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ーNo titleー  作者: 一ニ三
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油断

泣き腫らした顔が落ち着くまで暇を持て余した愛夢は、漁火に渡された求人情報誌をめくっていた。

 忙しい漁火はそれらに目を通す暇が無かったのか、いつものイラスト付きの付箋は一つも無かった。

 楽しみを失った愛夢は、美剣とマリアの手紙に再び目を通し、また涙を流す。

 結局、目が潤むのも鼻が赤いのも寒さの所為にして寮への帰路に着く。


 寮の個室にある収納棚、そこに入れた数少ない私物の中から愛夢は桐の箱を取り出した。

 昔食べた高級品種の苺が入っていたその箱は、愛夢の宝箱だった。

 その中にそっと美剣とマリアからの手紙を入れる。

 カーネーションの押し花。

 漁火がくれた資料に貼ってあった付箋。

 昔、仲のよかった女の子がくれたガラス玉。

 孤独を紛らわす為に始めた編み物の道具。

 それらに一瞬だけ目を配らせる。悲しくなりたくないので、思い出に浸る事はしない。

 箱の蓋を閉じ、収納棚の奥へと宝箱を片付ける。そして隠すように周りを服や本で囲んだ。

 入隊の書類には難しい言葉や言い回しが使われているだろうと思い愛夢は辞書を用意した。だが貼られた付箋には分かりやすい要約が書かれ、捺印箇所には鉛筆で丸までついていた。何度も見た付箋、書かれた字、それは漁火のものだった。

 愛夢がLETに入る事を拒んではいるが、いざとなれば困らぬようにと細やかな配慮をしてくれる。そんな漁火の優しさに胸が熱くなる。

「ありがとうございます、漁火さん」

 その優しさに応える為、入隊の書類に自分の名を書き込んでいく。

 名前を与えて育ててくれたマリアに、心を救ってくれた美剣に、未来を案じてくれている漁火の為に。


 12月24日。皆が幸せを感じる聖なる日は、マリアの誕生日だった。愛夢にとってはイヴよりも大切なイベントの日。美剣が手紙をくれたからか、愛夢は素直な気持ちの感謝と祝いの言葉をポストカードに綴り投函することができた。

 前日に担任から、漁火に渡す前に自分の記入漏れを確認したいから書類を持ってきてくれ、時間がとれないから放課後まで待っていろ、と言われ愛夢はのんびりと今年最後の授業が終わるのを待っていた。

