11-3 遺跡調査開始
ご愛読、ありがとうございます。
今回はコトネの回想と遺跡探索の開始です。
資金不足のアルカディア王国を救うため、行方不明者が続出している遺跡の調査依頼を受けたレオン達。果たして無事に調査できるのだろうか。
〇帝国 遺跡 <コトネ>
早春とは言え、気温はまだ低い。ましてやここは高度千mの空の上、寒いと思ったがノルンさんの風魔法で覆われた彼の背中は日光が当たって温かい。そろそろ遺跡が見えてくるはずだ。
今回の仕事は調査が主で、私の出番はほぼない予定。いつもより気は楽だ。
私の横にはアンナが大きな狐の耳をしきりに動かしながら、周囲に気を配っている。頼れる私達の目であり耳だ。
彼女は今年十一歳に成った。そろそろ月のものや魔法の覚醒があるかも知れない。お姉ちゃんとしてフォローしてあげたい。まあ、魔法の覚醒については今更という気はする、彼女は恐らく精霊魔法の西大陸一の使い手なのだから。
前の方にレオン様、マサユキさん、キラさんが居る。遺跡の探索について話をしている。
今は背中から陽が当たっているので、顔は逆光で見えにくい。
愛おしい。
その感情がとめどもなく溢れてくる。
いつの頃からだったのだろうか?
初めて会ったのは、ヨシムネ様に着いてイエーガー男爵(当時)に会いに行った時に、廊下ですれ違ったのではなかったか。
思い出すのは、私が八歳くらいの時、冬に水汲みをしていた。寒い日であかぎれの出来た手で、水の入った桶を井戸の底から引き揚げている時だった。
桶の重さは当時の私にはとても重かった。それをひょいと引っ張ってくれたのがレオン様だった。
「重いだろ。手伝うよ」
その少年は優しく微笑みながら桶を持つと、手桶に移してくれた。それがとても自然で、私は見て居るしかなかった。
ハッとした。私は自分がどのような身分なのかを思い出したのである。
生まれた村からイエーガー男爵領に来るまで、自分が、獣人が世間でどのようにみられているかを思い知ったのだ。罵られるくらいなら、まだましだった。石を投げられたり、殴られたり、蹴とばされたりした。アヤメさんは私が大けがをしないようにはしてくれていたみたいだけど、ほとんどされるがままだった。イエーガー領に来てからはそんなことも無くなったので安心していた。
「申し訳ありません。どうかお許しください」
私はその場で土下座した。この後来るであろう暴力を予想したのである。
「何してるの?これ、どこに持って行くの」
もう一度組上げた水を手桶に移すと私の手を取って起こしてくれ、服に着いた埃を軽く払ってくれた。
私は混乱していた。なんで?殴らないの?蹴らないの?
「ねえ、どこに運ぶの?ヨシムネ様の所の子だよね?」
手桶をひょいと持ち上げたこの少年は領主様の子供だ。こんなことさせたと分かったらどんなお仕置きをされるか分からない。
「ありがとうございます。でも私の仕事です。桶を返してください」
私は必死だった。頭の中ではアヤメさんにビンタされる自分を見て居た。
「そっかあ、ちょっと待ってね」
少年は軽くそう言うと、手桶を持ったまま歩き始め、ヨシムネ様の庵の前に来ると手桶を置いた。
「返すよ。じゃあね」
少年は半泣きの私に手を振りながら、走って去って行った。私の心に温かいものが生まれた。
それからも何回か私の仕事を手伝ってくれた。アヤメさんはそのことを知っても何も言わなかった。
少年の名はレオン様と言った。彼は私だけでなく、小さい子が仕事で難儀をしていると手伝ってやり、手を振りながら去って行く光景を何回も見た。その子達は「ありがとう、レオン様」と言って手を振り返すのだった。私は彼に惹かれるものはあったが、まだ初恋と呼べるものではなかったと思う。
暫く経ってレオン様がヨシムネ様の庵に通うようになった。
「水害のお陰で学校に行けなくなったよ」
ぼやくレオン様を笑っていた。でも心の中で王都の学校に行かなくて良かったと思う自分が居てビックリした。私がレオン様の不幸を喜んでいる?違う。私はレオン様と離れたくないのだ。
二年間、レオン様はヨシムネ様の所で勉強と剣術を習った。そしてヨシムネ様は急遽故郷に帰ることになった。
ヨシムネ様の故郷では獣人の差別がひどく、連れて行かない方が良いと考え、私を領主様に預けることになった。
私はレオン様をいよいよ好きになっていたので、その決定を内心喜んだ。領主さまは、これは後で分かった事だが奥様が獣人差別をしていたので、私をレオン様付けとした。
それからしばらくして、レオン様がダンジョン討伐に行くことになった。私はアヤメさんに忍術を習っていたこともあって、連れて行ってくれるようにお願いしたが、許されなかった。
その討伐で驚いたことに、レオン様は狐獣人のアンナを連れて帰って来たのだ。
そのアンナは私に預けられた。と言う事はレオン様が必然的にアンナの面倒を見ることになったのだ。
レオン様はアンナを預かる代償として、次元収納庫を魔人から貰ったので、それを利用してお金儲けを考えた。それによって自立できると確信したレオン様は、辺境伯領の学校で初等部三年に編入することを目標にイエーガー領を出ることにした。もちろん私達を連れて。
あの時は天にも昇る気持ちだった。レオン様と私の仲が急激に進展したように思ったのだ。
