12-2 シルビア
ガサッ
何人かの兵隊が昼でも薄暗い森の中を歩いている。
身を低くして隠れる少女と少年。
この季節、森の下草は枯れて枯葉の絨毯に覆われる。身を隠すにも難儀する。
「おおい、そろそろ国境じゃないか?エドゥアルトの奴ら、最近うるさいぞ」
「まあ、ここまでやれば文句は言われないだろう。引き返すか」
兵隊たちが引き返していく。
下級貴族の内紛に親身になる国境警備兵もいないと言う事らしい。
フーっと大きく息を吐いた少女は乗馬服を着ていた。明らかに貴族の一員だ。
「大丈夫か、セドリック」
「はい、姉さま」
ただただ森を南に向かうこの姉弟は、エドゥアルトの北にあるカールスーリエ王国の住人である。
彼らは叔父の追手を振り切り、エドゥアルトとの国境にある森に逃げ込んだ。
よくある御家騒動の被害者だそうだ。
「姉さま、お腹が空きました」
彼は丸一日水しか口にしていない。姉に至っては丸二日食べていない。
「我慢なさい。もうすぐ森を抜けられます。そうすれば・・・」
そうすればどうなると言うのだろう。エドゥアルトに身内が居る訳じゃない。
家を取り戻すためにはセドリックを死なす訳には行かない。
エドゥアルトは去年一旦滅びたが、今どうなっているのか分からない、でも貴族は居るだろう。
私を、これでも国では美人の誉れが高かった。愛人にでもなれば兵を貸してくれるかも知れない。セドリックだけでも養ってもらえたら・・・。シルビアの想いにはセドリックの事だけしかない。
「遅くなったね。迎えに来たよ」
いきなり若い女性、いえ、少女かな?に話し掛けられた。
「あなたは?・・・・」
もう立っているだけで精一杯、この娘、随分、耳長い・・。
「あなたに此方に逃げろって言ってた者の仲間です。ここからは私達が安全な所に案内するわ」
ああ、助かったのね。心が言ってる。この人は信じて良い。
あ、・・・・・シルビアの意識は飛んだ。
〇エドゥアルト城 <シルビア>
うう、体の節々が痛い。痛いって事は生きてるのか?
目を開けると知らない天井が見える。装飾の無い。木の板がむき出しの天井だ。
ア、・・
「セドリック!」
私は体を起こした。掛けられていた毛布が落ちる。
「流石、アキラさんのポーションだわ。良く効く」
部屋には四台のベッドがあったが私の以外は空だった。奥の机に座っていた黒髪の猫獣人の少女が私の方に歩いて来た。
敵?
「セドリックを何処にやった!」
私は猫獣人を捕まえようとしたが、突き出した手を捕まえられ押し戻された。
猫獣人は落ちた毛布を拾って私に掛けた。
「少年は無事よ。今、私の仲間がこの城を案内してるわ」
「私達を助けてくれたのか?」
「まあ、そうなるわね。直接助けたのはルシーダさんだけど」
猫獣人は私を観察しながらそう言った。ルシーダって誰だ?獣人がなぜ私の世話を?
「済まない、無礼をした」
助けてくれた人に無礼をしてしまった。私は獣人と話すは初めてで、警戒はやめなかった。
「気にしないで、邪険にされるのは慣れてるから。私はクロエ、あなたは?」
なんでもないように返してくれる。この人は優しいのだろう。
「私はシルビア、姓は勘弁してくれ」
姓を名乗れば、叔父の追手が来るかもしれないから気を付けなければ。
「ああ、良いよ、問題ない。それで君はこのアルカディアで何がしたいのかな」
「アルカディア?、ここはエドゥアルトじゃないのか」
私達はエドゥアルトを目指してきたはず。
「うん、エドゥアルトとハーヴェルと聖金字教国が引っ付いてアルカディア王国になったんだよ」
「そんなことが?」
私が後継問題で走り回っている間にアルカディア王国が出来た?
「まだ混乱してるか?でも私達も暇じゃない。いろいろ説明するから、今日明日にも決めてくれ。それから起きて、自分の服に着替えてくれる」
着替え?あ、私ネグリジェみたいなの着させられてる。横を見ると私の服が綺麗に畳まれている。その上のは・・下着?
は、っと大事なところを触ると・・・履いてない。
キッとクロエを睨む。
「汚れていたから洗濯した。女同士だ。構わないだろ」
礼を言うべきなんだろうな。
「ありがとう」
「どういたしまして」
安心したのだろうか。腹がグウウとなる。
「腹が減ったか?もう、食事が来る頃だ。すこし我慢してくれ」
その時扉が開いて、セドリックと狼獣人が、食事の乗ったワゴンを押して入って来た。
「セドリック!」
「姉さま!」
セドリックは元気に駆けよって抱き着いた。
私は着替えて食事をした後、移民の事情聴取を受けることになった。
「セドリック君はあなたの扶養となっています。これから質問をしますので正直に答えてください」
魔道具のような物を前に置き、クロエさんが話し掛けて来た。
あなたの名前と年齢を教えてください。
「シルビア、十五歳だ」
魔道具は青く光った。もしかして嘘が解るのか?
