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フェリロジカ  作者: 小林月春
物語
8/24

8話 「あなたは喜んでくれましたよね」

「突破したぞ!!」

 その声が響くと、野太い歓声が上がった。我先にと武器を振り上げ、開け放たれたばかりの町の城門を潜り抜けて行く。アランはそれらを全て、城壁の上から聞いていた。城門と繋がる城壁の上は人間二人が並べるほどの通路になっている。先行した部隊が犠牲を出しながら城壁を登り、城壁の上にいた王国軍人を刺し落とした後、アランはここを任された。腰には剣を、手には弓を。弓を引き絞り、仲間たちの行く道を遮る敵に狙いを定める。集中しなくとも、アランの放つ弓矢は風を呼び、敵の命を奪う。おぞましい。人間が持っていい力では無い。だが、アランは人間ではないのだ。感情の籠らない目で見据えた敵の醜悪な顔が、次の瞬間には驚愕に染まり、血を吹き出す。喉には放ったばかりの弓矢が深々と突き刺さっている。あの敵は指揮官だった。残った王国軍人たちが混乱し、その隙を無数の剣が貫く。

 アランは今、反乱軍に入り、戦っていた。

 ミレーヌが殺されて数日後のブランシェ家の迎賓館で、アランは応接室にいた反乱軍の人間と会った。その人は反乱軍の軍主で名前をシリルといった。彼は平民出身の元王国軍人で、既に五十歳を超えているというのに、自ら戦いの場に立つため、皆に慕われる人間だった。十数年前、彼はただ暴動を起こすだけでは何も変えられないと悟ると、国の中央に対抗できる人々に協力を求めた。反乱軍の評判は著しく悪く、協力する者はなかなか出なかったが、ここ数年でそれはがらりと変わった。国政の悪化と情報伝達の速さが原因だろうとは、軍師のディランの言葉だ。

 アランは入りたての二ヶ月前は剣を使って参加していたが、最近では弓を使うようになっていた。眷族は魔女の魂が眠るセネテーラ王国内にいる限り、その魂によって自然に助けられる──荒唐無稽な話が、真実だったからだ。少し離れた位置にさえ立てば、アランは誰からも邪魔されずに弓矢を放つことが出来た。それに気づいた軍師ディランは、アランを重宝するようになり、今回もアランがちょうど良い場所を陣取るための作戦まで立てた。彼の期待に応えなくてはならない。敵を殺さなければならない。この先に、「あいつ」がいる。

 ここはガルニエ公爵領最南の町。ここを抜けて北上すれば、領都へと辿り着く。そこに、ガルニエ公爵家の屋敷がある。

 王国軍人に混じり、ガルニエ公爵家の私兵が倒れている。中には倒れたふりをしてやり過ごそうとしているものがいるが、上から見ているアランの目は誤魔化せない。やり過ごせず、今度こそ地に伏した敵の背中を、仲間たちが踏み越えて行く。後に残ったのは見るも無残な死体たち──だが、ミレーヌよりはマシだろう。頭が胴と繋がっているのだから。

