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ーNo titleー  作者: 一ニ三
30/41

連帯保証人

 LET本部のエントランスはサウナのように空気が熱くなり、息をするのも苦しく感じた。

 美剣の身体の周りは熱により陽炎が生じ歪む。

 美剣の本気の殺気に愛夢は言葉を失う。

「美剣さん!危険ですから落ち着いてください!西宮さんが側にいるんですよ!?」

「おいっ!美剣!お前は何度、火災報知器を鳴らつもりなんだ!?」

「お前を苦しめたヤツ、全員を燃やし尽くしてやりに、今から行ってやるっ!!」

 美剣は追弔で見せた王たる獣の奔りでエレベーターを目指し駆ける。

「クソッ!まるで動物じゃないか!止まれ!」

 その刹那、愛夢の前にいた溝呂木も跳ぶ。来客用テーブルを足場に軽やかに高く跳ぶその姿は、風に舞う羽のようだった。ちょうど美剣の真上に跳んだ溝呂木は、倒立の体勢で美剣の肩の上に手を置いた。

 溝呂木の全体重が両肩に乗った美剣はよろめく。

 その美剣の目の前に華麗に着地した溝呂木は、エレベーターの前を陣取った。

「どけよっ!!」

「ゴロツキを拘束したのは"あの人"だ!分かっているだろ!?あの人は弱者を傷付ける者を絶対に許さない。今頃ゴロツキたちは骨の髄まで折檻されている」

「だから何だ!?そんな甘っちょろいモンで終わらせるワケねぇだろ?まずはアイツが怪我した所と同じ所を焼いて!暴行した手を炭にする!それから2度と外に出られない体にしてやるんだよ!!」

