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第19章 夕焼けのベンチ

美咲は夕方、大学のキャンパス内のベンチに座っていた。心の中ではまだ、あの言葉がぐるぐると回っている。悠馬に言われた、「もっと知りたい」――その言葉が、温かくもあり、少しだけ重かった。


(知ってほしいけど……私、どうすればいいんだろう)


美咲は、無意識にマスクを指で触れる。自分の素顔を見せることに対する不安が、心の中で膨らんでいく。でも、それをどう乗り越えたらいいのかは、まだ分からなかった。


ふと、目の前のベンチに人影が現れた。無言で、綾乃が座った。いつものように、言葉はなく、ただ黙って隣に座る。目を合わせることなく、静かな空気が漂う。


美咲は何も言わずに、綾乃の横に並んだ。黙って座るその時間が、何故か心地よい。


しばらくの静けさの後、美咲がようやく口を開いた。


「綾乃さん……私、どうすればいいんだろう?」


綾乃は、美咲の言葉を静かに聞いていた。彼女の顔には、いつもの無表情が浮かんでいる。何も言わずに、ただ待つ。沈黙の時間が続いた。


「好きになった人には、もっと自分のことを知ってもらいたいって思う。でも、それってすごく怖くて……」


美咲は少し俯きながら、続けた。


「私、素顔を見せたくない。見せても嫌われるんじゃないかって怖い……でも、悠馬が『もっと知りたい』って言ってくれたから、どうすればいいのか分からなくて……」


しばらくして、ようやく綾乃が口を開いた。


「好きにしたらいいんじゃない?」と、いつも通りの淡々とした言葉で。


美咲は思わず目を見開いた。綾乃がこんなことを言うとは思ってもみなかったからだ。しかし、綾乃はその後も黙って座っているだけで、何も続けない。


「え?」と、美咲は少し戸惑いながら言ったが、綾乃は無言のまま、ただ美咲の視線を受け止めている。


しばらくして、綾乃は少し目をそらし、話し始めた。


「昔ね、ある少女がいたの。その子は自分が嫌いだった。」綾乃は静かに言った。「人と違って、すごく無理をしていた。それが当たり前だと思っていたけど、結局それが疲れるだけだった。」


美咲は黙って綾乃の話に耳を傾ける。


「ある時、その子は、ある人に言われたの。『自分を認めてほしいなら、まず自分を認めなきゃダメなんじゃない?』って。その子は最初は理解できなかった。自分を認めるなんて、どうやって?って思ったけど、少しずつ、自分を受け入れられるようになった。」


綾乃はそのまま静かな声で続けた。


「それでも、マスクは外さなかった。自分が何をしているのか、周りにどう見られているのかが怖くて。でも、だんだん気づいたんだ。自分を認めることから、全てが始まるって。」


美咲は少し驚き、そしてその話に耳を傾けながら、少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。


「だから今その子は、自分を隠さずに生きてる。マスクをしていても、心はずっと自由になったはずよ。」綾乃は静かに言った。


美咲は少しだけ、安心したように頷いた。


「あなたが、自分をどうしたいか、どんな風に生きたいか、それを考えればいいんじゃない?」


美咲は少しだけ驚き、そして心が少し軽くなるのを感じた。


「見せたければ見せればいい。でも焦ることはない。無理して見せる必要もない。」


その言葉が、まるで美咲の胸の中にある小さな不安を取り除いてくれるような気がした。


美咲はその言葉を胸に、少しだけ笑みを浮かべた。「ありがとう、綾乃さん。ちょっと、気持ちが楽になった。」


そして、美咲はふっと息をついて、夕日に染まるキャンパスを眺めた。少しずつ、自分の中で気持ちが整理されていくのを感じながら。

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