 アランに気づいた敵が地上からも弓矢を放つ。逆風が吹いて、弓矢は落ち、アランへは届かない。

「へー、やっぱり本当なんだ。俺、人間じゃないんだ」

 自覚してからは、全て「そういうもの」だと理解した。

「悪くないかも。楽だなぁ」

 弓矢をつがえ、今アランを狙った者に矢の先を向ける。あちらもアランに向かって弓矢をつがえている。

「こんなことなら、弓をずっと使っておくんだったな」

 ひゅん、と音を鳴らして、弓矢が飛ぶ。風が吹き、アランの弓矢を真っ直ぐに敵の顔面へと突き刺す。敵が放った弓矢は、風に押されて地面へと落ちた。

 城壁の周りには、もう倒すべき人はいない。軍人と私兵たちは動かない。住民たちは息を潜めて家の中に隠れている。見下ろした町は、赤く染まっていた。

「……きったな」

 アランは小石を蹴って、町の奥、軍人と私兵たちの詰所を制圧した仲間たちを見やった。ここからでも歓声が聞こえる。

 また一つ、町が落ちた。


 制圧した町の酒場は、中も外も反乱軍の人間でいっぱいだった。アランは隅に座りながら、頼んでもいないのに仲間が勝手に置いた豆のサラダを食べていた。

「アランー、お前ほんとスゲェよ!その歳でどうやってんだよ!」

「ディランさんが使うだけあるよ。お前のおかげでだいぶ楽になったぜ!」

 アランの両側に座る二十代の反乱軍の仲間二人が、酒場でアランの肩や背中を叩く。

「やっぱあれか?春光の傭兵団の秘技?教えらんない?」

「風読めばいけるよ」

「カーッ!そんなのすぐ出来りゃァ苦労しねぇっつーの!」

「天才の言うことを俺たちはそう簡単に実践出来ねぇよ!あ、そこのネーチャン、麦酒もう一杯!」

「俺も!こいつには山羊乳でいいや」

 こいつ、と指さされたアランは、何の反応も示さず豆を口に詰め込んだ。年齢の訂正にも疲れたし、どうせ麦酒は苦くて飲めない。

 向かい側に座るのはアランと同じ十代の仲間だ。彼は麦酒をちびちびと飲みながら、仲間たちに持ち上げられるアランを睨みつけていた。

「なぁにが天才だよ。オレだって弓の天才だっつーの」

「おいおい、お前も確かに天才かも知らんが、このアランの前じゃあ意味が無いぞォ。なんたって百発百中、敵の弓矢すら届かない!」

「敵の弓矢が届かないのは場所取りが良いからだろッ!ディランさんの作戦が良いんだよ!!」

「そうカリカリすんなよ。アランを見ろ。驕りもせず、豆しか食わねぇ」

 血涙を流しそうなほど強く睨みつけられ、アランは豆を頬張ったまま肩を竦めた。

「絶対お前よりオレの方が上だって認めさせてやる……」

「わーったから、さっさと麦酒飲めよ。また明日から強行軍で、飲めやしないんだから」

「アランも山羊乳飲んどけー。あーあ、明日からまた川の水だ……っと、きたきた」

 テーブルに麦酒と山羊乳が置かれる。店員は嫌な顔一つしていない。

「これで税金も軽くなるわぁ。さっさと倒しちゃってね、反乱軍さん」

「任せとけって!ところでネーチャン、今夜空いてる?」

「あたしゃ旦那がいる身だよ」

「今日は新月でソリエールも見てないぜ?」

「ははは!せめてそっちの子みたく可愛くなってから言ってよね。おっさん臭いよりは子どもの方がマシ!」

 指されたアランは、乾いた笑いを返すしかない。フラれた仲間は「まだ二十だっつーの!」と、去り行く背中に乱暴に放った。それからテーブルに突っ伏して嘆き始める。

「あー、恋してーぇ!俺も可愛い奥さん欲しい!」

「歩兵の女の子がいただろーが」

「あいつは好みじゃない!もっとこう……守りたくなるような……抱きしめたくなるような柔らかい身体の……」

(わっかんない話だな)

 十代二人はついていけず、飲み物を黙って飲むしかない。

「というと、あれか。マエリスちゃん!」

 ぶっとアランは山羊乳を噴き出した。

「おーい、大丈夫かよ」

「もしかしてアラン、お前……マエリスちゃんのことを……」

「誰が!!」

 アランは精一杯否定した。

 アランが反乱軍に入ったのと同時に、マチルドは幹部になり、孫娘のマエリスはその手伝い人となった。ブランシェ家は資金や食糧などを提供し、協力するだけで良かったのに、マチルドは反乱軍に深く関わりたがった。それが復讐のためだと、アランは察していた。マエリスはそんな祖母を心配してついてきたのだ。さすがのマチルドも、ブランシェ家の次期当主なのだからと反対すると思ったが、彼女にはもう何も見えていなかった。

 マエリスは容姿端麗であるから、男の多い反乱軍では高嶺の花扱いだった。しかも貴族であるから、誰もそう易々とは話しかけられない。しかし、アランと彼女はよく話していたので、仲を勘違いされることもあった。その度に否定するのも、最近は疲れてきていた。

