16-1 空中戦艦ナガト
ご愛読、ありがとうございます。
いよいよ大災厄の始まりです。
いよいよアースが彗星の尾に突っ込んでいく。彗星の尾に含まれる瘴気にさらされるアースはどうなるのか。
〇王都アルカディアの大衆食堂 <シーリン>
ここは王都でも手工業の盛んな場所、私は働いた給金を元手に食堂を始めた。私は東大陸の出身で寺の宿坊で雑用をやっていたので、こちらの料理人と一緒に安くて・おいしくて・早く食べられて・腹持ちのいい食事を開発した。幸いそれが当たって連日超満員だ。
今は昼食の混雑が終わって休憩に入るのだが一人客が残っている。
「おい、おっさん。もう昼食の時間は終わりだ。金払って出てってくれ」
少女がテーブルに突っ伏す中年の男の肩を揺らす。
「うん、それより酒持って来い!」
昼間っから酒飲んで酔っ払っている。ここの店は昼は酒を出してない。外で飲んできたのだろう。
「昼に酒は出してないよ。夜に来ておくれ」
うん、床に酒瓶が転がってる。ここで単品注文して飲んでたのか。困った奴だな。
「なにい、客の言うことが聞けないのかあ!」
私に向かって腕を振るう。
バシッと大きな音がする。
「シーリンさん、大丈夫ですか?!」
休憩中の従業員が音に驚いて飛び出してきた。
「大丈夫だけど、警らの人呼んでくれるかな」
従業員の一人が飛び出していく。
「て、手を離せ!」
酔っ払いが振るった手は私が握っている。
「おっさん、王様に金を貰ってここに来たんだろ。働いてないのか?」
「うるさい、俺は他人に使われるような人間じゃない。そのうち王様が俺を迎えに来て、そうすりゃ大金持ちだ」
こいつ何言ってんの。どうせ何かに失敗して、貰った家も売っぱらったんだろうな。
「はいはい、お迎えが来るからおとなしく待っててね」
「うるせえ!俺に指図するんじゃねえ!!」
暴れようとするが手を掴まれてるので身動きが取れないようだ。
うん、力が、こいつの力が強くなってる。
私の手を振り解くと肌の色が黒くなっていく。
「何よこれ!」
「もしかしてビーストグロー?じゃないよね。人族だし」
なんだ!この気は!!邪悪な気が膨れ上がっていく。膨れ上がった体格に服が耐え切れず引き裂かれていく。
「もしかして、これが悪魔!」
私は状況を確認するため距離を取る。
もうこうなったらもとには戻れないんだよね。
悪魔は自分の前にあったテーブルに拳を振り下ろす。
バキッ!!
厚い板のテーブルが真っ二つだ。
「何すんだ!!高かったんだぞお!!」
誰が弁償すんだよぉぉぉぉ。
叫んだ私に振り向く相手に対し、半身で構え、気を練る。
「瞬歩中段突きい!!!」
3mほどの間合いを瞬間的に詰め、鳩尾に拳を入れる。
普通の人間なら背中まで突き抜ける威力だ。が、腹を押さえて蹲る程度のダメージだ。
低くなった奴の顎をつま先で蹴り上げる。
流石に顎の骨が砕ける感触がする。
蹴りの反動を利用して脳天に肘打ちを落とす。
ようやく動かなくなった。
フーと一息つくと警らが到着した。
「これをお嬢さんが?素手で?」
二十代の女性の獣人の警らが二人、この光景を不思議そうに眺めている。
「うん、私がやった」
ぐるぐる巻きに縛った悪魔の顎はもうほとんど再生していた。なんて再生力。
「すみませんが一緒に来てもらえませんか。状況をお伺いしたくて」
「はーい、皆ごめんね。これじゃあ夜の営業できないよね。片付けてテーブルを頼んどいて」
従業員に指示を出すと私は悪魔を担ぐ警邏の後を追う。
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〇アルカディア城 <レオン>
「なんと、悪魔の第一発見者がシャオリンだったとはな」
俺は悪魔の出現を聞いてアルカディア城の警ら本部に来ていた。そこで第一発見者の少女の顔を見てこの発言をしてしまった。
