澪の心の迷い
澪は自分が何を感じているのかを整理しようとしていたが、それが思うようにいかない。楓の笑顔、大地と親しげに話す姿が頭に浮かんでは消え、そのたびに胸の奥がざわつく。
その日の放課後、澪は校舎裏のベンチに腰を下ろして、一人静かに息を吐いた。手元には、兄から無理やり押し付けられたメモ帳がある。そこには過去の自分が書き残した、心の叫びのような言葉が並んでいた。
「俺なんか、いてもいなくても同じだ。」
その一文を見た澪は、苦々しい顔でメモ帳を閉じた。今の自分は、その頃より少しは変われたのだろうか。楓のことを考えると、自分が何かを求めているのではないかという感覚が胸を締め付ける。
そんな時、背後から聞き覚えのある声がした。
「澪ちゃん、こんなところにいたんだ。」
振り返ると、楓が微笑みながら立っていた。その手には、生徒会室から持ち出したらしいファイルが抱えられている。
「これ、澪ちゃんが置き忘れたんじゃないかと思って。」
楓が差し出すファイルを受け取りながら、澪は少し困惑したように口を開いた。
「お前、わざわざ持ってきたのか?」
「うん。澪ちゃんが困ってるかもって思ったから。」
澪は楓の真っ直ぐな瞳に射抜かれたような気がして、一瞬言葉を失った。その優しさが心に触れるたび、自分の弱さを突きつけられるようで怖かった。
「お前さ…そんな風に気軽に人に優しくするな。」
「えっ?」
突然の言葉に楓は驚いたような顔をした。澪は苦笑いを浮かべながら、言葉を続ける。
「…相手が勘違いするだろう。」
楓はしばらく澪の言葉の意味を考えていたが、やがて小さく笑った。
「それでも、澪ちゃんには優しくしたいって思うんだ。」
その一言が、澪の胸に深く刺さった。自分でも抑えきれない感情が渦巻いているのを感じた澪は、立ち上がって言った。
「…帰るぞ。暗くなる。」
楓も一緒に立ち上がり、二人は並んで校門へ向かって歩き出した。その間、澪は一度も楓の顔を見られなかった。