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ーNo titleー  作者: 一ニ三
18/39

凶器の可愛さ

 漁火は何度もLETに関わるなと忠告してくれた。

 この絶望感は愛夢がその忠告を無視し続けた結果だった。

「嫌っていただいて、恨んでいただいて構いません。ですが西宮さんのお心に深い傷を負わせてしまったことは、お詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした」

 漁火は立ち上がり、愛夢の側で深く頭を下げた。

「あっ・・・あぁ」

 漁火が謝ることなど何一つない。

 そう言いたいが、動くことも話すことも出来ず、ただ泣きじゃくることしか出来なかった。

「私はもう二度と、ここには来ません。さようなら、西宮さん・・・どうかお元気で」

 濡羽色の鴉のような悲しい笑顔で漁火は愛夢に別れを告げた。

「・・・西宮さんの気が変わられて本当にしたい事を見つけられた時は、臼井教諭に相談するといいでしょう。きっと、その夢は叶いますから」

 そう言い扉に手をかけようとする漁火に向かって愛夢は叫んだ。

 鉄塔の上で美剣と本音をぶつけ合った、あの時と同じ大きな声で。

「やだっ!待って!!」

 漁火を追いかけようと慌てて立ち上がるが、震える足がもつれた愛夢はその場で盛大に転んだ。

「あっ・・・!!!」

 うつ伏せに倒れた愛夢に、漁火は一瞥をくれるだけだった。

 唇を噛み締め目の端に涙が浮かべた表情が、一瞬だけ見えた。悲しみと怒りが混在した漁火の複雑な表情は愛夢の胸を強く締め付けた。

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!漁火さんの言う通りに!思う通りに出来なくって・・・!ごめんなさいっ!」

 立ち上がることも出来ず、謝りながら漁火の元へと這っていく。

 漁火の扉にかけた手はまだ動かない。

「漁火さんは凄い人なのに!私なんかの為に痛い思いも嫌な思いもしたのに!それなのに、たくさん優しくしてくれたのにっ・・・!何にも返せなくて、ごめんなさい!!」

 漁火の手はまだ扉を開けない。

 その手も肩も微かに震えていた。

「話したくないことを話させて!言わせたくないことを言わせて!漁火さんに嫌な思いばかりをさせて、本当にごめんなさいっ!!!」

「・・・うっ!!」

 扉にかけていた手は口元を覆い、後に目頭へと移動した。

「このままアスピオンの事を知らないフリをして、戦いを皆さんに押し付けて、自分だけ普通に生きたなら・・・私はもっと自分を嫌いになって、もっと許せなくなる・・・!」

「もうっ・・・やめてくださいっ!それ以上は言わないでくださいっ!!」

 そう叫び扉を開ける漁火の手は濡れていた。

 自分を責め続ける"なんか病"は、周囲に苛まれた愛夢が患った不治の心の病だった。

 そこに投与された美剣という甘い薬を、愛夢はもう手放すことが出来なかった。

 美剣の優しさを知ってしまった愛夢は、知る前よりも悪い状態となっていた。

 このまま美剣に何かあれば愛夢は自分を殺す。

 自分で自分に呪詛という名の悪い桑を食べさせ続けて死んでいく、軟化病を患った蚕と同じように。

 大好きで大切な美剣の代わりに死ぬ。その為に自分の命使うことが、愛夢のしたい事になった。

「お願いします!せめて最後に遠くから一目だけでもいいんです!美剣さんに会わせてくださいっ!!」

 そう言い終わると同時にバンッという大きな音をたて扉は閉められた。

 応接室にいるのは愛夢だけとなり、遠ざかる漁火の足音と共に涙が床に落ちていく。

 優しい漁火が、露骨に感情を態度に出したの見たのは初めてだった。

「せめて、美剣さんの声がっ・・・聞きたい!美剣さんにダメだって言われたなら、ちゃんと諦めますからっ・・・!」

 美剣にも会えず、LETへの加入も認められなかった。そして最後には優しい漁火を怒らせ、別れの挨拶すらも出来なかった。そんな情けない自分を嘆き、愛夢はただ床に突っ伏して泣いた。


