放課後のパノラマ、あるいは束の間の均衡
審査会から数日。封鎖を解かれた「性文化研究部」の部室には、いつもの喧騒が戻っていた。
夕陽が窓から差し込み、埃が光の粒となって、まるで「青いクラゲ」の残光のように空中に舞っている。
「……ようやく、この匂いに戻れたわね」
ゆいは、少しだけ錆びた部室の鍵を見つめ、静かに呟いた。
机の上には、没収を免れたあずさのノートと、つむぎが修理を終えた計測デバイスが並んでいる。
「ゆいっち先輩! 祝杯の準備完了だよ! ほら、学食特製のジャンボプリン五人分!」
みおが冷蔵庫から戦利品を取り出し、賑やかにテーブルを囲む。
「……糖分は思考のガソリンですから。今回は、りつさんの法的な立ち回りにも助けられましたし、感謝の意を込めて分配します」
つむぎが正確な等分でプリンを切り分け、りつは照れくさそうに眼鏡を直した。
「私は当然の義務を果たしたまでです。……ただ、あの時皆さんと共有した『同期パルス』は、私の知るどの伝統儀法よりも……その、心地よいものでした」
5人は、笑い合いながらプリンを口にする。
それは、管理社会の厳しい監視下にあることを一時的に忘れさせてくれる、奇跡のような「余白」の時間だった。
「先輩。あの日、審査委員たちが最後に見せたあの表情……。あれが、先輩の目指す『究極マナー』の本当の力なんですね」
あずさが隣で、ゆいの瞳を覗き込む。
ゆいは窓の外、茜色に染まる光都の街並みを見つめた。
「ええ。でも和先輩が言ったことも、ある意味では真実なの。今の私たちの理論は、この社会の秩序にとっては確かに『毒』かもしれない。……それでも、誰かの心を救う毒なら、私はそれを薄めるつもりはないわ」
ゆいは、あずさの手をそっと握り返した。
あずさの肌から伝わる確かな熱。それは、かつて独りで禁呪を振るっていた時には決して得られなかった「他者という名の救済」。
「……ねえ、みんな。次は、もっと遠くへ行こう。この理論の源流――私のルーツでもある場所へ」
ゆいの言葉に、4人が顔を上げる。
「外界適応」を終えた彼女たちの次の目的地。それは、理論を数式から完全に解き放ち、血の通った「身体感覚」へと昇華させるための場所。
「……第3フェーズ、開始ね。ゆいの祖母が住む、あの古い町へ」
窓の外では、一番星が静かに輝き始めていた。
それは第2部「外界適応合宿編」の終わりを告げ、物語は究極マナーの「原点」を求める第3部へと舵を切ろうとしていた。




