14-6 テレジアスの男
ご愛読、ありがとうございます。
今回はクロエが責任者に推薦した男を説得に行きます。
レオンは獣王国での同盟の批准とコトネとアンナの養女の件が無事終了して、クロエに通商部の責任者にふさわしい人物の紹介を頼んだら隠密が必要と言われてしまった。
〇アルカディア城 <レオン>
獣王国との同盟の話、養女の話を宰相達に伝え、批准書と証明書を渡した。
「陛下、ご苦労様でした。本来ならこちらが格上なのですからこちらに呼びつけてもよかったかと」
ヴォルガンフ宰相は絶対にまともにほめてくれない。
「向こうの状況も考えてあげてよ。それに秋の収穫を考えれば同盟締結は喫緊の課題でしょ」
「そうですな。穀物を売らないと来年の国庫が心配ではありますな。エドゥアルトやザルツブルグからの運搬に船を使えれば、運搬の労力は大幅に改善されますからな」
「そうでしょう。戴冠式の準備もあるし、早くする必要があったんです」
俺は自らが赴いた理由を強調した。
「しかし、陛下が直接行く理由としては弱いですな」
うー、厳しいな。ヴォルガンフ宰相は俺が頼んで来てもらってるだけに立場が弱いんだよなあ。
「分かりました。今回は余の短気が原因で宰相達に迷惑を掛けました。すみません」
「申し訳ありません。私が陛下に直接お願いしたもんだから、こんなことになっちゃって」
コトネが俺が責められているのが我慢できなかったのか、土下座する勢いで謝った。
「いえいえ、コトネ様は良いのです。よくやってくれました。私が言いたいのは陛下のことで。それから陛下、私達に敬語を使わないでください。下のものに示しが付きません」
なんでコトネを褒めて俺を貶すんだよ。あんた達に敬語を使ってしまうのは、あんたたちの方が威厳があるからだよ。
「そうだったな。慣れないものでちょっと城を離れると戻ってしまうのだ」
まあ、文句は言っているがこの人たちが来てくれたことで、政治に慣れていないアキラさんやマサユキさん達を本来の生産職に戻せたし、アルカディア王国の政治も整ってきたので、本当に助かってる。
一通りのお小言をもらったのでクロエの話を聞こう。
「宰相、実は水運を行うについて責任者を決めたい。今いるスタッフの中に該当者がいなかったので、クロエに紹介してもらおうと思う」
俺はここにいるものによそから連れてくるとはっきりと言った。
「陛下、陛下は通商部に何をお望みでそうおっしゃられておるのですか?」
宰相は俺に厳しい目を向ける。そりゃそうだ。俺は通商部の仕事を何も語っていない。
「通商部には我が国の産品、工業品も農産物もだ。これを少しでも高く売る。そして何かを買うときは少しでも安く買う。それには各国に店を出しその国の状況を調査し、短長期の予測、投資、総合的な経営をやらせるつもりだ」
俺はクロエとノルンの上で話したことを宰相達に言った。
「それは危険です。一人の人間がこの国の収入を握ることになりますぞ」
宰相が唾を飛ばす勢いで俺に食って掛かってくる。
「心配なら目付をつけても良い。これからの世の中は金が世界を動かすのだ。今迄の様に貴族の殿様商売をしていれば取り残され、破綻する」
俺は自信満々でぶち上げた。
「へ、陛下は西大陸に革命をもたらそうとしておられるのか?」
ちょっと過激すぎたかな。黙ってやった方が良かったかも。
「面白い。面白いですぞう。ワシが帝国でやろうとしてできなかったことだ。確かにハーヴェルの製品があればできるかも知れん。いや出来るに違いない!」
あれ、宰相が燃えている。なんか俺よりやりたそうだ。
「ワシは帝国が必要とする金を集めるのに軍部を縮小するしかなかった。それを商人の真似をして金を稼ぐという方法があったのですな」
いやそれはちょっと違うから。
「宰相、余は商人の真似をするのではない。商人たちより優れた方法で金を手に入れる」