「おーおー、お前ら元気だなぁ」

 がしりと両肩を後ろから掴まれて、アランはびくりと跳ねた。仲間たちはアランの後ろに立つ人を見て、顔を輝かせる。

「シリルさん!」

「フォンスにいるはずじゃあ」

 アランも後ろを見ると、そこには灰色の髪と髭が繋がった、筋肉隆々の老人がいた。彼は見た目にそぐわない豪快な笑い声を上げた。

「がははは!ようやくガルニエ公爵領に入ったからな!頑張ってくれた奴らの顔を見に来たのさ。明日にゃアンベール侯爵領に行くよ」

「アンベール侯爵領?」

 故郷の領地が出て、アランが反応する。

「おうよ!アンベール侯爵は国内屈指の善良なお貴族様であらせられる。ちと根回しに時間はかかったが、ようやく協力を取り付けられそうなんだ」

「アンベール侯爵様がうちについてくれりゃ、百人力じゃないですか!」

「それにあそこの御長男と言えば、あの剣聖でしょう?さすがシリルさん!」

「よせやい。俺じゃなくて最近の反乱軍の奴らや、ディランが頑張ってくれたおかげだよ」

 仲間たちはその言葉に感動して、シリルを讃える歌を即興で歌い始めた。歌の合間に、一人が言う。

「シリルさん、俺はあんたについて来て正解だった……!!」

 シリルはその言葉を笑って受け止めると、アランへと視線を移した。

「んで、アラン坊。聞いたぞ。今日も大活躍だったってな」

 向かい側からの視線がまた強くなる。アランは「まあ、頑張りましたから」と静かに答えた。

「お前には期待してるよ。領都攻略戦は、今まで以上の戦いになる。弓は一度の攻撃で戦況をひっくり返す武器だ。……頼んだぞ」

 肩をぽんぽんと二回叩かれる。アランは上がりそうになる口角を抑えて返事をした。

「はい。もちろん!」

「良し!お前ら、今のうちに散々飲んどけよー」

 「がはははは」と笑いながら、シリルは別の仲間たちに声をかけに行った。彼がある程度離れると、同じテーブルの仲間たちがアランに羨望の眼差しを向ける。

「お前、シリルさんに名前覚えられて、しかも肩まで叩かれて!」

「どうやったんだ!その顔か?顔なのか、ええ!?女の子だけじゃなく、あんな素晴らしいおじちゃんまで!!」

「許せねぇぜアラン。お前の弓の腕、俺にも分けろ!」

「ぎゃあっ!離れろ!暑苦しい!」

 じゃれついてくる仲間から強い酒の匂いがする。臭いったらない。これはもう完全に酔っている。ということは、このままここにいれば、彼らが酔って吐いたものをアランが片付けるはめになるだろう。仲間を払うと、アランは椅子を鳴らして立ち上がった。

「もう戻る!明日のために早く寝る!」

「アラーン!夜はこれからだぞ!」

「俺の夜はこれで終わりなの!」

 彼らに背を向け騒がしい酒場を出ても、外も反乱軍でいっぱいだ。道のあちこちに座って、酒場の中から運んでもらった酒を飲み、地面にパンを置いたまま喋っている。うっかり誰かの料理を踏んでしまわないよう気をつけながら、アランは静かな方へと歩いて行った。

 まだ血の残る地面を踏み、城門の下へと辿り着く。城壁の外には、制圧後に反乱軍が作った駐屯地があった。複数並んだ天幕の中から、いびきが聞こえてくる。アランはなるべく静かな天幕を選ぶため、駐屯地を歩き始めた。

 秋の冷たい風が吹いて、アランの頬を撫でていく。伸びた前髪が鬱陶しい。いつもは姉が切ってくれていたのに。

 顔にかかった横髪を払い、月の無い空を見上げた。

(姉ちゃん、俺、ガルニエ公爵領まで来たよ。絶対に姉ちゃんの未練を晴らすから)

 反乱軍は士気が高く、特にアランが入ったこの二ヶ月は順調に事が進んでいることもあって、皆は口に出さないまでもこう思っているようだった──絶対にこの反乱は成功する。俺たちがこの国を変えるのだ、と。

 だが、事態は急変する。それはガルニエ公爵領を北上中のことだった。

「黎明の傭兵団が、王国側についたって!!」

 伝令を受けた誰かが叫んだ。皆の顔色が変わったのをアランは見逃さなかった。

「あいつらはいつも国相手に仕事してきたじゃねぇか。分かってたことだろ」

「でもよ、黎明の傭兵団だぜ?しかも、今はあのディディエが団長じゃねぇか」

「いや、槍使いディディエは引退してどっかに行っちまったって話だ」

「でもよぉ……」

 士気が落ちている。それほどまでに、黎明の傭兵団は皆の中で大きな存在だった。

(反乱軍はもうずっと活動をしてる。どうして今になって──公爵領に入ったから?)

 これまで順調だったのは、ただ中央が準備をしていたからか。それとも、見過ごされていたのか。それとも、ついにガルニエ公爵領に入り込んだからか。

 反乱軍は、ブランシェ家が協力し始めてから動きを変えたと、アランは仲間たちから聞いている。無茶な作戦を繰り返し、短期決戦を意識しているのは明らかだ。王都を目指して、王の右腕とも呼ばれるガルニエ公爵領に入るのは、二ヶ月前の時点ではまだ考えられていなかったらしい。

