12-1 イブキ アテナ
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第十二章は人が集まって来ます。
遺跡調査で目標の数倍のお金を稼いだレオン達はアルカディアへ帰ろうとしていた。
〇ホウライ国 イド城 中庭
話は遡ること、一年とちょっと前。
ヨシムネがタンポ槍を持った少女と剣の練習をしていた。
ヨシムネはこの国の最高権力者の将軍であり、レオンの師匠だ。
「トォーッ!!」
少女の突きを山影で弾くヨシムネ。
弾かれた槍をそのまま回して、石突で下段から胴を突く少女。
一歩下がるヨシムネ、そのまま槍を回して右から胸を突く少女。
体をやや斜めにして剣で受けようとした瞬間、槍は旋風の様に回転して石突がヨシムネの胴を捉えていた。
「うむ、見事!」
ヨシムネは少女を褒める。少女は頬を赤くした。
「ありがとうございました」
少女のポニーテールにした長い黒髪が跳ね上がるほど元気にお辞儀をする。
「イブキ、強くなったな。これではもう道場に相手がいないんじゃないか?」
ヨシムネは優しくイブキに話し掛ける。
彼女の名はイブキ=ホウジョウイン、槍の将軍家指南役八代目当主の孫である。
「はい、悩んでおります。もう道場には私を導いてくれる者は居りませぬ」
彼女の顔は口惜しそうに歪んだ。
「お前が武に拘るなら国を出てみるか?」
ヨシムネは彼女の顔など気にも留めずに、自身が見分を広めに世界を巡ったことを思い出していた。
「よろしいのでしょうか」
彼女は自分を当主が外へ出してはくれぬことを知っていた。来年にはどこかに嫁に出されるだろうことも。
「何ならホウジョウインには余は話を通そう。但し、余の使いとして働いて貰わねばならぬ。ワシは部屋住まいのおり、父上の情けで世界をめぐることが出来た。その時世話になった人達に自身の現状を知らせ、彼らの今の姿を知りたい。それを役目として行って貰いたい」
将軍の使い、その言葉で国を出ることは一気に現実味を帯びた。
「アヤメ!居るか!」
彼が強く言うと彼の後ろにどこからか女性が現れ、跪いた。イブキは気配を感じなかったので驚くが、女性は気にも留めずに返事をした。
「は、ここに!」
「話は聞いておったな。ホウジョウインへの手紙を書かせて置け。後で余が花押を書く」
将軍はめったに直筆で手紙を書くことをしない。代筆させ、署名するのが習わしである。花押は署名を図形化した物だ。
「イブキよ、当主の許可が下りれば、余の所へ来い。使いの任務を与える」
「はっ!ありがたき幸せ」
暫く話した後、イブキは手紙を受け取って家に急いだ。
〇ホウジョウイン流道場
その日の夜、イブキは当主に道場に呼び出された。
四方に燭台を置いた道場は暗く、当主の表情はよく分からなかった。
道場では魔法は禁止なのでライトの魔法は使えない。理由は道場は心技体を鍛えるためのもので、そこに魔法を介在させない、魔力の強弱に左右されない平等な空間であると言う事だった。
イブキは単に男が有利になるようにしているだけだと思っている。身体強化を使わなければ体の大きい男が有利だからだ。
しかし、イブキは祖父の当主よりも強い、もちろん次期当主の父や道場に通う弟子たちよりも強い。実は当主達はヨシムネに勝てない。ヨシムネは剣術指南役二人や他の指南役より優れている
唯一、イブキが勝てるだけだ。だからイブキが出仕しているのだ。
「イブキよ、お前が海外に行ってしまうと、上様の指南をする者が居らぬ」
「他の指南役も出仕を控えております。問題無いのでは」
上座に座った祖父は渋い声で言うが、平和にかまけて修行をおろそかにしてきたからだとイブキは思う。
「しかし、大災厄が来年に迫っておる中、お前が欠けるのはまずいのじゃ」
今、道場は活気を見せているが、大災厄に備えてメッキを付けるためだとしかイブキには思えない。
「上様はホウライ国の威厳を落とさぬようにそれなりの者をお望みです。あなた方にそれが出来ますか?」
イブキが高揚した声を出すと祖父は一回り小さく見えた。
「少森寺とかも行くのであろう。いくらお前でもあそこはきつかろう」
「では、上様が振ってくれたこの部門の誉れ、断るのですか?」
祖父の体はいよいよ小さくなる。
「い、いや、断れぬ」
「では行っても良いですね?」
「はあ、仕方ない。行くが良い」
恐らくイブキ自身に将軍に断らせたかったのであろう。祖父はそのまま座っているので、イブキは声を掛けた。
「では失礼します」
イブキは立ち上がった。
〇イド城 ヨシムネ接見室 <イブキ>
それから一週間後、私は上様に呼び出された。
二間続きの部屋の奥が一段高くなっており中央に座布団とひじ掛けが置いてあった。
右奥にはアヤメと呼ばれた女性が座っていた。
私はアヤメ殿に指示され奥の部屋の中央に座った。
すると私の後ろに二人の少女が歩いて来て座った。一人は私と同じように袴を穿き一人は小者のような股の切れ上がった袴を穿いて膝で布で纏められていた。
もちろんここで私語を発することは出来ず、どう言う事かと考えただけだった。
「上様のおなありいー」
まず小姓が上様の刀を持って部屋に入り、上様が入ってくる。
私達は平伏して上様を迎えなければならない。
上様が座った気配がした。
「面を上げえい」
