてきたまえ」
そう言うやいなや、アリエフは足早に路地を抜け、人を避けながら進んでいく。
オレも少し駆け足でそれを追いかけ、横に並んだところで先ほどのことを質問した。
「アリエフ先生――さっきのは移動用の魔法か?」
彼は目線を前に向けたまま、淡々と答えた。
「さよう。あれは『転移魔法』の応用、『付き添い転移魔法』というものだ」
なるほど。「近道」みたいなものか。
しかし、オレはちょっと気になったことがあった。
「便利な魔法だな――魔法使いなら誰でも使えるのか?」
「そういうわけではない。『転移魔法』の時点で高度な魔法であり、失敗すると大変なことになる。そのため、試験に合格した17歳以上の者にしか使用が認められていない」
……あら。
なら、オレの「近道」は言わないでおこう。
それから、オレたちは並んで歩き出した――
▽ ▽ ▽
5分ほど歩いたところで、アリエフは立ち止まった。
「ここが『カエデ市長』――ランタン横丁の入口だ」
「ランタン横丁?」
「今日学用品を買う場所――要するに、魔法使いの商店街だな」
こんな目立ったところにあっていいのか――とも思ったが、それは言わないでおいた。
どうせ「一般人の認識を阻害している」とか、そういう魔法のたぐいだろう。
アリエフが先に行ってしまったので、オレもそれについて行った。
朝早くということもあってか、店の中は静かだった。
客はおじいさんが2、3人いるだけで、バーテンダーの男が来たるべき稼ぎ時に備えようと、カウンターでグラスを拭いている。
バーテンダーはアリエフの存在に気づくと、珍しいものをみたという顔で言った。
「やぁアリエフ先生。先生がここにくるなんて珍しいんじゃないか?」
彼は目線をアリエフに向けながら、ボロボロの布でグラスを磨いていた。
一見すると器用な動きだが、彼にとってはもうなれたことだろう。
「私とてこのようなところには来たくなかったがな――」
アリエフはそういい、チラリとオレの方を見ていった。
「今年入学する生徒の手伝いをしているだけだ。とはいえ、ここからはアルバンに任せるがな」
「アルバンに任せるって……」
バーテンダーの声が少し暗くなる。
しかしすぐに気をとり直り、アリエフに提案した。
「――そのまま先生が案内してあげたらどうだい? 彼女も見知らぬ大男が案内じゃ怖がると思うが」
アリエフは少し考えたようだったが、しばらくして口を開いた。
「確かに、一人だったら私が案内をしていたかもしれん。しかし、今日はアルバンがもう一人入校予定者を連れてくる。結局買うものは同じなのだから、そのままアルバンに案内を任せようという計画だ」
「もう一人の入校者……それってまさか……」
バーテンダーは心当たりがあるのか、目を見開かせてアリエフに尋ねる。
アリエフは一瞬たじろいだが、諦めたようにその名を告げた。
「……ああ、アルバンがそのうちサミー・カールトンをつれてここにやってくるらしい」
「やっぱりそうだ! 今日はいい一日になるぞ!」
バーテンダーは手を叩いて歓喜し、危うく積み上げられてたグラスを割りそうになる。
アリエフは「……だから言いたくなかったんだ」と悪態をついた。
「……だが」
悪態から立ち直ったアリエフは、はしゃぐバーテンダーを一声で止めた。
「アルバンがくるまではまだ時間がある。だからその間、彼女にはここで飲み物を飲ませるつもりだ」
「そういうことならサービスしますよ! お嬢ちゃん、何が飲みたいんだい?」
バーテンダーは意気揚々と、オレにオーダーを尋ねてくる。
「うーん……何があるんだ?」
「おすすめはチーズソーダだ。早速飲むかい?」
バーテンダーはチーズソーダと銘打たれた瓶から、ジョッキに琥珀色の液体を注いだ。
ガン! とカウンターに置かれたジョッキを、オレは両手で受け取る。
それから、恐る恐る口をつけた。
「……甘い」
濃厚なチーズの風味と、優しい甘さが口の中に広がる。
炭酸が効いているため程よい清涼感もあり、非常に飲みやすかった。
「ハルフォードの学生さんに一番人気はこれさ。きっとフォードタウンでも……っと、それは三年生からだったな」
バーテンダーはうんうんと数回頷くと、アリエフにもチーズソーダを勧めた。
「いや、私は甘いものはそこまで……とりあえず、アルバンが来るまで彼女を頼む」
アリエフはそう言うと、バチンという破裂音と共に姿を消した。
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