「あなたがこの国に来た理由を教えてください」
嘘を言っても仕方が無い。
「叔父が両親を殺し、私達の命も狙って来たので逃げて来た」
魔道具は青く光った。
「あなたは犯罪を犯したことがありますか?」
「自分達の命を守る為に追っ手を傷つけたことはある。カールスーリエでは犯罪となっているかも知れん」
魔道具は青く光った。どう判断されるか分からんが、嘘を吐くよりましだ。
「それ以外の犯罪歴は無いですか?」
「はい」
魔道具は青く光った。内心ほっとした。
「あなたは職業に就き、自立する気はありますか?」
「もちろんだ。私はセドリックを養わねばならん」
魔道具は青く光った。
「あなたはどのような職業に就きたいですか?」
「私はこれまで下級とは言え、貴族だった。働いたことが無い。どのような職業が自分に合うのか分からない」
情けないがこれが私の本当の気持ちだ。もちろん青く光る。
「読み書き、計算は出来ますか?」
「初等部卒業位の実力はある」
魔道具は青く光った。なかなか緊張感を煽る機械だな。
「自分が得意なことを言ってください」
「勉強は得意だった。武術は苦手だが、馬術は先生に褒めて貰えた」
うん、魔道具が光らない。私はうそを言っていないのに。
「もしかして、魔法が使えますか?」
「ああ、ポケットって言う魔法が使えるが、役に立たんぞ」
「どういう魔法ですか」
クロエさんと狼獣人のノアさんが色めき立った。
「ハンカチとかスカーフとか平たい物を入れられるマジックバックを作れる。但し一回使ったら終わりだ」
青く光った。
二人の獣人は興奮しているようだ。こんな魔法何に使うと言うのだろう。パン一個も入らないんだぞ。
もし、パンが入ったらもっと楽に脱出できたのに。自分の魔法に絶望する。
「ルシーダさんが連れてくる訳だわ。レオン様にも連絡しないと」
クロエとか言う猫獣人がノアと呼ばれた狼獣人に大きな声で話している。
「済まない。君達が興奮する意味が解らん。教えてくれないか」
「それはだな・・」
狼獣人が話そうとしたが猫獣人が止める。
「まだこの人が味方とは限らないわ。うかつなことは言わないで」
「・・うん」
猫獣人の方が上司なのかな。
「・・・・・・・」
猫獣人が何かに集中しているみたい。人と話している時に失礼な奴だな。
「おい、何をしている」
「あ、ゴメン。取り敢えず体力が戻るまでここで休んでくれる」
私の声に顔を上げて謝るとそう言った。
「移民として認められたと言う事か」
「そうだね。あなたに信用が出来れば、職を紹介するわ。かなりの高給よ」
どう言う事だ。私の魔法が役に立つと言うのか?
「ここはエドゥアルト地域の行政府だから、あまり自由には動けないけどね」
「私は追われているのだ。ここは安全なのか?」
そうだ私はと言うかセドリックは、叔父から命を狙われているだ。
「この建物から出なければ安全だよ。この娘もレベル5くらいなら大丈夫だ」
猫獣人は狼獣人に顔を向ける。
「レベル5・・・この細いのが、信じられるか!」
狼獣人は背は高いが細い。こんな成りで強いはずがない。
「だってさ、ノアどうする?」
ノアは困った顔をする。
「だって素人相手に私は強いですとか出来ないじゃん」
う、イライラする。なんでこんなに心が荒れるのだろう。
助けて貰って、親切にされているのに・・・
そうか、私を軽く扱うからだ。獣人の癖に生意気なのだ。
私は貴族なのだ。国は違えど平民の様に扱われるのは筋が違う。
「おい、ここの責任者に会わせろ!」
私は獣人達に強く出てみる。
「ああ、無理無理。あなた責任者に会ってどうするつもり」
猫獣人に軽く否定された。
「獣人風情が偉そうに!私はカールスーリエの貴族だ。貴族の待遇を要求する!」
きつめに出てみる。獣人なら恐れ入るはずだ。
猫獣人は予想に反して大きなため息を吐く。
「あなたこそ立場分かってる?私の一存で、あなたをカールスーリエに戻すことだってできるのよ」
ぐ、おのれぇ。痛い所を突いてくる。
「この国はね。貴族はいないし、獣人も人間も平等なのよ。あなたの様に貴族の権利だけ振りかざしてると生活できないよ」
「だが、私はセドリックを正当な当主として、取り返さなければ、責任者に助力を求めないと」
猫獣人が私の言葉が気に入らなかったのか怒りを顔に表した。
「あなた!助けた人間に迷惑を掛けるつもり!」
狼獣人が猫獣人を嗜める。
「クロエさん、言い過ぎだよ。この娘は薬で体力は戻って居ても、精神的にはまだ休ませないと駄目だ」
「あ、ごめん。ごめんね。ニ、三日休んでからまた話しましょう」
猫獣人は部屋を出て行った。
<クロエ>
私はシルビアのいる部屋を出て、外に出る。
そろそろ連絡したゴロが来る頃だ。人間に変装しておかなきゃ。
私は彼女の魔法をレオン様に従者通信で連絡していた。状況を調べろと言う事だった。
夕食後、もう一度シルビアを尋ねることにした。
「シルビアさんちょっといいかしら?」
ベッドにセドリック君と座るシルビアに問い掛けた。
シルビアさんは警戒しているようだった。
「ノア、ちょっとセドリック君を・・」
「はい」
ノアとセドリック君が部屋から出て行ったのを確認して話し掛ける。
「実は今日あなたの家に行って来たの」
「え、そんなの不可能です。国境からでも随分離れているのに」
私は一枚の封筒を渡す。
「この封蝋は祖父の・・・」
赤い封蝋には彼女の祖父の印が押されていた。
封筒を開けると便せんが一枚。
読みながら、シルビアは泣き崩れる。
最後までは読めなかったようだ。
彼女の両親は領民に重税を課し、自身らは華美に走った。
その結果、領民は飢え、領経営は破綻した。
彼女の祖父と叔父は彼女の両親を粛清した。
彼女の祖父は彼女達に領に戻らず、他国で暮らせと書いているはずだ。
彼女達も領民に恨まれているはずだから。
私は彼女から離れた。後は彼女の想いが決めることだから。
二日後、彼女は私達の勧める仕事に就きたいと申し出た。