 溝呂木は美剣の体を押さえつけ前に進むのを止める。しかし力では美剣が勝るのか、溝呂木の体ごとごとジリジリと前へ出ていく。

 炎を出さないのは、仲間を燃やしたくはないという美剣の最後の理性なのだろう。

 突如、一機しかないエレベーターが黒く染まる。

「漁火ぃ!邪魔するな!カラスをどけろ!!」

「その命令には従えません!我々は貴方まで失うわけにはいかないんです!」

 漁火のメテウスであるカラスはエレベーターも認証パネルも真っ黒に染め上げた。そして真上に手をかざすと火災報知器もカラスに覆われる。

 美剣がIDカードをかざしてもエレベーターは何の反応もしない。カラスは磁気も熱も遮断していた。

「ここまでやられて黙ってられるワケねぇだろ!」

 美剣の怒りに応じ室温は上がり続ける。真冬だというのに、美剣以外の三人の頬に球の汗が伝う。

「・・・っ美剣さーん!!!」

 愛夢はエントランス中に響く声で美剣を呼んだ。

 美剣の動きがピタリと止まる。

「私は殴られていません!助けてくれた人がいたので、平気です!足は滑って転んだだけなんです!」

「・・・っそれでも!お前は怖い思いをしたんだろう!?今からソイツら全員、生まれてきた事を後悔させるほど焼いてきてやる!」

「怖かった!何をされるんだろうって!帰してもらえなくなって、このまま美剣さんたちに2度会えなくなるんじゃないかって!すっごく、すっごく怖かった!」

 愛夢の言葉に美剣の怒りの形相はさらに深まる。

「殺す!お前にそんな思いをさせたヤツを全員殺す!」

 美剣は溝呂木に押さえつけられたままカラスごとエレベーターの扉をこじ開けようとした。そんな美剣に愛夢は叫び続ける。

「私の所為で美剣さんが誰かを傷付けて悪く言われてしまうのは嫌!その所為で美剣さんと一緒にいられなくなってしまったら、私は絶対に自分を許さない!」

 愛夢の大粒の涙を見た美剣は面食らい声が震えた。

「・・・オレは、お前を絶対に守るって・・・約束した!あの日・・・誓った」

「美剣さん・・・お願い!どこにも行かないで!やっと会えたのに!」

 愛夢の懇願により美剣の逆立った髪の毛は、みるみると萎んでいく。室温も徐々に正常な温度へと下がっていった。

「悪い溝呂木・・・。もう大丈夫だ」

 溝呂木からゆっくりと体を離した美剣はフラフラと愛夢の方へと戻ってくる。

「あの状態の美剣さんを鎮めるなんて!」

「もしかして猛獣使いが天職なんじゃないか?」

 気付けば愛夢も美剣に向かって走り出していた。

「どこにも行っちゃ嫌っ!ここにいて!!」

 美剣の胸に飛び込み強く抱きつく。絶対に離れまいとジャケットを強く固く握った。

「・・・すまん、もうオレはどこにも行かない。今日は、お前が帰るまでここにいるよ」

「本当?絶対?」

「おう!本当に絶対だ!!」

 愛夢は子供のように美剣にしがみつく。美剣もそんな愛夢を抱きしめながら頭を撫でた。

「水を刺すようでなんですが、いくらなんでも抱きしめるのはどうかと思うのですが?」

「こうすればオレは絶対にキレられない。だから許せ」

 愛夢も美剣から離れない意志表示に強く首を振る。

「溝呂木、ゴロツキ連中はどうなる?」

「向井議員は警察にコネクションがある。おそらく息子の尻尾切りに使われて終わりだろうな」

「上手い事やって、もう2度コイツに関わらないようにしてくれ。頼む」

「分かっている。その子の優しさで被害届は出さなかったと、恩着せる物言いで各所には対応させる。ゴロツキ連中にも、そう伝わるようにするさ」

「そうか。漁火、すまんが帰りはコイツを車で送ってやってくれないか?」

「承知しております。最初からそのつもりです!」

「全てお前らの自己判断に任せる。守ってやってくれ」

 それぞれの返事を聞いた美剣は、腕の中の愛夢に優しく語りかけた。

「もう卒業までは学校を休め。寮に居辛いならさっさと新居を決めて入居早めてやるからさ。もういいだろ?ここまで頑張ったんだ」

「いいえ、学校へは行きます。逃げないで最後まで一つでも多くのことを学んで、皆さんと働きたい!誰にも恥ずかしくないようにしないと、皆さんの隣には立てないって思うんです!」

 もちろん今美剣たちに言ったことも本音ではあった。だが学校へ行くのはマリアの為だった。

 愛夢が不登校になれば非難は必ずマリアへ向く。たとえ個別教室だろうと通ったことに変わりはない。

 何かある度に口にされる、血が繋がっていない母娘だからだ、母子家庭だから、という非難。そんな心無い声とマリアはずっと戦ってきた。

 だが数で負けたマリアは、その度に愛夢を連れて問題が起こった地を離れた。

 最初は愛夢も理不尽に立ち向かい、怒り、言葉と態度で戦っていた。だが最終的に大人たちは、愛夢に非があったのだと結論づけた。そうやって何かが起こる度にマリアは呼び出され、悪くない頭を下げさせられ続けた。悔しそうなマリアの顔を、悲しそうなマリアの顔を愛夢は絶対に二度と見たくはなかった。

 だから愛夢は戦うことを辞めた。

 学校生活では、なるべく打たれる非を作らなかった。そうやって自分だけが苦しむ道を行くことがマリアの幸せに繋がるのだと信じて生きてきた。

「お前ってヤツは!うっ・・・!」

「西宮さんっ!眩しいっ・・・!」

 美剣と漁火は目頭を押さえ膝から崩れる。

「えっ?何?いつもこんな事してるの?茶番?」

 冷静な溝呂木のツッコミが爽やかに決まる。

「てか溝呂木!お前ちゃんと向井親父に注意したのかよ?全然ダメじゃねぇか!」

 美剣は今度は後ろから愛夢を腕に中に収めた。バックハグの体勢を取らされた愛夢は、側から見れば美剣と共に溝呂木を攻めているように見えてしまう。

「したけど、向井息子の教育と躾の失敗は僕のせいじゃないだろう?」

「あっ・・・向井君はお父さんに怒られたって言っていました。だから溝呂木さんは悪くありません」

 愛夢は慌てて溝呂木のフォローに回る。だがそれが面白くなかったのか美剣は愛夢の頭頂部に顎を置く。

「ええ〜・・・断ってもデコピンしても怒られてもダメって、アイツ何なの?しぶとさゴキブリ並みかよ!」

 美剣が話す度に頭に当たる顎髭が擽ったく感じ、愛夢は悶えてしまいそうになるのを耐える。

「どうした?同族嫌悪か?」

 溝呂木のキレのある返しが、戦いの火蓋を切って落とした。

 美剣は愛夢から体を離し一歩前に出る。

「おーおー!さっすが!寒空の下に、こんなにも可愛い西宮愛夢を1時間以上放置した男は、お口も性格も最悪だなぁ!ついにフェミの皮が剥がれたか?お名前をミソジニ君に改名したらどうだ〜?」

