優しい嘘
私生活に変化があり、これから更新が滞ります。
休み時間になり愛夢はポケットに突っ込んだ手紙を取り出し再び開いた。
手紙には読んだ後には焼却処分するようにと書いてあったが、学生である愛夢にはその場で火を用意することは難しく放課後を待つしかなかった。
まだ目を通していない書類の一枚には、労働条件が事細かに記載されていた。
「えっ!?」
愛夢の目は給与が記載されている欄に釘付けになる。その金額は学校にきている求人の条件とは比べ物にならないもので、驚きで鳥肌が立つほどであった。
高校を卒業しただけの人間に対して払われる初任給は大学を卒業した人間と大きな差があるものだった。
だがここに記載されている額は大卒初任給の3倍以上はあり、相場が分からない愛夢ですら破格であることだけは分かった。
そこに年2回の賞与までも加わり、年収はざっと計算しただけでもバイト代では税金すら払えない額だった。給与欄の備考にはまだ記載があった。
漁火は先日の追弔は早朝に行われたと言っていた。
だからなのか早朝手当や深夜手当、さらには休日手当までも記載があった。そこに役職手当、技術手当とが加わり愛夢の頭の中は文字と数字で渦を巻いた。
手紙には相応の対価を用意すると書いてあったが、書かれた数字はどれも愛夢に相応しいとは思えない数字だった。
こんな自分に、ここまでの好条件を用意するLETがいかに深刻な状況に置かれているかが垣間見れた。
「これだけ毎月送ったら、マリア先生もう働かなくてよくなるかなぁ・・・」
答えてくれる者もいない、ただ一人の教室で愛夢は静かに呟いた。
「私なんかの命の値段には高すぎる・・・」
漁火たちは愛夢を守るためにLETへはくるな、別の場所を斡旋してくれるとまで言った。だが提示された魅力的な条件に愛夢の心は少しだけグラつく。
「・・・あっ、まだあった」
労働条件の下に重なっていた書類を一目見て、愛夢は心は完全に傾いた。
高額が記載された弔意金、そして遺族への年金と生活の保証に関して書かれた書類から目が離せなくなる。
心臓の高鳴りに連動して手が震えた。
「私が死んだら・・・マリア先生にお金が入る?」
書類の左下端には蛍光ピンクの付箋が貼ってあった。そこには文字が印刷されたテープが貼り付けてあり「家族、恋人、友人。西宮様の大切な方なら受取人様は誰でも構いません」と記載されていた。
「これが、私の生まれた意味なのかも・・・」
マリアからお金の工面を要求されたことなど一度もなかった。それどころか何度も止めるよう言われた。
だがマリアの自由な時間を奪った贖罪に、愛夢ができることなどそれしかなかった。
「やっと見つけた・・・私にとって一番いい道を」
震える手で弔意金が記載された欄をなぞる。
「・・・私の生まれた意味は、美剣さんたちの役に立って死ぬ。そして、マリア先生に幸せになってもらう」
漁火は優しすぎるから、この好条件を愛夢に教えなかったのだろう。
追弔が命懸けで危険なことは充分に承知していた。
そして一度は断った返事を覆す狡さも理解していた。
だが愛夢も引けなかった。
美剣が次こそ大怪我をするかもしれない。そうなれば、どんな場所で何をしていても愛夢は自分が身代わりになればよかったと一生後悔し嘆くだろう。
だから美剣に一番近い場所で、彼の盾になる。
そうして死ねれば美剣の命を守れただけでなく、マリアにお金を遺すことができる。
優しい美剣が傷付くより、無価値な自分が死ぬほうが心がずっと楽だった。
『オレが忘れない!お前が認めるオレより強くて凄い西宮愛夢の戦いを、死ぬ瞬間まで忘れない!』
その言葉のおかげで、自分は美剣の中で生き続けられるんだと思えて勇気が湧いてくる。
「美剣さんは私を忘れないって言ってくれた・・・。私が死んでも時々は思い出してくれたら嬉しいな」
次の授業開始のチャイムが鳴り愛夢は手紙と書類を封筒に戻した。
美剣とマリア、そして愛夢。
三人が幸せになれる道。
