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12-4 イブキ(2)

ご愛読、ありがとうございます。

イブキの第二話です。

 〇シンタン国少森寺

 ここはシンタン国の武術の中心地少森寺、イブキ達の最初の目的地だ。シンタン国の港に着いてから、長河と言う巨大な川を三週間ほど遡った地から、一週間歩いたところにある。

 大きな山を一つ、寺の領地とし、頂上近くに大伽藍を持つ寺院があり、その周辺には多数の宿坊と武術の修行地がある。


 宿坊で教える武術には人気に差があった。刀剣、槍などは国軍や軍閥に人気があり、多節棍は軍で使いにくいので人気が無かった。

 そんな多節棍を教える宿坊の一つで今年の頭に騒ぎがあった。その宿坊は山の北側の外れにある寂れたものだった。

「老師、なぜ私が武芸会に出られないのですか?!」


 武芸会とはこの寺の武術の修行僧の修行の成果を見せるために開かれる、いわば異種格闘技戦である。それは年に一回開かれ、宿坊毎の代表が選ばれ修行の成果を競う。

 老師とはその宿坊の責任者で武術の指導者でもある。老師と言ってもここにいるのは四十台前半の覇気の無いおっさんである。


 おっさんに食って掛かっているのは十五歳の少女で名をシャオリンと言った。

 この名は先代の老師が付けたもので、彼女はこの宿坊に捨てられた捨て子であった。

「武芸会には男しか出られぬ。お前も成人したのだから、もうこの宿坊に居てはいけない。解るな。下で僧兵になるか、外に出るかを選ばねばならぬ」


 僧兵とはこの寺を守る為、組織される軍隊の兵隊の事だ。この世界では男は優遇されるため女の子が捨てられることは多々ある。そんな子を育てて兵隊にしているのだ。本来、宿坊で育てられた子供は、成人したら強制的に少森寺で育てられた期間と同じ期間働かなければならない。ただ、最近は人員が余り気味なので多少の金銭で外に出ることが許される。


