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ーNo titleー  作者: 一ニ三
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勤務初日

 美剣に案内された先は広いオフィスのような部屋だった。奥にはトレーニング施設に続くガラス扉と二階へ続く階段があり、テレビドラマのセットのように前衛的な洒落た造りをしている。

「ここがミーティングルーム。階段登った先に個々の仕事部屋があるんだが話し合いとか休憩するのに使ってんだ」

 壁掛けの大きなテレビ、クリアボード、広い部屋の真ん中には小さな机を囲む様にL字ソファが置かれている。スタイリッシュな空間は愛夢の先達である四人に相応しく、この場所にいられる人間の一員になれた事が嬉しくて堪らなかった。

 階段を登る美剣が愛夢を手招きで呼ぶ。

 小走りで側へ寄ると、美剣は一番手前にある扉を指差し苦笑いをした。

「ここがオレの仕事部屋だ。お前ならいつでも歓迎なんだが、掃除が間に合わんかったから中に入るのは今度にしてくれ」

 そう言い終え美剣は隣の部屋の扉を強く蹴る。その様は借金取りのようだった。

「オラァ!年功序列で一番に挨拶に来てやったぞ!いないのかぁ?いないよなぁ?じゃあ次に行くからな!」

「うるさいんだよ!品性と挨拶の仕方を小学校から学び直してこい!」

 美剣の強烈なノックによって怒鳴りながら部屋から出てきたのは溝呂木だった。

 隙間から見えた彼の仕事部屋は、様々な形の木製棚に資料やインテリアが几帳面に並び大人の雰囲気が漂っている。そこに在る全ての物が彼専用に作られたのではと思う程に溝呂木らしいお洒落な空間であった。

「ご存知の通り、こちらは性格のクソ悪い溝呂木です。危険ですので緊急時以外は近付かないよーに」

 長い手足に綺麗に手入れされているであろうサラサラの髪、寸分の乱れも無い装いに、怒っていても変わらない端正な顔立ち。

 溝呂木は目を逸らしたくなる程に眩しかった。

 愛夢は自分の中にイケメンを好意的に思う感情がある事を初めて知った。

「溝呂木さん、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました」

「・・・どうも」

 出会いが最悪だった為なのか、以前の怒りがまだ尾を引いているからなのか、溝呂木の愛夢への態度からは拒絶が感じられた。

「えっと・・・本日から、よろしくお願いいたします」

「あの日で貴女への義理と責任は果たしましたので、僕からはもう貴女に関わる事はありません」

 溝呂木の態度の理由に愛夢は心当たりがあった。

「・・・椚原さんから、私の所為で溝呂木さんが無駄な出費をしてしまったと聞きました。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

「それは構いません。それよりも貴女があの約束を違えて椚原さんに迷惑をかけたなら、即時解雇します。その事をお忘れなく」

 ヒリつく空気とその言葉に愛夢は固まってしまう。

「溝呂木さんサイテー!西宮愛夢に意地悪しないで!それから、気の無い女の子にプレゼントを渡して本気にさせた挙句に無視を決め込むなんて酷いわっ!」

 突如、美剣の無理矢理に出した甲高い声とクネクネとした仕草に溝呂木は床に膝を付いた。耳を指差して舌を出す美剣の姿は、彼の事が大好きな愛夢でもたじろいでしまう程に破壊力があった。

「うぅっ!・・・っ何だそれは?」

「思ったより効いたな。オレの可愛いさで昇天しているようじゃ、まだまだだな」

「・・・最悪最凶の公害を残しやがって!」

 頽れた溝呂木を放置したまま美剣は三つ隣の扉をノックした。

 後ろ髪は引かれたが会釈をして美剣の後に続く。

「お〜い漁火〜!西宮愛夢が来たぞー!」

 漁火の名前が呼ばれた瞬間、強張った身体の緊張は一気に解けた。

 扉はすぐに開かれた。

「西宮さん、お久しぶりです!お元気でしたか?」

 漁火は愛夢が目標にしようと決めたあの最高の笑顔で出迎えてくれる。

 愛夢は「はい」とすぐに返事をしたが美剣がそれを良しとしなかった。

「ちょっと待て。お元気じゃねぇだろ?ぶっ倒れたんだから」

「倒れた?一体何があったんですか?」

 その言葉に漁火の表情は一気に曇る。

「貧血おこしたみたいです。でももう平気です」

「そういう事だ。顔色は大分良くなったが、しばらくは大事を取らせてやるから」

「承知しました」

 二人は愛夢の今後の予定についての話をまとめていた。実を言うと体調は万全とは言えなかった。少しだけ残る酩酊感を押してはいるが、二人には痩せ我慢だとバレてしまっていた。

