変な公爵家の日常
小説初投稿の初心者です。
短く拙いお話ではありますが、お暇つぶしに読んでいただければ幸いです。
カチャ…カチャとカトラリーと食器がぶつかる音が小さく響く。4歳になったばかりのお嬢様、リエナ様の行儀作法も上達しているのが感じられる。
ランディス公爵家、主人の唯一の食事はもうすぐ2歳になる次男のルーカス様以外が食堂に会し、朝8時から始まる。
ルーカス様は30分程前に別室にて旦那様の手ずから食事を摂っている。乳母にお任せをとお伝えしても「癒やしだから」と頑なに固辞されている子煩悩な旦那様である。
他の貴族家へ仕えた事がない為一概には言えないかもしれないが、この食事風景がおかしな事は使用人一同理解している。
朝食とはいえ主人の飲み物は水で、唯一サーブした皿に陣取るのは一口サイズの白色のキューブのみ。このキューブは旦那様が魔法や複数の食材で作られた完全栄養食だそうだ。1日一粒口にするだけで人にとって1日に必要な栄養が採れるそうで、一度試してみろと言われて食べたが無味無臭で食べる楽しみなどあったものではない。その日1日は腹も減らず、不思議な体験をしたと今でも思い出せる。ちなみに旦那様はスープタイプの離乳食も作られており、ルーカス様の食事は半年程前からスープタイプからキューブタイプに移行したところだ。
お子様達の皿にのるキューブにはフォークがぴったり嵌まる小さな穴が空いており、お子様達への愛情の表れだそうだ。フォークのみを使えられれば食べることができる食事メニューではあるが、他所のパーティー等にお邪魔した際にカトラリーが使えなくては公爵家としての名折れとのことできちんとナイフも用意し、主人達は実に優雅にこのおかしなキューブを食している。
公爵家自慢の1流料理人の腕は今や使用人の為にのみ振舞われており、その事も使用人一同疑問を禁じえない。が、嬉しそうにこの食事の良さを語る旦那様には誰も何も進言することはできていない。
こんな時に奥様がご存命だったら、と何度使用人同士で会話したことか…。
奥様はルーカス様のご出産以降産後の肥立ちが悪く一年程前に亡くなられている。
「……少し相談があるのだが」
「なんでしょうか?」
「なんですか?」
「そろそろルーカスとも食事を一緒にしようかと思っている。
だが、カトラリーの練習をし始めたばかりでフォークを落としたりなどがあるかもしれない。」
「いいと思います。ルーカスとのこうりゅうをふやしたいと思っていました。
カトラリーの使い方はぼくもいっしょに伝えます。」
「わたくしもルーカスといっしょにごはんをたべたいとおもっていました!」
色々なことを考えているうちに主人一家がそんな会話をしていた。明日からはルーカス様のお席をご用意しなくてはと、この後の段取りを考える。
あぁ、この胃の痛みとは何時になればおさらばできるのかなんて考えながら主人一家には気づかれないように胃をさすった。
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本日は王妃陛下の個人的なお茶会にランディス公爵家の長男、ライル様とリエナ様が参加する為王城に訪れている。
王妃陛下の他には7歳になられる第一王子殿下と4歳になられる第二王子殿下がご出席だ。
本来ならば旦那様が一緒に参加するべきなのだが、生憎急な仕事が入った為この場にはおらず、代わりにはならないが一応爵位持ちの私と伯爵家出身の侍女等を連れお茶会のテーブル近くにて待機中だ。
本来であればあり得ないのだが旦那様は元々王家出身で現王の弟に当たる王子でご結婚を機に新たにランディス公爵家を興したため王家とは気安い関係もあり、認められた待遇ともいえる。
「まぁ、このしろとあかのたべものはなんでしょうか?」
穏やかな雰囲気の中進められてたお茶会で茶菓子がサーブされた後に響いたリエナ様の一言に
「あら、リエナ嬢はケーキを初めて食べるのかしら」
と不思議そうに目を瞬いたのは王妃陛下だ。
「これはショートケーキといい、甘くておいしいおやつだ。」
第一王子殿下が嬉しそうにリエナ様に教えている。
