10-9 コトネの駐留日誌
ご愛読、ありがとうございます。
お休み済みませんでした。
親戚の子供の相手をさせられました。何だあの無尽蔵な体力は!と震えました。
今回はコトネの駐留日誌です。
久しぶりに家族と会ったレオンは着々と建国の準備を始める。
しかし、ヴァイヤール王国の貴族たちはエドゥアルト王国を諦めるはずはなく、策謀をめぐらすのだった。
ヴァイヤール王国某所 <ゴルツ子爵>
俺は王城でのロビー活動でレオンハルト=イエーガーの追い落としを図ったが、失敗した。奴は敵対する場合、戦争も辞さないと言って来て、王室も貴族たちも二の足を踏んでいる。
おのれ、成り上がり貴族の三男坊のくせして、まったく言う事を聞かないなんて、ふざけやがって。
他の貴族たちも自分の子供をエドゥアルトの貴族にしろと言っては来ても、金や兵を出せと言っても、それは・・・とか言って出しやがらん。
王家は王家でエドゥアルト王国とは同盟も無いし、内政に関与するつもりはないと言われた。
フローラが返された時にもっと動いておくべきだったか?しかし、相手は数日でエドゥアルト王国を滅ぼした軍勢だ。あの時は突っかからなくて正解だろう。
今回は子供と平民の軍隊が、相手が自滅した所を攻め取ったに過ぎん。前のオリンポスと言う組織に比べるべくもなく脆弱なのだ。なぜそれがわからん。
だから俺はここに来た。
「主人が待って居ります。執務室の方へお移り下さい」
執事の一人が俺を案内する。ここに来たことは秘密だ。ここの主人は秘密裏に貴族達を束ねている。
「ゴルツ殿、良くいらっしゃった」
奥の巨大な執務机に座る主人はまだ若い、四十半ばぐらいだろう。瘦せた体、鋭い眼光、グリューズバルト侯爵その人だ。
「はっ、お忙しい所、お時間を取らせまして申し訳ありません」
この男は表向きは王室に忠誠を誓っているが、裏では貴族派に便宜を図っていると聞いている。
「今日は姪御さんのお話しかな?」
フローラ皇女は俺の姉の子だ。流石に俺が起こしている騒動は把握しているみたいだ。
「はい、何卒お力添えをお願い致します」
「はて、フローラ姫をエドゥアルト王国の女王にすると言うのは、かなり無理がある話だよ」
頭を下げる俺に、侯爵は興味無さそうに返事をした。俺は彼に見放されればもうどこへも話を持って行きようが無くなる。何としても話を聞いて貰わねば。
「ですが、成り上がり物の三男坊が棚ぼたで国を取りました。我々が介入するチャンスではありませんか?」
「で、君はどうすればそれが手に入ると考えているのかね?」
侯爵は必死に話す俺の質問に質問を返してきた。これは脈があるのか?
「兵を二千ほど貸して貰えれば、私がきゃつらを掃除してやります」
相手は子供と平民の軍だ、少し脅してやれば降参するに違いない。そうなればハーヴェル諸国連合国も狙えるか?
「甘いな。今あの国は平民の国になった。平民たちは自分の国を守る為、死に物狂いで戦うだろうよ。ましてや二千ぐらいでは、彼の従者一人にも勝てまいよ。君も見たんじゃないのか?」
俺がイエーガー家で奴の従者にぼろくそにやられたのを知っていたのか。確かに武器を持った八人が素手の少女に叩きのめされた。だからと言って一人で二千人と戦えるとは思えんが。あのレベル7や爆轟の魔女でも二千人を相手にした時は、最後は一般兵に頼っていた。
!!、それと同じことがあの少女が出来ると言うのか?
