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ーNo titleー  作者: 一ニ三
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絶叫

 愛夢のスケジュールは午前中は美剣とのトレーニングや射撃訓練、そして午後からは漁火との座学授業となっている。

 昨日から今日まで、まだ何一つ仕事らしい事はさせてもらえておらず、焦りは募るばかりだった。

「本当にもう平気です!」

「ダメだ!せめてウォーキングだけにしとけ」

 早くトレーニングを始めたい愛夢。

 貧血を起こして倒れた愛夢を未だに案じる美剣。

 そんな二人の口論が10分程トレーニングルームに響いていた。

 昨日は追弔が入り説明は中断された。だから今日こそトレーニングが出来ると思っていた。

 そうやって決着が着かぬままで互いに無言のゾーンへと入り始める。

 だが愛夢の目尻に溜まる涙を見た美剣は慌ててルームランナーを起動させた。

「まずは、どれだけやれるのか見るから!んで様子見ながらちょっとずつレベルを上げていく!これでいいだろ、な?だから泣くなよぉ・・・」

 頷いて涙を拭った愛夢はウォーキングを開始した。

 美剣も隣のマシンを起動させて愛夢と同じスピードで歩き出す。

「とりあえず30分だけな」

「私は早く皆さんの役に立ちたいんです。辛くても頑張ります!だから本格的に鍛えてください!」

「それは様子を見ながら〜」

 早く全力で走らないと、あのクリスマスの日の感覚を忘れてしまいそうで怖かった。

 "お散歩"などしている場合ではない、と苛立ちが加速していく。

「まだ走っちゃ駄目ですか?」

「・・・じゃあ少しだけスピードを上げるか」

 結局ゆるい競歩程度のスピードのままでトレーニングは終わった。

 それでも息は切れるし汗もかく。こんな無駄な行動に裂く時間と労力が、ひどく惜しいと思えた。

 対する美剣は汗一つかいておらず普段通りであり、それが言うまでも無い二人の差であった。

「明日こそ、もっとちゃんとしたトレーニングができますか?」

「そんな焦るなって!何でそんなに急ぐんだ?」

「何でって・・・私は早く強くなって皆さんの役に立たなきゃならないんです!」

「別にいいって!お前はオレに守られて安全な場所で笑ってさえいてくれていたら、それでいいんだよ」

 その言葉は何もするなと同義だった。

 愛夢の可能性を信じて、何でも出来ると、何にでもなれると言って、ここへ連れて来てくれた美剣の言葉だからこそ、誰に何を言われるよりも辛かった。

 強くならなければ前線へ出してもらえない。

 だがその為のトレーニングもさせてもらえない。

 もどかしさで愛夢は唇を強く噛む。

「あっ!お前に見せなきゃならん所があるんだ」

 上着を着た美剣は手招きで愛夢を奥の扉へ呼んだ。


 厚く重たい白い扉を開くと、そこは何も無い部屋だった。体育館を思わせる高い天井、床は無機質なコンクリートで広さはサッカーコートの倍はある。

「ここはシミュレーションを使ったトレーニングが出来る部屋だ」

 美剣は入り口の側にあった液晶パネルを触りながら唸る。

「う〜ん・・・触るの久々だからなぁ」と美剣が画面を連打している間、愛夢は部屋の中を見渡す。

 この空間ならば全力で走り回っても誰の迷惑にもならない。トレーニングに最適な場所だと思えた。

「あっー!ヤバい!!」

 その声で愛夢も画面を覗き込む。見ると処理中のマークが止まってしまっていた。

「壊れたんですか?」

「やっぱり、そう思うか?」

「・・・はい」

 おそらく美剣の連打に耐えられなかったのだろう。液晶画面は固まったままで動く事はなかった。

「悪い、コレはまた今度だ。旭夏に謝りに行かなきゃならんからな」

 シミュレーションルームを二人が出た瞬間、けたたましく警報音が鳴る。

 昨日の今日でのアスピオンの出現であったが美剣は驚いてもいなかった。即座にスマホを確認する美剣に愛夢も倣う。

 今日の現場は郊外だった。自然が多い場所で愛夢も子供の頃に何度か遊びに行った事があった。

「今日は高速での移動だ。行くぞ!」

「はい!」


 外へ出ると既に他の三人と武装した自衛隊員が愛夢たちを待っていた。