 終礼が終わり、掃除をして帰り支度をしようとする愛夢をノックの音が呼び止める。

「あのっ・・・西宮さん!ちょっといいかな?」

「ごめんなさいっ!卒業式後の先生へのサプライズのことで、ちょっと・・・。すぐ終わるので!」

 ノックの主は愛夢のクラスメイトの女子生徒たちだった。愛夢はため息を飲み込み、声を絞り出す。

「どうしたらいいですか?」

「あっ・・・ちょっとこっちに来てもらってもいい?」

「廊下で話してもいいかな?嫌なら無理にとは〜」

「・・・わかりました」

 ヤクザの愛人の噂がある愛夢と密室で一緒にいることは避けたい、そんな風に思う女子生徒たちの気持ちを汲み愛夢はその願いを了承する。

 愛夢の危険を察知する能力は、この女子生徒たちが無害であると伝えていた。

 普段から大人しく教室の隅にいる二人の女子生徒は気が弱く、頼まれれば断われない性格なのだろう。

 クリスマスイヴの放課後に雑用を言い渡されてしまう可哀想な生徒、謂わば愛夢と同じ類の人間だった。

 彼女たちの学校でのカーストは愛夢よりは上だったが、だが今は違う。

 今の学校に流れる噂は、愛夢をピラミッドの外へと弾き出した。

 可哀にも底辺へと落ちた女子生徒たちは、押しつけられた雑用の為に、愛夢のいる離れた空き部屋へと重たい足を運んだのだ。

「・・・あの、どこまで行くんでしょうか?」

 二人を可哀に思った愛夢は、廊下の端まで連れてこられた。流石に自ら口を開いてしまう。

「ひぃっ!あっ・・・じゃあ、ここで!」

「卒業式で先生に渡す色紙!・・・を書いてもらってもいいですか?」

「・・・はい」

 女子生徒は震える手で愛夢に色紙を渡す。だが書くものを持っていないことに気付き、鞄を取りに行ってもいいかと確認の声をかける。

「すみません。ペンを取りに行っても?」

 すると怯え慄く女子生徒は、手に持っていた色取り取りのペンを愛夢に見せた。

「あー!すっ・・・好きなペンを使ってください!」

「・・・ありがとうございます」

 小学生のとき愛夢は好きな色をバカにされ、大切な物を傷付けられた。その幼い日の記憶が蘇る。

 だから何にも染まらない無難な色である黒を選び手に取る。色紙の下、右端に自分の名前と"1年間お世話になりました"とだけ書いた。

「終わりました」

 女子先生へ色紙とペンを返すが、二人は慌てるだけで一向にそれを受け取ろうとしなかった。

「えっ!?もう書いたちゃったの?」

「どうしよう・・・ちょっと待ってもらってもいい?」

 女子生徒はキョロキョロとしながら教師へ贈る花束の話をし始めた。まだ花束は決まっていない、徴収の金額は決まっていない等と、しどろもどろに何が言いたいのか分からない説明を始める。

