12-5 シルビア(2)イブキ(3)
ご愛読、ありがとうございます。
いよいよ誘拐犯の残党が出てきます。
〇ハーヴェル キラの工房 <シルビア>
私は少し前にここに連れて来られた。
高給で雇ってくれると言われてクロエと言う猫獣人に着いて来たのだ。
ここでは一軒家を用意してくれるし、食事は一か月無料だそうだ。移民にはそんな待遇を与えているらしい。
私はカールスーリエ王国で叔父に両親を殺されて、エドゥアルトに逃げ込んだのだが、その後の調査で両親が領民に重税を課し、私腹を肥やしていたことを知らされた。復讐と弟セドリックの男爵就任を目指して逃げていたのだが、お門違いであった。祖父からは領民に恨まれているから帰るなと言われている。
ここに骨を埋めるのかどうかはセドリック次第だが、今の所はここで厄介になるしか方法がない。
私がここで何をしているのかというとポケットという魔法をひたすら小さく平らなポシェットに付与するだけである。ポケットは平らなものを一個、一回だけ入れられる魔法収納である。
それをどう使うのかというと、私が最初のポケットを作った時、ここの工房主であるキラと言う少年が、自分の巨大な収納に入ってる魔法陣をポケットに入れるのである。
そのポケットをクロエが使い、魔法陣を出して、「ビーストグロー!」と叫んで、瓶を開けると魔法陣がクロエを包んだ。
クロエは黒い毛に全身覆われた。
クロエがジャンプするとすごい速度で天井に向かった。ここの天井は五m位と高いが瞬時に天井に達した。クロエはクルっと回るとむき出しの梁を蹴って、隣の梁まで跳ぶと梁を蹴って戻って来た。
私は獣人の体力にただただ驚いていた。変身前に開けた瓶には魔法陣を起動させる魔力が入れられてるんだって。
クロエは変身を解いて、上機嫌でキラ君と私に言った。
「成功です。これは大災厄に対して大きな武器になりますよ」
要するに獣人兵を戦場で変身させようとしているらしい。
もしカールスーリエ王国にこんな獣人が攻め込んできたらと思うと冷や汗が出た。
「あなた方は世界を征服する気ですか?」
「心配しなくて良いわ。このポシェットは同盟国に輸出されるわ。もちろん消費期限とかの品質は確認しないとだけど」
「そう言う事だな。これによって獣人を差別する国は軍事的圧迫を受けるだろうがな」
クロエとキラ君は心配ないと言うがカールスーリエ王国は獣人差別をしている国だ。やはり滅ぼされるのでは?。
私の心配そうな顔を見てクロエが言った。
「カールスーリエ王国が心配?大丈夫よ。獣人差別をやめれば良いのよ」
それから私はひたすらポケットを付与したポシェットを作り続けた。
最初は一日、二個ぐらいだったが最近は十個ぐらいまで増えた。
キラ君はクロエがエドゥアルト城に戻ったので、ハーヴェル城に居る狼獣人にポシェットの品質を確認させている。取り敢えず、最初の方に作ったのも変身できるみたい。経時変化は今の所は無さそうだ。
キラ君に心配になったことを聞いてみた。
「大災厄が終わったら、私の仕事は無くなるのかしら?」
「ああ、大丈夫だろ。ポケットにはどんな魔法陣も入れられる。魔力のあまり要らない生活魔法なんかは重宝されるんじゃないか」
そうか、私の魔法は魔法を使えない人の助けになるんだ。
私は、目の前がパアっと開けたような気がした。両親が死んでから自分の生きる道が、閉ざされたような気持でいた。昔は自分は下位貴族に嫁いで、子供を産んで何も成すことも無く、死んでいくと思っていた。犯罪者の娘で故郷にも戻れないが、ここで幸せを探すことが出来るかも知れない。
セドリックにも恨みを教えるのではなく、明るい未来を信じて道を切り開けるように育てよう。
〇ヴァイヤール王国 テレジアス
海鳥たちがやかましく鳴き叫ぶ港に船は入った。
昼の太陽はほぼ真上で、そこが西大陸の南の方だと言う事が解る。
イブキ達は一年の旅を終え、西大陸の地に降り立ったのだ。
「おお、地面だ。頬ずりしたいぜ」
「体がなまってバキバキゆうてかなわんわ」
「ここからイエーガー伯爵の家の有る王都までは、二日ぐらいだと言います」
「ええ、もう出発ですか。少し体を慣らしましょう」
少女も四人集まると姦しい。
「仕方ありません。取り敢えずここで、伯爵とレオンハルト殿の情報を集めましょうか?シャオリンも老師から頼まれているのでしょう?」
イブキはシグレの意見を入れ、今日一日はこの街に居ることにした。
シャオリンは老師から、西大陸に逃げた僧兵の情報を探るように言われている。
「じゃあさ、治安も良さそうだから、二組に別れようぜ」
「イブキはんとわて、シグレはんとシャオリンはんで行きましょか」
「慌てるな、まずは昼食と宿を決めよう」
四人は港からすぐにある辺境伯の館の近くのレストランで食事をすることにした。
彼女達は巨大なエビを中心に海鮮料理を堪能した。
実はシャオリンが西大陸に行くと聞いた老師が、少森寺の上層部と掛け合い脱走した僧兵の捜索を依頼させた。これで西大陸へ行くことが仕事となったシャオリンは、僧兵免除金以上の金を受け取ってここに来たわけである。だから彼女達の懐は結構温かいのである。
食休みを兼ねて、近くに居た従業員にイエーガー伯爵の事を聞いたら、一気に情報の収集は終わってしまった。
