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予測不能なノイズ、あるいは境界線の侵食

「失礼しまーっす! ここが噂の、ヤバい研究してるっていう部活?」


部室の重い扉が、物理的な衝撃を伴って蹴り開けられた。

そこに立っていたのは、光都大学の清潔な制服を奔放に着崩し、耳元にジャラジャラとピアスを光らせた少女――みおだった。


「……何かしら。ここは『性文化研究部』よ。許可なく立ち入ることは、私の理性ガードが許さないわ」


ゆいはノートから顔を上げず、氷のような声で応じる。だが、みおはその冷徹な空気を「面白そうな玩具」を見つけた子供のような笑顔で踏み越えてきた。


「理性ガード? 何それ、カッコいい! あたし、みお。この大学の退屈な『テンプレート』に飽き飽きしててさ。あんたの書いてる数式、なんだか禁呪みたいでワクワクするんだよね」


みおはゆいの机に身を乗り出し、あろうことか、ゆいの定義したばかりの「沈黙の聖域」を土足で荒らし始めた。


「ねえ、実験してよ。あたしでさ!」


「お断りよ。実験には厳密な信頼関係と、手順が必要なの。あなたのような、統計学的な外れアウトライヤーはデータにノイズを混ぜるだけ……」


「いいじゃないですか、先輩」


横からあずさが、少し悪戯っぽい微笑みを浮かべて口を挟んだ。


「理性ガードが本当に『弾性』を持っているなら、このくらいのノイズ、吸収して見せないと。……それとも、怖いんですか?」


「……。あずさ、煽り(プロンプト)が稚拙だわ」


ゆいはペンを置いた。眼鏡の奥の瞳が、静かに鋭さを増す。


「いいでしょう。みお、と言ったかしら。あなたのその、無秩序なエネルギーが、私のガードをどこまで揺らすか計測してあげる」


実験の内容は、至極単純な『パーソナルスペースへの介入』だった。

みおがゆいに向かって、一歩ずつ、予測不能なリズムで近づく。ゆいはその距離を数値化し、自分の鼓動が $75$bpm を超えないように自己制御セルフコントロールする。


だが、みおは「一歩」ではなく、不意にゆいの肩に顔を近づけ、その耳元で小さく笑った。


「ねえ、先輩……本当は、震えてるでしょ?」


ゆいの思考が、一瞬ホワイトアウトする。

それはかつて、光導塔の下で監視の目に曝されたときのような――あるいは、禁呪を使って魂を削り取られたときのような、剥き出しの恐怖と昂揚が混ざり合った感覚。


計測不能エラー……!」


ゆいは咄嗟に身を引いた。心拍数は優に $100$ を超え、机の上の書類が数枚、床に散らばった。


「あはは! 先輩、ガードがガタガタだよ。でも……」

みおは床に落ちた、ゆいの描いた「青いクラゲ」に似た抽象図形を拾い上げた。

「この『揺れ』、あたし嫌いじゃないな。管理されてない、本当の人間って感じ」


ゆいは激しく波打つ胸を押さえながら、自分のノートを見つめた。

そこには、今しがた自分が感じた「ノイズ」が、数式では記述できない暴力的な熱を持って刻まれていた。


「……みお。あなた、入部を許可するわ。私の理論を完成させるために、あなたの『不確実性』が必要だと判断したから」


「やった! これからよろしくね、ゆいっち先輩!」


こうして、性文化研究部に最初の「爆弾」が投下された。

ゆいの築き上げた理性ガードは、壊されたわけではない。ただ、外からの熱によって、少しずつ溶け始めていた。

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