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ーNo titleー  作者: 一ニ三
28/41

ホワイトクリスマス

 電車を降りた愛夢は、乗り換え先の新宿の混雑に一瞬圧倒される。だが学校の中と同じように人の波を擦り抜け、総武線のホームを早足で目指す。

 前方から女性だけを狙い肩をぶつける中年の男が歩いてくるのが見えた。普段の愛夢ならば仕方のないことだと痛みに耐えるだけだった。

 だが今日だけは違った。

 ぶつかりよろける時間すら惜しい愛夢は、男が挙動に入った瞬間にクルリとその場で回って避けてみせた。まるでダンスのターンの様な華麗なその動きは溝呂木を真似たものだった。

 雑踏の中での突然の舞踏、こんなに綺麗に決まるとは愛夢自身も思ってはいなかった。

 ぶつかることで受ける筈だった衝撃は行き場を失う。代わりにその場で盛大に転んだぶつかり男は、訳の分からない悪態をついて逃げる様にその場を後にしていった。

 それでも愛夢は前に進み続ける。

 胸ポケットに入っている許可証が「よくやった」と笑っている様にカサカサと存在感を放つ。

 何も愛夢を止めるものは無い。

 心に灯る美剣の紅炎が、漁火の諦めの悪さが、そして溝呂木も愛夢を導いてくれている様な気がした。


 ようやく市ケ谷駅に着いた愛夢は、昨日と同じ道を走る。荘厳な灰色の防塞が見え始めたとき、ここまで止まることなかった足が減速した。

 危険を察知する能力が身体を無理矢理引き止める。

 防衛省への道を挟んだ道路に、この場に似つかわしくない車がいた。窓にスモーク加工が施された黒のワンボックスカー、その持ち主である男たちがスマホと通行人を交互に見比べ何か話していた。

 浮ついた服装と髪型、目立つ場所に入れられたピアスと彫り物、謂わゆる半グレや成らず者と呼ばれる類の男たち。記憶にはないが分かる。まるで愛夢の遺伝子上の父親のような人間たち。そんな人間たちとは絶対に関わり合いになりたくはなかった。