……第一王子殿下が発した全部の単語がリエナ様の生活には出てこないものだな、などと考えながら公爵家から付いてきた使用人が恐る恐るリエナ様とライル様の反応を見守る。
「そのようなたべものがあるのですね。
カトラリーをさしこむところもないですし、ふしぎなたべものですわ…。
おにいさまはあまい、とはどのようなものかごぞんじですか?」
あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ〜〜〜〜っ
と叫びたくなるのを唇を噛み締めて抑える。
他の使用人達も各々手を握りしめたりと感情を抑え込んでいる様子が目の端に映る。
冷や汗が背中をつたうが王妃陛下と殿下達の様子の方が気になりそれどころではない。
「そなたらはあまいものをたべたことがないのか?」
リエナ様の言葉に「いや…」と戸惑いながら答えたライル様の様子を見て、第二王子殿下も不思議そうに尋ねられた。
王妃陛下は女主人がいなくなったランディス公爵家でお子様達が旦那様や使用人達にあまり良い待遇のもと育てられていないと感じられたようで付き添いできた我々をジロリと睨めつけられる。
「……ランディス公爵家、家令のワトソンと申します。本来であれば私のようなものが王妃陛下並びに王子殿下の前で発言するなど不敬ですが、現在の公爵家の食事についてお伝えしたく存じます。発言をお許しいただけますでしょうか。」
唾を飲み込みながら1歩前に出て、90度のお辞儀をしながら言葉を紡ぐ。
使用人の中で1番爵位が高いのは私で、ランディス公爵家の現状を伝えるのは私しかいないとはいえ王族への発言など荷が重すぎる。
「……許します。頭を上げなさい。」
不信感を顕にしながらも、王妃陛下は寛大にも発言を許してくださりひとまずホッとする。
全然話したくはないが、一息に説明してしまおうと口を開く。
「はっ、ありがたく存じます。
……現在のランディス公爵家の食事は旦那様が自らお造りになったこちらのキューブのみとなります。
旦那様曰く、完全栄養食とのことで1日にこちらを一粒食べるとその日1日に必要な栄養は賄えるそうでリエナ様は離乳食の時から、ライル様は3年程前から現在に至るまでこのキューブ以外の食べ物は食べておられません。ライル様はお小さい時にキューブ以外の物も食べたことはありますが、何分お小さい時の記憶故あまり覚えておられないかと思われます。」
「……ランディス公爵は、こんな物を作っているの…?」
発言を聞いた王妃陛下はそう言いながら、私が取り出した袋に入っているキューブを指先で抓む。
「これが1日分…?
どのような味なのかしら…」
怪訝そうにしながら独り言のように呟かれた言葉に、口を挟もうか迷ったものの恐る恐る口を開く。
「……以前、ひと粒頂いた際は無味無臭で味気ないものに感じました。キューブを食べた1日は空腹になることがなく過ごせました。」
「……フォーク用かしら?
穴が空いているわ…。」
「……旦那様のお子様達への愛情の表れだそうです。
旦那様用のものには空いておりません。」
「…………毒味はどうしているの?」
「毒物のような人体に有害な物質が付着した際は、白色から変色するようになっております。」
「………」
無言になった王妃陛下の指先を興味津々な様子で王子殿下達が覗き込んでいる。
ライル様とリエナ様は不安そうに王妃陛下や私へ視線をやり、オロオロしている。
その様子にハッと気づいた王妃陛下は、ニコリと口元に笑みを浮かべた。
「私ったら…ごめんなさいね。あなた達が不安になるようなことをして。」
温かみのある王妃陛下の言葉にライル様もリエナ様もホッとしたかのように微笑み「いえ」とそれぞれ落ち着いた様子で返事をしていた。
「……ところで最後の質問なのだけど、今朝もこれを食べてきたのならここでの軽食は食べられないのではなくて?」
……終わったと思っていた質問はまだ続いていたようだ。
「旦那様からの指示で本日のお茶会でライル様とリエナ様が気になる物を食べられるようにと、今朝のキューブは普段より栄養素を減らした物を提供致しております。」
「……そう。」
そう一言呟くと王妃陛下は笑顔のまま目をスッと細められた。まるで蛇に睨まれた蛙のようにプレッシャーで動けなくなったが、今まで変だと思いながらも旦那様に進言できなかった報いだと思えば甘んじて受けるしかない。