「・・・・・と言う訳で伯爵様が事件を解決されて・・え、今ですか?多分任地の北方面軍にいらっしゃるんじゃないでしょうか。・・・・・レオンハルト様はアルカディア王国の王になられまして、・・・・ええ、ええ、その誘拐犯が全員東洋人で、お客さんが言ったような恰好をしてたそうですよ。はい十三人が伯爵様達に退治されて、五人が処刑されましたよ」
四人はレストランをでた。情報を集めようと意気込んでいたのが、あっさり終わってしまい拍子抜けしていた。どうもこの国の人間はイエーガー家が大好きらしい。
「王都行きの馬車は朝早くしかありませんし、どうします」
「そうですね。観光には時間があまりありませんが、宿を決めてからブラブラしますか」
「初めての西大陸や、街並みも変わってて面白そうや」
「それな、俺もそう思ってたんだ」
テレジアスは貿易の街だ。街中を縦横に走る運河、三日月形の船に乗って観光案内する叔父さんを楽しんだり、大きな辺境伯の館を回ったりした。
その夜ホテルで家族用のベッドが四つある部屋を頼んだ。
「さてと明日はヴァイヤールの王都へ行って、次の日に伯爵様の館にお邪魔します。それでいいですね」
イブキは主にシャオリンに向かって言った。
「いいぜ、俺も一緒に行く。脱走した僧兵はあと五人居るはずだけど、伯爵が何か知っているかもな」
「出会ったらやっつけはるんでっか」
「まさか、多分残ってるのはキンペイバイって言うヤバイ奴らだ。俺一人じゃ勝てないぜ」
「なんでっか、そのキンペイバイって?」
「ああ、キンファ、ペイジ、バイスウの三人は、色付きの帯をした寺でも屈指の強い奴なんだ」
「なるほどなあ、三人の名前を合わせてキンペイバイでっか」
「皆、手を焼いてた問題児さ」
シャオリンは肩を竦める。
「まあ、よっぽどのことが無い限り出合うこともないだろう。我々も役目を終えてからでないと手助けできん」
「でも未だにイエーガー伯爵を狙っているかも知れないですよ」
盛大にフラグを立てるイブキにシグレが念を押す。
翌々日、イエーガー伯爵邸を尋ねた四人は夫人から歓待を受けたが伯爵は任地に居り、今、大災厄対策で忙しくいつ帰れるか分からないらしい。
一応ヨシムネからの手紙を置いて、帰りに寄ることを約束して、アルカディア王国に向かうことにした。
〇グリューズバルト侯爵邸
五人の僧兵は西大陸の服を着ていた。流石に邸内でも僧兵服を見られるのはまずいのだ。
そこへ使いが来て侯爵が呼んでいると言った。
謁見室に行くとウラノスが奥の椅子に座り彼女らを待っていた。
彼らが跪くとウラノスが口を開いた。
「貴公らにはハーヴェル城に行って貰いたい。最近エルフの娘がワルキューレと名乗って戦士をレオンハルトの元に集めているらしい」
キンファが口を開く。
「集まった戦士を叩くのですか?」
ウラノスは手を上げ、キンファの言葉を止める。
「いや、そうではない。戦士と戦えばお前達も無事には済むまい。まだやることは多い。今回は戦略的な攻撃をする。ハーヴェル城の近くの工場群では武器や防具を作っている。そこの主だったものを殺して来れば良い」
「分かりました」
「ついては今は東洋人の国境の出入りはうるさい。ある商会のキャラバンを紹介するから、護衛として潜り込め。ターゲットの詳細と地図を渡す」
執事が何枚かの紙をキンファに渡す。
キンファが紙から目を上げるとすでにウラノスはいなかった。
〇聖都→アルカディア街道
イブキら四人はヴァイヤールを出て、聖金字教会本部のある聖都からアルカディアに行く馬車に乗っている。
ハーヴェル方面に行く街道との分かれ道で、ハーヴェル方面へ行くキャラバンを追い越していく。
「結構、物流がありますね」
「それだけアルカディアが経済的に発展してるって言う事でしょう。道も広いし、あんな大きなキャラバンが居てもつっかえませんから」
分かれ道を遠ざかって行くキャラバンの周りには数十人の護衛が一緒に歩いている。
「ちょっと、ごめん」
シャオリンが窓際からシグレの後ろに隠れた。
「ちょっと、どうしたの?」
「ペイジとバイスウが居た!キャラバンの護衛に付いてる」
シャオリンが緊張している。キャラバンとは今は五十m位は離れている。
「脱走僧兵?」
「そう、あいつらどこに行くつもりなのか、もうちょっと離れたら後を着ける」
「一人じゃ無理だよ」
「大丈夫、戦わないから」
相手から見えなくなると自分の荷物を持って、キャラバンの跡を追うシャオリン。
「気を付けて、僧兵の事、王様に頼んでみるね」
「これ、食料や。うちらは補給できるから遠慮せんといて」
「ありがとう。貰っとく」
シャオリンは食料とバラバラにした七節棍をカバンに詰め込む。
「ごめんなさい。任務がある以上、それが最優先なの」
シグレはシャオリンと一年間の旅で一番の共になったと思っていた。
「分かってるって、俺も任務だからな。じゃあな、縁があったらまた会おう」
明るく挨拶すると、シャオリンは来た方向とは逆に歩いていく。
シャオリンの後ろ姿を見たシグレは涙が零れた。もしかしたら・・・・。その思いは心の奥にしまい込んだ。
やがてシャオリンは分岐を右に曲がってキャラバンの跡について行った。
イブキ達は止めていた馬車をアルカディアに向けて進み出した。
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
シャオリンは無事にイブキ達の元に帰れるのか?