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潮風の古民家、あるいは原点の静寂

光都から数時間。列車を降りた5人を迎えたのは、むせ返るような潮の香りと、どこまでも高い夏空だった。

海を見下ろす高台に佇む、築百年の古民家。そこがゆいの祖母が暮らす、今回の「沈静化セッション」の舞台だ。


「……ただいま、おばあちゃん」


ゆいが重い引き戸を開けると、奥から小柄な老婦人が現れた。彼女は5人の顔をゆっくりと見渡し、ただ一言「よく来たね」と微笑んだ。


「うわぁ! 畳の匂いだ! 先輩、ここ、光都のシミュレーションルームより全然落ち着くよ!」

みおが縁側に飛び出し、足をバタつかせる。


「……無理もありません。この家全体が、周囲の自然環境と完璧な『弾性』をもって共鳴しています。建材の経年変化すら、計算されたノイズのように機能している……」

つむぎが壁の柱に触れ、驚嘆の声を漏らした。


ゆいは、あずさを連れて裏庭へ向かった。そこには、ゆいが幼い頃、初めて「マナー」という言葉の真意を祖母から教わった古い井戸がある。


「あずさ。私の『究極マナー理論』の根底にあるのは、おばあちゃんが言っていた『もてなしの心』なの。相手を管理するんじゃなく、相手が最も心地よくいられる『余白』を差し出すこと」


「余白……。それが、先輩の言っていた『理性ガード』の本当の姿なんですね」


あずさが新しいノートを開く。そこには、光都の冷たい研究室では決して描けなかった、柔らかい曲線が並び始めていた。


しかし、穏やかな時間は長くは続かない。

その夜、ゆいは祖母の部屋で、古い文箱を見つける。そこには、かつてゆい(ルナ)が学界から「異端」として追放されるきっかけとなった、未発表の論文の原稿が眠っていた。


(……おばあちゃん、どうしてこれを……)


そこには、今のゆいすら到達していない、理論の危険な深淵――『魂の直接調律』に関する記述があった。

「究極マナー」は、一歩間違えれば他者の心を完全に支配する「禁呪」になり得る。

ゆいの過去のトラウマが、潮騒の音と共に再び目を覚まそうとしていた。

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