第10章 楽しい時間
授業が終わり、美咲はいつものようにキャンパスの片隅にあるベンチへ向かった。
今日も穏やかな陽気で、ベンチの周りにはちらほらと学生の姿も見える。
ただ、美咲のお気に入りのこの場所は、人通りが少なく、落ち着いて過ごせるのが好きだった。
スマホを手に、ぼんやりと画面を眺めていた時、ふと視線を感じた。
顔を上げると、赤いコートに身を包んだ綾乃が、静かに立っていた。
「あ、こんにちは」
美咲が慌てて挨拶すると、綾乃は小さくうなずき、無言で隣に腰を下ろす。
こうして隣に座るのも、もう何度目かだ。それでも、綾乃はあまり自分から話題を振ったりはしない。
どこか、こちらのペースを尊重してくれているような静けさだった。
「……あの、今日、ちょっとだけ、いいですか?」
勇気を出して、美咲が声をかけると、綾乃はゆっくりと横顔を向けた。
無言だけど、その視線には「どうぞ」とでも言うような柔らかさがあった。
「最近、ちょっと……仲良くしてくれる人ができたんです。大学で」
自然と笑みがこぼれる。
それは、心からのものだった。友達と呼べる人たちが、少しずつ自分の世界に増えていく。
そんな変化が、美咲にとっては嬉しかった。
「……うん」
綾乃は、それだけを短く返した。
でも、その声は冷たくなく、むしろほんの少しだけ、温かかった気がした。
「今まで、こんなふうに誰かと自然に話せるなんて思ってなかったから……嬉しいです」
言葉にして、改めて自分の気持ちを確認する。
美咲の胸の奥に、小さな自信が灯るような気がした。
綾乃は何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細めて、美咲の言葉を聞いていた。
そして、まるで「よかったわね」とでも言うように、ほんのかすかな笑みを浮かべた。
それだけで、美咲は心がふっと軽くなるのを感じた。




