共鳴の閾値、あるいは支配の誘惑
学園祭を数日後に控え、光都大学は異様な熱気に包まれていた。
性文化研究部の展示――「沈静化体験ブース」の設営を進める中、ゆいは祖母から継承した「魂の筆跡」の感覚を、自らの指先に馴染ませようとしていた。
「……あずさ、この理論は美しすぎる。美しすぎて、使い方を一つ間違えれば、相手の心を完全に書き換えてしまえるかもしれない」
ゆいの手のひらに宿る「青い共鳴」は、かつて彼女が「ルナ」として炎上した際に放った冷徹な論理とは異なり、抗いようのない「心地よさ」を伴っていた。それは、マナーという名の洗練された「支配」になり得る危うさを秘めていた。
「先輩。それは『支配』じゃなくて『寄り添い』です。私が先輩に調律された時、奪われたものなんて一つもありませんでした」
あずさがゆいの指先をそっと包み込む。その瞬間、つむぎが血相を変えて部室に飛び込んできた。
「ゆい先輩、これを見てください! 学内のネットワーク監視AI《ORACLE》が、私たちの理論の周波数を完全にトレースしています! 和先輩は……私たちの『沈静化』の波形をコピーして、全学生を強制的に無気力化(管理)するためのプログラムに書き換えようとしています!」
「なんですって……!? あたしたちが一生懸命見つけた『余白』を、あいつは効率的な『檻』の材料にするつもりなの!?」
みおが憤慨してキャンバスを叩く。
りつが冷静に眼鏡を押し上げた。
「……私たちの『究極マナー理論』を、和殿は『絶対的な秩序のテンプレート』として盗用する気です。学園祭での実演が始まった瞬間、彼は《ORACLE》を通じて、この街全体を巨大な『思考停止のセッション』に引きずり込むでしょう」
ゆいは唇を噛み締めた。
自分の理論が、最も忌むべき「支配の道具」にされようとしている。
だが、もう逃げることはできない。
「いいわ。和先輩が《ORACLE》というシステムでくるなら、オレたちはこの『生身の共鳴』で応戦する。……あずさ、学園祭当日は、理論をさらに一段階、危険な領域まで解放するわよ」
「……『魂の直接調律』ですね。了解しました、先輩」
あずさの瞳に宿る覚悟。
光都の冷徹な管理ロジックと、ゆいたちの「誠実の温度」。
二つの異なる正義が、学園祭という祝祭の中で真っ向から衝突しようとしていた。




