第2章 赤いコートの女
昼休み、美咲は購買で買ったパンと紙パックのカフェラテを持って、校舎裏のベンチに向かった。
人目が少ないこの場所は、毎日のように彼女が選ぶ“食事場所”だった。
人がいないところでも、美咲はなるべくマスクを外さない。
理由ははっきりしない。ただ、自分の素顔を誰かに見られることが、怖いだけだった。
ストローの刺さった飲み物は、その点でありがたかった。
マスクの端をそっと持ち上げて、隙間からストローを差し込めばいい。
そうやって飲むのは、美咲にとって、もうすっかり馴染んだやり方だった。
パンの包みを開きながら、ふと視界の端に赤いものが映った。
それは、ロングコートだった。深く、艶のある赤。
この季節には少し目立つ装いなのに、妙に自然に見えた。
ロングコートの女は、黒髪を風になびかせながら、ゆっくりと歩いていた。
顔は大きめの白い立体マスクでほとんど隠れている。
それでも、その立ち姿には不思議な存在感があった。
美咲は、目を離せなかった。
その女は、校舎前で一度立ち止まり、スマホを確認するように画面を見て、再び歩き出す。
そして、まるで何かに気づいたように、こちらへ視線を向けた。
白いマスクの上の瞳と、美咲の目が合った。
心臓がひとつ、跳ねた気がした。
女は何も言わず、視線を戻し、そのまま立ち去っていった。
それだけの、短い瞬間。
でも、美咲の中で、その背中は妙に心に残った。
マスク姿の人なんて、別に珍しくもないのに
なのに、なぜか彼女には目が止まった。
何が気になったのか、自分でもうまく言葉にできなかった。
けれど、それ以上のことは、まだこの時点ではわからなかった。
彼女の名も、理由も、そしてその正体も――。