光都の残照、あるいは嵐の前の平穏
古民家での合宿も最終夜を迎えていた。
囲炉裏の火が爆ぜる音と、遠くで聞こえる潮騒。ゆいは祖母が遺した古い日記を手に、縁側で独り、夜の闇を見つめていた。
「……数式じゃない。マナーは、相手を型にはめるための計算式じゃなかったんだ」
日記に記されていたのは、かつて祖母が実践していた「魂の筆跡」と呼ばれる所作。それは、相手の呼吸を奪うのではなく、自分の呼吸を相手の「余白」に預けることで生まれる、極めて高度な同調の記録だった。
「先輩。まだ、理論の再構築中ですか?」
あずさが、温かい茶を持って隣に座る。
ゆいはあずさの目を見つめ、静かにその手を取った。かつての冷徹な「理性ガード」による接触ではない。指先から伝わる微かな震えさえも、今は愛おしい「情報」として受け入れている。
「あずさ。オレ、今ならできる気がするわ。……ルナとして否定されたあの日の恐怖も、和先輩が作ろうとしている完璧な檻も、全部溶かしてしまえるような、本当の『沈静化』が」
ゆいはゆっくりと立ち上がり、部員たちが眠る広間の中心で、目をつむった。
意識を研ぎ澄ます。
みおが昼間に描いていた奔放な色彩。りつが守り続けてきた孤独な静寂。つむぎが信じる論理の美しさ。
それらすべてを「マナー」という名の器で包み込み、一つの大きな「青いクラゲ」の波形へと統合していく。
その瞬間、部室(古民家)の空気が変わった。
言葉はない。しかし、5人の魂が、物理的な距離を超えて完全に同期する。
それはまるで、異世界の「禁呪」が現実の肉体を媒介にして発動したかのような、圧倒的で優しい全能感だった。
「……記録、完了しました。ゆい先輩、これこそが……究極マナー理論の心臓、『誠実の温度』ですね」
あずさのノートに、新しい定義が刻まれる。
しかし、その共鳴の光に引き寄せられるように、光都の空では監視AI《ORACLE》の演算速度が急上昇していた。
「見つけたよ、ゆい。君たちのその『熱』こそが、ボクのシステムを完成させる最後の部品だ」
遠く離れた大学の管制室で、和先輩の瞳が冷たく光る。
夏の終わりと共に、物語は祝祭と決戦が待ち受ける「学園祭編」へと加速していく。