 そんな様子を見て愛夢の二人を可哀に思う気持ちが、不信感へと変わり始めた。

 そして言葉に詰まった二人のうち一人が叫ぶ。

「ごめんなさい!西宮さん早く戻って!!」

「─ちょっと!」

 その声より早く愛夢の危機察知能力が頭頂部をザワリとさせた。

 こんな時期に、こんな日に卒業式のサプライズの準備などするわけがない。

 振り返る瞬間、走る足音が廊下に響く。

 愛夢独りの教室から走り去る男子生徒の背中は追うにも、声をかけるにも遠すぎた。

 自分の部屋にある宝箱のように、本当に大切なものは壊されないように隠しておかなければならない。

 それは痛いほどに学んで、心に刻んだ愛夢の人生訓であった。

 だが突発的な出来事が油断を生んだ。

 どんなに慌てて走っても、もう遅かった。

 愛夢はズタズタに引き裂かれた入隊の書類の前で、立ち尽くすしかできなかった。

 鞄の中にあった教科書も財布も全ては無事なのに、書類だけが無惨に引き裂かれ踏みつけられていた。

「あのっ・・・西宮さん・・・私達も、こんな事をするなんて知らなかったの」

「ごめんなさい・・・片付け手伝うから!」

 扉の外から声をかける二人を愛夢は大声で制した。

「入ってこないで!」

 怒り、悲しみ、悔しさ、全てがこもった愛夢の声に女子生徒は立ちすくんだ。

 一般人である彼女たちに破られた書類を見られるわけにはいかなかった。そして何よりも漁火と臼井以外には愛夢の聖域に入ってほしくなかった。

 二人の女子生徒は尚も言葉を続けた。

「本当にごめんなさい!」

 走り去った男子生徒の後ろ姿は、向井に似ていた。

「私達も脅されて・・・少し外で話をしているだけでいいからって言われたの・・・」

 勧誘の場に割り込み、美剣とも話をした向井がLETのことをどこまで知っているのか。

「お願いします!許してください!」

 もし犯人が向井以外の生徒であったならば、書類を放置した愛夢は誓約違反を犯したことになる。

「本当に私達、こんなことはしたくなかったの!」

 一刻も早く漁火に連絡して、事の詳細を話し新しい書類を用意してもらわねばならない。

「もういいから!黙っていて!!」

 焦りの感情から愛夢の口調は強くなる。

「えっ?もういいって・・・」

「私達の臓器を取り出して売ったりしないの?」

「お願いだから!もう私に構わないで!そうしてくれたらっ・・・何もしないから!」

 愛夢の言葉を聞くや否や、二人の女子生徒は後退り逃げた。

 走る二人分の足音を聞きながら愛夢は床に落ちている書類の欠片を一つずつ集める。

 一つ欠片を摘むたびに、涙が床に落ちていく。

 泣きながら床に這いつくばる今の姿こそ、向井が望んでいたものなのだろうと心の中で自嘲した。

 破られた書類の欠片にマリアの字を見つけてしまい心は限界に達する。

「うっ・・・うぅっ!」

 学校で泣かないという矜持など、もうどうでもよかった。どうせもう、何度も泣いてしまっている。

 惨めたらしく泣いても、どれだけ嗤われても、傷を付けられても、この書類だけは守るべきだったと愛夢の心は後悔と自責の念で潰れそうになる。

「ごめんなさいっ・・・!」

 愛夢がようやく見つけた本当にやりたい事、それを応援してくれたマリア。

 誰よりも愛夢の可能性を信じ、背中を押してくれた美剣。

 何度も愛夢の為に学校に足を運んでくれた漁火。

 三人の想いがこもった引き裂かれた書類に、愛夢は頭を擦り付けて何度も謝る。

 明日には漁火がこの書類を取りにくる。

 今年中に書類を提出しなければ労働条件は改悪される。だが、そんなことはどうでもよかった。

 一秒でも早く美剣と漁火に謝りたい。その思いが愛夢を突き動かした。

 現在スマホの普及によりほとんどの公衆電話は撤去されている。しかし、この学校は災害時の避難所として使われる為に未だに設置はされていた。

 スマホを持っていない自分を呪う暇はなかった。

 公衆電話に小銭を入れ、暗記してある漁火のスマホの番号を押す。

 だがコール音を何度繰り返しても漁火が出ることはなかった。

「もしかして公衆電話からの着信だから出てくれないの?」

 愛夢は急いで受話器を戻し、足早に職員室へと向かった。

 だが職員室には愛夢の唯一の味方の臼井の姿はなかった。それどころか教員のほとんどがいない。

 室内の雰囲気から、次の日に控える終業式の準備に人員を割いていることに気付き愕然とする。

 ふと部屋の隅にある仕切りの奥に人の気配感じ、愛夢はそこに向かい声をかけた。

「あの、電話をお借りしたいんですけどっ・・・!」

 パーテーションの奥にある来客用スペース、そこにいたのは、体育教師である愛夢の担任だった。

 くたびれたジャージを着た小太りな体躯のその男は、体育を教える仕事をしているとは思えないほどに不健康そうな見た目をしている。

 マッサージ器具を肩に当てながら眠そうにスマホを見ている担任は、愛夢と目が合うとバツが悪そうな顔をした。

「あー・・・そういえば呼んだんだった!忘れてた」

 この担任教師は面倒事を嫌う。

 高校一年目の体育の授業で愛夢が高校新記録を出すや否や、陸上部へと執拗に勧誘した。だが愛夢の出自を知り、他の生徒からの声に流され、見事に手のひらを返した。それからは冷淡な態度をとるようになり、三年生になった愛夢の担任となっても、その態度は変わる事はなかった。