急激に高度が下がり始めた。回想は消えて行った。
尾根に挟まれた谷間に遺跡となった建物が見える。今回の調査はその奥、谷の突き当りにあるはず。
遺跡に近付いたようね。安全と言われてても集中しなきゃね。
〇遺跡
レオン達は調査対象の遺跡の前まで来た。
遺跡の入り口は幅五m、高さは最大で三m位か、上の方はアーチ状になっている。
中は暗いが十m位奥に四つの横開きと思われる扉が見える。
「中は幅が二十m位の四角い部屋です。何も居ません」
アンナが少し緊張気味に探索結果を報告する。
「確かにここの住民用の設備みたいだな。しかし数十人が行方不明になっているのも確か、警戒を厳に」
レオンが警戒を促すが、キラとマサユキはすたすたと中に入って行く。
「キラ、灯つけて」
「まだ、魔法を覚えてないのかよ」
「魔法回路が無いんだって」
「仕方ねえな。ライト!」
二人に警戒心は無い。
ライトの灯った部屋は扉以外何も無い、殺風景な部屋だった。
「もう、警戒してって言ってるのに」
レオンは不機嫌そうにブチブチ愚痴ってる。そこに王様の貫禄は無い。
マサユキは扉の前に行くと横のボタンを押す。全く躊躇の無い動作で止める隙も無い。
「何やってるんですか?」
「うん?どうせ開けなきゃ調査の仕様が無いだろ」
扉が開いて扉とほぼ同じ幅の部屋が見える。マサユキは顔を突っ込み部屋の中と見回す。
「ねえな?」
「何が無いんだ」
キラは中に体を半分入れて見回す。
「あんたら危ないから外へ出て!」
二人にレオンが注意する。二人はニヤッと笑う。
「大丈夫だよ。この扉は扉の位置に人が居ると挟まるとまずいから、閉まらない仕掛けがしてあるんだ」
マサユキが説明しながら扉に端っこを押すとカチカチと凹むことを見せる。
「俺もそれは解ったけど何が無いんだよ」
キラは床を調べながらマサユキに質問する。
「行先を指定するボタンだよ。だからこれは行き先の決まった転移装置みたいだな」
「なぜ、転移装置だと分かる?」
「エレベーターなら扉が二重になるはずだし、隙間があるはずだ。他に扉もなさそうだしな」
マサユキは日本にあるエレベーターと比べて推測しているようだ。レオン達にはさっぱり分からない。
「つまり行方不明者はこの部屋に入って、どこか違う場所に転移させられたと言う事か」
「そう言う事だな」
マサユキとキラはドンドン推論を進めていく。
「さあ、ここから先はアンナちゃんの出番だ。よろしく頼むよ」
マサユキとキラは部屋を出るとアンナに言った。アンナは横に居るレオンを見上げた。
レオンはため息を吐いてアンナに命じる。
「アンナ、アクティブ探査だ」
「はい」
アクティブ探査とは自身の魔力を周囲に放ち、周囲の状況を探査する魔法だ。
魔力の抵抗とならない壁などはすり抜け、抵抗のある魔力回路を持つ生物や魔獣、魔力装置などは魔力を反射するので探知できる。
カーン!
音はしないがアンナの魔力を浴びた者はそう感じる。
魔力の伝達速度は光より速いので、これを分析できるのはロキの力だろう。
「地下に十個くらいの魔法装置があります。動いているのは一個だけです。それからここの奥に大きな部屋があってたくさんの人が居ます。健康そうです。さらに奥にも大きな部屋がいくつかあって、人は居ませんが魔力装置がたくさんあります」
「奥の魔力装置ってのは動いてるのか?」
「判りません。魔力装置は魔力の漏れがほとんどないから、動いてるかどうかまでは判んない」
「なんで地下のは動いてるって分かったの?」
「使ってる魔力量が大きいからだと思う」
キラとマサユキが矢継ぎ早に質問する。いつの間にか敬語が・・キラやマサユキには敬語を使いたくないのかな。
「うーん、奥の奥の部屋へ行く装置が有りそうだけど」
「あるとしたらこの部屋だよな」
行方不明者と思われる人間を無視するマサユキとキラ。
「あのお、行方不明者はどうするんですか?」
流石に心配になって声を掛けるコトネ。
「ああ、健康だって言ってるから放って置けば良いよ」
「まあそうだな。先に出すとうるさそうだ」
「俺達が受けたのは遺跡の調査で在って、行方不明者の捜索じゃない」
「その通り、捜索なら受けないよ。ハハハハ」
人命軽視甚だしいマサユキとキラであった。コトネは呆れざるを得ない。
「アンナちゃん、この部屋に魔法装置は無かった?」
「うーん、こまごまとしたものはあるけど、よく分かんない」
アンナが見ても魔力回路が、何をするものかは分からない様だ。
「もう一回あれやったら解るかな?」
「アクティブ探査ですか?」
「そうそれ!」
「でも使い途とかは判んないよ」
レオンは専門外なので、二人に任せるしかないかと黙って見て居ると、アンナがジトーっと睨んで来る。
二人を何とかしろと言う事らしい。
「あー、アンナ、魔力回路の密度の高い所は無かったかな?」
レオンは適当に思い付いたことを聞いてみる。
「それなら、ここいらに固まってたよ」
アンナが指さしたのは入り口の右側の壁だった。
そこはまだ火砕流の残滓が岩となって壁を覆っていた。
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
次回は遺跡で何が見つかるのか?