可視化される熱量、あるいは触覚の計測装置
「失礼します。ここが、非効率な感情を数式で上書きしようとしている、奇特な研究部ですか?」
みおが持ち込んだ喧騒が冷めやらぬ部室に、今度は鈴の音のような、しかし感情の起伏を一切排除した声が響いた。
そこに立っていたのは、分厚い眼鏡の奥に理知的な光を湛え、白衣を羽織った小柄な少女――つむぎだった。
「……つむぎ。理学部のあなたが、文系の端くれであるここに何の用かしら」
ゆいは警戒心を隠さない。つむぎはかつて、ゆいが旧理論で炎上した際、そのデータの整合性を最も冷徹に突き放した一人でもあったからだ。
「用件は一つです。あなたの『理性ガード』理論。あれは面白いですが、主観に頼りすぎている。だから、これを持ってきました」
つむぎが机の上に置いたのは、指先に装着する極薄のセンサーと、それと連動してホログラムを映し出す計測端末だった。
「これは『魂の深度』を皮膚電気抵抗から逆算するデバイスです。ゆい先輩、あなたの言うガードがどれほどの『厚み』を持っているのか、数値で可視化してあげましょう」
「……面白いわ。私の理論が、あなたの機械に屈するかどうか、証明してあげる」
ゆいは迷わずセンサーを装着した。
第4話の実験は、より直接的な――『触覚的マナー』の検証だ。
「あずさ。今度は沈黙だけでなく、私の『手』に触れてみて。つむぎのデバイスが、私の動揺をどう暴き出すか、データを取るわ」
あずさは少し躊躇うような素振りを見せたが、ゆいの真剣な眼差しに押され、ゆっくりとその指先を伸ばした。
部室の空気が、張り詰めた弦のように緊張する。
センサーが反応し、空中に青いグラフが投影された。ゆいの理性ガードは、今や完璧な直線を描いている。
(大丈夫。私は、完璧に自分を記述できている……)
だが、あずさの温かい指先が、ゆいの冷えた指先に触れた瞬間。
青い直線は、まるで暴風に煽られた海面のように激しく波打った。
「――っ!?」
「心拍数急上昇。発汗量増加。理性ガードの数値、臨界点を突破して……マイナス域に突入しました」
つむぎの淡々とした報告が、静かな部室に残酷に響く。
モニターの中では、ゆいがかつて描いた禁呪――『青いクラゲ』が、苦しげに形を崩しては再生を繰り返すような、ノイズだらけの波形が踊っていた。
「先輩……。手が、すごく熱いです」
あずさが呟く。ゆいはその手を振り払うことができなかった。
触れられた場所から、理性の壁が溶け、自分でも知らなかった「温度」が流れ込んでくる。
「……これが、あなたの正体ですか、ゆい先輩。理論という名の防壁を築きながら、その内側では誰よりも強く『接触』を求めている」
つむぎは静かに、だが確信を持って告げた。
「データは取れました。この矛盾、私が解析する価値がありそうです。今日から私も、この部の『外部端末』として協力させていただきます」
「勝手になさい……。データが取れたなら、もう十分よ」
ゆいはセンサーを乱暴に外したが、あずさに触れられた場所だけが、いつまでも青いクラゲが泳いでいるような、痺れるような熱を持って震えていた。
理論は、もはや「防衛」の域を超え、他者の体温という「侵略」を受け入れ始めていた。