「先生が確認したいと言っていた書類を持ってきたのですが・・・トラブルがあって・・・」

「あぁ・・・アレはもういいよ。ご苦労さん!」

「もういいって何でですか?先生に言われたから書類を持って待っていたんです。でも誰かが、私のいない間に書類を破って逃げたんです!」

「そうやって何でも他人の所為にするのはよくないぞ。お前の管理が悪かっただけだろ?」

 担任の言う通り愛夢の管理が悪かったのは事実であった。秘匿である入隊の書類を、鍵のかかるロッカーに保管していたならば、この事態は避けられた。

 最善を尽くさなかった自己責任を咎められ、返す言葉が無い。

「もういいじゃないか?最初から無理だったんだよ。お前なんかには勿体無い話だった。諦める理由ができて良かったな」

 追い討ちをかけるように担任は言葉を続けた。だがそんな説き伏せは、漁火との舌戦を繰り広げた愛夢には届くはずもなかった。

「先生・・・私は電話を借りにきたんです。そんなお話をしにきた訳じゃありません」

 教師に言い返したのは、生まれて初めてだった。

 普段通りに振る舞うことなど、今の愛夢にはできなかった。

「おい!何だその口の聞き方は!?お前なんかが俺に口答えをするな!俺はお前の為に言ってやってるんだぞ!大体まともな人間にでもなったつもりか!?お前みたいな人間にはお役所仕事なんか無理に決まっているだろ!こっちがわざわざ優しく諭してやっているんだからもっと感謝したらどうなんだ!」

 罵りの言葉を一気に捲し立てたが、担任の怒りは収まらないのかマッサージ器具を床に叩きつけた。

 怒号と衝撃音に、愛夢の体は萎縮してしまう。

「あっ・・・」

 向井に詰られた時と同じように、恐怖で喉が閉まり声が出なくなる。

「まともな学校生活すら送れていない周りの人間に迷惑をかけ続けているお前なんかが!本当にこのまま社会に出て上手くやっていけると思ってんのか!?甘いんだよ!省庁から直に声がかかったからって調子に乗るなよ!俺の納めた税金がお前の給料になると思うと腹が立つ!!お前なんかが楽して俺より高い給料を貰うと思うと胸糞悪いんだよ!!」

 美剣と漁火、そして臼井、三人に優しくされ続け、他者との接触を絶っていたから忘れていた。本来は愛夢をこんな風に思う人間が大半であり、三人が特殊な人間なだけだった。

 こんな時、どうすれば相手が満ち足りるのかは心得ていた。

 地面に膝と手を付けて頭を下げればいいだけだ。なのに、どうしても体が動かなかった。

 美剣の「オレの前でソレ、もうやるな」と言った悲しい声が、頭の中で響き愛夢の体に土下座することを許そうとしなかった。

「先生に生意気な口を聞いてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

 鼻の奥がツンとして目が潤む。震える手足に力を入れて、愛夢は土下座代わりに90度のお辞儀をした。

 息切れを起こした担任は、愛夢の態度に少しだけ落ち着きを取り戻していく。

「これは、お前の為に言ってやってるんだぞ!謂わばこれは愛のある教育だ!間違っても暴言を吐かれたなんて周りには言うなよ?」

「はい。先生がくれたお言葉を胸に刻みます」

「分かればいい。じゃあもう帰れ」

 担任は顎で愛夢に扉に向かうようせっつく。

「あの・・・先方に謝罪のお電話だけでも、させてもらえないでしょうか?その為に電話をお借りしてもいいですか?」

「明日の朝、臼井先生にしてもらえばいいだろ!」

「よく分からないですけど、こういう時の連絡は早い方がいいんじゃないかと思ったんです。間違っているのなら、すみません・・・」

 先に謝罪を入れ、怒りを買わないように愛夢は慎重に言葉を選んだ。

 担任は舌打ちをして、投げたマッサージ器具を拾いに行く。「俺は何もしてやらないからな!勝手に使え!」と怒り混じりに叫び、再びパーテーションの奥へと消えていった。

「ありがとうございます!」

 学校の固定電話の使い方は把握していた。愛夢は急ぎ臼井の席にある電話を手に取り、漁火の番号を押す。

 コール音が5回、6回と増えていく度に、心臓がギュッと締め付けられるように痛んだ。

 8回目のコール音が鳴り終わり、このまま諦めるしかないのかと絶望を感じ項垂れる。

 だが9回目のコール音は鳴らなかった。

『大変お待たせいたしました』

 新緑を思わせる爽やかな声が、愛夢を絶望から救い上げる。

「漁火さん!良かった!繋がって・・・」

『確かにコレは漁火の番号です。ですが彼は今、会議で席を外しております。続けて架電をされていたので勝手ながら対応させていただきました。この事は漁火に了承を得ています』