そんな王妃陛下の視線は体感的にはものすごく長く感じたが実際にはすぐに逸らされたのだろう。
逸らされた視線の先にいた王宮のメイドが素早く王妃陛下の前へと進み出る。
「総料理長に声を掛けてちょうだい。
ウェンディの離乳食ぐらいの味付けで、食べやすい少量のお菓子を用意するようにと。
それとランディス公爵を至急呼んできなさい。」
「かしこまりました。」
ウェンディ様とは最近1歳になられた第一王女殿下のことだろう。王妃陛下の言葉に王宮の使用人が一斉に動き出す。この場から離れた者、テーブルに近づきそれぞれの前に置かれたショートケーキのお皿を下げる者など、慌ただしくも優雅な所作はさすが王家の使用人だ。
ライル様、リエナ様や王子殿下達は突然の状況の変化に不思議そうにキョロキョロと目線を動かしている。
まだまだお小さいが、表情の変化があまりないのはさすが高位貴族と王族だと感じる。
頭を下げ、サッと元の位置に戻ったタイミングで庭に総料理長であろうコック服の恰幅の良い男性がすこし小さく焼かれたクレープ生地やフルーツ、クリーム類が載せられたカートを押したメイドを引き連れて現れる。
先程からあまり時間が経っていないことを考えると他の優秀な使用人がこうなることを予想し、こちらに来る準備をしていたのだろう。
「御前失礼いたします。ただいま御所望の品を用意致しました。」
「急に呼び出したのにすぐに対応してくれてありがとう。
さぁ、遅くなったけどこの料理長が作ってくれたおいしいおやつを食べながらお話しましょうか。」
にこりと笑みを浮かべた王妃様がお子様達に声を掛ける。
王子殿下達はそわそわと若干カートの方へ身を乗り出しながら眺めている。
ライル様とリエナ様はそんなお二人や王妃様、料理長を不思議そうに見ている。
「では、まずは王子殿下。こちらのフルーツの中で何か食べたいものはございますでしょうか。」
その言葉に両殿下達は嬉しそうに答え始める。
「その苺と桃がいい!
クリームはカスタードもまぜてくれ。」
「ぼくはいちごとバナナ!
なまクリームとチョコソースがいい!」
王子殿下達の様子から今回のようにクレープの具材を好きに選んで食べるおやつがよく出されているのだろう。リクエストを聞いた料理長は丁寧にクレープを作り、それぞれの前へとサーブされる。
「ご令息とご令嬢、ご挨拶が遅れました。王宮料理人のコックスと申します。どうぞよろしくお願い致します。
こちらのお料理はクレープと申しまして、王子殿下達のように好きな具材をこの生地に挟むことによっておいしく食べることができます。
何か気になるものはございますでしょうか?」
「……えっと、では、このいちご?をお願いします。」
「……わたくしもおにいさまとおなじものがいい、です。」
恐る恐る伝えたライル様とリエナ様は、リクエストが聞き入れられて作られるクレープを嬉しそうに眺めていた。王子殿下達とは別のお皿に載せられたクレープ生地やクリームを使って、お二人のクレープが作られているのを見て、一般的な物を食べてこなかったライル様とリエナ様のことを考え砂糖などの味付けを薄くして頂いているのだろうと考える。大きさも王子殿下達の物より小さめだ。
ライル様とリエナ様はすぐに目の前にサーブされたクレープをどのように食べていいのかがわからないようで王子殿下達が食べる様子を少し観察した後、いつものように優雅な手さばきでナイフとフォークで一口大にした後は覚悟を決めたように大きな口で食べられた。お二人ともが全く同じ様子で食べている姿を目にし、思わず涙腺が緩みそうになる。
「どうだ!
あまくておいしいだろう?」
「……これがあまくて、おいしい……。」
「……いつもと食感などがちがって、ふしぎですね。」
第二王子殿下の質問にライル様とリエナ様もそれぞれの感想を述べている。
おいしく感じたのだろう、そのまま4人でわいわいと様々な会話をしながら楽しそうにクレープを食べ進めておられ、ほのぼのとした空気が流れ始めたところで回廊からバタバタとした足音が聞こえてきた。
「義姉上、お呼びと伺いました。
ライルとリエナが何か粗相でも……?
