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ーNo titleー  作者: 一ニ三
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フロウティス

 アスピオンの出現は唐突だった。

 美剣からトレーニング器具の説明を受けている最中に鳴り響いたアラート音はLETの施設全体を包む。

「お前は漁火と一緒に行け!」

 走る緊張に一瞬身体が強張る。

 直前まで最重量のバーベルを持ち上げていた美剣は、疲れすら感じさせずに颯爽とトレーニングルームを後にした。

 あの日とは違い愛夢はもう置いてきぼりにはならない。慌てて美剣を追いかけたが扉を開けた先には誰もいなかった。

「西宮さん!」

 自身の仕事部屋から出てきた漁火は「こちらです」と愛夢をミーティングルームの外へと誘導する。

「場所の詳細はスマホのアプリに。連動して地図アプリが目的地までの最短ルートを教えてくれます」

 漁火は愛夢のスピードに合わせて走りながら説明をしてくれた。

 愛夢のスマホの追弔アプリは目的地である杉並区のビル改修工事現場への最短ルートを表示している。

「すごいです!」

「前にご覧頂いた追弔は車で現場へ向かいましたが、今回はメトロと徒歩の併用となります」

 食堂を抜ける途中、丸山の妻と目が合う。ガッツポーズをして送り出してくれた丸の妻に愛夢は会釈をして扉へと走る。

 まだ入った事のない扉の先にはコンクリートの長い通路が待ち構えていた。

「元々この施設は有事の際の要人の避難場所でした。ですので、この通路は各方面に繋がる別れ道になっています」

「じゃあ、この道は外へ繋がっているんですか?」

「外へ出られる道もありますがメトロの乗り場へと繋がる道もあります。入り組んでいて危険ですから一人では此処に入らないようにしてください」

「道を憶えてもですか?」

「はい。西宮さんの側には必ず誰かがいるようにします。ですので一人にさせる事は、まずありません」

「早く・・・皆さんの足を引っ張らないようにします」

「・・・そんなに気負わなくても良いんですよ」

 そのまま黙ってしまった漁火の背中を追う。


 漁火が押した通路の壁は駅の非常通路に繋がっていた。完璧に壁に偽装された扉を出た二人は南北線で乗り換え先の四ツ谷を目指す。

 扉は中からは開けられても外からは入る事の出来ない仕掛けなのだと漁火は説明してくれた。


 ようやく到着した萩窪のビルには一足先に着いていた美剣たちが待機していた。

 服装は以前に漁火から見せられた写真と同じ、白のボディスーツを纏っており三人のスタイルの良さが見て取れる。

 タブレットを操作していた旭夏が画面を皆に向ける。映し出されていたのは牛程に大きな四足獣であった。

「こちらが監視カメラの映像です。どうやら対象は犬のアスピオンのようですね」

 旭夏の言葉に愛夢の中で驚きよりも納得が勝る。

 猫のアスピオンですら大型犬に匹敵する大きさに変貌したのだから、犬が牛と同じサイズになってもおかしくはなかった。

「いつも通り、油断しないで冷静に対処しよう」

「じゃあ各自がポイントについたら追弔を開始する」

 溝呂木と美剣の指揮に作業服を着た男性達は敬礼を返す。その無駄の無い動きで愛夢は彼らが自衛隊員であるのだと気付けた。

 自衛隊員達は建物の周囲に陣形をとるだけで中へ入ろうとはしなかった。

 愛夢は漁火と共にビルの入り口で後方待機を言い渡される。

「これよりアニマビースト、犬型のアスピオンの追弔を開始する」

