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控室の誓い、あるいは失われる言葉(ロスト・レコード)

春の光が降り注ぐ中、光都大学の大ホールは、世界中から集まった研究者やメディアの熱気で膨れ上がっていた。

「究極マナー理論」の最終定理――人々の精神を強制管理から解放し、自律的な共鳴を促す「δ(デルタ)」の発表。それは光都アークラインというシステムの終焉と、新しい時代の始まりを意味していた。


壇上へ上がる直前。控室の重い扉の向こうで、ゆいはあずさの前に立ち、その肩を震える手で掴んだ。


「……あずさ。怖い。オレ、今さらになって、足がすくんでる」


「先輩……?」


「この理論が社会に広がれば、オレはもう『特別なルナ』じゃなくなる。それはいい。でも、もしこの共鳴セッションの果てに……あなたが記録してきた『私との日々』が、膨大な社会データの中に溶けて、消えてしまったら? あなたが、私の言葉を忘れてしまったら……?」


ゆいの瞳から、一筋の涙がこぼれる。

かつて孤独を恐れて理論という鎧を纏った少女は、今、最愛のパートナーとの「個人的な繋がり」を失うことを何よりも恐れていた。それは、どんな「理性ガード」でも防げない、剥き出しの恐怖だった。


あずさは、ゆいの涙を指先でそっと拭い、あの使い古されたノートを強く抱きしめた。


「先輩。たとえこの理論が誰のものでなくなっても、私のこのノートだけは、世界で唯一の『先輩の体温』を記録し続けます。一生……いえ、一生じゃ足りません。私が息を止める最後の瞬間まで、記録し続けますから」


「あずさ……」


「だから、行ってください。あなたの不作法な愛を、世界中に届けてきてください。……私はここで、誰よりも近くで、あなたの鼓動を書き留めています」


ゆいは、あずさの胸に顔を埋めた。

失うことへの恐怖が、あずさの力強い誓いによって「誠実な連鎖」へと書き換えられていく。

二人の間に、目に見えない、しかし絶対的な調律マナーが完成した瞬間だった。


「……了解。行ってくるわ」


ゆいは顔を上げ、涙を拭った。その瞳には、かつての孤独な追放者の面影はない。

部室で待つみお、りつ、つむぎの三人が、モニタ越しにサムズアップを送る。


扉が開く。

凄まじいフラッシュの光と、期待と不信が入り混じる喧騒の中へ、ゆいは一歩を踏み出した。

それは、一人の少女が、世界を「調律」しに行くための、最も美しい行進だった。

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