 シャオリンももう選択の期限が迫っている。

 僧兵には成りたくなかった。

 しかし金は貯まっていない。

 脱走しても少森寺の後ろ盾が無ければ生きていくことさえ難しい。

 まして大恩ある宿坊に不義理をするわけには行かない。


 そんなことに悩みながら表の参詣道を歩いていくと、寺から降りて来たらしい少女の三人連れが来た。

 物腰から相当にできることが解る。

 服装から見てホウライ国の人間らしい。

 あそこは刀術が盛んらしいが、一人は槍、一人は短刀、刀を差しているのは一人だけだ。


 その時、頭に閃いた。

「なあ、アンタら、せっかく少森寺に来たんだ。腕試しをしていかないか?」

 イブキ達は刀術の老師に手紙を渡して返事を書いて貰ったが、試合も見学も許されなかった。

 シャオリンもそれを知っていた。

 宿坊は外の女と試合う事を嫌う。多分負けると恥ずかしいからだ。

 だから声を掛けた。

 わざわざ少森寺まで来て、手ぶらでは帰れまい。


 シャオリンの武具は七節棍だ。見た目は棒にしか見えない。

「ふむ、棒術か。面白そうだな」

 とシグレ。イブキはあまり興味がなさそうだ。

「俺はシャオリン、勝ったら金が欲しい」

 三人は名乗り返した。

 まあ、払えない金じゃない。シグレは乗り気だ。


「やめとき」

 カスミが言う。

「どうしてだ!」

「あれ、普通の棒とちゃう。七節棍や」

 シグレはキョトンとした顔をする。


「七節棍ってなんだ?」

「うちも聞いただけで、ようは知らん。変幻自在らしい」

「どうした。技だけで良いなら金を払えば見せてやるぞ」

 シャオリンが煽る。


「イブキ!!」

「私も見てみたい。やって見ろ」

 シグレは、一応リーダーはイブキなので、彼女の許可を取った。


「良し、じゃあ、用意をする。アミン!」

 シャオリンは近くに居た十歳くらいの女の子を呼んだ。

「このお姉ちゃんの腰にある刀のような木刀を広場に持ってきて」

「分かった」

 女の子は、上の方に走っていった。


 シグレ達を引き連れたシャオリンは西の方にある広場に来た。

「木刀が来るまで、アンタら七節棍を知らないだろうからちょっと演武してやるよ」


 シャオリンは長い棒のままの七節棍で演武を始めた。

 自分もクルクル回りながら棒も縦に横に回る。


 次は棍を二つに割り、紐で繋がった長刀と短刀の様に振ったり、突いたりする。


「今度は七節棍の真骨頂だ!」

 ブンと振ると棍は紐で繋がりながらニ十数cmの七つの節に別れ、三m位離れた地面を叩く、その後鞭のように振り回した。

 シャオリンが棍を引くとまた一本の棒に戻る。要するに紐で七つの短い棒が繋がっていて、棒自体が連結したり離れたりする。


 おお、と言って三人は思わず拍手をする。

「すごいな」

「どうやって離したり、くっつけたりするんですかね」

「訳が分からんわ」


 その時女の子が木刀抱えて走って来た。なぜか後ろには五十人くらいの人が付いて来た。

「アミン、見物料を集めとけよ」

 女の子が見物人から銅貨を集め始める。

「騒がしくして済まねえな。俺は金が要るんだ」

 女の子から受け取った木刀をシグレに渡して頭を下げた。

 シグレは刀をカスミに預け、木刀を腰に差す。


「シャオリンが相手じゃあ、相手が可哀そうだな」

「いや、刀の女もかなり出来るぞ」

 自然発生的に賭けが始まったようだ。ここは娯楽が少なそうだからな。


「ようし、見物人の準備も良さそうだ。始めるか」

「ああ、いつでも来い」

 シャオリンとシグレは向かい合った。


「どうなるんやろな?」

 カスミがイブキに聞く。

「さあな、でも木刀では抜刀術が使えん。不利であることは間違いない」

 抜刀術はジンスケ=モリサキが開祖とされる刀術で居合とも言われる。鞘走りを利用した高速の抜刀術は瞬く間に多くの流派に採用されるようになる。なお鞘走りは刀を人差し指、鞘を親指にしたデコピンのような技である。


 シグレが構えを低くして、木刀を帯び刺したまま、右手で柄を持ち、左手で鯉口の辺りを持つ。

「あいつ、抜刀術をやるつもりだ。左手に懐紙を持っているぞ」

 シグレが左手に懐紙を折ったもので、刀を包むようにして持っているのを、イブキは見逃さなかった。

「シャオリンはんからは手元が見えへん。これはいけるでえ」


 シャオリンは間合いを長く取り、上段から面を打ちに行く。


 シグレは大きく右に踏み出し面を躱しながら木刀を引き抜く。


 左手に抑えられた外向きのエネルギーが切っ先に集中し、一気に速度が上がる。


 バキッ!!