 美剣が号令の後に告げた誓いに皆が続く。

「迅し私かに還しこれを匿す事を誓う」

 漁火がデコイを解除する為なのか手を前に突き出す。

 何も言葉を発する事は出来なかった。

 四人の表情が変わり空気が一気に変わったからだ。

 愛夢の知る優しい彼らの目は、狩る者に変わった。


 初めて溝呂木と旭夏のフロウティスを見た愛夢の肌には興奮から鳥肌が立った。


「御許に咲きし徒花を喰らい尽くせ」

 溝呂木の耳元から伸びる植物の蔦は彼の体を覆い防具と化した。

「狂い咲け」

 美剣がフロウティスを纏う時とは違う呪文、そしてその名前を耳にした愛夢は、溝呂木はフロウティスに選ばれた人間なのだと確信した。

「フロウティス マリアカラス」

 マリアの好きな花である偉大なる歌姫の名の薔薇。

 その名前のフロウティス、それはあまりに素晴らし過ぎた。

 均整のとれた身体を覆うシンプルな鎧は、溝呂木の魅力を最大限に引き出すデザインだった。長く白いコートをはためかせる姿が、まるでファンタジー世界の王子様のようであり、溝呂木以外にマリアカラスが似合う人間はこの世に存在しないと断言出来てしまう。

 唯一残念だと思えるのは、この場所に白馬がいない事くらいであった。


六花ろっか地に落ちしょうとなり十界じゅっかいおおえ」

 旭夏のフロウティスは右の腕に着けられたバングルだった。

 そこから舞う六花が地に落ち、生まれた氷柱からフロウティスを纏った旭夏が姿を表す。

 鎧は美剣のライオンハートに近く全身を覆うタイプ。違うのは重厚さで、旭夏のフロウティスは白い薄氷のような見た目をしており、本当に身を守れるのかと不安になる程に美しかった。

 そして首元に巻かれた長いスカーフは、雪で織ったのではないかと思える程に薄く透き通り、旭夏の美しさを更に際立たせてくれている。

霏霏ひひれ」

 彼はこの世の者ではない。雪の妖精の王だと言われても納得出来てしまう程に現実離れしていた。

「フロウティス ダイヤモンドダスト」

 冷たく清廉なそのフロウティスは旭夏にこそ相応しかった。


 三人がフロウティスを纏った瞬間、アスピオンの視線はこちら側へ向く。

 だがアスピオンよりも三人の動き出しの方が早かった。

 誰よりも足早に前に出た溝呂木はアスピオンの飛び掛かりを側転でヒラリと華麗に避ける。

 そして空中で体勢を変えアスピオンの腰に重い踵落としを喰らわせた。

 ビル内に響く鈍い音、その音からアスピオンの骨が砕けたのだと愛夢は理解した。

 愛夢が思考し理解するよりも早く旭夏は次の行動に出ていた。

 旭夏が地面に手をつくと地面からは剣のような氷柱が次々に発生していく。それらは強制的に地面に座らされたアスピオンを拘束していく。

 アスピオンは残された前足と牙だけで目の前に立つ美剣に襲い掛かろうとした。

 だが前足も旭夏の氷によって絡め取られ最終的には微動だに出来なくなる。そして首には溝呂木の脚が再び落とされアスピオンは完璧に狩られる立場へ成り下がった。

「今、還してやるよ」

 そう言った美剣の拳に、あの紅炎が灯る。

 素早く振り下ろされた拳によりアスピオンをあるべき場所へ還った。

 愛夢は祈る。心を救い胸に今も灯る優しいあの紅炎がアスピオンの次の生を照らしてくれる事を。


「対象の沈黙を確認しました。付近に他のアスピオンの反応はありません。追弔完了です」

 その報告を聞いた三人がフロウティスを解除する。美剣は笑顔で愛夢に大きく手を振り、側にいた自衛隊員に残余の回収指示を出していく。溝呂木と旭夏も端末で別の仕事をしているようだった。