 美剣たちはロングタイプの2トントラックへと乗り込んで行く。

 愛夢は昨日と同じく漁火と移動を共にする。乗り込んだ別車両の中には武装した新田もいた。

「昨日と自衛隊員の方の服装が違うのは何故ですか?」

 漁火は愛夢の疑問に即座に答えてくれた。

「今日の追弔は人目につきにくい立地ですので、作業員に扮する必要は無いからです」

「西宮さんが昨日ご一緒したのは別の駐屯地の隊員です。追弔の現場へは最速で到着できる人間が向かう事になっています」

 新田の補足でも愛夢の疑問は解消されない。

「でも、この現場に一番近い駐屯地はここじゃないです。どうして今日は同行するんですか?」

 昨日、新田たちは現場へはこなかった。責めるつもりの質問ではなかった。それでも新田は深々と頭を下げた。

「第一の理由は今日の現場にはアスピオンが複数体いるからです。支援を必要とする可能性が高い場合は我々は必ず皆さんに同行します」

 複数体と聞き不安から心臓部に痛みが奔る。

 昨日のスピードを思えば支援が必要ないと判断されるのも無理はなかった。

「第二の理由は、我々では皆さんに追いつけないからです」

「昨日の移動は公共機関を使っていましたけど?」

 愛夢たちもそれを使って移動したのだから、新田たちが追いつけない訳は無かった。

 支援をしてくれないどころか、そんな理由で同行を拒否され愛夢の中に不信感が生まれる。

 そんな様子を察したのか漁火が優しく説明をしてくれた。

「武装したまま公共機関で移動する訳にはいきませんから、同時刻に皆さんは車両にて現場に向かってくださっていたんです」

「そう、なんですね・・・」

 目の前の新田も愛夢と同じやりきれない表情をしていた。これはアスピオンの事を公表してしまえば解決できる問題なのだ。

「西宮さん、パルクールってご存知ないですか?」

 漁火の唐突な質問に愛夢は背筋を正して答える。

「えっと・・・障害物を跳んだり登ったりする運動、の事ですよね?」

「その通りです。この話の続きは新田さんにお願いしましょうか」

 高校でも同好会も作られていたが、その危険な移動方法により怪我人が出た事で禁止となってしまった。

 何故、突然パルクールの話題になったのか愛夢には分からなかった。

「美剣さんたちは移動に公共機関をほとんど使っていません。県境くらいの距離でないと車両も使いません」

 愛夢が漁火の方を見ると肯定の頷きが返ってくる。

「使っても併用するくらいだと聞いております。時間通りに走る車両よりも、ご自身で走られた方が早く現場に到着出来るそうです」

 愛夢の卒業式の日、追弔に呼ばれた美剣はビルの上へ跳んだ。雑多な都会の道を走り抜けるよりも、パルクールでショートカットをする方が確かに早い。

 昨日、スマホにあるナビアプリはルートを二つ示していた。

 一つは愛夢が使った公共機関を使うルート。

 もう一つが徒歩でのルートであった。

 これまでの話で愛夢の中で合点がいく。

「昨日、公共機関を使ったのは私がいたからですね?」

「はい。到着時刻には10分程度の差があります」

 新田は包み隠さずに全てを愛夢に教えてくれた。気まずそうにしている漁火には無理だったであろう。

「私がいなければ・・・漁火さんは、美剣さんたちと一緒に行っていましたよね?」

 少しの沈黙の後、漁火は「・・・はい」と返事を返した。愛夢も「・・・すみません」と謝る事しか出来なかった。

「ですが私も外にいる場合が多いので到着時刻がズレる事はよくある事です」

 漁火の貴重な時間を座学授業で拘束しているだけでなく移動方法まで狭めてしまっていた。

「デコイの解除は遠隔でも出来ますし、私が現場にいたとて大して役には立ちません。ですから西宮さんが気に病まれる必要はありませんよ」

 俯き黙る愛夢に漁火の励ましは届かなかった。

「私も、この春からコチラに配属になったので西宮さんと同じく新人です!共に頑張りましょう!」

 愛夢は空返事で答える。漁火が効かぬのに新田の熱い励ましが効く訳がなかった。


 到着した現場はTHE田舎と言っても過言ではない土地だった。

 デコイの設置場所は強固なフェンスの内側にはブルーシートで目張りがしてあり、上部には有刺鉄線で中に入られないように厳重に警戒がされていた。そこを自然保護と研究と銘打って閉鎖し人目を避けてある。