 女性蔑視のミソジニーと、溝呂木の苗字をかけた美剣の嫌味に、溝呂木は売られた喧嘩を買う。

「人語を話せる猿が、随分と賢い言葉を使うじゃないか。知っているか?ゴリラの学名はゴリラゴリラだ。お前も改名しろよ。姓と名が同じなんて、バカ猿でも覚えやすくて最高だろう?」

 ゴリラゴリラとは、正確には西アフリカに生息しているニシゴリラの学名だが、愛夢は口に出すのはやめた。なぜなら2人の間に立ち込める入ってはならない空気を本能で感じたからだった。

「西宮さ〜ん!こちらへ!さあ、書類を今のうちに書いてしまいましょう!」

 漁火はそんな2人から離れた場所で愛夢を呼ぶ。小走りで漁火の元へ向かうと、2人の笑い声が後ろから聞こえてくる。

 仲良く同時に高笑いする2人の息はピッタリだった。殺気のようなものを感じたのは気のせいだったのかと愛夢が安堵するのも束の間、美剣と溝呂木はエントランスの奥へ向かって同時に歩き出す。

 笑い声も歩調も、鏡のように寸分も違っていない。

 同時に止まった2人は、瞬時に睨み合う。そして全く同じタイミングで同じセリフを叫んだ。

「今日こそ殺す!!!!」

 言い終わるや否や、美剣の拳と溝呂木の蹴りがぶつかり合う。その衝撃波なのか、扇風機の中風のような風が愛夢の顔を撫でた。

 テーブルに置いてある書類が飛んでいくが、漁火は慣れた様子でそれを空中で掴む。

「やっぱり皆さんは仲間同士だから、心が通じ合っているんですね!」

「斬新な感想ですね。美剣さんと溝呂木さんのアレは日常茶飯事なので、あまり気にしないでくださいね」

 漁火はそう言いながら、あの日の濡羽色の万年筆を愛夢に渡した。万年筆も書類も何も変わっていないのに全てが違って見える。二ヶ月ほどしか経っていないのに、ここまでくるのがとても遠く長く感じた。

 愛夢は美剣と溝呂木の「キザ男!」「脳筋猿!」という罵声を聞きながら丁寧に自分の名前を書く。

 漁火は書類を確認しながら、小さな声で愛夢に耳打ちをした。

「美剣さんと溝呂木さんの名字の響きが似てることは、胸に留めるだけにしておいてください。口に出してしまうと怒って手がつけられなってしまうので」

「はい」

 愛夢は漁火から朱肉を受け取り書類に押印する。

「その髪の毛、燃やしてイメチェンさしてやんよ!」

「お前の髪は、もう既に末期状態じゃないか!」

 美剣と溝呂木の争いは段々と激しさを増していく。フィギアスケートのような流麗な足捌きから繰り出される溝呂木の足技を、美剣は猫のように俊敏に躱す。

「それから、何かお困り事があるのなら遠慮なく私に言ってくださいね?特に今日のようなことは!」

 本当に日常の一部だからなのか、漁火は2人の喧嘩に見向きもせずに愛夢に詰め寄る。

「あっ・・・すみませんでした。困っているわけではないのですが、相談をしてもいいでしょうか?」

 愛夢も、ここに来るまでに、そして着いた後も、ずっと気になっていたことを漁火に尋ねた。

「何なりとどうぞ!」

「お名前は分からないんですけど、昨日、私に傘を貸してくださった方がいるんです。それからガードマンさんも、私をとても心配してくれました。実は今日も、その方たちに助けてもらったんです」

