共同実験α、あるいは共鳴する弾性
「全員、揃ったわね。これより『究極マナー理論』の実践フェーズ――共同実験αを開始するわ」
部室の中央に置かれた円卓。七瀬ゆいを中心に、あずさ、みお、つむぎ、そして監査役のりつが席につく。
つむぎが持ち込んだホログラム端末が、5人の心拍数と精神波形を空間に映し出していた。
「実験内容は『多角的な非言語コミュニケーションによる理性の調律』。みお、あなたが『攻め』のノイズを。つむぎは解析。りつは型の乱れを監視して。……あずさは、私の隣で波形を安定させて(ホールド)」
「了解! 遠慮なく揺さぶっちゃうからね、ゆいっち先輩!」
みおが不敵に笑い、いきなりゆいのパーソナルスペースへ土足で踏み込んでくる。
ゆいの理性ガードが即座に反応した。波形が鋭く尖り、拒絶の壁が形成される。
だが、今回はつむぎのデバイスがそれを「色」として可視化していた。
「ゆい先輩、今のガードは『硬すぎ』ます。それでは衝撃を逃がせず、あなた自身が内部崩壊する。数値を見てください、精神的負荷が 80% を超えています」
「わかっているわ……でも、緩めれば、あの時のように私が私でなくなってしまう……!」
ゆいの脳裏に、かつて「炎上」した際に浴びた罵声の渦が、黒いノイズとなって蘇る。
理性を捨てれば、自分はただの「無防備なノイズ」に成り下がる。その恐怖が、ガードをより一層強固な「檻」に変えていく。
「――先輩。私を、見てください」
あずさが静かに、ゆいの手に自分の手を重ねた。
デバイスの数値が、一瞬だけ白く光る。
「ガードは、相手を拒むための壁じゃありません。私たちが繋がっている感覚を、守るためのクッション(弾性)なんです」
あずさの言葉が、ゆいの思考の海に一滴の青いインクのように溶け込んだ。
ゆいは目を閉じ、かつて異世界で見た、あの自由なクラゲの動きを思い浮かべる。
(壁にするんじゃない。波に乗るの。衝撃を、形を変えて受け流す……)
「波形に変化。硬直した直線が、曲線へと遷移しました。これは……美しい」
つむぎが感嘆の声を漏らす。
みおの奔放な動きや、りつの鋭い視線という「外圧」を受け止めながらも、ゆいのガードはしなやかに形を変え、あずさの体温をその中心に包み込んでいた。
「……ふん。型は崩れていますが、その『崩し方』には一定の規律を感じますね」
りつが厳しくも、わずかに納得したように手帳にペンを走らせる。
「……これが、『弾性理論』への入り口なのね」
ゆいが目を開けたとき、投影された波形は、もはや拒絶のトゲではなかった。
それは5人の鼓動が複雑に、それでいて完璧な調和を持って重なり合う、巨大な光の繭のようだった。
「実験成功よ。……私たちは、ただのマナーを研究しているんじゃない。他者というノイズを受け入れ、自分を保ったまま共鳴する、新しい『世界の作法』を見つけようとしているの」
ゆいの言葉に、5人はそれぞれの表情で頷いた。
窓の外、光都大学の夜空には、時計塔の冷たい青色をかき消すように、一瞬だけ柔らかな「青いクラゲ」の残光が走った気がした。




