とある貴族の語り
かつてこの国にはアラン・ペリエという王がいた。アルノー王朝を革命にて倒し、王位についた平民出身の男だ。彼は肖像画を描かせず、己の顔を彫った記念硬貨も造らせず、謁見はいつも紗幕越しだった。
多くの国民はこの男に期待していた。だが我々知恵のある貴族はしていなかった。平民出身で王だと?革命という暴力で尊き光を落とした、破滅の光が?
我々貴族は、最初は己の身のためアラン王に従うふりをしていたが、この王が意志薄弱だと気づいた後は、アラン王によく従う臣下の顔をして素晴らしき政策を推し進めた。だがどれも失策となった。国民たちが理解しなかったのが問題だが、責任はこちらにある。それは否定できない。しかし、我々だけの責任ではない。例えば、ウェントース皇国への侵攻はアラン王も乗り気だった。そして実際、侵攻は上手く行き、豊かな平地と安定した港を手に入れることができた。その対価にウェントース皇国との同盟は完全に消失し、あちらからの依頼が主だった傭兵たちの失業が相次いだり、陸路が使えなくなったりはしたが。
アラン王即位より失策が続き、九年が経つと、ついに宰相閣下が動いた。リシャール・メルシエという名前のその御人は出身こそ商家であるが、その商家も元を辿ればアルノー王朝に繋がるという尊き血が流れている。故に、彼は我々側だったと言えよう。宰相閣下はアラン王を幽閉すると宣言したのだ。王位剥奪をすれば、王位が空いて、また国は荒れる。より良い王位候補が見つかるまでの幽閉だという。理解はできた。私はこの宣言を支持した。
だがその宣言後、ある有力貴族が言った。
「新たな王が即位した後、アラン王の一派が何をするか分かったものではない」
悲しいことに、アラン王の一派は存在した。主に平民や革命軍から王城勤めに成り上がった者たちではあるが、烏合の衆ながら多勢である。その有力貴族の言うことは尤もであるから、私や周りの貴族たちは夜通し考えを巡らせ──ついに思いついた。
革命が終わって、十年目の年になる新年の日。私たちはその計画を実行した。
王城から追放されたアラン王が乗る場所が、幽閉先の南の離宮に到着する。私たちは南の離宮から出て、場所からアラン王を引きずり出した。
南の離宮には普段鍵がかかっているが、金を掴ませた王国軍人──宰相閣下がお選びになられた、追放の馬車の護送役だったが、変わってもらった──から鍵を入手していた。故に、実に快適な待機を出来た。宰相閣下は人が良い。アラン王のために随分と南の離宮を整備していた。今ではかつて以上に高級品となった甘味まであり、つい笑ってしまったほどだ。
馬車から引きずり出したアラン王は、驚くほど軽かった。引きずり出したというよりも、引っ張り出したという方が正しいか。抵抗も無かった。引っ張り出したのは私で、掴んだ手の細さに恐怖したのを覚えている。心労により亡くなった、我が父の手首を思い出したからだ。嗚於、父よ。あなたがあの王を見たらさらに心労を重ねたことでしょう。あなたは良き貴族であり、あのようなものを嫌っておられた。
我々はそのままアラン王の南の離宮へと連れ込んだ。南の離宮の奥、厨房の横には貯蔵庫がある。他の部屋よりも寒さが強い部屋だ。そこに用意した椅子にアラン王を座らせ、机代わりにした樽の上に書類たちを置いた。アラン王は子どものように首を傾げ、それが何かを聞いたので、我々は答えた。
「あなたがやってきた罪に関するものです」
アラン王は覚えがあるのか、ただでさえ白い顔をさらに白くした。我々は「彼の罪」を読み上げる。
奴隷売買、領土売買、異教優遇、女児誘拐、淑女殺人。他にも多岐に渡る。これを聞いたアラン王は首を傾げ、そしてふるふると頭を振った。彼はそんなことは知らない、やってないと言う。だが我々は彼を囲み、「あなたがしたことです」と口を揃えて言った。本来の護送役に代わり彼をここまで護送させた私兵──私のものではない。他の貴族のものだ──に命じ、アラン王の足と腰を、縄で複雑に椅子に拘束する。
「この書類たちに署名すれば、罪を認めたことになります」
「罪を認めてくださいませ、陛下」
アラン王は決してペンを持たなかった。
まあ、それもそうだ。実際彼はこの罪を犯していない。我々だ。我々が犯した罪だ。
新しい王が立つ時、彼は邪魔だ。だからといってただ殺すには勿体無い。故に、我々が若き日に犯した過ちや、老いたことで犯してしまった過ちを清算する道具になってもらうことにした。意志薄弱な彼ならばすぐに署名すると思ったが、一応はあの革命軍の軍主をしていた男だ。なかなか首を縦には振らない。