「そうでしたか!もしかして相談とは、その方たちにお礼が言いたいということでしょうか?」

「はい!ガードマンさんは皆さんのことをご存知の方でした。今度こそ、ちゃんとお礼をしたいです!」

「その方は私たちとは結成当初からの仲です。今日の帰りにお礼に伺いましょう。その際には私もご一緒しますよ」

「ありがとうございます。でも実は色々あって傘を持ってこられなかったんです。立派な傘だったので、本当はすぐにでもお返ししたかったのですが・・・」

「では傘は私がお預かりしてお返ししておきますよ。その方の特徴は分かりますか?」

「えっと・・・すごく綺麗な男の人で、丁寧な話し方をされる方でした。ガードマンさんは名前は教えられない、彼はシャイなんだよ、って」

「・・・もしかして、その方は灰色のコートを着てはいませんでしたか?借りた傘は黒色ですか?」

「着ていました!傘の色も当たっています!漁火さんのお知り合いの方でしょうか?」

「おそらくその方は、私の同僚の旭夏さんです。もうお会いしていたのですね」

「あさか、さん・・・」

 愛夢はようやく知れたあの美しい男性の名を口にする。自分が発した音ですら脳を甘く痺れさせた。

「西宮さんを助けたのが旭夏さんだったのなら、予報外れの雪が降っていたことも納得できます」

「そういえば不思議なことが起こったんです。私を捕まえようしてた人の手にだけ雹が当たったり、道が急に凍って、追いかけてこられなくなったんです」

「それは確実に旭夏さんの仕業ですね。氷のメテウスを使った、と言えばご理解いただけますか?」

「メテウス!?じゃあ旭夏さんってフロウティス部隊の人なんですか?」

「はい。旭夏さんと私は同期入隊で、美剣さんと溝呂木さんは数ヶ月先輩になります」

 氷のメテウスとはまさに雪のように美しい旭夏に相応しい力だった。愛夢はもっと旭夏のことが知りたかった。逸る気持ちで漁火の次の言葉を待つが発されたのは「あれ?これって」という独り言だった。

 漁火は手元の書類を凝視して唸る。

「う〜ん・・・これは・・・」

「漁火さん、もしかして何か問題でも?私、何か間違えてしまいましたか?」

「西宮さんの分の書類には問題はありません。ですが、私では判断が難しい事態が生じているので、少しお待ちいただけますか?」

 そう言い漁火は立ち上がり、じゃれ合いとは程遠い激闘を繰り広げる溝呂木に向かって声をかけた。

「すーみませーん!溝呂木さーん!ちょっと、こちらへ来てもらっていいですかー?」

 愛夢が2人に目を向けると美剣と目が合う。

 美剣はニヤリと笑い、ブレイクダンスのように逆立ち片手で自分の体重を支えた。そのままの体勢で溝呂木を脚技で追い立てていく。

「西宮愛夢の前で無様に寝てろ!!」

 美剣の両の足から繰り出される蹴りは鎌のように鋭く早い。だが溝呂木は、それをフラッシュキックで弾く。そのまま流れるように3回のバック宙返りを決め美剣との距離を取った。

「待てゴリラ、一旦止めだ。コレで遊んでろ」

 溝呂木は側にあった来客用の椅子を足で持ち上げ、そのまま美剣に向けて蹴り飛ばす。サッカーボールのように高く弧を描いて飛んだ椅子は、美剣の旋風脚によって無惨にひび割れ床に叩きつけられた。

「ああああーーー!!!!」

「破損届ちゃんと出しとけよ」

 溝呂木は嘆き項垂れる美剣に冷たい一言を放ち、愛夢たちも元へと歩き出した。

 溝呂木にも漁火にも見向きもされない美剣は、聞いたこともないような弱った声で愛夢を呼んだ。

「ううっ・・・西宮〜愛夢〜」

 どうしていいか分からずに愛夢は3人を交互に見比べる。漁火は苦笑いしながら「すみません、西宮さん。私と溝呂木さんの話が終わるまで美剣さんにかまってあげてください」と許しをくれた。