 だが男たちは愛夢の方へ向かってくる。

「くにやんの言ってた子って、アレじゃね?」

「マジ!?ここで待ってりゃくるとは言ってたけどさぁ!思ってたのと違うな」

「え〜?垢抜けてない感じが新鮮でいいじゃん!」

「オジウケする見た目だわ〜!お兄さんたちも満足させてくれよ〜!」

 4人の男たちに回り込まれ前後で挟まれる。くにやんとは向井邦彦のことで、男たちは向井に言われてここで愛夢を待ち伏せしていたのだろうと察した。

 愛夢は前方を塞ぐ2人の隙を探す。

 だが、向井や駅でぶつかろうとしてきた男とは違った。この様なことに慣れているのか精悍な金髪の男と、ふくよかな体躯の男のコンビに隙は無かった。

「お兄さんたち、くにやんのオトモダチだから安心してね〜?」

「寂しいクリスマスだったけど、くにやんのおかげでJKと性なる夜を過ごせるう〜!」

 男たちは前と後ろの両方から近付いてくる。

 辺りを見渡すが、通行人の誰も彼もが我関せずと愛夢と目すら合わせようとしない。

 スマホで撮影しようとする者も男たちが威嚇し追い払ったことで、愛夢たちの周りには誰もいなくなる。

 恐怖で足が竦む。冷や汗が背中を濡らした。防衛省は目の前にあるのに辿り着けない。

「オジキラーのテク楽しみー!エグいの頼むよー?」

 今までは心を殺して耐えていれば何とかなってきた。だが今から自分がされることを考えると、嫌悪で吐き気がした。

「順番はジャンケンで〜!」

 中学生の頃、夜の公園で不審者に襲われたとき、愛夢は必死に自分を守った。そしてそこに運良く人が通り、その時は事なきを得ることができた。

 だが結局はこうなってしまう。

「金も貰えてJKとヤレるなんて最高じゃん!早く連れて行こうぜー?」

 最後の抵抗として体に力を入れ、この場から絶対に動かないという意思を示す。下を向き、ここまで共に走ってきたローファーを見つめることしかできない。

「くにやん様々だわ!前の子飽きてたんだよねー」

 出自の選べなかった自分が、必死に守ってきた貞操は、自分が最も嫌うタイプの人間に奪われる。

 その日が神様の誕生日だというのだから、とことん神様は自分を嫌っているのだと愛夢は再確認した。

 縋る思いで、ここまで自分を奮い立たせてくれた人の名を口にする。

「み、っるぎ、さんっ!」

 本当に小さく、誰にも届かないような細い声で愛夢はささやく。

 男たちが愛夢に触れようとした瞬間、視界が陰る。

「何?誰?」

「うわっ!セイギノカンチガイヤローってやつ?」

 ため息が愛夢の頭の上から聞こえる。それは億劫そうな成らず者たちものではなかった。

「いい加減にしてもらえませんか?これ以上は聞くに耐えません」

 突然、聞こえてきた落ち着きのある低い声と丁寧な言葉遣いは、今まで聞いたどんな音よりも愛夢の心を震わせた。

 その知らない声は愛夢の耳を熱くする。

 視線を上げると最初に飛び込んできたのは灰色のコートだった。

 男たちと愛夢の間を庇う様にして立つ男性に、見覚えがあった。

 正確には知っているが、まだ顔も名前も知らない。

「・・・傘の、人?」

 今、愛夢の目の前にいるのは昨日傘を貸してくれた男性だった。見間違えるはずはなかった。着ているものも、背の高さも、凛とした佇まいも愛夢の目と心にしっかりと焼き付いているのだから。

 だが愛夢の問いに目の前の男性は何の反応も示してはくれなかった。

「誤解しないでほしいなぁ!オレたちと、その子知り合いなんだよ?」

「そうそう!友達の友達みたいな?そのJK連れてきてほしいって頼まれてんだよ」

 凪いだ静かな表情の男性が愛夢に振り返る。

 その男性の顔を見た瞬間、愛夢の心臓は大きく脈打つ。その心音は男性に聞こえてしまうのではと思えるほどに煩く、指先を震わせ、甘く痺れさせた。

 溝呂木もハンサムであったが、目の前の男性は別次元の美しさを放っていた。

 目、鼻、口、全ての造形が完璧であり、色素の薄い髪色と目の色がその美しさを更に際立たせている。例えるのなら真冬の誰にも踏み荒らされていない新雪のような神聖さを纏う、そんな美貌であった。

 この目は彼を見るために、この耳は彼の声を聞くためにあるのだと思えるほどの出逢い。閃光のように眩く熱い余胤に酔いしれていると、その彼が愛夢にゆっくりと問う。

「そうなんですか?」

 彼の注意が、こちらだけに向いた嬉しさと恥ずかしさが混ざり合い、途端に頬が熱くなる。

 伏せられた長い睫毛、艶めかしい唇が動くのを見るだけで、身体は電流が流れたように痺れる。

 愛夢は大きく首を振った。熱った頬を冷ます動作と否定が重なる。

「だそうですが?」

 表情を変えることなく男性は成らず者たちに向き直った。気付くと男性は防衛省の塀を愛夢の背にするように位置取ってくれていた。後方の憂いが無くなり、少しずつ落ち着きを取り戻す。

