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余白の色彩、あるいは未完のキャンバス

古民家の裏手にある、潮風にさらされた古い物置。

みおはそこで、埃をかぶった古い絵具とキャンバスを見つけ出した。


「……やっぱり、ここなら『色』が死んでないんだね」


みおは独り言をつぶやき、真っ白なキャンバスに青い絵具を叩きつけた。それは合宿で見た、あの「青いクラゲ」のような、不規則で鮮烈な色だった。


「みお、そこで何を?」

追いかけてきたゆいに、みおは少しだけ寂しそうな笑みを向けた。


「ゆいっち先輩。あたしね、光都アークラインの美術科にいた頃、先生に言われたんだ。『君の描く絵には余白が多すぎる。それは管理不足であり、怠慢だ』って」


みおの筆が止まる。

「光都の絵画は、0.1ミリの誤差も許さないデジタルな正確さが全て。でも、あたしにはそれが、息の詰まる『正解の押し売り』にしか見えなかった。……だから、あたしは筆を捨てて、先輩の理論に逃げ込んだんだ」


ゆいは、みおが描いた青い飛沫を見つめた。

それは、かつてルナとして「禁呪」を振るっていた頃の、自分の孤独な魂の叫びに似ていた。


「逃げたんじゃないわ、みお。あなたは、誰もが『正解』という塗りつぶされた壁に絶望している中で、一人で『風が通る隙間』を探していたのよ」


ゆいは、みおの筆を手に取り、その青い飛沫の隣に、自分たちの「究極マナー理論」の基本数式を……いや、もはや数式とは呼べないような、しなやかな曲線を描き加えた。


「見て。あなたの余白があるから、私の硬い理論が、こんなに優しく世界に溶け込める」


「……ゆいっち先輩」


みおの瞳に、色彩が戻る。

「……うん。あたし、もう余白を怖がらないよ。この理論は、あたしたちが『未完成』でいるための場所なんだもんね」


二人が描いた、数式と色彩が混ざり合う不思議な「画法」。

それは、つむぎの計測値さえ超えた、真の「情緒の調律」の瞬間だった。


しかし、その色彩の共鳴を、離れの影から見つめる者がいた。

和先輩の送り込んだ「監査チーム」の先遣隊。彼らは、みおが描いたその奔放な色彩を『精神汚染の拡大』として、冷徹にカメラに収めていた。


「ターゲット確認。源流との接触により、被検体の『逸脱』が加速している。……排除フェーズに移行する」


夏の終わりの夕立が、静かに近づいていた。

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