再同期の温度、あるいは記録を超えた絆
「あずさ……!」
泥に汚れ、服を木々に裂かれながらも、ゆいはセミナーハウスのテラスに駆け込んだ。
そこには、空っぽの瞳で雨上がりの森を見つめるあずさと、彼女を心配そうに取り囲むみお、つむぎ、りつの姿があった。
「先輩……。どうして、そんなボロボロに……」
あずさが力なく立ち上がる。ゆいは無言で、胸元から一冊のノートを取り出した。
「これ……。あずさの『外部記憶』、取り戻したわ」
ノートを受け取ったあずさの手が、激しく震える。だが、彼女はそれを開こうとはしなかった。ただ、ゆいの汚れきった手を見つめ、大粒の涙をこぼした。
「……ごめんなさい。私、怖かったんです。この記録がなくなったら、先輩との繋がりも、私が私である証拠も、全部消えてしまう気がして。私、結局デバイスや文字に依存していただけだった……」
「違うわ、あずさ」
ゆいは、あずさの頬を両手で包み込んだ。
デバイスの数値も、理性のガードも、今の二人には必要ない。
「私も気づいたの。管理しようとすればするほど、大切なものは指の間からこぼれ落ちていく。……見て、私の心拍数。きっと今、つむぎの機械が壊れるくらいの異常値が出ているはずよ」
ゆいはあずさを強く抱きしめた。
森で学んだ「共生」のマナー。それは、相手の不安も、自分の弱さも、すべてを晒して混ざり合うこと。
「記録がなくても、あなたの肌の熱が、私の胸の鼓動が、私たちがここにいることを証明しているわ。……ねえ、聞こえる? 私たちの『誠実の温度』が、共鳴している音が」
あずさはゆいの胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。
その瞬間、テラスを囲む森の木々が、二人の感情に呼応するように一斉にざわめいた。
「計測不能……。でも、データの波形が、かつてないほど『澄んで』います。これが、理論の第2段階(β)の真の完成形……」
つむぎが呟き、みおとりつも、言葉を失って二人の光景を見守っていた。
「……あずさ。記録は返しにきたけれど、もうそれに縛られないで。これからは、記録される側じゃなく、一緒に『今』を刻む側になってほしいの」
「はい……はい、先輩……っ!」
嵐が去った後の夜。
二人は再び、ノートを広げた。
そこには新しく、文字ではなく、二人の指先が触れ合った場所についた「泥の跡」が、どんな数式よりも確かな真実として記されていた。