 シグレの居合はシャオリンの左が棍を切り離して止めていた。


 シャオリンが交わされた右手を振り上げるとシグレが離れる。

「何ちゅう反射神経や。あの速度を止めるて、わてでも無理やで」

「多分、居合を見たことがあるんでしょうね。でもすごい反応です」

 カスミもイブキも感心するしかない攻防だった。


「アチチ!」

 シグレの左手の懐紙が燃え出した。

「木刀との摩擦熱で火が付いたんですね」

「ひえー、そんなことあるんかいな」


「お、今度は木刀を両手で持って構えたで」

「相手は得物の形まで変えられる。先手を譲るのは嫌でしょう」

「イブキはんなら、どうしはります」

「私の得物は長いので、後手で相手の様子を見ます」

 シグレのコノハ一刀流中段の構えは美しい。


「タアァーッ」

 剣の間合いまで詰めて休みなく攻めるシグレ、防戦一方のシャオリン。

「長柄の武器は、細かく小手を攻められると嫌です」

「それをやっとんのかいな。シグレはんもいけずやわあ」

「あ、ヤバイ」

「え、」


 シャオリンが面の攻撃を受けると左で連結を外して短刀にしてシグレの右わき腹を狙う。


 シグレは後ろに飛んで間合いを開ける。


 シャオリンが短刀側の棍を分裂し、伸ばすとシグレを突いた。


 速過ぎて避けられずに、シグレがそれを打ち落とすと長刀側で面を打ってくる。


 木刀の防御は間に合わないので、体を後に捻って何とか避ける。


 今度はシグレが面を打ちに行く、前のめりになっていたシャオリンは体を捻りながら跳んだ。


 左手の棍が伸びたままになっているので体に巻き付く。


 シグレがチャンスとばかりに水平に払う。


 シャオリンは後ろにバック転をしながら伸びた棍を戻して一本の棒にする。


 二人はまた向かい合って立った。


「ブハーッ。息ができまへんでした」

 カスミが大きく深呼吸した。

「最初に戻ったが、シグレはもう居合は使えないのに、シャオリンはまだすべての変化を使ってない」

「シグレはんが不利やと?」

 イブキの言葉にカスミが反応する。


 シャオリンが動き出そうとした瞬間を捉えて、シグレが走る。後の先を取った。


 シャオリンは棍を分けて長刀、短刀の形にするとシグレの連続攻撃を長刀、短刀を交差させて受ける。


「二刀流のカニバサミ!あれで受けられると一刀流は対処しにくい」

「どういう事やねん?」

 イブキの言葉にカスミが反応する。

「鍔迫り合いの形になると二刀の方は、一刀を外して攻撃できる」

「ほな、攻撃を止められんと言う事かいな?」

「それか突くしかないわね。二刀の受けはおいそれとは抜けない。離れるとあっちの方が間合いが長いわ」

 カスミが祈るような顔をしている。


 シグレにイブキの声が聞えたのか、攻撃に突きを混ぜ始めた。

 切っ先が円弧を描く打ち込みより、自身に直線で向かってくる突きの方が受け止めにくい。

 ただ、強い突きは体が伸びて隙が出来るので、浅い突きを放っている。


「甘いわぁ!」

 シャオリンが浅い突きを短刀側で弾き、長刀側でシグレの面を打つ。


「何のぉーっ!」

 すぐさま突きを引いて、間合いを取るシグレ。


 シャオリンは棍を合わせて、一本の棒にして突く。


 避けてさらに間合いを広げるシグレ。


「今だあ!!!」

 棍を上段に戻して振ると七つに別れた生き物のように伸びる棍、その先にはシグレが居る。


 シグレは前進して棍の中ほどを木刀で払うと、棍が木刀にくるりと回って絡みつく。


 シャオリンは棍を投げ捨てると突進して、シグレに回し蹴りを放つ。


 シグレも木刀を捨て、蹴りをしゃがんで躱して、シャオリンに組み付く。


 マウントを取り合って地面を転がる二人。


「はい、やめぇ!」

 イブキが二人を押さえつける。

「まだ勝負はついてねえ!」

 シャオリンが叫ぶ。

「そうだ。まだだ!」

 シグレも同調する。


「あんた達が得物を捨てた時点で、試合終了ね」

 イブキは試合終了を告げるが、二人共納得した様子ではない。

「あんた達、人前で殴り合いを披露するつもり?」

 イブキが怖い顔で告げる。二人は周りを見渡して顔を赤くする。

 しかし見物人たちは拍手をしてくれた。


「でも勝負が・・・」

「引き分けです」

 イブキが二人の手を上げるとまたもや前に増して盛大な拍手が起きた。


「二人共強かったぞー!」

「シャオリン!よくやった!」

「ホウライ人も良く戦った」


 ・・・


 見物人の去った広場ではシャオリンが見物料を数えていた。

「はあ、銀貨一枚にもなりゃしねえぜ」

 アミンに銅貨を数枚渡しながらシャオリンがぼやく。アミンはお駄賃を貰うと、さっさと戻って行ってしまった。

「なんで、金が要るんだ?」

 シグレの問いにシャオリンは少森寺を去る理由を説明した。


「良し、金は私が建て替えよう。その代わり西大陸まで護衛をしてくれ」

 イブキがそう言うとシャオリンは顔を輝かせ、カスミは顔を青くした。

「その話、乗ったあ!」

「わてはどないなるんや?」

「心配するな。西大陸までなら何とかなる。その先は臨機応変という奴だな。アハハハ」

 イブキは胸を叩いて、一人で笑っている。


 一行は川を下り、ヴァイヤール王国テレジアス行の商船に乗った。

面白かったですか?何かで評価して頂けると参考になります。

この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。

次回からは今まで紹介した人物がアルカディアに集まって来ます。

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