「なあ、本当に大丈夫なのかな、この反乱」

 気弱な誰かが呟いて、周りから総叩きに遭う。皆、不安を誤魔化したくて彼を強く非難していた。

 少し離れたところで、また別の誰かが口を開く。

「でも、教会だってあっち側だろ?これじゃあ葬式の時、燃やしてくれねぇんじゃ……」

「滅多なこと言うなよ!なんだって今、葬式の話なんてすんだよ!」

「だってよォ!この間、油を拒否されたらしいじゃねぇか!教会が、俺たちに油を!教会は中立なんじゃなかったのか!?」

 それを聞いた数名が狼狽える。

「そ、そりゃオメェ、中立だからこそだろ。きっと中央にも油を渡しちゃいねぇよ」

「そんなわけねぇ!信じられるか!」

「俺たち、死んだら土葬になんのかな……」

「んな恐ろしいこと言うな!」

 おそらく皆必死だった。必死に怯えから目を背け、どうにか武器を握りしめていた。

 だが、一度悪い方へと転がると、その流れは誰にも止められない。翌日、軍師ディランからの伝令が届いた。あと少しで次の町というところで、彼らはガルニエ公爵領最南の町に作った駐屯地へ撤退することになった。

 天幕の中で、アランは同じ部隊の仲間たちと座りながら、次の指示を待っていた。皆が不安を隠して雑談に興じていた時、隊長が外から指示を持って入って来た。

「王国軍が、ガルニエ公爵領都の近くに駐屯したらしい」

「かなりの数か?」

「およそ六千」

 天幕の中に衝撃が走った。ガルニエ公爵領にいる反乱軍は三千、各地に散らばる者を含めても四千もいかない。

「そんなにいんのかよ……」

「あっちも本気を出して俺たちを潰そうとしてるってわけだな」

「ああ。だが……」

 隊長がアランを見る。

「アラン、お前の腕が見込まれた」

「……どういうことだ」

 アランが聞き返すと、彼は重々しく口を開いた。

「お前のその弓の腕で、王国軍の指揮系統を潰す」

 仲間たちは息を飲んだり、声を上げたり、思わず立ち上がったりとそれぞれ驚きの反応を見せた。

「お前を最良の位置へ連れて行く。他の奴らはあっちの指揮官たちを何がなんでも誘き出す。そしてアランが奴らを討つ──簡単に言えば、そういう作戦だ」

「上手くいくとは思えねぇ!」

 いつもアランを敵視していた十代の仲間が立ち上がって叫んだ。

「王国軍の指揮官と言えば貴族だ!あいつらは奥でふんぞり返ってるか、逃げ出すかに決まってる!」

「いいや、奴らは貪欲だ。必ず表に出てきて、武功を立てようとするだろう」

「何故言い切れる!?武功ったって、そんなの部下に任せて後で横取りするに決まって──」

「今回は、そのために軍主自らが前線に立つ」

 天幕内が静寂に包まれた。それぞれ目を合わせて、今の話は幻聴ではないかと確かめ合う。

 最近のシリルは、前線に立っていなかった。万が一彼を失うようなことがあっては、反乱軍の士気が著しく低下するからというのもそうだ。だが一番の要因は、彼自身の年齢にあった。

 シリルは平民の寿命を超える頃にあった。平民はどれだけ長くても六十の壁は越えられない。戦場に立たなくとも、いつ死んでもおかしくないのだ。

「指揮官たちを誘き出すためだけに、シリルさんが?」

 静寂を裂き、アランが尋ねた。

「そうだ。士気を高めるためでもある」

「で、でもよォ!」

 仲間の一人が声を上げる。

「そんなの、ブリュノさんが許すか!?」

 それは反乱軍を作った時からシリルと共にあった副軍主の名前だった。ブリュノはシリルの目指すものをあの手この手で実現しようとした。反乱軍に軍師がおらす、未だ国民を脅かしていた頃、略奪を繰り返したのは彼の考えによってだと今はよく知られている。国民に良い印象を与えることは無かったが、確実に武器などの物資は手に入り、その物資は今も使われていた。ブリュノに対し思うことがある者の方が多かったが、彼のシリルを敬愛する心は皆が認めるところだった。

「この作戦が今こうしてお前らに行き渡っているのは、そういうことだ」

「なっ……」

「明日から、本拠地から物資が届き始めることになっている。作戦までまだ日はある。お前ら、しっかり身体は休めておけ」

 彼は天幕を出る間際、アランを振り返り見た。

「アラン、お前に掛かっている。……いつも通りにやりゃ大丈夫だ」

 隊長が出て行き、再び天幕内に静寂が訪れる。アランは服の胸の当たりを握りしめて、息を整えた。胃がキリキリする。期待が重い。信頼が重い。だが、やり遂げなければ、アランの目的を果たせない。

(ちゃんとやらないと、俺は姉ちゃんに許してもらえない……)