 中には別の駐屯地から駆けつけてくれた自衛隊員達が美剣たちの到着を待っていた。

 旭夏はタブレットを皆に見えるように簡易机に置く。画面には二体の黒い影が映っていた。

「今回のアスピオンは蛙です。しかも二体います」

「二体か・・・。戦力を分散するよりも銃火器で支援してもらった方が安全かもな」

「いや、なるべく痕跡は残すなと言われている。だから一体の足止めは僕が引き受ける。お前は旭夏君と一緒にもう一体の方を先に還せ」

 美剣の提案を溝呂木は一蹴した。これに即座に反対したのが漁火だった。

「それでは溝呂木さんが危険に晒されてしまいます!」

「平気とは言わないけど、ここなら僕のメテウスも使える。それに二人が組んだ方が一体は迅速に還せるのは確実だ。これが最善だよ」

「ですがっ・・・!」

「心配してくれてありがとう。どの道、危険なのは一緒だ。迅し私かにを遂行する為に尽力するよ」

 美剣が了承し溝呂木の提案は実行される事となった。

 昨日の座学授業でアスピオンは時間が経てば経つ程に狂暴性が増すと教えられた。それ故に、これ以上念密な作戦を練る時間は無い。

 銃火器による支援は、近接戦闘をしている美剣たちが被弾する可能性がある為に控えてもらっていた。

 それでも自衛隊員達の方がずっと戦力になれる。

 昨日、下された密命が愛夢の中で重くのしかかる。

 自分は足を引っ張るどころではなく、溝呂木に逆に守られているだけで何も出来ていない。

 複数体のアスピオンが出現すれば手が足りなくなる事は明白であるのに、それに気付かず何もする事がないと悩んでいた自分を殴ってやりたかった。

「近くにあるのがクスノキでよかった。良い場所だよ漁火君、さすがだね」

「恐縮です」と答える漁火の声は沈んでいた。


「これよりアニマアンフィビアン、蛙型アスピオンの追弔を開始する!」

 三人が始纏唱を唱えフロウティスを纏う。

 漁火がデコイを解除するよりも早く小型自転車程の大きさの蛙のアスピオンは三人に標的を変えた。

 だがアスピオンが地面を跳ねようとした瞬間、伸びたクスノキの根が2匹の足元に絡み付く。

 動きを止めた1匹は踠いた拍子に足の関節が外れたが美剣たちの方へ向かうのは止めない。

 もう1匹も一心不乱に前へと進み、木の根を引き抜いた。

 丈夫なクスノキであってもアスピオンの動きを封じる事は出来ない。

 美剣はハンドサインを出し溝呂木を負傷した方のアスピオンへ向かわせた。

 蛙は形状からしてウシガエルなのだろう。本来であれば繁殖期や縄張り争いくらいでしか好戦的にならない生き物が人間に大きな鳴き声で威嚇をし自ら近寄ってこようとしている。