いやでもこの二人はいるだけで癒されますし、例えどんな粗相をしたとしても愛らしさは変わらないだろうし、家でもいたずらの一つすらしたこがないのでありえないと思うのですが……
あ、それと茶会前にもお伝えはしましたがリエナは絶対嫁には出さないので「ランディス公爵!」
急いだ様子で来られた旦那様は挨拶もそこそこに見当違いなことをぶつぶつと言いながら、こちらに近づいてくる。あまりにも見当違いな言い分に王妃様も頭が痛そうに旦那様の言葉を遮っている。
「はっ。なんでしょうか?」
何が悪かったのかわかっていない様子でのんびりと答える旦那様はやはり元王子で、自分が怒られるなんて一ミリも考えていないようだ。
そんな様子の旦那様に困ったような表情をした王妃陛下は、お子様達へ一言声をかけテーブルから少し離れた場所へと移動する。そこへ旦那様も何も言わず着いていかれた。
「先程、そこのワトソンからランディス公爵家の食事の様子を聞いたのだけど……」
「あぁ、義姉上も興味がおありですか!
作る手間や材料費など考えると販売には向かないのですが、王宮に卸すぐらいならば親戚ですのでお作り致します。」
「そんな話がしたいわけじゃありません!
味覚などが発達していない子どもにこんなものを食べさせて……。
そんな状況でいきなり慣れない味の濃い物を食べさせたら体調を崩したかもしれないのですよ!
アレルギーなども持っている可能性だってあるし……。
今回は総料理長が食材等に気を使い、すぐに対応してくれたからよかったようなものの……。
小さな子どもが口に入れるものは栄養だけが摂れればいいわけではないわ。何を考えているのですか!」
「……そう、なのですか?
食べる物が一口で済めば、その後の家族団らんがゆっくり取れると思ったのですが……」
王妃陛下の言葉に旦那様は戸惑ったようにそう呟く。
「……公爵は新たに女主人を置く気はないのね?」
「私の妻は誰になんと言われようと生涯唯一人です!」
「はぁ…。
…………そうだわ!」
愛妻家であった旦那様は王妃陛下の言葉にすぐに反論した。それでこそ私のよく知る旦那様だ。
しかし、その後の閃いた様子の王妃陛下にすごく嫌な予感がした。
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「ライル、リエナ、ルーカス。今日のご飯はどうだい?」
「おじいさま、すごくおいしいです!」
「こんなにおいしいごはんがあるのですね!」
「おいちい!」
「ふふ。ルーカス、お口が汚れているわ。」
「おばぁしゃま、ありあと!」
「ああぁぁ~っ
もう城に行かなければ…
3人ともゆっくりよく噛んで食べるように。
父上、母上、今日もよろしくお願いします。」
「「「はい(あい)!
いってらっしゃい(ばいばい)!」」」
「あぁ、お前もしっかり働いてこい。」
「あなたも気を付けていってらっしゃい。」
「行ってまいります。」
現在のランディス公爵家の食卓は以前と比べられない程にぎやかになり、良い方向へと変わった。
テーブルには色とりどりの料理が並び、旦那様一人しかいなかった大人も増えた。
主人一家の言葉からおわかりかと思うが、旦那様のご両親・先王陛下と皇太后陛下が滞在されている。
そう、王妃陛下の発案で王家所有の領地の離宮にて隠居されていたお二人をランディス公爵家へと呼び戻し、皇太后陛下には女主人としての管理を、先王陛下には仕事で忙しい旦那様が行き届かないお子様達との交流をお願いされ、お二方は快く受け入れてくださったのだ。
あのお茶会後に決まったお二方の滞在に公爵家は上へ下への大騒ぎだった。あらゆることを考慮しながらも様々な準備をし、現在はより一層気が抜けない日々を過ごしている。
いつになったら胃薬のいらない日常が過ごせるようになるのだろうか……。
だが、おいしそうに食事をするお子様達を眺めるとあの奇妙な食事風景よりよっぽど良いなと思う。
それは私以外の使用人も、そして主人一家もそう思っているのだろうと日々感じている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!