「おい、アラン……」

 あの十代の仲間がアランに声をかけた。

「……お前、とりあえず寝とけ」

 彼の珍しい態度に何も言えず、アランは小さく頷くことしか出来なかった。

 話通り、本拠地から物資が届き始めた。それから数日後、シリルが到着した。落ちていた反乱軍の士気は再び高まりを見せ、ついにガルニエ公爵領の領都へと出発した。

 アランたちの隊は隊列の中央に目立たないように配置された。周りの視線から、同じ隊の仲間が庇ってくれる。アランの調子が悪くなれば、この作戦に支障が出るからだ。

 アランは手を握っては開くのを繰り返した──大丈夫、まだ感覚が残っている。気絶するようなことも無ければ、身体と意識が分離するようなことも無い。身体のどこも痛くない。

(大丈夫。俺はやれる)

 最近は眠らなくても頭が冴えている気がするし、歩けばどこまでも歩ける気がした。一点を見続ければ、山の向こうまで見渡される気だってした。

(だから大丈夫。俺は失敗しない)

 反乱軍の軍主自らが先頭に立ち、正々堂々と王国軍の駐屯地まで向かっているという情報は既にこちらから流している。王国軍は数で勝っているため油断し、反乱軍の到着を今かと待っている。その油断を利用する。

 そして、ついに王国軍の駐屯地へと辿り着いた。セネテーラ王国内にはさして珍しくない、平地の少ない凸凹した土地だ。両軍ともに布陣が展開される。反乱軍がこうして正面切って戦うのは、初めてのことだった。

 アランは反乱軍の後方の低山に登っていた。同じ部隊の仲間たちと、他の部隊の者が数名いる。この山を登った先で、アランは弓を構えるのだ。だが、この場所を王国軍が把握していないわけがない。木々の隙間から剣が飛び出して来た。こちらもそれは想定済みだ。アランを守るようにして、仲間たちが王国軍と剣を合わせる。接近戦に弓は向かない。アランも弓を背負い、剣を抜く。ここで死ぬわけにはいかなかった。まだ役目を果たしていない。何も遂げられちゃいない!

 アランの方に剣先が向く。アランは振り下げられた剣を、自分の剣で受け止めた。重い!アレクシよりも軽いが、その剣はアランが受け止め続けられるものではない。アランは剣を必死の思いで払うと、横に避け、小柄な体躯を生かして王国軍兵士の間合いに入り込んだ。アランは剣を両手から左手に持ち替え、右手で腰に差していた短剣を引き抜いた。それを思い切り、兵士の目に投げつける。慌てて避けた兵士に隙ができ、そこを狙い、剣を振り翳す。不自然に間抜けなほど、兵士が木の根に躓き、アランの方へと倒れ混む。そこに容赦なく、アランは剣を突き刺した。

 その場の戦いは乱戦となったが、長い時間の末、場を制したのはアランたちだった。地面に転がる者の中に、酒の場でアランに絡んだ仲間がいるのを見つける。彼の遺体を乗り越えて、アランと生き残った仲間は先へ進んだ。

 視界が開け、崖の上に出る。反乱軍本隊と王国軍が戦っている様子を眼下に見た。その向こうには、王国軍の駐屯地がある。天幕が並び、物資がある。

『もしかしたら指揮官たちをなかなか誘き出せないかもしれない』

 反乱軍の駐屯地にいる時、隊長がアランに言った。

『指揮官の姿が確認できなかったら、これを使えとの指示だ』

 渡された道具に言葉を失った。自分はここまで信頼されている。それと同時に、思っていた以上に反乱軍を取り巻く状況が悪化していることを悟る。

『ソリエールが導いてくれるはずだ』

 隊長の言葉を仕舞い込み、アランは道具袋の中に入れていた小さな水筒と火打石、そして複数枚の布を取り出した。

「やるか、アラン」

 仲間が言う。アランは頷いた。

 指揮官らしき姿は見えない。だから、渡された道具を使う。水筒からもう残り僅かな油を布に染み込ませ、矢先に縛り付ける。アランが弓をつがえると、仲間の手によって、火打石で布に火がつけられる。火矢の流れ星が、曇天の空を行く。そして、王国軍の駐屯地に火が放たれた。

 王国軍の混乱に、反乱軍が一気に畳み掛ける。アランは火矢を数度放ち、王国軍の駐屯地一帯が火の海となった。昼間でも目が眩みそうな明るさは、神の怒りに触れたようでもある。指揮官らしき者たちも戦場に出て、馬上で剣を振り上げ、指揮を取り始めた。仲間たちはアランが弓に集中できるように周りを警戒している。だからアランは何も気にせずにいつもの弓矢を構え、いつものように矢を放つ。燃える炎の赤が、吹き出る血の赤が、アランの網膜にこびりつく。何人かがアランの存在に気づいたが、反乱軍に押されてアランの元へは辿り着けない。風が吹き、あちらの弓矢は決してアランに届かない。指揮官はほとんど死んだ。この戦いもすぐに終わる──。