「だぁーもう!面倒くせぇなぁ!!」

「あ〜これは倍の額、くにやんから貰わねぇとやってらんねぇやつだわ!」

 成らず者たちは舌打ちをして、男性を攻撃的に睨みつけた。放たれる敵意に頭頂部がザワリとする。

「・・・純粋な疑問なんですけど、一体いくらなんですか?」

 臆することもなく男性は成らず者と話を続けた。

 目の前の美しい男性が殴られてしまのではと、愛夢の不安は加速する。

「はぁっ!?何?お兄さんも金出してくれるのぉ?」

「めっちゃビビってんじゃん!もしかして倍とれる?」

「・・・いや、あなた方がいくら貰って、こんな愚かなことを引き受けたのかが気になっていまして」

「えぇー?逆にぃ、お兄さんはぁ、いくら出せるんですかぁー?」

「クリスマス価格にしてもいいよー?」

 返される下卑た笑いとふざけた回答に男性は再度ため息をついた。

「・・・返答は得られないか。もしかして私の質問が難しい?日本の方ではない?困窮しているのなら、この愚行の理由も分からなくもないか・・・」

 自ら問うたにも関わらず男性は興味が失せたとばかりに独り言を呟く。

「バカにしやがって!ぶっ殺すぞ?」

「あー完璧にキレたわぁ・・・」

「これは、お兄さんも十はくれないとなぁ?」

「クリスマスだから持ってんしょ?どうせ今からデート行くとこなんだろうし?」

 成らず者の標的は愛夢から男性に変わってしまう。

「イケメンだからって調子のってんじゃねぇぞ?」

「ひがむな〜。とりあえず、お兄さんはまずは誠意みせよ?」

「はい、お財布出して〜」

 囲まれ凄まれた男性は、愛夢を振り返った後に目線を防衛省の入り口へ向けた。

 まるで、自分を囮にして行けと言うようなジェスチャーに愛夢は戸惑う。その間にも成らず者たちは「ほらほら」と男性への絡みを止めることはない。

「・・・先程、十とおっしゃいましたが、まさか十万円じゃないですよね?」

 雪が舞う音のような静かで凛とした声で、男性は成らず者に再び質問をする。

「ビビった?日当十万円、こんないいバイトねぇだろ?」

「はい。そんな端金でいいのかと驚きました。それは勿論、一人当たりの報酬ですよね?それでも割に合いませんけど」

「あっ?知らねえけど貰えるんだから別にいいだろ?」

「契約書などは交わされていないのですか?後に反故にされるかもしれませんよ?あっ、反故の意味は分かりますか?」

 その男性の言葉で、青筋を立てていた成らず者たちの様子が変わる。

 スマホを取り出し向井から送られてきた文面を確認しようとする成らず者たちに男性は畳み掛ける。

「まさか文面だけのお約束なんですか?あなた方はそんな曖昧なものだけで、こんなリスクのあることをやってのけようとしたですか?その程度の報酬で人生を無駄にするなんて理解に苦しみますね」

「ウルセェな!ちょっと黙ってろよ!」

「未成年者に対する誘拐未遂と恫喝、それから私に対する恐喝未遂。今ならば警察も口頭による注意だけで済ませてくれると思いますが・・・」

「黙れ!見逃してほしいだけだろうが!」

「こっちにだってメンツってもんがあるんだよ!」

「今更帰れるかよ!」

「警察なんて呼ばせる訳ねぇだろ!」

「くだらないメンツと報酬・・・。そんなモノの為に懲役に科せられるかもしれない罪を、わざわざ自分から犯すとは・・・。あなた方の人生って、お手頃に安くて軽いんですね」

 成らず者たちを小馬鹿にするように男性は鼻で笑う。最上級の煽りを食らった成らず者たちは憤慨し男性に殴り掛かろうとした。

 だが動き出しの刹那、男性の両の手が素早く合わさりパァンという乾いた音を響かせた。突然の猫騙しの音に成らず者たちは見事に怯んだ。

 愛夢と男性の目が合う。

 その意図を瞬時に理解した愛夢は、防衛省の入り口に向かって全力で駆け出した。甘い心臓の高鳴りに気を取られる暇は無い。男性が自ら成らず者たちからのヘイトを集め作ってくれた隙を、絶対に見逃す訳にはいかなかった。

 後ろから聞こえる成らず者の「待て!」という叫びの中で、耳はあの男性の雪のように涼やかな声だけを鮮明に捉える。

「行きなさい。貴女が本当に"そう"だというのなら、切り抜けられるはずです」

 傘の礼も、今の礼も伝えることは叶わなかった。

 だから愛夢は男性の思いに報いる為に、自分の持てる全てをこの疾走に込めた。

 20メートル程の差をつけ成らず者たちを引き離すことに成功する。だが防衛省への入り口は、見た目よりもずっと遠かった。

 ここまで全力で走ってきた愛夢の筋肉は悲鳴をあげている。心臓も肺も限界だと言わんばかりに痛んだ。

 入り口である門まで一直線の道を、脇目も振らずにただ走る。門までは50メートルという所に差し掛かった時、行手を遮るように1人の男が歩道の真ん中を陣取り道を塞いだ。

 スカジャンを着た顔面に刺青の入った男は、明らかに先ほどの男たちの仲間である成らず者だった。

「その女だぁー!捕まえとけ!!」

 不敵な笑みを浮かべたその男は、後ろから追いかけてくる成らず者たちの叫びを聞く前から愛夢に標的を絞っていた。手に持っていたトルクレンチを構え愛夢が来るを待っている。