 何分間、そうしていたかは分からない。

 自分の泣き声の切れ間に部屋を出たはずの漁火の微かな話し声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げる。扉についてる細長い磨りガラスからは、黒いシルエットが見えた。

「はい・・・。では、こちらもスピーカーにします」

 強めに閉められたスライド式の扉は、反動で少しの隙間が空いてしまっていた。

 その隙間から横にされたスマホが顔を出す。

 ちょうど部屋の境目に置かれたスマホは上半分を扉の向こうの漁火側に、下半分を応接室にいる愛夢側になるように差し込まれている。

 訳がわからずにうつ伏せの状態から体を起こし戸惑っていると、突然スマホのスピーカーから待ち焦がれた人の声が流れてきた。

『もう喋っていいのかー?』

「えっ!?美剣さん?美剣さんなんですか!?」

『おう!久しぶりだな西宮愛夢〜!!』

 先程、漁火に見せられた写真の怪我を負った人物だとは思えない、生気にあふれる声が応接室に響いた。


「・・・本当に、本物の美剣さん?」

 驚きで涙は止まった。

 強く願いすぎて、ついには幻聴が聞こえたのか、愛夢はそう思ってしまった。

『おいおい、このオレの美声を聞き忘れたのかー?こんなイケボは、この世に二人といねぇだろ?』

『おい、まさか耳までやられたのか?それとも頭か?もう一度、精密検査を受けてこいよ・・・』

 美剣と話している声は、愛夢の知らない男性の声だった。

『やかましい!ごめんなぁ、西宮愛夢。この通話は性格の悪い怖い奴にも聞かれてるんだ。悪いがそのつもりで話してくれるか?』

『自覚があったのか?じゃあ、さっさと治せよ』

『お前のことだよ!!!ちょっと黙ってろ!』

『僕のスマホに汚い飛沫を飛ばすな!』

 二人の流れるような軽やかな会話に、愛夢は戸惑う。

「美剣さん・・・大丈夫なんですか?ひどい怪我で血だらけで、意識が戻らなかったって・・・!先生も漁火さんも、私には美剣さんは元気だって嘘をついてて」

 漁火との会話には違和感を感じることはできた。

 だが臼井の嘘は、完璧だった。今思えば30分も通話をしていたと言ったのは、美剣が怪我の苦痛から上手く話すことが出来ず、会話が進まなかったからなのだろう。

 年の功と言うべきなのか、大人の女の嘘は見抜くことが出来なかった。

 愛夢のためについた臼井の優しい愛のある嘘は、まだ子供の愛夢には見抜くことも、身につけることすらもできない妙技であった。

『んー?オレが怪我したこと、誰に聞いたんだ?琴美さんには事故ってことにして、心配させたくないからって口止めしたんだけどなぁ。オレは大丈夫だ』

「私ですよ。西宮さんに美剣さんの怪我の写真を見せて、事の詳細をお話したのは・・・」

『何でそんなことした?お前らしくないぞ、漁火』

 美剣の声は少しだけ苛立ちを含んでいた。

「違うんです、美剣さん!全部、手紙を見た私が悪いんです!」

 漁火は言うことを聞かなかった愛夢を、説得しただけで美剣に怒られる謂れはなかった。

『手紙?』

 そう聞き返す名も知らない男性の声にも怒りが含まれているのを感じ、愛夢は言葉に詰まる。

「やられましたよ。手紙という形で西宮さんに接触されてしまいました。・・・気をつけていたのにっ!」

『それ、誰からなのか特定できそうかい?』

「無理です。よくある一般的な封筒に付箋、さらに文字入力ソフトのテンプレートデザインが使われていますが、印刷はコンビニを使ったでしょうね。消印は学校近くの郵便局。おそらく投函者は指紋も監視カメラも対策しています」