「何だあれ!!」

 仲間の一人が、反乱軍の背後を見て悲鳴を上げた。アランはハッとして、つがえた弓を下げる。そして彼らの視線の先を見た。

 前方の王国軍と戦いを繰り広げる反乱軍の後方に、二百ほどの軍勢が現れた。

「伏兵ッ、いや、まさか……!!」

 彼らの掲げた旗は、予想通りのものだった。

「黎明の傭兵団──!!」

 背後を取られた反乱軍は、彼らによって数を減らし始めた。王国軍もこれに気づき、黎明の傭兵団とともに反乱軍を挟み込む。上から見ているアランたちにとって、それはあまりにも分かりやすく目に映った。

「っおい!誰か来た!構えろ!!」

 山を誰かが登ってきた。崖にいるアランたちに逃げ場は無い。

「アラン、お前は下に弓を引け!」

「でも……!」

「こっちの弓はオレがいるから!!」

 十代の仲間が剣から弓に持ち替える。彼は先程の戦いで利き手を負傷していたが、痛みを感じていないようだった。

 木々の隙間から、弓が飛んで来る。次に剣が、斧が、姿を現す。黎明の傭兵団員だ。誰かが叫びを上げながら突っ込んで行った。彼は恐怖で上手く思考できなかったのだろう。すぐに斬り捨てられた。アランは弓をつがえられなかった。剣を持ち、斬りかかって来る黎明の傭兵団員の攻撃を避けるのに精一杯だった。彼らの攻撃は重いだの速いだの、そんな安易な言葉で片付けられるものではない。アランは崖の端まで追い詰められた。傭兵団員の向こうで、たくさんの赤が血に伏している。誰が立ち、誰が倒れているのだろう。

 腰を落とした斧使いが、低い声で言う。

「こっちも仕事なもんでな」

「っこの──え、あ、ああっ!?」

 大きな斧がアランに迫り、覚悟を決めて剣を構えたその刹那。不自然なほど間抜けに、アランは小石に足を取られ、崖下へと転落して行った。




「……う、ぐ……」

 アランは痛む身体を庇いながら起き上がった。崖から落ちる時、何度も身体をぶつけた。骨が折れていないのは奇跡だ。アランの下には、反乱軍の死体がぐちゃぐちゃになってあった。乱戦で死んだのか、それともアランが落ちてきたから死んだのかは、この死体の状態では分からない。

「…………う」

 臭いが脳を揺さぶり、その揺れが胃へと届く。アランはその場に吐き出すと、ぜぇぜぇと肩で息をした。

(俺は生き残ったのか……)

 眷属の特権というやつか、また自然に助けられたらしい。アランは口から乾いた笑いが漏れ出たが、口角は一切上がっていなかった。

 辺りは異様に静かだった。剣戟も怒号も無い。まさか、戦いは終わったのだろうか。

 アランは崖下の森にいるようで、よろよろと出口を目指す。出口に向かうにつれ、地面には反乱軍の死体が増えていった。そこに王国軍の死体も混ざり始める。傍らには、折れた剣や弓矢が転がっていた。

 そして森を出る。王国軍の駐屯地があった場所には焼け跡があり、燃え残った天幕の一部が秋の風に吹かれていた。曇天だった空には青空が見え、鳥が死体を狙って飛んできた。

「終わった、のか……」

 返される声は無い。アランは折れていない剣を広い上げて、落ちた時にどこかへ行ってしまった剣の代わりに腰に差した。王国軍の駐屯地に行くと、焼けてはいるがパンや野菜、豆を見つけた。それらを袋に詰めて駐屯地を出る。折れている弓は見当たらなかった。次に向かうのは、反乱軍の駐屯地である。

 手に入れた食糧を少しずつ口にしながら、アランは歩き続けた。苦い川の水も飲んだ。雨が降ればそれを水筒に入れた。そして、あの日を思い出すような曇天の下、反乱軍の駐屯地に戻ると、そこには負傷した仲間たちがいた。彼らは口数が少なく、怪我で呻く声が聞こえるだけだった。歩き回るアランに気づくことなく、彼らは下を向いている。皆一様に目が窪み、顔に暗い影を落としていた。天幕の布は包帯に使われ、どこにも屋根は無かった。