「回収作業が終わるまでは少し時間があります。お話でもして待っていましょうか?」

 帰りは本部から迎えの車が来る。だが行きと同様に美剣とは別々の移動になってしまう事を漁火に告げられた。

 聞きたい事は山ほどあったが、一先ず愛夢は心にある強い思いを口に出す。

「こんなに早く追弔を終えられるなんて驚きました!」

「西宮さんがご覧になった追弔は、美剣さん、お一人による戦闘でしたからね。これが本来の追弔です」

「漁火さんがアスピオンを人目のつかない場所へ誘き寄せる。そして溝呂木さんが隙を作って、旭夏さんが動きを止めた所を、美剣さんがトドメを刺す!凄いです!完璧です!」

「その通りです。良く見ておられますね。これが最短で追弔を終えられる最適の戦術なんです」

 興奮を伝えるうちに愛夢の頭に一つの疑問が浮かぶ。

「どうされました?」

「えっと・・・もし私が追弔に参加する事になったら何をしたらいいんでしょうか?」

 先に見た洗練された完璧過ぎる戦術に愛夢が立ち入れる所があるとは思えなかった。

 苦笑いした漁火は愛夢の問いに言葉を濁す。

「あはは〜・・・私からは何とも言えません」

「・・・早く強くなって皆さんの役に立てるように頑張るしかない、ですよね」

 自分で決めた通りに、やれる事をやるしかない。愛夢の決意は揺るがなかった。

「午後の授業の前に漁火さんに聞きたい事が沢山出来てしまいました」

「熱心な生徒さんだ。質問によっては、今この場で答えられますよ?」

 聞きたい事を頭の中で整理し、一番強い疑問を愛夢は口にする。

「漁火さんのフロウティスってどんな風なんですか?」

「え?」

「美剣さんのライオンハートは荘厳で強そうだし!溝呂木さんのマリアカラスはスタイリッシュでカッコいいし!旭夏さんのダイヤモンドダストは神秘的で綺麗でした!だから、漁火さんのカラスも絶対に素敵なフロウティスなんだろうなって思って!」