近しい人間を亡くしたこともなければ、遺されたこともない愛夢には、その道が如何に残酷なことなのかは分からなかった。
昼休みになり愛夢は職員室へ臼井を尋ねに行った。
自分の席で仕事をしていた臼井は、愛夢に気付き隣に座るよう勧めてくれた。
「お昼休みに、すみません」
謝りながら座ると、机に上にある曲げわっぱ弁当が目に入った。巾着からは出されてはいるが蓋は閉じたままだった。
「気にしなくていいわ。どうせ仕事を終わらせてからじゃないと、気になって食べられないもの」
「すみません、私の用事はすぐに終わります。先生に聞いてほしいことがあってきました」
「はい、聞きましょう。でもその前に西宮さんは、ちゃんとお昼を食べたの?」
「あっ、私、お昼はいつも食べてないんです。それに今使わせてもらっている教室も飲食は禁止ですから」
「やっぱりお昼を抜いていたのね!そんな状態じゃ授業が頭に入らないでしょう、と言いたいけど西宮さんは成績は優秀なのよね」
「えっと、すみません・・・」
「無理強いはしないけど、お昼を抜いていることを美剣さんも嘆いていたわよ」
「・・・卒業したら美剣さんに心配と迷惑をかけないようちゃんと食べます!先生・・・私、美剣さんたちと一緒に働きたいんです」
「西宮さん、自分から勧誘を断っておきながら再び気が変わったなんて感心できないわ。それはとても失礼な事だって分かっているの?」
「はい・・・。褒められた事ではないし、誠心誠意謝っても許してもらえないかもしれません。それでも自分で考えて出した結論です」
「・・・漁火さんにお話しできる?私から言いましょうか?」
「いいえ!ちゃんと自分の言葉で言います!」
愛夢は真っ直ぐに背筋を伸ばし、臼井の目を見据える。あの日見た自分の仕事に誇りを持つ女性たち。二人の足元には及ばなくても、少しでも近付けるよう。
「分かりました。そう決めたのなら頑張りなさい。彼は手強いかもしれないから」
「はい!・・・やっぱり、怒ると思いますか?」
「それは分からないけど、何故か漁火さんは西宮さんが勧誘を断った後から嬉々としてどこか満足気なのよ。そして他所を斡旋しようとしている。不思議な人よね?」
臼井の疑問の答えを愛夢は知っていたが、それを言うわけにはいかなかった。
きっと愛夢の出した答えに漁火は悲しい顔をするだろう。そして猛反対にあうことも明らかだった。
放課後に控えている漁火との時間のことを考えると緊張から身体が強張る。
「西宮さんは食品のアレルギーはある?」
「いえ、ありませんけど・・・」
「ならこれは私からの応援物資よ。食べて」
そう言った臼井は巾着の中にあった小さな食品用タッパーとフルーツピックを愛夢に手渡した。
「でもコレは先生のお弁当です!」
「まだ仕事も終わらないし、お昼休みの間に食べられそうにないから、それだけでも食べちゃってくれる?」
「・・・でも」
「食べた方がいいわよ。女の勘と教師の勘が言ってるの、漁火さんは強敵だって!空きっ腹で勝てる相手じゃないわ」
「・・・いただきます!」
タッパー容器の中には四等分にされた柿が入っていた。愛夢はその一つをピックに刺し口へと運んだ。
シャリッとした果肉は噛むたびに甘い果汁を出し、愛夢の口内にじんわりと広がっていった。
トロリとした果肉部分特有のねっとりとした甘さが緊張を少しだけ溶かしていく。
昨今フルーツは高額のため、寮での食事ではほとんど出てくることがない。
そして秋の甘味を思う存分に堪能している愛夢の耳元で臼井は小さく囁いた。
「ごめんなさい、西宮さん・・・。やっぱり一個だけ残しておいて!そんなに美味しそうに食べられたら私も食べたくなっちゃうわ〜」
そう言って少しだけ照れた臼井を見ていると、愛夢の緊張は完全に溶けて消えていった。
放課後、応接室の前で漁火を待つ愛夢に迷いはなかった。臼井に連れられ三階へやってきた漁火は相変わらずの優しい笑顔を愛夢に向けてくれていた。
愛夢は今からこの漁火の優しい笑顔を曇らせる。そう考えると胸が痛んだ。