「お久しぶりです。今は発音しやすいようにシーリンと名乗っています」
彼女とは少森寺の脱走兵によるハーヴェル襲撃の時に一緒に戦った。
俺は彼女から人間が悪魔に変わる様子を聞いた。
「やはり負の感情が大きくなったときに悪魔に変わるのだな」
アリスの言っていたことに間違いはなかった。もちろん対策として各地にビーストグロー兵を配備してある。西大陸の中央部は大きな騒ぎにはならんだろう。
「で、俺も手伝った方が良い?イブキもいるんでしょう」
「君にはもう、町での生活があるんだろ。それを捨ててまで戦う必要はないよ」
彼女にもバトルジャンキーな部分があるのだろう。少し高揚しているようだが、今の彼女では中級悪魔の相手も厳しいだろう。
「な、何よ。俺はこいつに何もさせずに勝ったんだよ。それでもいらないの?!」
ぐるぐる巻きにした下級悪魔を指さして叫ぶ。
「こいつを生け捕りにしてくれたのはありがたい。こっちもいろいろ考えているんだ。それを試せるよ」
俺は顎で侍従に合図を出す。侍従は袋に入った貨幣を渡す。
彼女はそれを受け取るとすぐに中身を確認する。
「報奨金と迷惑料だ。受け取ってくれ」
中身を確認して満足したのかニコッと笑った。
「ありがとうございます。私がご入用になりましたら連絡くださいね」
興奮が覚めたのか、一人称が俺から私に変わったな。彼女は急いで帰って行った。
俺はヤヌウニさんに従者通信で連絡を取ると、悪魔を教会に送る様に指示した。
結局その日はアルカディアだけで200人以上の下級悪魔が発生したが、ビーストグロー兵により犠牲者も少数ですんだ。
ダンジョン跡を薬草畑にしたので、魔獣の発生も少なかった。
悪魔の発生は今日以降は多くの悪魔適応者はすでに悪魔になっているはずなので、その数を減らすだろう。
問題はカールスーリエやカールサイスと以北の国々だ。奴隷制が残り、貴族が傲慢に御する国々だ。
こちらの何倍も適応者がいるだろうし、適切な対応が出来なければ悪魔に追い詰められた人々が、適応者になりかねない。
それらの悪魔がどのような行動をするのか解らない。これからはそれの警戒が必要だ。
俺は、戦艦の発進をハーヴェルに命令した。
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〇ハーヴェル工場群
「アリス!ナガト発進だ!!。発進準備ィ」
マサユキが大声で叫ぶ。
アキラ達が地下格納庫に急ぐ。
「艦長、全員の乗艦を確認しました」
シャラがアキラに告げる。
空中戦艦ナガトは全長120mの巨大な船型の兵器だ。もともとはヴァイヤール王都への魔獣襲撃に用意された九体の魔獣ドラゴンの魔石を手に入れたことに端を発する。レオンが手に入れた九個の魔石はアキラが預かり、コニン・マサユキ・キラの協力で、帝都のアキラの店の地下で対悪魔兵器として建造が始まった。しかし、彼らの技術をもってしても建造は困難を極めた。そこにノクト連邦の知識を持ったアリスが現れたことで建造は一気に進んだ。
ドラゴン由来のフライの魔法と九門のファイアーブレス砲を備え、必要時には8艇の砲撃艇を分離できる設計である。名前の由来はヤ〇トは二番煎じだし、ムサシは二番目感が強い、じゃあその前のナガトでいいじゃんとマサユキが命名した。この世界の人間にはかけらも解らない命名理由である。砲撃艇の名前も旧日本海軍の駆逐艦の名前である。
艦の形は平べったい列車に前向きに一門、左右に八門の大砲が飛び出した形だ。前後は空気抵抗を減らすように流線型をしている。
◇空中戦艦ナガト乗組員
艦長 アキラ
副官 シャラ 通信士兼任
航海長 アリス 操舵士兼任
機関長 マサユキ
砲雷長 キラ
◇砲撃艇
ユキカゼ
シマカゼ
サザナミ
マキナミ
シノノメ
ムラクモ
ハツシモ
ユウダチ