『そこまでやってくれると、逆に分かりやすいよ』

 美剣と一緒にいる名も知らぬ誰かと、漁火のため息の音が重なる。

「漁火さん!美剣さんとお話しをさせてくれて、本当にありがとうございます!」

 怒って出て行ってしまったと思っていた漁火と再び話すことができた喜びと、二度と話すことはできないと思っていた美剣と話をさせてもらえた喜びに、愛夢は舞い上がる。

 だがそれは一瞬で漁火に、はたき落とされた。

「・・・先程の言葉通り、本当にこれが最後です」

「あっ・・・はい。私、ちゃんと美剣さんに言ってもらいます」

 これはフロウティス部隊に入ることは許さないと、美剣にその言葉を言ってもらう為の通話だった。

『うーん?何を言うのかよくは分からんが、オレからいいか?西宮愛夢!テストよく頑張ったな、凄えよ!偉いなぁー!琴美さんも驚いてたぞー?』

「ありがとうございます。でも統一テストの結果が思ってたよりも悪くて・・・。もっと日頃からちゃんと頑張っていたら美剣さんに胸を張れる成績を残せたかもしれなかったのに・・・」

 早く本題に入らなければならないのに、美剣との心地よい時間に愛夢は酔いしれてしまう。

 漁火はそれを黙って聞いてくれていた。

『予備校も家庭教師も無しで中央値より上は大したもんだ!オレだったら下から数えた方が早いぞー!』

『だろうな。聞かなくても分かる』

『お前はマジで黙ってろよ!!・・・琴美さんが進学する気が無いのが残念だって言っていた。でもオレはお前のしたい事をするのが一番だと思うぞ』

 名も知らない誰かは舌打ちをした後、美剣に言われた通り黙っていた。

「私、学校で誰かと一緒に勉強するのが好きじゃないんです。だから進学はしたくない。今は、美剣さんのおかげで学校が楽しいけど・・・。約束通り何とかしてくれて、本当にありがとうございました」

 直接言いたいことも、聞いてほしいことも、まだまだ沢山あった。だがその全てを伝えるには時間が足りなかった。

 だから愛夢はそれを噛み締め、言葉に込めた。

『そうか・・・。でも、まぁ嫌なのに頑張って結果を出したんだから偉い!他人と関わるのがイヤなら通信制とかはどうだ?選択肢や可能性を広げてみろよ』

「きっと無理です。だって、私には学びたい事がないから。漁火さんは私のことを真面目で勤勉だって褒めてくれたけど・・・」

『おー!それ、こっちでも言ってたぞ〜!質疑応答が大人に引けを取らないってのも言ってたな!』

「それは二人の役に立ちたいから、もっと調べてみようって色々考えたりできたんです。でも・・・他のことに関しては、興味もやる気も沸いてこないんです」

『別にさ、今日明日やりたい事を決めなきゃいけない訳じゃないだろ?テストだって頑張れたんだし、お前なら何だってできるよ。やりたい事をやれている人間の方が少ないんだぞ?』