「ゴルツ殿、レオンハルトの造った国は出来たばかりで危うく見えるかもしれんが、すでにヴァイヤール王国以上の力を持つと私は思っている。まあ、そう思っているのは私だけで、王室もまだ分かっていない」
全く否定されてしまった。どうすれば良い。侯爵の言う通りなら正に負け犬の遠吠え、俺に目はない。
「しかしだ、ゴルツ殿。そんな危ない橋を渡らずともあなたが確保できる利権がある。話を聞くかね?」
俺は利権があれば、姪がどうなろうと構わない。最近落ち目な家を再興するためだ。どんな利権にも縋りつきたい。
「是非、是非ともお伺いしたいです」
俺は恥も外聞もなく飛びついた。
イエーガー家 <コトネ>
レオン様達は帰還する用意を整え、玄関に集合していた。
「コトネ、頼むぞ。連絡はマメにするんだぞ」
レオン様は名残惜しそうに私の手を取った。
「大丈夫よ。私がいるんだからね。大船に乗った気で居てよ」
リーナ様が胸を叩いた。私、そんなに頼りないかな?
私はイエーガー家に残ることになった。視察に行くエリーゼ様の人質兼通信要員だ。
本当は王城に駐留できる方が便利なんだけど、ルーカス様と行動を共にすることになった。
問題はイエーガー家の獣人差別だけど、マリア様と執事長のヨハンが中心となっていたが、ヨハンが貴族派にイエーガー家の内情をリークしていたことが解り、解雇されたので幾分楽になりそうだ。
レオン様が帰ってから、私はこちらで生活する部屋に案内される。
「こちらがコトネ様の部屋になります」
私とあまり歳の変わらないメイドが話す。私が様をつけて呼ばれるなんてね。驚くよ。
どうもレオン様が帰省した時用の部屋らしい。
「あのお、お着替えとかはお持ちでないのですか?必要なら買ってきますが?」
私が手ぶらなので心配してくれたらしい。
「ああ、アイテムボックスがあるから大丈夫です」
たまにスーツケースぐらいの容量のアイテムボックスの魔法を使える人が居るので、そうして置いた。
まあ、容量無限の次元収納庫を持っていると言っても、頭を疑われるだけだろう。
「左様ですか。では食事の時間になったらお持ちしますので、それまでごゆっくりしてください。御用があれば廊下で呼んでいただければ、すぐに参ります」
メイドは去って行った。
思ったより大丈夫そう、使用人は獣人差別はしない様だ。
夕食までは二時間ぐらいあるかな。・・・
そうだ、前に帝都で買った本があったはず。えっと恋愛小説だけ読んで収納庫に入れたんだった。
あったあった”乙女の秘密 増刊号”
この本って半分は適齢期の女性の恋愛のお話しなんだけど、もう半分は新婚女性の苦労話なんだよね。あんまり興味なかったから読み飛ばしていたんだけど、暇潰しに読んでみますか。
・・・なにこれ???。嫁姑の戦いってなに。ふーん、息子さんをお嫁さんに取られたと思った母親がお嫁さんを虐めるんだ。そんなこと現実にあるのかな。
なになに、床に座らせてご飯を食べさせたり、部屋の隅っこの埃を見て掃除に文句言ったり、ご飯がまずいと言って用意したご飯をゴミ箱に捨てたり、ご飯を捨てるのは良くないよね。でもそんなに意地悪かな。よくアヤメさんには言われてたし、しつけだと思ってた。
獣人孤児のコトネは貧しい主人と暮らして来たので、これくらいの事では落ち込まないのだ。
・・それから親戚の集まりで皆はごちそうを食べてるのに、主人公は豆のスープを食べさせられるのね。主人公は怒ってるけど豆のスープを食べられればいいよね。コトネは学校でも一人で昼食を食べる時は、一番安い豆のスープを頼んでいた。貧乏を舐めるなと言いたい。
夕飯の時間になったようだ。ドアをノックする音がした。
「はーい、どうぞ」
メイドがワゴンに食事を乗せて来た。豆のスープと五皿の豪勢な食事だ。
ははあ、ごちそうを見せて、「お前なんか豆のスープで十分だ」とか言われるのかな。ちょっとワクワクして来た。
あれ、ごちそうをテーブルに並べ始めた。どうするんだろう。まだコトネが御馳走を食べると言う発想はない。
「どうぞお召し上がりください・・・」
メイドがあれっという顔をする。
素直にごちそうを食べろと言われて驚いている自分に呆れられたようだ。
「私はその豆のスープでは無いのですか?」