 前方には脅威、右側は車の行き交う道路、左側は高く聳える防衛省の塀。自ら火中に飛び込まなければならない恐怖が、愛夢を襲う。だが今日のチャンスを失う恐怖に比べれば怖くはなかった。

 目の前にヒラリと一粒の雪がちらつく。

 傘を貸してくれたあの美しい男性のような、どこまでも白く儚い雪が愛夢に最後の一押しをしてくれた。

 転ばせる為なのだろう、愛夢の左太ももを狙ってレンチは横に薙がれた。

 どうするか決めてもいない。考えてもいなかった。

 だが愛夢はフワリと飛び上がり、襲い掛かってくるレンチの上に足を乗せた。

 右手に愛夢の全体重が乗った成らず者は、手に持っていたレンチを落とし片膝を地面に着けた。

 成らず者たちは恐ろしくて屈強なのだと信じ込んでしまっていたが、見かけだけであった。当然ながら片手で愛夢を支えることもできない。

 常に愛夢を軽々と持ち上げていた美剣の逞しさとは全く違った。

 このままでは成らず者を踏みつけてしまう。それは流石に気が引けた。常人ならば一瞬に感じる滞空時間に愛夢は次の行動を決めた。

 空中で体を捻り左足で塀を蹴る。

 次に右足を前に出す。だが今の疲れ切った愛夢の体は想像していた壁を走るイメージを実行することはできなかった。出された足は思った場所を蹴れずに、試みた壁走りは、ただの三角飛びとなってしまった。

 着地の衝撃が疲労しきった足をさらに痛めつける。

 もつれて転びそうになったところを、側で蹲る成らず者が愛夢の髪の毛を掴みに手を伸ばした。

 今の愛夢ならば、たとえ髪が引きちぎれようとも前に進むことを止めないだろう。

 だが髪を掴まれる直前、礫のような氷が成らず者の手に直撃した。それは地面に落ちて砕ける。

「いってぇーー!!!」

 後ろから聞こえる成らず者の痛みに悶える声。

「なにやってんだよ!?早く捕まえろ!」

 その後ろから聞こえる愛夢を追う男たちの叫び声。

「うるせぇ!雹がいきなり降ってきたんだよ!」

 もうあの美しい男性の声は聞こえなかった。

 後ろを振り返りたい気持ちを堪え、ただ望む未来を手に入れる為だけに両の足を交互に前に出し続ける。

 疲労から愛夢の走るスピードは段々と落ちる。今はもう常人と同じか、少し遅い程度であった。

 少しずつ後ろを走る成らず者の声と足音が大きくなる。門までは30メートルをきっていた。

 門の前にいるガードマンがこちらに向かって両手を大きく振っているのが見えた。そのガードマンは昨日出会った丸ガーオマンだった。

 大きく開けられた口から出ている声は、近付いているからか耳を澄まさなくてもはっきりと聞こえる。

「お嬢さーん!!許可証を出しなさーーーい!!!!」

 腹に響くような大きな声は、優しそうな丸顔に似つかわしくなかった。

 愛夢は言われた通りに胸ポケットにある許可証を取り出す。その瞬間、雪で濡れたマンホールで足が滑り愛夢はその場に転倒した。

 大切なものを手放さないと固く誓っていた愛夢は、許可証を守るように転ぶ。コンクリートに強く肘を打ち、足には擦り傷ができた。

 レンチを持った成らず者が手負いの獲物の狙う為にすぐ後ろまで迫ってきている。

 愛夢は痛む体を起き上がらせ、丸ガーオマンの元を目指す。今はもう早歩きのようなスピードでしか前に進むことしかできなかった。危険察知能力が、後方の気配に全力の不快感を示す。成らず者の手が体に触れた瞬間、「手こずらせやが─でぇっ!」という叫びが聞こえ愛夢は身をこわばらせた。