「お久しぶりです、漁火さん」
「はい。お久しぶりですね、西宮さん!」
再会の挨拶に互いに一礼をすると、臼井も後に続いた。
「では私はこれで。西宮さん、頑張ってね!」
「はい!」
そんな二人のやり取りを漁火は疑問を抱く様子もなく、ただ微笑み見守っていた。
漁火と愛夢は前回と同じように応接室のソファに向かい合わせに腰掛けた。
「西宮さん、先日のテストで順位を大きく上げられたと伺いました。大変素晴らしいことです!」
「ありがとうございます。美剣さんは、何か言っていましたか?」
「それはもう大変お喜びで、最近は西宮さんのおかげでとても上機嫌なんですよ」
「美剣さん、元気なんですね。よかった・・・」
「・・・はい!ところで西宮さんは進学なさらないのでしょうか?実は優秀な西宮さんの才能をもっと伸ばせる方法を私、色々考えてきたんです!」
「すみません、漁火さん。私は進学するつもりはありません」
「そうですか。非常に残念ですが、こればかりは仕方がありませんね・・・」
「あの私・・・漁火さんにお願いしなければならないことがあるんです」
「何でしょうか?あっ!もしかして、やりたいお仕事が見つかったのでしょうか!?」
「そうです・・・。私は漁火さんたちがいるLETに、フロウティス部隊に入って美剣さんの隣で戦いたいと思っています!」
「えっ・・・?」
長い沈黙が続いた。漁火は大きく息を吸った後、拍手をしながら、わざとらしい明るい声で話し始めた。
「あー!!前回、私がつまらない冗談を言ってしまった仕返しですね!?凄いな西宮さん!ちょっと本気にしちゃいましたよー!」
「・・・漁火さん、冗談にしないでください。私、真剣なんです」
「私たちに関われる仕事だと、保健所とか血液センターとかですかね!西宮さん動物はお好きですか!?私としては動物保護センターとかどうかなぁって・・・」
先の話を冗談にしようと、漁火は愛夢にしゃべる隙を与えないようにした。
けれど愛夢は漁火の話を遮った。
「漁火さん!私は本気です!」
普段なら絶対にそんなことはしないし、頼まれれば折れただろう。だがこの強い願いを冗談にはされたくなかった。
「西宮さん・・・それだけは絶対に駄目です!!」
漁火も強い意志を持って愛夢と向き合う。
西宮愛夢と漁火星雪、二人の言葉の一騎打ちが幕を上げた。
「再三にわたり申したはずですよ?組織の非道さを。私は西宮さんのLETの加入には断固として反対します!協力も絶対に一切いたしません!!!」
「・・・っ漁火さんが私を危険から遠ざけようとしてくれていることは理解しています!でも私も決めたんです!!一度は断った身でありながら、おこがましい事も分かっています!ですが、どうかお願いします!」
「分かっているなら、諦めてください。そうしてくださればLETに加入するよりも良い未来をお約束いたします。ですがこれ以上、意志を曲げていただけないのであれば斡旋のお話は無かったことにします」
「構いません、他の仕事に斡旋なんて最初から望んでいませんから。そこにはその場所を本当に望んだ人こそが入るべきですから」
「西宮さんの心は綺麗すぎます。もっと貪欲になった方がいいですよ」
「ですから貪欲に、一度勧誘を断った組織に再び勧誘を受けさせてくれとお願いしています」
「・・・わざわざ命の危険がある仕事なんて選ばなくていいでしょう?もっと素敵なお仕事がありますよ!」
「・・・たとえば?漁火さんも美剣さんも命の危険があるのは一緒じゃないですか。どうして自分たちは良くて私は駄目なのでしょうか?」
「たとえば、えっと・・・カフェの店員さんとか、アパレルとか?とにかく!西宮さんはまだお若く、しかも女性です!何かあって消えない傷でもついたらどうするんですか!?」
「漁火さんが考える素敵なお仕事は、本当に素敵ですね。わたしなんかには絶対に無理です」
漁火が例えに出した華やかな仕事たちは、キラキラした眩しい世界の、幸せな人たちが集う場所だった。