艦橋は艦の前についており、中央前方にシャラとアリス、右中央にマサユキ。左中央にキラ、後方中央にアキラが座る。
「格納扉全開!」
シャラが叫ぶとアキラが続く。
「全艦浮上!高度1000m!」
「全艦浮上!高度1000m!」
アリスが復唱し、その巨体はどんどん高度を上げていく。
一応この近くの人間は存在を知っているのでそうは慌てないが、昼間堂々とその姿を見せたのは初めてなので。それなりに驚いたり歓声を上げたりしている。
「高度1000m、浮上停止します」
「よし、全艦分離して哨戒任務に入る。一番から八番分離!」
アキラの指示に艦橋の後ろに二列でくっついた形の砲撃艇が分離する。
まず、左右の一列が左右に離れる。その後一隻ずつに分離し、あらかじめ決められた哨戒地域に散っていく。
砲撃艇が離れるとナガトは魚の骨のような形になって弱そうだ。
「よし、本艦も哨戒位置に移動する」
悪魔の哨戒は反魔力のパッシブセンサーを使用する。これは悪魔が瘴気をエネルギー(反魔力)に変換するときに発生する電磁波を探知する。悪魔以外にこの変換をできる者はいないので確実である。
ナガトの0番艦は獣王国とカールサイス公国との国境付近まで移動した。
「探知開始」
「探知開始」
キラが復唱して探知を開始する。
「どうだ?」
「やはり、市街地を中心に反応多数。獣王国側は反応なしだ」
「獣人はやはり悪魔にはならないらしいな」
アリスにもそのからくりは解らない。彼女のライブラリーの中にもその答えは用意されていない。
「反応の特に強いものはいないな。中級や上級は発生していないらしい」
キラがレーダースクリーンのようなモニターを見詰めている。
「機関長、燃料はどれほど持つか?」
「このままなら40時間でも平気だが、砲を撃つなら20時間が限度ってところか」
この艦は魔素を燃料としてジェネレーターで魔力に変換し、魔法を行使している。ファイアーブレス砲は魔素の消費量が多いのである。
「よし、合体は慣れてないから明るい方が良いだろう。明朝まで探査を継続。機関長は昼食後仮眠を取れ。副官、陛下に初回の探査結果をまとめて報告をしてくれ」
「はい」
シャラは各砲撃艇に探査結果の報告を聞く。
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〇ヴァイヤール グリューズバルト侯爵邸 <ウラノス>
ハーヴェルのヴァンパイア族の潜入員から連絡が来た。
「なんだと!そんなことが?」
私は慌ててクロノス様に報告した。
「クロノス様、大変です」
「なんだ、そろそろ中級悪魔を作って軍隊を組織しようとしていたところだ」
「それですが、ハーヴェルで空中戦艦が発進しました」
「なんだ今まで夜訓練してたやつだろう。そうそう役に立たんだろう」
クロノス様は悪魔がレベル4から5の力を持つので、空中戦艦の力を過小評価していた。
「それが今の連絡で反魔力のパッシブセンサーを備えているようです。悪魔の強さと位置や数が解るそうです」
「それがどうした」
ああ、まったく意に介してない。
「ここにはあなた様や上級悪魔が居ます。ばれたら私が再起できません」
「そうか、お前は終わった後の世界を手に入れるのだったな」
そうだ、大災厄で抵抗勢力を潰してもらえば、ヴァンパイア族だけでも世界征服できるだろう。
「解った、解った。その空中戦艦とやらが引っ込んだらカールスーリエへでも引っ越しするか。あそこはすでに無政府状態だ」
すでに北の方は悪魔の大量発生でどうしようもない状態だ。クロノス様が中級悪魔を作って悪魔を統率し始めたら、カールスーリエから手に入れるか。ヴァイヤールの王族ども枕を高くして居れるのも今のうちだけだ。
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
国境に迫る難民をどうする。