小姓の言葉で私は起きて背筋を伸ばす。後ろでも同じようにしている気配がする。
「よく来た。今日は先日から頼んでいた使いの件だが、行先は少森寺と西大陸だ。少森寺は余の師匠のホンタイ=リー先生だ。西大陸はこの前手紙が来たヴァイヤール王国のイエーガー伯爵とその三男で俺の最初で最後の弟子レオンだ。ついでにアヤメの弟子のコトネ。レオンの従者をしているはずだ。手紙を持って行って、返事を貰ってきてくれ」
レオン殿の所で余と言うべきところを俺と言った。相当思い入れが強いのだろう。
「正使はイブキ=ホウジョウイン、副使をシグレ=コノハ、従者カスミとする。イドから船でハカタ、ハカタからシャンハイ、そして少森寺へ、西大陸へはシャンハイからヴァイヤール王国テレジアスに船が出ているはずだ」
コノハはハニュウと並ぶ剣の将軍指南役の家だ。剣聖伊能一刀斎の技を一般人向けにしたのがコノハ一刀流だが修行は厳しく、三代目将軍が一回呼んでからは声が掛からない様だ。旧態依然とした流派だ。
カスミは姓が無いので忍者かもしれない。
「頼むぞ。お前達、無事役目を果たせば後の事は考えてやる」
おお、任務後の言質までくれたよ。恐れ多い事だ。
上様はそう言うと去って行った。
「お前達、こちらに来なさい。この部屋には次の客が来ている」
アヤメ殿から部屋を出るように言われた。上様は忙しいらしい。わざわざ私達の為に時間を取ってくれたのだ。感謝しかあるまい。
上様は今までの将軍様と違って、政治に詳しく民を思う心も篤い。今から中興の祖と言われるほどだ。
私達は別の間でアヤメ殿から旅の説明を受けた。私は興味のあったことを聞いた。
「レオンハルト殿は羽生流の使い手と聞いておりますが、どの程度の実力なのでしょうか?」
「さあな、上様は二年間、片手間で教えただけだ。ただ剣術も勉強も乾いた砂が水を吸い込むようだと仰っておられた。私は直接見て居らんので何とも言えん。何せレベル1だったのでな」
アヤメ殿はレオン殿に興味を抱かなかったらしい。
「ではコトネ殿はアヤメ様が指導したと聞いております。かの者の手練はいかがでしょうか」
カスミが面を赤くしてアヤメ殿に質問する。これは彼女が憧れていると言う事であろうか。
「まあ、戦闘術は教えたが何せ子供だどこまで出来るのか。ただ獣人だけあって体術の覚えは良かったな」
アヤメ殿は遠くを見るような眼をして、口角を少し上げた。良い思い出があるのだろう。
「なんだ獣人か」
カスミは明らかに失望していた。アヤメ殿の眉尻がキリッと上がった。
「かの地で獣人を差別するなよ。大変なことになるぞ」
「は、はい」
カスミは平伏した。憧れているだけに怒られた衝撃が大きそうだ。
こいつ忍びのくせに心を平静に保てぬらしい。どういう経緯でこの度に選ばれたのだろうか。
私達は上様の手紙と路銀を預かり城を出た。
「なあなあ、あんたら強いんやろ。道中ではあんじょう頼んますわ」
「おまえ、関西人か」
カスミの挨拶にシグレが返す。
「はあ、オウミの生まれや。関西弁は初めてかいな」
「そうだな」
シグレは警戒を緩めずにそう言った。
「あのなあ、仕事を受けた以上最低でも一年間は一緒に生活して旅をするんだ。せめて身内だけは警戒せずに済ましたい。解るな」
私がそう言うと彼女らは言った。流石に往復一年、ずっと連れを警戒するのは疲れる。
「その通りだな。拙者も引き受けた限りはおぬしらは仲間だ」
「イブキ殿の仰る通りでんな。安心しておくれやす。うちはあんたらを裏切りはしまへん」
三日後、私達はシンタン国への船旅に出た。
〇帝都 現在 <アテナ>
私はある人物の呼び出しを受け、ホテルを出ていた。
私は帝国で魔獣狩りをしていたが、帝国は大災厄に備えてダンジョンを潰すことにしたようだ。
この間からダンジョンマスターまで倒してダンジョンを幾つも消してきた。まあ、賞金は良かったが仕事が無くなるのは困る。
まあ、そうなると新しい仕事を持ってきた彼女は渡りに船と言う奴だろうか。
私はホテルで待つデメテルに良い土産が出来たと思い、鼻高々でホテルに戻る。
デメテルめ、いつも、戦い以外は使い道がないと罵られているからな。私の手際の良さを教えてやる。
部屋に戻ってデメテルを呼ぶ。
「デメテル!帰ったぞ。いい話がある・・・」
デメテルの気配がない。見回したが人っ子一人いない。
小さい部屋にベッドが二つあるだけの、いわゆるツインという部屋だ。隠れる所があるわけではない。
残っているのは私の着替えを入れたカバンだけ。
「もしかして・・・」
カバンの中に入れて置いた金が、銅貨一枚も残っていない。
やられたな。奴には賞金の半分を渡していたのだが、足りなかったのか。
いや、奴の事だ。全部が欲しかったのだろう。そう言う欲深な奴だ。
もう一時間は立っているか、もう帝都にはいないかも知れないな。
猫の前に魚を置いておくようなことをした私が悪いのだろう。
「仕方ない私を雇うと言ってくれた奴の所に世話になるか。私の懐にある金はホテルの支払いを済ませばほとんど残らないからな。もしかしてデメテルがホテルの支払いを・・・。それはないな」
私はフロントに歩き出した。
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
次回は新キャラクターと懐かしいあの人の予定です。