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雪解けのプレリュード、あるいは記録されない告白

学会発表は大成功に終わった。

光都大学の権威主義と《ORACLE》の冷徹な管理体制は、ゆいたちが放った「誠実なノイズ」によって致命的な綻びを見せた。だが、ゆいの心にあるのは、勝利の凱歌ではなく、深い安堵と、少しの寂しさだった。


クリスマス当日の夕暮れ。講堂の外では、学生たちが「自分の意志」で語り合い、街は昨日までとは違う、少し不規則で温かな活気に満ちている。


「……終わったのね。あずさ」


ゆいは、キャンパスの隅にあるベンチで、あずさと二人、並んで座っていた。

あずさの手元には、あの使い古された記録用のノートがある。


「はい。先輩の理論は、もう誰にも否定されません。……でも、私の仕事も、これで終わりですね」


あずさが寂しそうに微笑む。

「観測者」としてゆいに寄り添ってきたあずさにとって、理論の完成と社会への普及は、ゆいの隣にいる「理由」を失うことでもあった。


「あずさ。私ね、今日確信したの。究極マナー理論は、社会を救うためのものじゃない。……私が、あなたに嫌われないために作った、臆病なラブレターだったんだって」


ゆいの突然の告白に、あずさは目を見開く。

「先輩……」


「完璧でなければ愛されないと思ってた。でも、あなたが私の『誤差』を愛してくれたから、私は今日、あの壇上に立てた。……だから、あずさ。この理論が社会の一部になっても、私の『隣』という余白だけは、あなたにずっと記録していてほしいの」


ゆいは、あずさの手からノートを取り上げ、最後のページに「魂の筆跡」を刻んだ。

それは数式でも理論でもない。ただの、七瀬ゆいとしての、拙くて誠実な願い。


その時、雪が止み、雲の間から冬の柔らかな光が差し込んだ。

遠くで、みお、りつ、つむぎの三人が、部室から持ってきた温かい飲み物を手に、こちらへ手を振っているのが見える。


「……ふふ、記録係、クビにしてくれませんか? 先輩。これからは、『隣にいる人』として、先輩の不作法に付き合いたいです」


あずさが笑い、ゆいもそれに応えるように笑った。

それは、完璧な秩序を捨てて手に入れた、最高に不揃いな幸せの形だった。


しかし、その穏やかな光景を、遠くのビルの影から見つめる影があった。

和先輩ではない。学界の「真の深淵」から送り込まれた、理論の「最終的な調律」を目論む存在が、春の学会本番(δへの道)を前に動き出そうとしていた。

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