「……アラン、アランなのか?」

 後ろから声が掛けられ、アランは足を止めた。振り向くと、そこには軍師ディランがいた。ディランのそばには、彼の護衛の兵士たちがいて、怪我の様子は無かった。

「ディランさん?なんでここに……本拠地にいるんじゃ……」

「報告を受けて昨日来たんだ。お前は、生きていたのか」

「お前、は……?」

 含みのある言い方だった。ディランは眉間に皺を寄せ、口角を下げた。よく見れば、彼の目の下には隈ができ、顎には無精髭が生えていた。四十歳と聞いていたが、それよりも老けて見えた。

「……討たれたんだ」

「討たれた……?誰がですか?」

 下を向いていた仲間たちの肩が震え始める。中には倒れて丸まり、泣き始める者もいた。アランはディランの口もとだけに注視して、それがほとんど見えていなかった。

「……シリルだ」

 集中して聞いていたはずだった。だがアランは、聞き返した。

「え、何て……?」

 ディランは震えた声で再び言った。

「……軍主シリルが、王国軍に討たれた。私の作戦の時に」

 普段冷静沈着なディランが、地面に膝を落とす。

「終わりだ……!シリルがいないのでは、もう、もう、無理だ……!!まだ生き残っている反乱軍がいるのに、深追いされなかったのは何故か分かるか?もう反乱軍に力がないと判断されたんだ!そして……私も……そう判断した!!」

 骨張った手で土を握りしめ、ディランは悲痛に叫ぶ。

「アラン、君の働きは凄まじいものだった!感謝する!だが……君一人で……どうにかできる相手ではなかった……!私の軍略が甘すぎた……ッ!!」

 獣の遠吠えのような声が、ディランの細い喉から響く。アランは呆然とその場に立ち尽くした。

(……終わり?……無理って?)

 どういう意味だ。何も始まってはいないのに。アランの手は、まだ何も果たせていないのに。

 ディランは嘆き続けている。周りも嘆いている。太陽は雲の向こうに隠れ、暗い昼間だった。そんな中、アランは口を開いた。

「失敗の無い成功は、失敗に劣る」

 セネテーラ王国民なら誰でも知っている、英雄フェリックスの言葉だった。ディランが「は……?」と顔を上げる。

「次こそ勝てばいい。まだ終わってない」

「君は……まだ子どもだから判断ができていない……!」

「英雄フェリックスは少年だった」

 アランは温度の無い目でディランを見下ろしていた。

「英雄フェリックスは、ウェントース皇国から王を守るために、全てを失っても立ち上がり続けた。足が折れても、腕をもがれても、その心は変わらなかった。彼はセネテーラ王国の未来のために己の犠牲を厭わなかった」

 嘆きの声は小さくなっていた。皆がアランを見て、その声に耳を傾けていた。

「この国は、王や貴族のためのものなんかじゃない。この国に住む俺たち平民のものだ。この国は、セネテーラ王国は!」──アランは自分の胸に手を置いた。「俺たちセネテーラ王国民の国だ!」

 それは単なる偶然か、ソリエールの意思か。雲が動き、太陽が姿を現す。陽の光がアランへと注がれた。

 この時、人々はまさに光を見たのだ。

 それから、アランはマチルドとディランの推薦により、反乱軍の軍主の座へと就かされ、反乱軍は革命軍と名前を変えた。

 アランに、軍主になることを最初に聞かせたのはマチルドだった。彼女はアランを見つめて言った。

「アラン。この国を変えるためには、犠牲が必要なのです。分かりますね?」

 己が信じるもののみを信じ、それしか見ぬ恐ろしい目だった。あの時のミレーヌとよく似ているが、決定的に違ったのは、アランへと掛ける言葉だった。

「その犠牲に、あなたはなれますか」

 上に立つということは、矢面に立つということ。もし失敗すれば、アランは惨い死を迎えるだろう。いざとなればその命を以って、全てを償わなければならない。

 アランの返事は決まっていた。アランが目指すもののためにそれが必要というのなら、頷く以外に無い。

「俺はいつだって死ねます。姉ちゃんの未練を晴らして、この国を姉ちゃんが望んだような国にするためなら」

 それを聞いて、マチルドは静かに微笑んだ。

 アランの軍主就任が特に反対もなく受け入れられたのは、駐屯地にいた反乱軍兵士たちの後押しの他に、アランが反乱軍に入った時から、彼を重要視していた人物が手を回していたのも理由だった。

 その者の名前はリシャール。彼は反乱軍──現革命軍に物資を提供する商家の息子で、ディランの片腕だった。

 革命軍の本拠地は、王国の西にある男爵領の、とある廃城にあった。星の輝く夜、アランは案内された軍主の部屋で、木窓を開けて空を見ていた。吐く息が白い。季節は晩秋で、西に見える山の頂上には雪が積もっていた。