「・・・そんなに期待するほどの物ではありませんよ」

 漁火は冷静な声に愛夢は我に返る。

「あっ・・・すみません。私、興奮してしまって」

「いいえ。ただ私のフロウティスは少々特殊でして」

「特殊?」

「何と言いますか・・・。実は私は四年前から今日までずっとフロウティスを纏い続けている状態なんです」

「えっ!?でも漁火さんは普通の格好をしています。・・・もしかして正しい心を持っていないと見えないフロウティスなんですか?」

「もしそうであるなら、西宮さんに見えないという事は絶対に有り得ません。私を含めた世界の誰にも見えないという事になりますね」

 漁火の優しさに応える為に愛夢は必死に答えを探す。

「まさか、お洋服に擬態させているとか?」

「残念、ハズレです。正解は鎧を構成しているメテウスをデコイや索敵に回しているので、私が纏う分が無いのです」

「じゃあ・・・漁火さんがデコイと索敵をお休みしている日しかフロウティスを見られないんですね」

「それらを怠った日は一度もありません。おそらく、これからも無いと思います」

「えっ!?でも、それだと漁火さんは毎日メテウスを使ってる事になりますよね?」

「はい。使い続けていますけど?」

 さも当たり前だという風に漁火は笑う。

「お休みの日や寝ている時とかは?」

「勿論、怠りませんよ。慣れてしまえば如何という事はありません」

「ずっとお仕事をしているんですね!でも漁火さんは鎧が無くてどうやって自分の身を守るんですか?」

「守る必要は無いです。私のメテウスは戦闘向きではありませんから、前線に出たとしても役には立ちません。それなら別の使い方で役立てる方が良いです」

 愛夢に自分を蔑ろにするなと言った漁火は自分の身を顧みていなかった。

 そんな彼と溝呂木の命を守る事が愛夢に課せられた密命。だがそれが無くとも、この優しい人を絶対に守りたいと強く思えた。

「すみません。皆さんのフロウティスを見たら自分も頑張ろうって思えて・・・。だから漁火さんのフロウティスも見てみたいと思ったんです」

 目標にすべき先達の偉大な姿をこの目に焼きつけたい。愛夢のくだらない願いに、漁火は少しだけ考える素振りをして辺りを見渡した。

「・・・今なら誰も此方を見ていないな」

「え?」

「工期の関係で昨日、三箇所のデコイを解除しました。そして先程、解除した分でギリギリです」

「漁火さん?」

「一度だけの一瞬ですからね?」

 目の前に立つ漁火の耳元、正確には眼鏡のしのみと呼ばれる部分から黒い粒子が舞う。

 それらは、あっという間に漁火の体を包み込んだ。


 漁火のメテウスが黒だからなのか、カラスのフロウティスは漆黒であった。

 体を覆う厳重な鎧には隙間は一つも見当たらない。両肩と首の部分を守る様にそれぞれに付いている爪は、鳥の鉤爪の形状をしている。

 他のフロウティスと大きく違うのは背中に天使のような壮麗な翼がついている事。

 頭部を守る兜は無いが烏天狗の嘴の形のマスクが付いており、口元を隠し守っている。

 出立ちは、まるでダークヒーロー。なのに眼鏡の奥に見える優しい目は確かに漁火の瞳で、まるでチグハグな気がした。

「はいっ!お終いです!」

 その声と同時にカラスの鎧は散り散りになって漁火の眼鏡に戻っていく。

「あっ・・・!」

 もっと見ていたい、そう思った愛夢は思わず手を伸ばしてしまう。

 カラスは鳥の形となって愛夢の手に乗り肩から頭へと移動していく。その動きは本物の生き物のようだった。

「ダメですよ。戻りなさい」

 漁火の声掛けに反応したカラスは、ゆっくりと眼鏡へ戻っていく。だが、あきらかに渋々といった風であり、その様子が少し可愛く思えてしまった。

「すみません。他の方のメテウスと違いカラスは言う事を聞いてくれない時があるのです。・・・最近は無かったのですが」

 愛夢は漁火に応えられなかった。カラスのフロウティスを見た感動の余韻で上手く言葉が出てこない。

 漁火は、そら見た事か、という風に困り顔を笑う。

「ほら・・・西宮さんのご期待に添える物ではなかったでしょう?」

 自分の語彙力の無さを悔やむ暇は無かった。

 この感動を一刻も早く漁火に伝えたいと愛夢は捲し立てるように語り出す。

「いいえ!凄かったです!漁火さんのフロウティスが一番カッコいいです!色とデザインが映画に出てくるヒーローみたいでした!影がある感じで強そうで!西洋的なのに和の雰囲気もある!それは陰と陽みたいに一見正反対だけど、表裏一体の調和を感じさせてくれる!そんな魅力的なフロウティスでした!」

 まだ言い足りないず「それから」と続けようとする。だが真っ赤な顔をした漁火に止められてしまう。

「もう十分です!喜んでいただけたようで何よりです」

「私の我儘を聞いてくださって本当にありがとうございました!」

「・・・もし別の方が今の西宮さんのように私のフロウティスを見たいと言っても、同じ事はしません。私の最初の生徒さんへの特別扱いです。内緒ですよ?」

 照れ笑う漁火は、イラストを描いてくれた時と同じ笑顔をした。それがまた可愛く思え愛夢も笑う。

「とっても嬉しいです!・・・でも、こんなに素敵なフロウティスなのに誰にも見てもらえないのは残念な気もします」

「そんな風に思うのは西宮さんくらいですよ。私はこれで良かったと心の底から思っていますから」

「どうしてですか?」

「いい年した大人の男が呪文を唱えて鎧を着て戦うなんて恥ずかしいじゃないです。少年漫画じゃあるまいし。そんな姿、誰にも見られたくないですよ」

「そんな事ないです。皆さん、凄く格好良かったです」

「皆さんも本当は恥ずかしいと思いますよ。出来ればやりたくないと思っている事でしょう」

 愛夢と漁火は気付いてはいなかった。まだ無線通話は切られておらず、この会話が他の三人に筒抜けになっている事を。

 三人の刺すような怒りの視線に二人は最後まで気付かなかった。

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