 もう三度目ではあるが、これがアスピオンの恐ろしさなのだと愛夢は震えた。

 警戒心の強い生き物である蛙が獲物の側へ来る事は異例であり、捕食の為ではない行動は動きが読めない。それ故にビョッンと跳ねる蛙の独特な動きに美剣たちは翻弄される。

 現在確認されているアスピオンのタイプは獣、昆虫、両生類、爬虫類の4種で、それぞれのアニマと区分していると愛夢は座学で教わった。

 両生類はアニマアンフィビアンとなる。だが蛙に関しては今回が初の追弔なのだと漁火が呟く。

「以前に追弔したイモリは動きが鈍かったので苦戦はしませんでした」

「あの蛙・・・逃げるのが早い」

「ビーストタイプが一心不乱に攻撃してくるのに対してアンフィビアンタイプは逃げながら隙を窺うんです」

「それだと、こっちが攻めてばかりになって疲弊してしまいます」

「その都度、戦闘中に作戦を変えていくしかない。此方には時間が無いのに対してアスピオンは違う。これが追弔の厄介な所です」

 どんな死骸がアスピオンになるのかは誰にも分からない。

 どう対処するにしても迅し私かには遂行せねばならない。

 守秘義務がある為に相談できる人間は限られる。したとしても誰もが化け物は専門外。化け物の倒し方を知る人間がいる筈が無い。

 ここにいる誰もが歯痒くて仕方が無いという顔をしていた。

 だが三人は蛙のアスピオンに即座に対応していく。

 旭夏が発生させた氷はアスピオンの行動範囲を狭め、そこに美剣が攻めに入る。

 溝呂木も動きを予想し先回りをしてアスピオンを美剣の所へ行かせないよう奮闘していた。

 氷で傷が付こうとも2匹のアスピオンは退く事はなかった。

 だが距離を取ろうとしたアスピオンの足元に再び木の根絡みつく。それは旭夏が氷で覆った事で先程よりも強度が増していた。

「これも長くはもたない!さっさと還せ!」

 炎の拳が即座にアスピオンの頭を貫く。

 一体は還した。後は負傷している方のアスピオンだけとなり愛夢は胸を撫で下ろす。

 だが溝呂木が四肢の動きを鈍らせる為にした攻撃は裏目に出た。

 アスピオンの手足から爪のように飛び出た骨が氷ごと木の根を引き裂く。

 三人には勝てないと悟ったのか、アスピオンは標的を変えた。弱い者を狙うのは自然界の常、延ばした舌でアスピオンが捕らえようとしたのは漁火でも新田でもなく愛夢だった。

 かなり離れた場所にいた愛夢を捕らえられたのは、筋肉が切れても伸び続ける舌のおかげなのだろう。

 ぬめりとした嫌な匂いのする舌が胴体に貼り付き、経験した事の無い速度で体を持っていかれる。

「西宮さん!」

 漁火が伸ばした腕を掴むが、それよりもアスピオンの方が強かった。

 愛夢は足に力を入れて必死に抵抗をする。だが、あっという間に漁火と引き離されてしまう。

 新田も銃を構えるが発砲はしない。

 このままアスピオンに食われ隙を作る事が出来れば本懐を遂げられる。

 愛夢の望み通り、最も無防備になる捕食の瞬間を美剣と溝呂木が見逃す筈がなかった。

 溝呂木に顎を蹴り上げられたアスピオンは、美剣の方へと吹っ飛ぶ。

 そのまま愛夢も空中へと高く飛んだ。

「可愛いからって食うなっ!!!」

 美剣の怒りの拳がアスピオンの脳天を砕く。

 舌共々アスピオンが灰になった事で愛夢の体は空中へ投げ出された。

 地面へ落下する衝撃に備え目を固く瞑る。

「旭夏ぁ!!」

「旭夏君っ!」

「旭夏さん!」

 感じたのは叩きつけられる衝撃ではなく抱き上げられる感触だった。

 フワリと漂う爽やかな大人の香りに愛夢は恐る恐る目を開く。

「怪我はしていませんか?」

 初めて会った時よりもずっと近い。フロウティスを解除した旭夏の腕の中は広く温かった。瞬きによる長いまつ毛の動きを見る度に身体が疼く。

 追弔を終え皆が愛夢を心配して駆け寄ってきてくれるが、その声は遠い。

 自分の体が自分でコントロールできない。旭夏の香りが心臓を叩き、声が耳を熱くさせる。

 美剣に抱き上げられた時とは全く違う感覚に声が出ない。世界の時間が止まったように感じられた。

「大丈夫ですか?」

 何も答えを返さない愛夢を旭夏は心配した。

 「大丈夫です」と答えようとした愛夢は大変な事を思い出した。

 自分は召集の直前までトレーニングをしておりシャワーを浴びる時間までは無かった。加えて今は生理中でもあり、汗臭い身体に拍車がかかっている。

 ただでさえ旭夏には歓迎されていない。そこに更に臭い女と悪印象を与えてしまった。

「西宮愛夢!平気か!?」

「西宮さん!すみません!私が至らないばかりに」

「漁火君は悪くないよ。僕がもっとアスピオンの動きに注意しておくべきだった」

「いいえ!私が護衛の任を果たせなかったんです。発砲の許可が下りず助けが遅れました!すみません!」

 旭夏に抱き抱えられたまま周囲を皆に取り囲まれ次々に詰め寄られる。

「ああぁぁ──!!!!!!」

 愛夢は力の限りに叫んだ。

 自然豊かな静かな土地に絶叫がこだまする。

「離してくださーい!!降ろしてー!!!」

 旭夏の腕の中で愛夢は泣いて踠く。耳をつんざく声に旭夏は顔をしかめた。


 迅し私かに還しこれを匿す誓いは盛大に破られた。

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