 扉が叩かれたが、アランは返事をしなかった。彼には聞こえていなかったのだ。

「無視とは酷いね、新しい軍主様は」

 背後から声をかけられ、アランはゆっくりと首を後ろに向けた。そこに立っていたのは、短い金色の髪を跳ねさせた、成人を迎えたばかりに見える青年だった。

「お前は……」

「こうして話すのは初めてかな。初めまして、こんにちは。僕はリシャール・メルシエ」

 右手を差し出される。その手を辿り、彼の全身を見るが、とても反乱軍の人間には見えなかった。

「君、僕を怪しんでいるだろ?」

 リシャールは手を引っ込めて、両腕を組んだ。表情はどこか楽しげで、アランには不可解な存在だった。

「誰?」

「リシャール・メルシエ。革命軍に物資を届ける商家の末子だ」

 アランは首を傾げた。彼は物資を渡されたら受け取るだけで、あとは戦いに身を費やしていた。わざわざ商家の名前を覚えておく必要が無かったのだ。

 リシャールは両肩を上げて、「やれやれ」と口にした。

「まあいいさ。気にしてない。末子というだけで、物資に関して僕が決定権を持っているわけではないからね。革命軍では主に裏方で、軍師の手伝いをしていたんだ。副軍師だよ」

「副軍師……」

「アラン、君がここに入って少し経った頃からディランに目をかけられたのは、僕の進言があってのことだ。春光の傭兵団のアランは百発百中だって、昔に聞いたことがあったからね」

 彼は組んでいた腕を解き、姿勢を正した。

「君に責任を押し付ける結果となった。軍主になることに反対が起きないように、周りに君の噂を流したのも、僕だ」

「噂?」

「君にはソリエールの加護がある。だから君には誰の弓矢も届かず、君の弓矢は誰にでも届く」──アランが息を止めたことに、おそらく彼は気づいていなかった。「そういう噂さ。そしてそれは、崖から落ちたはずが生きて戻ってきたという話によって、より神格化された」

 君が軍主になったのは、僕が始まりだ。

 リシャールはそう言うと、改めて右手を差し出した。

「君が目指す場所に、僕が導く。約束する」

 アランが目指す場所は、ガルニエ公爵のもとと、王のもとだ。彼らを消して、復讐を果たし、ミレーヌが望んだ国を作る。

 リシャールの茶色の目は空の星よりも強く輝き、アランを見つめていた。アランは彼のことを全く知らないが、自分が正しいことをするのだというその目が、ミレーヌを思い出させた。アランの手は、気づけばリシャールの手を握っていた。

「こうして握ると、君の手は硬いけれど、とても小さいね。……申し訳ない。こんな子どもに」

 そう言うが、リシャールは決してアランの手を強い力で握って離さなかった。彼も覚悟を決めているのだ。

 彼の手は温かい。だからだろうか。アランはふっと息を吐いて、久しぶりに軽口を口にした。

「今日で十六だってーの」

 そう、今日はアランの誕生日だった。リシャールは目を見開き、アランのつま先から頭の先までまじまじと見つめた。

「どう見たって十三歳か、頑張っても十四歳だろう?成人したようには見えないよ」

 彼はアランの持つ色の意味も眷族のことも知らない。そうだ、普通は知らないのだ。目を逸らして、アランは返す。

「俺、普通の人間じゃないみてーだから」

「……ああ、そうかもね」

 彼はアランの言葉を肯定した。弾かれたようにその目を見るアランに、リシャールは言う。

「だけど、それがどうした。君がどんな人間であろうと、僕は僕の目指すもののために、君の目指す場所へ連れて行く。何を悩んでいるか知らないけれど、君はそのままでも良いんだ」

 アランはぽかりと口を開けていた。

 自分は人間ではない、眷族という化け物だった。自然の力を利用する、おぞましい化け物だ。だが、リシャールはそれを一蹴し、「そのままでも良い」と言ったのだ。

 空いている方の手を動かし、彼はアランの手を両手で包み込んだ。

「僕たちの手で、この国を、ウェントース皇国の残骸が作り上げたこの国を。本当のセネテーラ王国に変えるんだ。そして、平和を作る。ここは、セネテーラ王国民のための王国であるべきだから」

 アランも両手で彼の手を包み込んだ。

「そうだ。この国を、セネテーラ王国民のためのこの国を、平和にするんだ」

「うん。やっぱり、君を選んで良かった」

 リシャールが小さく笑う。

「アラン、君は皆を照らした。今度はその光で、皆を導こう」

 アランはしっかりと頷きを返した。

 これがアランとリシャールの出会いだった。

 だからどうか笑ってください。あなたの幸せが「私」の幸せなのです。それともまだ足りませんでしたか。

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