1-2 三男坊 暗殺者と戦う
主な登場人物紹介
レオンハルト=イエーガー 主人公、アリストス学園中等部一年生 14歳 男爵家3男 通称レオン
エリーゼ=ヴァイヤール レオンの同級生、14歳 ヴァイヤール王家第七王女
エイトリッヒ=シュナイダー レオンの同級生、14歳 辺境伯家の陪臣の子供
コトネ レオンの従者 11歳 猫獣人 元の主筋のアヤメに戦闘訓練される
アンナ レオンの従者 9歳 狐獣人 魔獣に全滅させられた村の生き残り
ハルトマン伍長 魔獣に襲われている所をコトネが救出した北部方面軍の兵士
グリューズバルト公爵の次男 入学試験の剣術でレオンに負けて恨んでいる
レオンの告発した北部方面軍の汚職は思わぬ広がりを見せ、恨まれた?レオンは食料買い出しの帰路、暗殺者に襲われる。
入学式が無事終了、一年間で中等部を卒業するため頑張り始めた。
入学式から一か月が過ぎ、俺達は平穏に学園生活を送っていた。
朝、教室に入ると何やら騒然としていた。
「どうしたのかな?」
エリーゼが首をかしげる。
「僕が聞いてくるよ」
エイトが何やら固まって騒いでいる人たちの所へ行った。
暫くして戻ってきた。
「北部方面軍で大規模な横領事件があったみたいで、幹部の軍人が王都に連れて来られてるらしいよ」
「今、北の守りはお留守って事なの?」
「流石に軍の機能は失わないようにしてるだろう」
まさか一月前に俺がルーカス兄に言った女兵士の事件が、きっかけじゃないだろうな。
今日は一日この話で盛り上がっていた。話が北部方面軍全体となると親戚縁者に関係者がいる生徒が半数位になるらしい。
放課後、俺達はいつもの通り俺の部屋で勉強するために寮に向かった。
寮の前に軍服を着た女性が居る。
「あれ、ハルトマン伍長さんでしたっけ。どうされたんですか?」
「あ、イエーガーさん、お久しぶりです。この間の事で謝罪と感謝を伝えに来ました」
「そうですか。では狭いですけど、私の部屋にお出でください。友人も同席しますので安心してください」
丁寧にお辞儀する伍長を部屋に案内する。
「ちょうど王都の近くで非番となりましたので、イエーガーさんに会えるかなと思って来てしまいました」
部屋の小さなテーブルに俺、エイト、エリーゼ、ハルトマンさんが座り、コトネの淹れたお茶を飲んでいる。
「イエーガーさんって有名なんですね。近くで聞いたら一発でここが解りました」
少し血色の良くなった頬を緩ませてそう言う。
「兄達が有名なもんで、とばっちりですよ」
「でも王女様を助けたとか聞きました」
俺はまだ有名になるつもりはない。やはり何か兄達に比べてもそん色のない能力を手に入れてからだ。
エリーゼが話したそうにしているから、ここは強引に話を変えよう。
「ところで謝罪と感謝とはどういうことですか?」
「はい、助けて頂いたのに生意気な態度を取ってしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。あなた方に差し迫ったものを感じましたから然程気になりませんでした」
「それで王太子様に軍を調べるようにお願いして下さったのですね」
え、ヤバイ何で知ってるんだ。ルーカス兄を通じて調べて貰ったことを。エイトとエリーゼが興味津々な顔してる。
「いえいえ、兄にこんなことがあったと話をしただけで、それが王太子様に知られるなんて思っても見ませんでした」
「おかげで食事も三度食べられるようになり、魔石を売らずに済むようになりました」
「魔石の事は黙っておいた方が良いよ」
「はい、そうします」
「じゃあ、この横領事件の告発をレオンがしたって事ね」
「そうです。イエーガーさんが私達を見て、上層部が給料や食費を抜いているのに違いないと、そう思われたのです」
「流石レオンだね。僕なら思いつきもしないよ」
「レオン、素敵」
「え、今何と?」
「えーっと、レオンす・すげえ?」
深く掘り下げない方が良いか。
「それで北部方面軍はどうなってるの?」
「佐官以上、指令まですべて逮捕されて、王都で事情聴取されています。私も護送の任務で来ました」
「指令が?高位貴族じゃないの?」
「はい、グリューズバルト侯爵です」
「すごいな、王太子様、侯爵まで逮捕するなんて」
「全くだ。兄上はよくやっている。今までこんな事件で高位貴族が捕まった事ってないのに」
「へ、兄上、王太子様が?」
「あー彼女は第七王女だ。わきまえてくれ。高位貴族が捕まったって事は確実な証拠があったんだろうな」
ハルトマン伍長は飛び下がって跪いた。
「失礼いたしました。お許しください」
「良いわよ。お忍びだから普通にして」
「もしかしてレオンハルト殿の武勇伝に出てくる王女様ですか?」
「そうだけど」
「ぜひその時のことをお教えください」
「そう、聞きたいの?仕方ないわねえ」
エリーゼがニヤッと笑って自慢話の如く始めてしまい、ハルトマン伍長からこれ以上の事は聞けなかったし、勉強も出来なかった。
俺はこの事件について深く考えることはしなかった。
なぜなら俺の周辺に北部方面軍に関わっている者がいないからだ。
しかし、事件は俺を放置して置いてくれなかった。
それから三日経った休みの日、俺はコトネとアンナを連れ、買い物に出ていた。
そろそろイエーガー領から持ってきた米も切れるため、主食になる物を探しに来ていた。
とは言ってもなかなか煮炊きが出来ないので、平日は昼と休日に寮の外にあるかまどで調理できるものだ。
パンやパスタは高いし、オートミールも嫌だったので麦は諦めた。
そうなると豆、芋、トウモロコシと言った所か。
寮から2km位のところに大きめの市場がある。
そこに向かって歩く。アンナの足に合わせるので30分チョイだ。
「アンナは何が良い?」
俺が聞くとアンナは笑顔で答えた。
「アンナは何でも食べれるよ。コトネお姉ちゃんと一緒に作るからおいしくなるよ」
アンナの村の暮らしを見れば好き嫌いをする余裕は無かっただろうな。
「そうね。かまどの火の扱いが上手になって来た」
コトネがアンナを褒めると満面の笑顔になる。アンナもようやく村の事を忘れられたのかな?
