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論理の熱暴走、あるいは計算不能な鼓動

古民家の縁側。つむぎは、光都から秘密裏に持ち出した高精度演算機プロセッサを膝に置き、この数日間の「沈静化セッション」で得られたデータの解析に没頭していた。


「……計算が合いません。祖母様の淹れた茶の温度、りつさんの涙の塩分濃度、みおさんの色彩の波長。すべてを『究極マナー理論』に代入しても、答えが……発散してしまいます。なぜ、定義不可能な『心地よさ』が、これほどのエネルギーを放っているのですか……!」


つむぎの眼鏡の奥で、膨大なエラーログが高速で流れる。演算機のファンが悲鳴のような唸りを上げ、膝の上のデバイスから焦げ付いたような臭いが漂い始めた。 彼女にとって、世界は「説明可能なデータ」の集積だった。解析できないものは、まだ公式が見つかっていないだけ。そう信じてきたつむぎの指先が、過負荷で熱を帯びた筐体ケースのせいで赤く染まっていく。


「つむぎ、もうやめなさい。その機械、もう限界よ」 ゆいが横に座り、熱くなったつむぎの手を、冷たい井戸水で濡らした手ぬぐいでそっと包んだ。


「ゆい先輩、私は……私は、この『心地よさ』を証明したいんです。光都の連中に、感情は計算ミスじゃない、完璧な理論の一部なんだと叩きつけたい。なのに、私の論理ロジックが……現象の『熱』に追いつかない!」


その瞬間、演算機の内部でショートが起き、バチリと激しい火花が散った。画面はノイズに飲み込まれ、沈黙する。 「……っ!」 絶望するつむぎ。だが、デバイスが死んで静寂が訪れたその時、彼女は気づく。自分の胸の鼓動が、壊れた演算機の回転よりもずっと激しく、力強く刻まれ続けていることに。


「つむぎ、見て。機械は止まったけれど、あなたの『誠実の温度』は今、私に直接伝わっているわ。この鼓動は、どんな演算機でもシミュレートできない。これこそが、数式を超えた『沈静化』の極致なの」


ゆいがつむぎの手を取り、自分の心臓に当てさせた。つむぎは初めて、自分の体温が他者のそれと混ざり合い、境界が曖昧になる感覚に顔を赤らめた。


「……ロジックが、溶けていく。機械が動かなくても、私は……こんなに温かい。これが、理論の第3フェーズ……『身体への融解』ですか。データとして保存できないからこそ、これほどまでに揺さぶられるのですね」


つむぎは壊れた機械をそっと置き、あずさが差し出したスイカを一口、ぎこちなく齧った。 「……美味しい、という感覚。これも、数値化アーカイブできない、私だけの真実ですね」


しかし、和先輩の監査チームが放った「精神汚染測定ドローン」が、つむぎの胸から放たれたその異常な「熱」を確実に検知していた。


「被検体No.04(つむぎ)、論理障壁の完全崩壊を確認。……これ以上の放置は、光都システム全体の再起動リセットを招く。これより、源流の強制封鎖を開始する」


古民家の周囲を包む潮風が、一瞬にして冷たく凍りついた。

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