根暗で陰気くさい愛夢には入ることすら許されない無縁の場所だった。
「無理なんかじゃありません!西宮さんがいらっしゃるなら、私も美剣さんも絶対に常連になります!真面目で勤勉な西宮さんならどんな仕事だってできます!」
それは優しい漁火と美剣だから出る台詞だった。
愛夢自身だって、自分のような女には接客されたくはない。
二人だけが特別な事も、その言葉がお世辞や社交辞令であることも、身の程も、愛夢はちゃんとわきまえていた。
「何かあって消えない傷が残るかもしれないことも、ちゃんと分かっています。・・・先日、美剣さんが追弔で負傷されたことも知っています」
「西宮さん、どこでその事をっ!?誰かが貴女に接触してきたんですか!?言ったはずですよ!耳を貸さないでくださいと!!!」
「すみません。手紙には読んだらすぐ燃やすように書いてあったんですけど。私、火を持ってなくて・・・。多分、寮に戻っても燃やせないと思うので、漁火さんにお渡しします」
「・・・手紙!?学生さんが火なんて持ち歩いてる訳ないのに!持っていたら大問題ですよ!!」
愛夢から封筒を受け取った漁火は、すぐさま手紙を開いた。側から見れば漁火の速読は斜め読みをしているように見えるだろう。だが確実に左右に素早く動くその目には、獲物を捉えた鴉のように一字一句も見逃さない鋭さがあった。
「ごめんなさい、漁火さん。私のために沢山、進路のことを考えてくれたのに」
「どうしてですか?何でこんなものを見てLETに入りたいなんて思ったんですか!?追弔には朝も夜も関係ない!ここに書いてある給与だって休日だって、貰っても使う時間なんてほとんどありません!」
漁火はきっとお金の心配をすることがない人生を送ってきたのだろう。お金があれば避けられる不幸があることを知らない人間には、到底理解することはできない事情は口を噤ぐ。
「労働条件は確かにとても魅力的です。それに惹かれたことも確かです。でも一番の理由はこれから先、追弔で美剣さんや漁火さんに何かあったら、きっと私は何も手につかなくなります!仕事なんて手につきません!」
「西宮さんが気に病まれることなんて何もないんです!貴女がこれまで通りに普通に過ごしてくれればいい!美剣さんだってきっと同じ思いです!」
「・・・ごめんなさい、漁火さん。私はもう、お二人の事を知る前には戻れません。私に何が出来るかは分かりません、何の役にも立たないかもしれません。でも、お二人の・・・側にいたいんですっ!!!」
「・・・んぐぅっ!!!」
漁火は突然、胸を押さえ苦しみだした。顔を伏せている為、表情を見る事は出来ないが耳が赤くなっていた。
「漁火さん、大丈夫ですか!?熱があるんですか?まさか漁火さんも負傷を!?」
「ここで負けたら、皆に顔向け出来ない・・・!この手だけは使いたくはなかった・・・が、仕方ない!これは西宮さんの為だ。嫌われる覚悟を持て、私!!」
俯いて独り言を呟いていた漁火は突然、自分の横に置いてあった黒のブリーフケースから、クリアファイルに入った書類を取り出した。
「西宮さん、これをご覧ください!」
「えっと・・・特殊緊急車両同行申請書?」
「これは追弔の現場で負傷者にいち早く救命処置を施す為の最新の医療機器と優秀な医療スタッフを乗せた緊急車両の同行を申請する書類です。有事以外での使用は制限されているので、いちいち総務省までこれを提出しに行ってます」
「私が追弔を見せてもらった現場にも、その緊急車両はいたんですか?」
「いいえ、いませんでした。これは新たな追弔の現場に、その車両を同行させる為の書類なんです。理由は今現在負傷している美剣さんが重篤化した際の処置の為にです。普段はLETに所属している衛生員の処置で間に合わせろと言われているんですけど、今回は必要性が高いので、この後に申請に行くつもりでした」
「・・・そんなっ!」
