0-2 三男坊 旅立つ
レオンが学校に行けない理由とイエーガー領からの旅立ちです。
ここらで俺の今の状況を言っておこう。
あれは二年前の春の日だった。
「えーっ!!俺、学校に行けないのぉ」
俺の名はレオンハルト=イエーガー、貧乏男爵家の四人目の子供で三男坊だ。
なぜ、貧乏かと言うと両親は平民からの成り上がりで、領地はヴァイヤール王国の南の端で山と原生林に囲まれて耕地がほとんどないし、鉱物や自然の恵みも無い、貧しい土地で収入がほとんどない大きさだけなら隣の辺境伯の領地と同じくらいの面積なのだが、耕地は圧倒的に少なく、あるのは原生林と山だけだ。
なぜ俺が叫んでいるのかと言えば以下の通りである。
ここは小さな領主館の応接室兼父の執務室だ。別々の部屋に出来ない所が貧乏男爵の悲哀だ。
所在無げに立っている俺に向かい側に座る両親が偉そうにのたまう。
「レオン、お前を王立アリストス学園に入れられなくなった。
お前にはルーカスの代官をやって貰うつもりだったから学歴は要らんだろう」
と父が言う。ちなみにルーカスは長兄である。
「大丈夫よ。ルーカスは王太子のお気に入りだからこちらには帰って来れないわ」
と母が言う。つまり長兄が後を継いでも王都から帰って来れないから、お前は長兄の代わりに領を管理する代官になりなさいと言うことだ。
ここで冒頭の叫びが起きた訳だ。
俺も理由が判っているだけに無理も言えない所もある。
去年の夏の水害で領内の耕地は殆ど全滅した。
耕地の復旧には今年いっぱいかかるだろう。
つまり、去年と今年の収入が全く無くなり、復興費用と領民を食わさなければならない。
両親は国から借金をした。
それだけでは足らず、長兄は、国王の側近の末席に居る、次兄は近衛兵の幹部候補だ、長女は魔法省の役人になった、彼らは自分の生活を切り詰めて金を送ってくれる。
王都の学園に行けば、大体領民30人分の経費が掛かる。
領民は食わせなければ逃げて行く、こんな辺境の領地なので,領民を逃せば補充は難しい。
ということで俺は学校に行けないのである。
地方にある学校で初等教育をして、中等部に編入することも珍しくはない。
しかし、編入には地方の学校の首席クラスである必要がある。
学校に行けばどんな恩賜があるかと言えば、初等部を卒業すれば士分になって兵隊として雇って貰えるし、従士として陪臣に就職することもできる。中等部を卒業すれば騎士分になって士分より有利になる。高等部を卒業すれば中央の官僚になれ、貴族になれる可能性がある。
イエーガー家では上の兄弟が高等部を、長女が中等部を飛び級を使って卒業している。
前に言ったように俺には身体強化などの取り柄が無い。
学校で良い成績を納めなければ貧乏貴族の三男坊なんて道は無いのである。
まあ、従士になって兄にこき使われるくらいが関の山だ。
俺が呆然としていると父は少し考えると言った。
「お前は代官になるために勉強をせねばならん。そうだな、ヨシムネ殿にお願いしてみよう」
父は白紙の紙を取り出すと何やら書き始める。傭兵出身の父は書き物が苦手だ。なんとか読めるように悪戦苦闘する様子は見ていて気の毒になる。早く長兄が帰って来てくれないとかわいそうだ。
その間に母が怒って言った。
「あなた、今俺って言ったでしょ。私って言いなさいって、いつも教えてるでしょう!!」
「ごめんなさい。でもいきなり学校行けないって言われたら動揺するよ」
「貴族は隙を見せたら終わりです。気を付けなさい」
父は書き上げたようだ、最後にサインをして俺に紙を差し出す。
「これを持ってヨシムネ殿の所へ行ってこい。ヨシムネ殿が引き受けてくれるなら初等部に通うより余程有意義な勉強が出来るはずだ」
俺は紙を受け取った。
ヨシムネ殿は五年前に御付きのアヤメさんと小間使いのコトネを連れて、イエーガー領にふらりと現れた東洋人だ。
彼は博識で農業を改革して、領の収入を数倍に上げてくれた人だ。
父は彼を雇おうとしたが断って、食糧だけ受け取り、相談に乗ってくれた。
彼は学業や兵術の指導も上手で、その指導もあって上の兄弟は学園の高等部に行けたと言う。
さらにはこの度の災害も彼に警告されていたのだが、先立つものが無く放置されていた。
彼の見立てが正しいことが証明され、更に人望が上った。
今は彼の監督で全領民が災害の起きにくい農地を目指して工事をしている。
これほどの方なので俺は前途が開けた思いがしている。
俺は二年間びっしりとヨシムネ殿と部下のアヤメ殿を先生にして鍛えられた。
しかし先生は上の兄弟とその子供が流行り病で急死して家を継がねばならず、急遽故郷に帰らなければならなくなった。