 床に座って椅子に頭を預ける美剣の元へと愛夢は走る。美剣のことは気にはなっていたが、漁火と溝呂木の会話も愛夢の後ろ髪を引いた。

「すみません、この書類の事なんですけど・・・」

「・・・よりにもよってコレか、厄介だね。代筆が認められない。向井息子はこの書類の重要性を分かっていたんだろうね」

 2人の会話に不安で泣きそうになる。美剣はそんな愛夢に、わざとらしく叫ぶ。

「西宮愛夢!オレを励まして癒してくれよぉ〜!」

 逆に励ましてもらえるとばかり思っていた愛夢は、咄嗟の事に唖然となり言葉に迷う。

「・・・えっと・・・ゴリラはイケメンだって聞いたことがあります!」

「何じゃそりゃあ!?・・・ちなみにライオンとゴリラ、お前はどっちが好きなんだよ?」

「えっ?・・・ライオン・・・です」

「ならいい!」

 そう言った美剣はなぜだか満足げであった。愛夢は自分を慰めてほしくて美剣の側に屈む。

「・・・私の破かれた書類のことで、お二人が頭を悩ませているんです。どうしたらいいですか?」

「お前には面倒な書類としか説明してなかったな。アレがどんな書類なのかは見たか?」

「一目しか・・・見ていないです」

「そうか。アレは連帯保証人引受承諾の書類なんだよ。借金する時とかに書くモンだ」

「私・・・借金なんてしてない!しない!」

 美剣は怯え驚く愛夢の頭に手を置いた。

「ビビらせちまったな、悪い。分かりやすく言うと、お前の性格、思想、政治や宗教に対する信条を安全だと保障して、もし万が一に何かしちまった時には一緒に賠償を被りますっていう書類だ」

「・・・そんな書類をマリア先生が?」

 あの書類の価値は愛夢が考えるよりも、ずっと重かった。サインすることも、させることも簡単ではない。してはいけないと教えられてきたものだった。

「・・・事務局は今日が仕事納めで、後1時間ほどで閉まる。今から千葉に行ってサインを貰い帰ってくるのは厳しい。どうしたい?」

「そんな書類、マリア先生にサインさせたくない」

「他に誰かいるか?そんな書類にサインをしてくれる人間が、お前の周りに?」

「いない・・・そんな人・・・。私には誰もいない!」

 連帯保証人を引き受ける書類は二枚あった。その一枚はマリアが、そしてもう一枚は愛夢が嫌う春日のサインが書かれていた。どうせ春日は愛するマリアに頼まれて喜んでサインをしたのだろう。

 いっそのこと破かれるなら春日がサインをした方でいいのに、とずっと思っていた。

 だが書類の意味を知った今では、マリアを巻き込まなくてよかったと安堵している自分がいた。

 愛夢は絶対の味方である美剣を見つめる。だが返ってくる答えは愛夢を安心させるものではなかった。

「できることならオレが書いてやりたいが、フロウティス部隊同士の保障は無効なんだ。すまん」

 ダメ元で頭に浮かんだ人物を提案してみる。

「・・・昨日と今日、私を助けてくれた人がいるんです。1人はフロウティス部隊の旭夏さん、もう1人はガードマンさんで、すごく強い人でした!その人にお願いしてもいいですか?絶対に迷惑をかけないって約束しますから!」

 愛夢の願いに美剣は目を丸くした。

「確かにあの人はオレらに好意的だから、頼めば書いてはくれるだろう。だが内輪贔屓だとして受理はしてもらえんだろうな」

「マリア先生は良くて、ガードマンさんがダメなのはどうしてですか?」

「大きな違いは部外者か、そうじゃないかだ。本来は身内はサインできないんだが、今回は血が繋がっていないからっていう理由で、オレがゴリ押した」

「何で?ただでさえメテウスを持っている人は少ないのに、どうしてこんなことをさせるんですか?」

「政府にとって都合の悪いことを考えないように、しないようにさせる為の人質ってことだ。イヤになったら止めてもいいんだぞ?」

 漁火が何度もその身を震わせ怒りを露わにしていた政府の卑劣なやり方。それはついに愛夢にも向いた。

「私なんかを信じてくれる人・・・いない・・・」

 結局マリアを頼るしかできない自分に対する怒りで愛夢は唇を強く噛んだ。痛みで悲しみや苦しさを誤魔化す癖は、何度マリアや春日に注意されても治らなかった。

 離れた場所から様子を見守っていた漁火が心配そうに声をかけてくる。

「臼井教諭はどうでしょうか?これでは、ここまで頑張った西宮さんがあまりに可哀想です」

「そうだな。今出せる書類だけ事務局に提出しといてくれ。タイミングが最悪なんだよ、あのクソガキ!」

 やり場のない怒りからか美剣は頭を掻きむしる。

 溝呂木は連帯保証人の書類を静かに見つめていた。

 そしてマネキンのような端正な横顔が呟く。

「寄らば大樹の影・・・か」

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