貿易は物を高く買ってくれる時間、場所へ持って行って売ることが大事だ。だから早く大量に運べる水運がカギになる。
そこへクロエがやってきた。
「クロエ、お前が責任者にと考えている人間を教えてくれ」
俺はクロエに責任者の候補を紹介するように言った。
「はい、私がオリンポスに捕まる前に所属していた組織にいた人間です。彼の親は貿易商人でしたが、船を海賊に沈められたことで破産しました。彼は奴隷として売られ、前の組織の頭領に買い取られました。彼は卓抜した頭脳と度胸ですぐに組織のナンバー2になりました。組織がオリンポスによって壊滅させられたとき、彼は別動隊として他の仕事をして、別の場所に潜伏していたので難を逃れました。
今はヴァイヤール王国のシュバルツバッハ辺境伯領領都テレジアスでシンタン国からの私的交易品を商う店をやってます」
私的交易品とは貿易船に乗る船員は、少量の貿易品を船に持ち込むことが黙認されており、それを交易先で売って自分の稼ぎにします。
「奴隷を責任者にするのですか!」
宰相の秘書の一人が声を上げる。
「馬鹿者!陛下が欲しているには身分ではない。才能だ!。判らんのか!カール帝国の初代皇帝は元は奴隷であったと聞く。大事を成し遂げるのに身分は関係ないのだ」
俺が怒る前に宰相が怒ってくれた。今は国を立ち上げ、大災厄に備える時なのだ。
まあ、とりあえずクロエに迎えに行ってもらって、みんなで面接することとなった。
〇テレジアス <クロエ>
ノルンさんにヴァイヤールの王都に行くついでにテレジアスに寄ってもらった。帰りは明日以降になるが従者通信で迎えに来てもらう予定だ。
テレジアスに来るのは三年ぶりだが、私の頭の中にはしっかりとした記憶がある。頭の中に地図があると言って良い。おそらくはこれが私の授かった魔法なんだろうなと思う。
「ねえねえ、行ったことないって言ってたけど、道分かるの?」
私の後ろを付いてくる少女が言った。
「大丈夫よ。もう少ししたら右に路地があるから、その奥よ」
この子、アンナは私の妹分のコトネの妹分だ。この子は狐獣人だし、猫獣人の私としては妹とは思えないのだけれどレオン様は三姉妹だと思ってるみたい。
港へ行く道を歩いてる。すれ違う人は東洋人も多いし、なんか異国情緒が漂ってる。やっぱり国際貿易港なんだと感心してしまう。この港から西は帝国から南の国の海賊が多くて海路はほぼ利用できないからここに集中すると聞いた。
しかし、こんなところを若い娘だけで歩くと絡んでくる奴も多そうなのに誰も近寄ってこない。なんでだろう。
「お姉ちゃん、右によって!」
静かに厳しくアンナが声を出す。私が右に避けると若い男がさっきまで私の居たところに突っ込んできた。男は私に体当たりするつもりが避けられ、盛大に転んだ。
「お姉ちゃん、立ち止まらないで!」
私とアンナはそのまま進む。追いかけようとした男がまた転んだようだ。
「アンナがやってるの?」
「うん、私達に悪意を持つ奴の邪魔をしてたんだけど、あいつはいきなり現れたんで間に合わなかったの」
あっけらかんと言う。そういえばコトネがアンナの探索能力はすごいって聞いてたけど、本当なんだと感心した。
「ありがとう」
「うん、良いよ。私はお姉ちゃんの護衛だから」
もともとはコトネが付いていくと言ってたんだが、獣王国の用事が外せないので行けなくなった。
護衛を親衛隊に頼むとなぜか国際問題になると言われた。
私もそこまで弱くはないので一人で行くかと言ったら、アンナが護衛にすると言ってくれたのだ。
私もここまで頼りになるとは思ってなかったので、嬉しいというより愛おしい。
いよいよ、目的の店に来た、ドアを開くとカラーンとドアベルの音が響く。
三m×四mくらいの店の中には誰もおらず、東洋の品物が所狭しと置いてある。
奥の扉が開いて若い女性が出てきた。
「いらっしゃ・・・クロエ!」