「レオン君、君には十分に教えられたと思う。試験を頑張ってくれ」
「悪いが小間使いのコトネは、ホウライ国では差別されてしまう。預かってくれ」
恩人に頼まれたら仕方が無い。十一歳の猫獣人の少女コトネをイエーガー家で預かることになった。
お礼に刀をを貰った。
「もしホウライ国に来たなら王都の城でこれを見せれば私に会えるよ」
そう言って先生は去って行った。
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話が現在に戻るがダンジョンを滅した俺達は領主館で父に報告した。
「それで、この子を預かった訳か。何処の子だ?」
「それがまだ何も話して貰えず、分かりません」
「それで”ジゲンシュウノウコ”とやらは何か分かったのか?」
「さあ、何も貰ってないので忘れたのかもしれません」
父は大きくため息を吐いた。後ろに控えるペーターたちを見て言った。
「とにかくダンジョンはよくやった。レオンも活躍できたみたいだな。魔石は借金の返済に使わせてもらうが、お前達には報奨金を払う」
「領の存続が重要です。俺達の報奨金は借金が終わってからで構いません」
「そうかすまんな。借りておくぞ」
「はい」×6
ペーターの返答に皆お辞儀をした。
多分、俺に聞かせるために仕組んだな。金が無い事を強調して、騙されるもんか。
両親は多分兄たちがイエーガー領に帰らずに王都で暮らすつもりだと思っている。
ならば俺はこちらで代官でもやらせておけばいい。学歴は要らないと。
しかし、兄たちは王都で人的ネットワークを構築しているだろうから、自分のお気に入りを代官に派遣する。代官なんてやらして貰える訳が無い。分家するだけ耕地も無いし、良くて従士として兄の代官にこき使われるだけだ。
俺は来年王都の中等部に編入するために、隣の辺境伯領の領都にある初等学校に編入したいのだが、両親が金を出してくれない。
その初等学校の三年に編入して卒業試験を受けるつもりだ。出来れば一年間は、初等学校に通いたい。
俺はライバルたちを観察しながら勉強して、卒業試験を受けたい。
そこで首席かそれに近い成績を納めれば、中等部の入試を受ける資格が出来る。
何とか学校に通える金を手に入れる手段を確立しなければ・・・。
連れて来た獣人の子供であるが、コトネが面倒を見ることになった。
コトネは俺専属の小間使いだ。と言うことは俺の費えから生活費を出さなくてはならない。
いかん、混乱してきた。やることを整理しよう。
「コトネ、あの子の事、何か分かったか?」
ちょうど俺の部屋に入って来たコトネに獣人の子の事を訪ねた。
「はい、名前はアンナ、九歳です。王都の北のウエルフェルトという村の出身だそうです」
「女の子なのか。どうしてダンジョンに居たんだ?」
「魔獣が村を襲って逃げていたら、いつの間にかダンジョンに居たそうです」
王都の北ではおいそれと行ける距離ではない。兄たちが帰った時に頼むか、俺が王都の学校に行くときにならないと無理だな。
俺はすぐにアンナを帰すことを諦めた。
金を稼ぐ当ては後で考えるとして、ジゲンシュウノウコだな。
収納庫と言う以上、何かを保管する魔法ではないのか?
試しにさっきコトネが持ってきた焼き菓子を手に持って、収納と念じてみた。
焼き菓子は手の上から消える。
「消えた!収納したのか?」
コトネが驚いている。
「手品ですか?菓子が消えたように見えました」
「ああ、そうだな確かに消えた。・・出ろ!」
菓子がまた手の上に現れた。
「これはすごいぞ。うまく使えば億万長者だ。コトネ、このことは誰にも言うな」
最悪、大量の荷物を運べれば金の心配は無い。
「はい」
コトネは俺に忠誠を誓ってくれている。恐らく何があっても口外しないだろう。
権力者に収納庫を知られれば飼い殺しにされる可能性もある。
それから三日、俺は次元収納庫の働きを精査した。
収納庫について分かったことは
複数、何種類でも入れられる。念じれば収納庫に入っている種類・数量が解る。
入れている間時間が経過しない。
生き物を入れるとショック死する。
液体も入れられるが、形状が安定していないので出しにくい。入れ物に入れた方が良い。
収納スペースの大きさは小さな家でも入った。大きさ・数量の限度は不明。今の所、無制限だ。
金を稼ぐことに自信を持った俺は、親父の許可を得て家を出ることにした。
更に三日後、年老いた馬と痛んだ馬車、それや生活用品を乗せ、辺境伯領の領都テレジアスに向かって出発した。
もちろんコトネとアンナも押し付けられた。
次回、早速事件が発生。