 だが成らず者は地面に横たわり悶絶する。後ろの4人の成らず者も悲鳴と共に横転していた。

 何が起こったのか分からず足元に目を凝らしてみると、愛夢が今まで走ってきた歩道が凍っていた。

 成らず者たちは5人とも立ち上がることすら困難なようで、立っては転ぶを繰り返している。

 氷の境界は愛夢と成らず者との間で止まっていた。

「何で?さっきまでは普通の道だったのに・・・」

 何が何だか分からずに戸惑っている愛夢を、丸ガーオマンの「早くー!こっちにきなさーーいーー!!」と言う声が呼び戻してくれた。

 成らず者の罵りの言葉を背に受けながら愛夢は丸ガーオマンの元に駆け寄る。そして決して離さなかった許可証を開いて丸ガーオマンに渡した。

「危険な目にあっているというのに、助けに行くのが遅れて本当にすまなかった」

 丸ガーオマンは愛夢に深々と頭を下げた。ガードマンは持ち場を離れられないのだから仕方の無いことだと理解していたので大きく首を振る。

 しかし丸ガーオマンは既に門から10メートルほど離れていた。居ても立っても居られずにここまで来てくれたことが愛夢は嬉しかった。

「いいえ、大丈夫です。昨日も、そして今日も、私のことを気にかけてくれて、ありがとうございます」

「中へ入りなさい。もう、お嬢さんは我が防衛省の客人なんだから」

「でもガードマンさん・・・」

 言うことを聞きたいが5人の成らず者たちは、まだ諦めていなかった。

 最も愛夢たちに近い刺青の成らず者が叫ぶ。

「どけぇ!クソジジイ!!!」

 男は完璧に怒りで我を失っている。持っていたレンチが丸ガーオマンに振り下ろされた。

 慌てる愛夢とは真逆で、丸ガーオマンは怯むこともなく素早く相手の懐に潜り込んだ。

 振り下ろされる手首を掴んだと思った瞬間、クルリと腕を捻り上げ、難なく男を鎮圧してみせた。

「どうだい?美剣君たちほどではないけど、おじさんも中々強いだろう?」

 刺青の成らず者を地に組み伏せながら、丸ガーオマンはニッコリと笑う。そして空いた片方の手で器用に無線を使った。

「正門前で不審者を拘束した。回収の応援を二、三人寄越してくれ」

 男を拘束している丸ガーオマンの所へ、残りの4人も追いついてくる。汚い言葉を次々と浴びせられた丸ガーオマンは、足で刺青の男を押さえつけ叫ぶ。

「ここは日本の防衛の要!害を成す者を何人も通さず!この場を守り抜く!それが今の俺の仕事だぁ!」

 そう叫ぶ丸ガーオマンの背中はピンと伸び、誇りに満ちていた。自らの仕事に信念を持ち、全身で、全力で全うする大人のその背中を愛夢は知っていた。

 その背中を見ると何故だが分からないが、胸がむず痒く感じる。

「こちらのお嬢さんは我が防衛省の客人である!これ以上の狼藉は、この場所に牙を向く行為だと思え!」

 腹に響くあの声を正面から浴びた成らず者の4人はたじろぎ後ろへ下がる。美剣が王たる獣だとするなら、丸ガーオーマンはまるで城だった。その場から動かずに、槍を通さず、背にある者を守る姿は難攻不落の城塞。成らず者たちは、もう指先すら愛夢に近づけられなかった。

 そこへ先ほど呼んだ応援のガードマンと自衛隊員2人が駆けつけてくる。

「あっ!早くあのガードマンさんを助けてください!」

 愛夢は自衛隊員に駆け寄り助けを求める。だが返ってきた答えは全く別の言葉だった。

「わー!早く中に入ってくださーい!」

「お嬢さんがいたら、あの人張り切り過ぎて最終的に死人が出るぅ〜!」

「お願いします!どうか早く中にお入りください!!」

 背中を優しく押され愛夢はその場から遠ざけられてしまう。「えっ?えっ?ええ〜?」と困惑し振り返りながら見たのは、成らず者たちをちぎっては投げるように受け流して応戦する丸ガーオマンと、それを全力で制止する自衛隊員たちの姿だった。

「女の子を寄って集って追い回した挙句に暴力を振るおうとするとは!お前らはそれでも男かぁ!その歪んだ性根を全て絶やしてやる!!!」

 丸ガーオマンの大立ち回りに、門に残っているガードマンたちは苦笑いを浮かべていた。

 受付に許可証を渡した愛夢は、制服についた砂を払い乱れた髪を整える。

 一番綺麗な状態だとは言い難いが、それでも自分の為に頑張ってくれた人々に応える為に、今できることをした。

 ようやく長かった戦いを終えて、愛夢は防衛省の門をくぐった。

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