「改めて紹介するまでも無いが、挨拶どーぞ!」

「西宮愛夢です。今日からお世話になります」

「はい。本日より私、漁火星雪が西宮さんの座学教育を担当させていただきます。至らぬ所もあると思いますが、こちらこそよろしくお願いいたします」

「座学教育?また漁火さんとお勉強が出来るんですか!?」

 愛夢の問いに漁火は、あの百点満点の笑顔で応えてくれた。

「んでオレがお前のトレーニングとか技能の方の教育を担当する。出かけにゃならん日は自主練になるが、のんびり行こうぜ?」

「お二人に教えてもらえるなんて・・・嬉しいです!」

 だが、その喜びは一瞬で不安に変わる。

 二人を独占できるのは、新たにメテウスを持つ者が見つかるまで。椚原が行動を起こせば、状況は確実に変わる。そうなれば二人の興味は、愛夢から新たな新人に移る事は明白だった。

 きっとその人物は自分なんかよりも素晴らしい人間であり、この場所に相応しい筈であった。

 溝呂木もその人物を歓迎するに決まっている。

 不安、寂しさ、嫉妬、それらの感情を愛夢は唇を強く噛んで誤魔化す。

「・・・何考えてる?お前が無理してる時の顔は分かるんだよ。ほら言え」

「何か困り事あるのなら相談してくださいと言った筈ですよ。言い難い事なのですか?」

 愛夢は椚原がした話をそのまま伝える。すると二人は顔を見合わせ驚いた。

「あの人ならマジでやりそうだな」

「椚原知事がそんな事を・・・」

「だから少しだけ寂しいと思ったんです。今は新人は私だけだけど、その日が来たら、そうじゃなくなっちゃう。せっかく会いたい時に会えるようになったのに、また二人が遠くなる気がして」

 続けて愛夢は「図々しくてすみません」と深く頭を下げた。

 椚原のように一人でも人員が増えてほしいと願うのが当然の事なのだ。なのに自分は幼稚で身勝手な独占欲を二人に向けてしまっている。

 皆の前で美剣と通話をしたあの日から何も変わっていない自分が腹立だしく思えた。

 そんな愛夢に呆れてしまったのか二人からは何の反応も返ってこない。

「ヤバい・・・刺さった」

「まだ・・・初日だというのに」

 恐る恐る頭を上げると美剣と漁火は壁にもたれ唸っていた。

「この可愛さに比べたらオレの猿真似なんてっ!」

「これがっ・・・これから毎日っ!」

 項垂れる二人に愛夢は謝り続けるしか出来なかった。

「やっぱり気分が悪いですよね?本当にすみません」

 青い顔をした溝呂木は「・・・またこの茶番か」と吐き捨て自分の仕事部屋へ戻って行く。

「オレにとってお前はオンリーワンのナンバーワンだよ!」

「たとえ後から人員が増えたとて、西宮さんが私にとっての大切な最初の教え子である事に変わりはありません!」

 愛夢を力強く必死に宥めてくれる二人も、あの日と何も変わってはいなかった。その優しさで不安は少しずつ軽くなっていく。

「ご気分を害されていないんですか?」

「逆だ!可愛すぎて尊死するかと思ったぞ!」

 尊死の意味が分からない愛夢は首を傾げた。

「メテウスを持つ方が見つかっても、その方が西宮さんのように我々に協力してくれるとも限りませんよ」

「でも・・・そうなったら協力してくれるまで説得しに行くんですよね?」

 漁火は自分にしてくれたように何度もその人に会いに行くのかもしれない。美剣も共に行くのだろう。

 その場面を想像するとチクリと胸が痛んだ。

 だが二人は愛夢の問いに顔を見合わせて笑った。

「そうなったら、ですよねー、で終わりだよ!」

「普通の生活を送ってもらう為に何かしらの助力はするかもしれませんが、無理に勧誘する事はしませんよ」

 その答えに胸にあった靄は消えていく。

「・・・ごめんなさい」

 愛夢の謝罪に二人は今度は首を傾げた。

「まだ二人を盗られないんだって安心しました。こんな風に思っちゃダメですよね!二人は私が独り占めして良い人たちじゃないのに」

 頭を下げた視界に二人の後頭部が入ってくる。

 美剣と漁火は無言でダンゴムシの様に床に丸まっていた。


 フラついたまま仕事に戻る漁火を見送った愛夢は、美剣と共に隣の部屋に挨拶へ行く。

「旭夏、ちょっと出てきてくれるか?」

 その名を聞くだけで愛夢の心臓は大きく跳ね上がった。

 美剣の呼びかけに応え、扉がゆっくりと開く。

 それとは反対に愛夢の心臓は早くなっていく。

 旭夏は静かに仕事部屋から顔だけを出した。

「お疲れ様です」

 透き通る美しさに、新雪を歩む音にも似た低い声、纏う清廉な空気に愛夢の全身の熱は頬に集まる。

 先に溝呂木でイケメンへの目を慣らしておいた為、旭夏の暴力的なまでの美しさによる眼球への破壊力は多少は抑えられていた。そうでなかったら目が爆発してもおかしくない。それ程に目の前の旭夏は美しかった。