「・・・テストを頑張れたのは、美剣さんに喜んでほしかったから、褒めてほしかったから・・・です」

 美剣との心地良い時間は、愛夢を子供のようにしていく。

 いつまでも、このままではいられない。

 罪悪感は焦燥感に変わっていった。

『可愛いこと言ってくれるじゃねぇか!オレめちゃくちゃ喜んだぞー?どんな動機だってお前が頑張ってくれて、学校も楽しんでくれてることが嬉しいよ』

「・・・っ!でも今日で最後だから、もう褒めてもらえないっ!だから、これからは何も頑張れないっ!」

 褒めてもらえないどころか、今から美剣は愛夢に怒りを向けるかもしれない。

 美剣に嫌われるかもしれない。

 愛夢はそれが何より恐ろしかった。

『おいおい!何だ?ネガティブが再発してるぞ!?急にどうした?何があった?』

「美剣さんに嫌われたくないっ!言ったら美剣さんも漁火さんみたいに、私に幻滅する!!」

『嫌う?幻滅?漁火とオレが!?全然分からん!!』

「西宮さん、約束が違います。残念ですが、お話しはここまでです」

 聞いたことのないほどの冷たい漁火の声と言葉で、愛夢の血の気は、冷や水を浴びた時のように引いた。

 漁火の方へスマホが少しずつ移動していく。

「待ってください!ごめんなさいっ!ちゃんと、しますからぁ・・・お願いだから、切らないでっ!!」

『おいっ!!何のことだ漁火?何してる!?お前、また西宮愛夢を泣かせたのか!?』

「西宮さんを傷つけた罰は、如何様にでも受ける所存です。ですが、こうなった原因の一端は美剣さんにもありますよ?」

「違いますっ!私が・・・身の丈に合わない分布相応なことを願ったからっ!全部、私が悪いんです!」

『おい、何でそんなこと言うんだ!?オレ言っただろ?お前は諦めなければ何にでもなれるんだって!』

 終わりは大好きな美剣の声で告げてもらう、その為に繋いでもらった通話なのだから。

「・・・私、LETに入って美剣さんと一緒に働きたい!漁火さんには絶対にダメだって言われたけど、美剣さんの役に立ちたいの!」

 愛夢は本心を曝け出した。

 美剣から強い言葉で拒絶されたなら、きっと本当に諦められる。そう思い、震える自分の体を抱いた。

『そっか・・・でもこの前まで、お前はオレたちを支えられる仕事がしたいって言っていただろう?手紙にお前の考えを変える何かがあったのか?』

「勝手なことばかり言ってごめんなさい。書いてあった労働条件にも惹かれたけど、一番の理由は美剣さんの近くにいられるからです」

 諭すように優しく美剣は、愛夢に問うてくれた。

 その優しさに、本当の心が堰を切ったように止まらなくなる。

『別に謝らなくていい、嬉しいからな。うちは金払いしか取り柄のない職場だ。・・・研究員や医療スタッフ、あんまり薦めたくないけど自衛隊や警察もオレと関わりが深いぞ?惹かれないか?』

「1秒でも早く美剣さんたちの役に立ちたいという理由からLETを選びました。今、美剣さんが挙げた仕事はどれも修学しなければ就けないものばかりです」

『どうしてだ?何をそんなに急いでいるんだ?お前はまだ若いんだから、ひとつの道に固執することはないんだぞ?』

「・・・私は、これから、どこで何をしていても、美剣さんたちのことを考えてしまう!また何にも悪くないのに始末書を書かされてるんじゃないかって!命に関わる大きな怪我をしているんじゃないかって!」

『心配してくれてるんだな、すまん!オレ、始末書は結構な頻度で書いてるから、気にしてたらお前の身がもたないぞ〜!』

 名も知らない男性の舌打ちの音が、スピーカーから聞こえた。

「美剣さんの近くで、少しでも負担を減らすお手伝いをしちゃダメですか?」

『お前は優しいな、優しすぎるくらいだ。オレの怪我見ただろ?お前だって、あんな風に傷付く可能性があるんだぞ?』

「痛いのも苦しいの我慢できます!!美剣さんや、漁火さんが傷付くほうがずっと嫌!」

『オレはお前に、そんな思いをさせない為にいるんだ。この通話を聞いている全員が、お前にそんな思いをさせたくないと思っている。それは分かるよな?』

「・・・はい。でも、美剣さんは部隊にこいって言ってくれましたよね!?一度は断ってしまったけど、私なりに真剣に考えて決めたんです!!」

『お前はオレたちにとっては保護対象なんだよ。他に道が無くて袋小路ってんなら、ウチを選んでもらってもいい。だが、わざわざ自分から怖い思いをしに行かんでもいいんじゃないか?』

「美剣さんたちだって怖くて痛い思いをしているのに、どうして私だけはダメなんですか?私、美剣さんに言われた通り、どうなりたいのか、どうしたいのか考えた!それを今、言っているの!!」