「えっ!?あっ・・・独り合点をしてしまって、すみませんでした。私は西宮愛夢といいます。漁火さんの会議は、いつ頃終わりますか?」

『申し訳ありませんが、それらの情報は部外秘です。緊急の用であるなら、僕が言伝を預かりますが?』

「えっと・・・じゃあ美剣さんは?お電話を変わってもらうことは、できないでしょうか?」

『美剣も同じ会議に行っていて、ここにはいません』

「そんなっ・・・えっと、でもこれは、多分ダメなんです。漁火さんか美剣さんに直接言わないと・・・」

『ああ、申し遅れました。僕は溝呂木と申します。美剣と漁火の同僚です。ですから、貴女の状況も事情も把握しています。ご心配されているような誓約違反に関しては問題はありません』

「もしかして、美剣さんと漁火さんが言っていた怖い人ですか?」

『・・・おそらく僕のことでしょうね。そこには貴女の他に誰かいますか?第三者に聞かれても違反にならないよう、話す内容には気をつけてください』

「わかりました。あの・・・えっと、お聞きしたいのは書類のことなんですけれども・・・」

『明日、漁火が受け取りに行くお約束をしていた書類の事ですね?何か不明な点や不備でも?』

「いいえ。あの・・・もし書類を・・・はっ・・・汚してしまったら、どうすればいいでしょうか?」

 愛夢の大好きな三人の想いが詰まったあの書類、それを破損させてしまった。その言葉がどうしても言えなかった。

 だが嘘や誤魔化しをしたつもりは無かった。実際にバラバラにされた書類の他に、真横に破られた書類は靴の痕がついていた。

『汚れ?程度にもよります。文字が読めるくらいのものであれば問題は無いです』

「あっ・・・じゃあ、もし破れた部分があったら?」

『汚して破損させたんですか?どんな状態ですか?穴が空いたとか、破れたとか具体的に言ってもらえませんか?そうじゃないと、こちらも判断できません』

「・・・破れましたっ!ちゃんと綺麗に読めるように全部を繋げます!そうしたら受理をしてもらえますか?」

 たとえ徹夜になろうと、バラバラになった全ての欠片を繋いでみせる気概はあった。だがそんなものは電話口にいる溝呂木にとっては瑣末事だった。

『ちょっと待ってください。全部を繋げるって?それは、書類が複数に千切れたという意味ですか!?』

「・・・はい、そうです。私は今年中に受理をしてもらえなくても、それで労働条件が変わったとしても構いません。でも・・・美剣さんと漁火さんに謝罪だけはしたいんです!」

『そんな事はどうでもいい!その書類に何人分の人生がかかっていると思っているんだ!?万が一、残った欠片から何かが露呈した場合、芋蔓式に組織は瓦解する!そうなったら日本だけじゃなく、世界中が混乱に落ちいるんだぞ!』

 先程までの爽やかな溝呂木の声とは違う。明らかな怒りと焦り、混乱が混じった声は愛夢を責め立てた。

 バラバラにされていたのはマリアがサインをしてくれた書類だけであった。愛夢が捺印した書類は真横に引き裂かれ、くっきりと靴跡が残っている。そして皮肉にも学校側がサインをした書類だけは無事だった。

「分かっています・・・!ちゃんと全部を集められたと思います!確認をしてもらう為に、今からこの書類を持ってそっちへ行きます!」

『行くって・・・?貴女は部外者です。僕たちの現在の所在地は、お教えできませんし、黙秘させていただきますよ』

「私、知っています!霞ヶ関じゃない方ですよね?」

『はぁっ!?ちょっと待て!何で!?』

 愛夢は溝呂木が全てを言い終える前に、受話器を置いた。

 きっと全てが終わる頃には、寮の門限は過ぎてしまう。良くて反省文のみ、最悪の場合は愛夢の聖域であるあの部屋を奪われる。

 そうなると分かっていても、愛夢行かねばならなかった。溝呂木が待つ、日本の守りの要である防衛省へ。

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