聞いてしまったよ。でも私が御馳走を食べるっておかしくない。
「これは大奥様が食べるんですよ」
大奥様はレオン様の母上だ。ルーカス様の奥さんが若奥様と呼ばれ区別されている。
メイドに話を聞くと伯爵になって毎日ごちそうを食べ、貧乏生活が馴染んだ体が驚いたのか、痛風と言う病気になってしまったとか。これを治すには特効薬はなく、質素な食事をしないといけないそうだ。そういや大奥様を見てないや。
メイドが部屋を出ると私はヤヌウニさんに従者通信をする。余計なお世話かもしれないけど、もしヤヌウニさんが治せるならと思ったのだ。
『痛風ねえ。・・・うん、薬で治るよ。・・・アキラさんに造って貰って届けさせるよ。・・うん、じゃあ』
なんか、簡単に言われちゃった。珍しい薬草を採りに行けとか言われるかってちょっと期待したのに。だってここに居るのって退屈だから。
次の日からルーカス様に着いて王城に登城するようになった。伯爵さまもニコラウス様も任地に戻ったみたいだ。
初日は王太子様の質問にお答えしたり、エリーゼ様の視察結果を報告したりしていたのだが、二日目となるとエリーゼ様の報告しか仕事が無くなってしまった。
それにしても王様って出て来ないんだ。雰囲気では政務を執られるのお嫌いとか、まじめにやれよとか思っちゃう。
三日目の朝、痛風の薬をノルンさんが届けてくれた。直接は怖いのでルーカスさんの所に行った。
「ルーカス様、レオン様が大奥様の病気に効くお薬を送ってくれました」
そう言うとすぐに薬を受け取り、レオン様の手紙を読んだ。
「ありがとう、コトネちゃんが頼んでくれたんだね。・・・えっと君を母の所に連れて行くのはまずいな」
ルーカス様は急いで薬とレオン様の手紙を大奥様に届けに行った。
戻ったルーカス様と登城したので結果は見れなかった。
「何、痛風の特効薬だと!本当に効くのか?」
珍しく王太子様が食いついた。
「それは家に戻らない事には判りませんが、一両日中に快癒すると手紙には書いてありました」
ルーカス様が説明すると王太子様が私を見た。
「レオンは医療行為もやっているのか」
「はい、仲間が帝国で治療院をやっていました」
何処まで話してよいか分からない。どうしよう?
「どのような方法でやっていたのだ」
「症状を診て、こんな薬がいると錬金術師に伝えると、その薬をすぐに作っていたようでした」
王太子様は考え込んでいる。こんなことが問題になるのかしら。
「コトネちゃん、レオンの仲間は他にどんな病気が治せるのか分かるかな?」
ルーカス様が優しく聞いて来た。
「私は良く解りません。今回は治せるかどうか判らなかったけど聞いてみたんです」
「その人はヴァイヤール王国に来ることは出来るかな?」
「無理だと思います」
アルテミスさんがヤヌウニさんを離す訳無いです。
「では話を聞くことは出来るかな?」
「ちょっと聞いてみます」
私はヤヌウニさんに従者通信を繋ぐ。
「今よろしいですか?」
『コトネか、少しなら良いぞ』
「ヴァイヤール王国の方がお話しを聞きたいと仰っているんですけど」
『分かった、あまり時間は取れんが聞いてやる』
レオン様と情報の開示内容は決められているようだから問題はないだろう。
「質問をお願いします」
ルーカス様と王太子様に伝えた。
「どんな病気でも治せるのか?」
王太子様が質問する。
私はヤヌウニさんに通信を送って、ヤヌウニさんの答えをそのまま返す。
「何でも治るわけではない。治すには条件があるし、薬の材料や錬金術師もいる」
ヤヌウニさんお偉いさんだよ。敬語使って。会話してるので敬語に直してる暇がない。
「聞き方が漠然とし過ぎたな。ルーカスの母親はなぜ治るのか」
「あの病気は体の中に小さな針が出来る病気だ。だから痛い。食事を二週間ほど改善したと聞いた。だったら新しく針が作られることはない。薬で針を消せばいい。それだけだ」
小一時間質問は続いた。
『ここまでだ。私は仕事がある』
そう言われて通信は切られた。
半ば呆然とする二人、そして王太子様がぼそりと呟いた。
「我が国はこんなに遅れていたのか」
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
次回はリーナが災難に遭う予定です。