『それは、本当にお前が心から笑える道なのか?違うのならオレは絶対に是としない』

 美剣の強い拒絶の意思が、愛夢の震えと涙を止めた。自分で悩んで考えて出した結論が否定され、生まれると思っていた諦念は自暴自棄に変わっていった。

「私は美剣さんの側でなら笑える!!絶対に後悔しない!でもっ、もう側にいれないから・・・心から笑える日なんてこない!絶対にもう二度と笑わない!!」

『西宮愛夢・・・』

「やっと・・・やりたい事が見つかったのにっ・・・!見つけろって言ってくれた美剣さんがダメだって言うのなら、出会う前の私に戻るだけです!!」

『それはダメだ!それだけは、絶対にやめろ!!』

「最後に美剣さんと、お話しできて良かった・・・」

 美剣と出会う前の愛夢、心を殺して惰性で生きる。

 人生設計の通り倒れるまで働いて、マリアに渡した金額が愛夢の命の値段だ。

 だが、きっとそれはフロウティス部隊の年収にすら届かない。

『最後って何だよ!?お前がどんな場所にいても、何をしていても、オレは接触禁止を無視して会いに行くぞ!?』

「・・・私っ、最低なんです!そんなことまでして会いにきてもえる資格なんかっ・・・無いの!」

『そうやって一人で突っ走るのやめろ!何でそんな事を思ったのか、ちゃんと話してくれよ・・・』

「・・・怒らない?」

『オレはお前がムカつく奴を片っ端からぶん殴っても、アスピオンのことを世間にぶちまけたとしても、怒らないよ』

 その言葉で少しだけ愛夢の心は軽くなった。

 どうせ最後になるのだから、どうにでもなれと愛夢は思いの丈をぶちまけた。

「私・・・美剣さんたちは国を守っている英雄で、国民栄誉賞を貰っていてもおかしくない程の、凄い人たちだって分かっているの・・・」

『そりゃあ、光栄だな!』

「・・・でもっ、そうならなくって良かったって!これからも、絶対にそうなってほしくないって!そんなことを考えてしまうっ!私は最低な人間なのっ!!」

『最低なんかじゃねぇよ、そんなこと言う奴がいたらオレが燃やしてやる。でも、どうしてそんな風に思ったんだ?』

「だって・・・そうなったら、美剣さんも漁火さんも、凄い人気者になって、きっと私になんて構ってくれなくなっちゃう・・・。私なんかに会いにきてくれなくなっちゃう!お話しできなくなっちゃう!!それが寂しくて悲しくて絶対に嫌だったからっ!!!」

 ド─ンッ、ガタッと激しい何かが転倒する音の後、続いて美剣の『可愛いさが凶器っ!!』という苦しそうな叫びが聞こえてきた。

「美剣さん!?」

『美剣!?』

 スマホのスピーカーから返事が聞こえなくなり、名も知らない男性の美剣を呼ぶ叫びだけが響く。

 愛夢は不安に駆られ困惑することしかできず、扉の向こうの漁火に助けを求めようと顔を上げた。

「うぅっっ!」

 断末魔のような悲鳴と共に、扉に寄りかかり床へとずり落ちていく漁火の姿が、磨りガラスを通して見えた。

「漁火さん!?やっぱり漁火さんも怪我してるんですか!?大丈夫ですか!?」

 扉の隙間から見える倒れた漁火の後頭部は身悶えでモゾモゾと動いてはいた。話しかけてみるが、返ってくるの呻き声だけだった。

『・・・っ西宮愛夢!』

「美剣さん!大丈夫ですか?凄い音がしたけど・・・」

『ちょっと驚きすぎて、ひっくり返っただけだ。色々言って悪かったな、お前の本当の思いが知りたかったんだ』

「美剣さんが言ってくれたなら、ちゃんとその通りにします。何にもできない私なんかが、我儘を言って皆さんを困らせてしまって・・・本当にごめんなさい」

『分かった。じゃあ、言うぞ?』

「・・・はいっ!」

 愛夢の束の間の儚い夢が終わる。

 瞳を閉じて耳を澄ませる。美剣の最後の言葉を胸に刻めるように愛夢は構えた。


『必ずお前を迎えに行く。うちの部隊に来いよ!』

「えっ?」

『はぁっ!?』

 愛夢と、名も知らない男性の驚愕の声が静かな応接室にこだました。

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