「ね?こんなものが必要なくらいに危険な仕事なんです!分かってくれましたよね?非情で非道な組織だって!?こんな仕事、嫌ですよね?」
お願いをする立場なのは愛夢の方なのに、漁火の方が懇願するような悲しい目をしていた。
「いいえ!そんなことなら尚更です!私にメテウスがあるなら、二人の役に立つ為に使います!!」
「まだ諦めてはいただけませんか・・・。残念です」
漁火はそう言い書類の中から数枚の写真を抜き取った。そしてそれを机の上に伏せて置く。
「西宮さん、ここに写っているものが追弔です。かなり衝撃的な写真なので、正直に言うと私は見せたくないんです」
「構いません・・・事前の心構えになります!!追弔が危ない事だって、ちゃんと分かっています!」
「・・・すみません、西宮さん」
何故か謝った漁火は写真を1枚また1枚と表に返していく。
「うっ!!」
その凄惨な写真に愛夢は思わず声が漏れる。震える口元を隠す為に手で覆ってみるが、その手すらも震えてしまい、あまり意味は無かった。
「美剣さんの戦い方は以前見ていただいた通り、超パワー型の近接戦闘スタイルです」
「えっ?何で今・・・美剣さんの話を?」
漁火が見せてくれた写真は傷口の写真だった。
裂傷、刺創、擦過傷の3枚の写真は、追弔の凄惨さを理解させるには充分すぎる教材だった。
愛夢が考えていた負傷とは全く違い、自分の甘さを痛感させられる。
「この日のアスピオンは運悪く美剣さんが最も苦手とする鳥獣型でした。よりにもよって猛禽類だったようで苦戦を強いられましたが、何とか追弔を終えることが出来ました」
身体の底が震え、息の仕方が分からなくなる。
「さらには場所も悪かった。追弔の現場となったのは解体工事中の鉄工所でした。アスピオンに吹き飛ばされた身体を、鉄材やガラス片が貫き、辺りは血の海となりました」
「漁火さん、その最後の写真・・・」
「出来ることならこの写真は見せたくなかった。私、言いましたよね?西宮さんが見た追弔は、たまたま上手くいったんだって・・・」
漁火はゆっくりと最後の写真を捲る。
血液が猛スピードで全身を駆け巡る。心臓が真横に引き裂かれるような痛んだ。
「先程見ていただいた写真は医療機関で撮られたものです。この写真はボディカメラの映像なので少し画質が荒いのですが、今はそれが幸いに思えます」
それは全身を血だらけにした美剣が、誰かの肩を借りている写真だった。
足には裂傷、肩は鉄材に貫かれ、顔の半分に大きな擦過傷がある。そしてその傷口と他の細かい傷から流れる血で、美剣が身につけているボディスーツは所々、赤く染まっていた。
きっと元の色は白だったのだろう。隣の美剣に肩を貸す男性も同じデザインのボディスーツを着用しており、傷に触れている面だけが赤に染まっていた。
美剣を支える男性の顔は切れていて見えなかった。
かろうじて意識はあるのか、美剣は隣の男性の肩に腕を回し、腰を支えられて歩いているように見えた。
「美剣さんは大丈夫なんですよねっ!?漁火さん、美剣さんは元気だって・・・言ったのに・・・!!!」
愛夢は勢いのままに立ち上がるが、膝が震えすぐに立っていられなくなる。
「・・・すみません。西宮さんとのお電話の際、私は嘘をつきました。ですが先日、やっと意識を取り戻されて、今は容体も回復に向かっています」
「えっ・・・意識・・・取り戻したって・・・」
「太い血管を損傷し、一時は危ない状態でした。そして保存させていた自己血で輸血を行い、何とか事なきを得ただけです」
「あのっ・・・さっき漁火さん、特殊緊急車両は美剣さんの為に同行するって言ってましたよね?」
「ええ、西宮さん。美剣さんはそんな状態でも追弔を強要されているんです。それがLETなんですよ」
愛夢は足元が、無くなるように感じた。
血の気が引き、声を失う。
それは愛夢が人生で初めて感じた感覚だった。
いつか来るかもしれない、美剣の死。
愛夢が変わろうとしていたもの。
曖昧で、ふんわりとしていた形は、漁火によってしっかりと形成された。