「お前も前に西宮愛夢に会ってるんだったな。とりあえず、改めて挨拶してくれ」

「・・・旭夏です」

 首だけで会釈する旭夏に愛夢は持てる全ての神経を使ってお辞儀を返した。

「西宮愛夢です。よろしくお願いします」

 自己紹介が終わると沈黙の時が流れる。

 旭夏は美剣を見た。

「・・・もういいですか?」

「いや、お前らがいいならいいけどよ」

 愛夢と旭夏を交互に見た美剣はため息を吐く。意を決した愛夢は旭夏に声をかけた。

「旭夏さん。あの日、私を助けてくださり本当にありがとうございました!それから、傘を貸してくださった事も直接お礼を言いたかったんです」

 頭を下げてお礼を言おうとした瞬間、旭夏から驚愕の言葉が放たれた。

「貴女に傘を貸したのは、私ではありません」

「えっ・・・?」

 傘を貸してくれた人物の顔を愛夢は見ていない。だが漁火も旭夏に傘を返したと言っていた。

 それなのに当の本人から違うと言われてしまった愛夢は固まるしかなかった。

「その方は皇さんという方です。ですから私に礼を言うのは筋違いです」

 旭夏の口から出た全く知らない人物の名前に反応したのは美剣の方だった。

「旭夏!」

 美剣は驚きと怒りが混じる声で旭夏の名を呼ぶ。

「では仕事に戻るので、これで失礼します」

 当の旭夏は静止を聞かず扉を閉めた。

 溝呂木と旭夏が愛夢を歓迎していない事は態度から分かっていた。

 だが愛夢には、しょんぼりしている暇は無かった。

「美剣さんは、皇さんをご存知ですか?どこにいらっしゃるんでしょうか?」

「ごめん、西宮愛夢。傘の礼はオレから伝えておくって事で良いか?皇はここにはいないんだよ〜」

「・・・分かりました。よろしくお願いします」

 美剣が皇の所へ愛夢を連れて行ってくれない理由も、歓迎してはもらえないからなのだろう。

 たとえそうだとしても愛夢のやる事は変わらない。

 この命の使い道は一つしか無いのだから。


「お前の仕事部屋、どっちが良い?」

 空気を変えるためなのか話題を変えた美剣は溝呂木と漁火の間にある二つの空き部屋を指差した。

 愛夢は自分専用の部屋を貰える事に驚いてしまう。

「どちらでも大丈夫です」

「じゃあ溝呂木の隣がイヤじゃないならオレの部屋に近い方にするか?」

「はい」

 愛夢の返事を聞いた美剣は即座に右側の空き部屋の扉を開く。

 八畳程の部屋には簡易机とパイプ椅子のみが置かれていた。

「この部屋を自分の好きな様に装飾して構わんぞ。全員そうしてるからな」

 簡易机の上に置かれた分厚い通販カタログを開いて見せてくれる美剣はどこか楽しそうだった。

「コレとか可愛いんじゃないか?どうだ?」

 美剣が見せてくれるデスクやチェアはどれもが自分には分不足な気がした。決めかねていると美剣は部屋の中を歩き始める。

「絶対にお前が心から笑える場所を作るから。ここがその為の一歩だ」

 大きく手を広げた美剣は愛夢に笑いかける。

 鉄塔の上での約束の通りに、美剣は愛夢を心から笑える場所へ連れて来てくれた。

 美剣の隣であれば愛夢は笑える。だからもうこれ以上は何もいらなかった。

「とりあえず、自分の好きな物に囲まれてみるのが良いんじゃないか?ちゃんと経費で落ちるからさ」

 愛夢は幼少期より幾多の引越しを経験してきた。だから最小限の物しか持たないように生きてきた。

 来るべき日、美剣の為に死ぬ日が来れば、どうあっても手を煩わせてしまう。であれば物は少ない方が良いに決まっている。

 愛夢は、この部屋に何も置くつもりは無かった。

「・・・考えておきます」

「おう!」

 愛夢のその場しのぎの返事にも美剣は嬉しそうに応えてくれる。

 間違いを犯したかのような痛みを胸に感じるが、それを無視して愛夢は笑顔を返す。


 その後は慌ただしく登録作業に追われ一日は終わった。

 何も出来なかった事を落ち込む愛夢とは反対に、美剣は記念すべき愛夢の勤務初日にアスピオンは出現しなかった事を喜んだ。

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