故に、我々は彼を放置することにした。まだ死なれては困るので、別の貴族の私兵に汲ませた井戸水の一日一杯だけ与え、それ以外は何も与えなかった。食糧?ああ、あそこには確かに多くの食糧があったが、私たちが食べた。貯蔵庫のすぐ横が厨房なので、料理の音や匂いはアラン王の腹を苦しめただろう。勿論、我々は料理などしない。わざわざ屋敷から呼び寄せた使用人に作らせた。アラン王が署名するまで、我々は遊びに興じ、それ以外はアラン王に署名を迫った。だが、一向にペンを握らない。
「さすが宰相閣下に己の罪を被せておられるお方だ。ここでも罪を認めないのか」
貴族の誰かがため息とともにそう言うと、アラン王が目を見開いた。その言葉の意味は何かを、震えた声で聞いた。故に、我々は答えた。
「これまでのあなたの失策は全て、宰相閣下のものだったということになっています」
「宰相閣下にわざわざ自筆で書かせ、記事にして各所にばら蒔いたのでしょう」
「我々が知らぬとお思いか」
我々の言葉を聞いたアラン王は、その目から涙を流した。彼の涙を見るのはそれが最初で最後だった。
美しいと思った。細く、今にも倒れそうな、少年にも見える男が、苦しみの末に流す涙が。
どうやらアラン王は悪評を全て宰相閣下が被っていることは知らなかったようだ。宰相閣下は我々側では無いのだろうかとそこから思うようになったが、まあいい。関係は無い。アラン王が涙するのを我々は見ていた。それだけだ。
それから四日ほど経ち、アラン王がようやくペンを握るようになった。だが、署名までは時間がかかった。夜中、眠る彼を字のごとく叩き起こし、ペンを握らせ、罪を改めて読み上げ、宰相閣下が被った悪評を改めて突きつけてようやく、そうようやく、彼は署名した。署名は全て震えていたが彼の文字である。我々の罪は清算の一歩を踏み出したのだ。
署名が済むと、すぐに書類は裁判所に送られた。我がセネテーラ王国は高度な裁判所がある。身分に関わらずそこで罪が裁かれるのだ。被告人などいなくとも、この証拠だけで十分動ける。結果はすぐに出た。処刑だ。さすが我がセネテーラ王国の裁判所である。たとえ王でも罪が多ければ処刑を決めてくださる。有力貴族はその御礼に裁判官たちを厚くもてなしたそうだ。私も少しばかりの気持ちを渡した。おそらく、他の貴族もだろう。
アラン王はすぐに地下牢に送られた。いや、もう王ではない。アラン青年と呼ぶべきだ。
簡素で粗末な洗いざらしの、数多の罪人たちが使い回した処刑用の服を纏ったアラン青年は、腰まであった黒髪を首あたりで切られていた。雑に切ったのか、何房かは長いままだった。彼は狭く暗く寒い地下牢の中、もはや長机のようなベッドに座り、その時を待っていた。そう、処刑前夜、私は彼の顔を見に行ったのだ。処刑用の服は彼の体格には合わず、より細さが際立っていた。また涙を流さないかと、いくらか言葉をかけてみたが、彼は無反応だった。故に、ほんの僅かな瞬きにすら感動できた。
かつて、彼は光と呼ばれた。解放の英雄と呼ばれた。その面影はどこにも無かった。ただひっそりとそこで息をしているだけ。だからこそ、彼が少しでも何かの反応を見せると、自分に反応したのだと、自分にだけ反応をしてみせたのだと錯覚してしまう。恐ろしい男である。このような存在は早く失くしてしまった方が良い。
そして処刑の日。群衆は広場の処刑台の前に集まった。彼らは国を傾けた王を見て、我々貴族には理解し難い下品な言葉を上げた。私は貴族として、近くの店の二階の窓からそれらを見下ろしていた。だから見えた。群衆の一部が、一人の男によってて押し退けられていく様を。その男は処刑台の前まで来た。それを抑えたのはアンベール侯爵だ。若いながら剣聖の称号を得た御人で、彼の手にかかれば素手でも抑え込むのは簡単だった。処刑台へと続く階段から下ろされ、地面に抑え込まれた男は、その手をアラン青年に伸ばしていた。彼もアラン青年に狂わされた一人だろうか。アラン青年はどこか疲れたような顔をしていたが、男をぼうっと見ると──次の瞬間、僅かに微笑んで見せた。
何だ。あの笑みは何だ。
混乱する私を置いて時は進む。アラン青年は跪かせられ、うなじを晒された。そして、処刑人の斧が彼の首を切り落とした。罪を犯した貴族は剣で首を落とされるが、彼は斧だった。彼は平民出身だったからだ。
彼の首は掲げられた。群衆からは歓声が上がった。地面を震わす程の歓声だ。だが、次第にそれらは小さくなっていく。そして皆が、安心したように微笑んで眠るアラン青年の首から目を離せなくなった。
地面に抑えられていた男の慟哭だけが、広場に満ちていた。