「じゃあ、少しずつ買って試してみるか」
「うん」
「はい」
市場に着いてまずは種類の多そうな豆を見る。
「おばさん、普通に煮炊きをする豆はどれがおいしい?」
優しそうなおばさんがやっている店を見つけて聞いてみる。
「おいしいのはやっぱりうずら豆かな、でも赤インゲンがおいしいって言う人もいるね。安いのは白インゲンかレンズ豆だね」
「うずら豆と赤インゲンをその大きな枡一杯ずつだといくら」
「それだと小銀貨1枚と大銅貨6枚でどうだい」
これは値切れって事かな。
「小銀貨1枚と大銅貨4枚でどう」
「仕方ないね。小銀貨1枚と大銅貨5枚で良いよ」
「それでお願いします。コトネ、袋を出して」
おばさんは慣れた手つきで豆を掬い袋に移し替えた。
俺は硬貨を出して、おばさんに渡す。
「おばさん、ここいらはこの子が一人で買い物できるかな?」
コトネを見て言う。
「やめといた方が良いよ。獣人の女の子が一人じゃかどわかしてくれって言ってるようなもんさ」
おばさんは下を向いて首を横に振った。
「やっぱりそうか。ありがとう」
その後、調味料と人参、玉ねぎ、ジャガイモを買った時点で、荷物がいっぱいになった。
トウモロコシは諦めて帰ることにした。
人気の無い所に行って荷物を収納庫に入れて減らそう。
俺達は人が居ないことを確認して、薄暗い路地に入った。
荷物を収納庫に半分くらい入れた所で入り口に二人の男、奥からも二人の男が現れた。
俺は収納庫から練習用の木剣を出し、一本は俺、一本はコトネに渡す。
王都内は剣などの武器の携行を禁止している。
しかし、体に隠せる小さな武器までは管理できない。四人の男はナイフを出した。
俺は奥側、コトネは入り口側を向いて間にアンナを置いた。
「誰だ?!何か勘違いしていないか?!」
俺はそう聞くが相手は無言だ。大体、今も殺気は出してない。訓練された暗殺者だ。
相手は静かに近づいてくる。
「コトネ行けそうか?」
「解りません。気配がありません。スキンアーマーも発動させてもらえないようです」
服を脱ぐ隙を与えないと言う事だろう。
俺達はアンナから離れる訳にもいかない。
そして俺がアンナを抱いて入り口に向かえば、入り口側の男たちに止められ、奥側の男たちに後ろからやられるだろう。
ここは正直に俺とコトネで対処するしかない。
もう俺達との間は木剣の間合いの少し外まで近付いて来ている。
俺達は後ろに入られるわけにはいかないので迎え撃てない。
俺の前の二人が同時にダッシュする。恐らくコトネの方も掛かって来ているだろう。
俺は左足を蹴りだして、左の男の膝を砕く、同時に右側の男の顔を木剣でぶん殴る。
左側の男は俺の足元に倒れる。ナイフを持つ手を踏みつける。
右側の男が再度体勢をつくり、突っ込んで来る。
突き出した手を捕え,脇で決めると肘を逆に曲げてやる。ボキッ骨が折れる音がする。
そのまま、顎に膝蹴りをくらわすと昏倒した。
左側の男の右手は骨が折れているのだろう。指の向きがバラバラだ。
逃げようにも膝が砕けているので動けない。
少し前。コトネ視線
私は本来アクロバティックな動きで、敵を翻弄して戦うのが得意だ。
アンナとレオン様が後ろに居るので、私が動き回って、後ろに敵をやっては本末転倒。
しかも木剣、王都では真剣は持っているだけでも罪になるから仕方ないとは言え、一撃で倒せないのはつらい。
身体強化を目いっぱいにすれば何とかなるか。
まずは右手で右の男の喉に突きを放つ。
左の男のナイフを持つ手が伸びてくる。その手首を左手で決めて捻り上げると男は私の前で半周回って向こうを向く。
突きをかろうじて避けた右の男は、勢いを殺し切れず、左の男の胸にナイフを突きたてる。
左の男の力が抜ける。
味方を刺してしまい混乱する右の男目掛けて、力の抜けた男を蹴っ飛ばす。
自分に寄りかかってくる男を横に突き飛ばして、ナイフを構えなおそうとする右の男。
そのすきを逃さずに木剣で思い切り首を打ち据える。ゴキッと鈍い音がする。
しまった。力を入れ過ぎた。右の男も左の男の上に重なって倒れる。
「申し訳ありません。二人共殺してしまったようです」
レオン様は二人共生かして無力化させたみたいだ。流石です。
俺はコトネの言葉を聞き終わるまでに奥に隠れていた男の元に行った。
「どういうことだ!グリューズバルト!!」
そこにはグリューズバルト侯爵の次男が居た。
王室派と貴族派の争いに巻き込まれていくレオン、どうなるのか?