体を沈めて戦闘態勢を取る女。
私達は昔馴染みで友達であっても、所属する組織が違えば殺し合うこともある。
「待って、戦いに来たわけじゃないわ。ジェリ」
いつの間にかアンナが私の前にいる。
「何しに来た!」
油断せず戦闘態勢を取るジェリ。
「サスケに仕事を紹介しに来たのよ。取り次いでくれる?」
こちらを信用していないジェリは警戒を緩めることはない。
「何の仕事だ!」
「国を相手にした商売を切り盛りしてほしいんだけど」
私は隠す必要もないので正直に言う。
「嘘だ!!」
ジェリは全く信用しない。まあ、ちょっとスケールが大きすぎるか。
「アンナ、こちらを伺ってる人はいるかな?」
「うん、奥の扉の向こうで聞き耳立ててる人が二人、その奥に三人」
ジェリが一瞬驚いた顔をするがすぐに元の顔に戻る。
「ねえ、サスケ!私は今アルカディア王国の国王に仕えてるの!陛下がね、通商部の責任者に心当たりはないかって聞くから、あんたを推薦したんだよ!そしたらすぐ連れて来いって言われたから来たんだよ!」
私は扉の向こうに聞こえるように大声で叫んでやった。
ドサドサっと何かが崩れる音がして扉が少し開いた。
「頭領!出るな!!」
ジェリが叫んで扉の前に立ちふさがる。
「話ぐらい聞いてもいいんじゃないか?こちらはこの通り寸鉄一つ持ってないよ」
私が両手を上げるとアンナも上げてニコッと笑う。どうこの度胸って、瞬殺できるから余裕なんだよな。
「ジェリ、どいてくれ。クロエの話が聞きたい」
「頭領・・」
ジェリが退くと扉が開いた。若い男が顔を出す。サスケだ。
「ここは狭い、奥に入ってくれ」
サスケは私達を招いた。
サスケは店と同じような広さの部屋の一番奥の席に私とアンナを座らせた。
左右に女が二人ずつ、見た顔だ。昔の部下をそのまま使っているらしい。
入ってきた扉の前にサスケとジェリが座った。
何かあった時に私達を逃がさない態勢だ。
「その子供はなんだ?」
サスケがアンナのことを聞いてきた。まあ、正体を言うと大変なことになりそうだな。
「私の護衛だけど」
「護衛だと?!」
アンナを見ると口を尖らせて不満を表していた。
「まあ、いい話を聞こう」
ちょっと態度がでかいのは自分たちの方が優勢だと思っているのかな。アンナにかかったらあんた達なんか瞬殺だからね。
「うーん、こんなにいると秘密の部分は話せないけど良い?」
「いいから話せ!」
こちらが焦らないので、自分が焦ってる。これくらいのプレッシャーではビビりませんよ。
「知ってると思うけど、私達はオリンポスを倒して国を作ったわ。その中で陛下は種族平等を掲げてるわ。そしたらね思った以上に人が集まっちゃってお金が不自由なのよ。まあ、数年経てば改善するんだけど、陛下は予定を繰り上げて経済を回すことにしたのよ。それで魔導船を作って帝国からヴァイヤールまでの水運事業を始めようとしてる。でもそれを商人に任せるとうまみが少ないわ。でも国に商人の感覚で経営できる人がいないのよ。だから私があなたを推薦したんだよ。いやなら言って次の人探すから」
サスケは両手を握りしめてる。やりたいんだろうなあ。
「部下はどうなる」
「連れて行けばいいんじゃない。各国に店を作って情報を集めるって言ってたし、通商部にも事務員や秘書もいるだろうし、人事も頼めば通ると思うよ」
「お前がなぜ、・・おまえも奴隷だろうが!」
どうも私のような奴隷上りがこんな重要なことをしているのかということかな。
「私の今の身分は陛下の従者、陛下が一介の学生だった頃から仕えてるわ。だから信用されているんじゃない」
「信じられない。でも挑戦してみたい。一度会わせてくれないか」
はい、ミッションコンプリート。
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
次回、サスケは通商部の責任者になれるのでしょうか。