1-1 三男坊 入学式で挨拶する
中等部一年編の開始です。入学式で挨拶することになったレオン。
アリストス学園中等部に合格したレオン、いよいよ入学式の日を迎えました。
「なんか軍服みたい。かっこいい」
アンナが俺の学生服を見て褒めてくれる。
アリストス学園は、国立で創立者の第二代の王の弟アリストスの名前がそのまま学園の名前になっている、200年の歴史を持つ伝統ある学園だ。
理事長は王であるが学園長は代々アリストスの系列から出ている。
学園の卒業者は行政、司法、軍隊などの国の仕事に、優先的に就職できるため人気は非常に高いが、貴族の子弟が生徒の殆どを占めるのもまた事実だ。
平民はアリストス学園の初等部でも勉強するが、俺の様に中等部に入学することはない。
つまりこの国の中枢は貴族によって占められている。
まあこの大陸にある国は似たり寄ったりだ。
え、俺がそれをひっくり返すのかって、俺も野望はあるが無謀ではない。どこかの国が平民に自由な活動をさせて国を富ませて、強い武器を装備させて、世界征服に乗り出すならそこを応援したいとは思うけど、自分がやるのは違うと思う。なぜなら俺は貴族なのだ。どっぷりと権益にまみれているのだ。
いかん、いかん、考え過ぎだ。実は新入生代表の挨拶を俺がやることになってしまった。
それでこの学園の生徒が何をしたいのだろうと考えていたら暴走してしまった。
まあ、挨拶は無難にまとめたものがポケットに入っている。それを読めばOKだ。
ふと思った。コトネなら来年初等部に入学する年齢だ。
「コトネ、来年初等部へ行くか?」
「私はすでに初等部の内容なら習得済みです。行く必要がありません」
俺は何を言っている。コトネが行きたいと言ってもそれは叶えられないじゃないか。
獣人は学校に入れない。表向きは規則があるわけではないが、暗黙の取り決めとなっている。
「そうか、済まなかった」
二人に見送られて寮を出た。一組の男女が近付いてきた。エイトとエリーゼだ。
「なんだ、迎えに来てくれたのか」
「まあな、で、この美人は誰だ」
「この方は誰なの」
二人が同じように聞いてくる。
「こいつは入試の時に友達になったエイトリッヒって言うんだ」
「この子は・・・言っちゃって良いのですか?」
俺はエリーゼに確認した。
「どうせすぐに分かります。エリーゼと言います」
「俺の事はエイトって呼んでくれ」
「では私の事はエリーと呼びなさい」
対抗しちゃったよ。王女を略称で呼ぶのは危ないな。
「エリーは何処の出身なの」
エイトが軽口をたたきそうなのでたしなめておこう。
「馬鹿!この方は第七王女だ」
エイトの耳元に小さい声で話す。
「え!、王女様」
「レオン、同級生でしょ。もっと親し気にしなさいよ」
「無理です。身分が違い過ぎます。護衛の方もいらっしゃるのでしょう?」
少し離れた所にいる女性を見た。こちらに向け会釈する。この人が護衛だな。
「もう、せっかく学生になったのに幻滅しちゃう」
どうしたんだ。エリーゼが随分明るい。これは入学式ってだけじゃないな。
「どうしたんですか。今までになく高揚しているようですが?」
「あれ、分かっちゃう。良い知らせが来たのよ」
「あのね、言ってたでしょう。降嫁の話があるって。あれがポッシャったのよ」
「どういうことですか?」
「私が14歳で中等部へ入ったのも、その相手が今年入学するからなの。
でもねそいつは入学試験に落ちたのよ。
だから私と結婚して、廃絶していた伯爵家を再興する話もご破算になったのよ」
それって・・・。
「もしかして、グリューズバルト侯爵の次男ですか?」
エリーゼがびっくりする。
「どうして知ってるの?」
「入試の時、私の手前の受験番号でして・・」
剣の試合で一悶着あったことを話した。
「よかった。そんな馬鹿と結婚させられなくて」
確かにあれが相手では、誰でも嫌がると思う。
「あいつを知ってるのなら教えてあげる。あいつねえ、815人中813番目だったんですって。その後ろ二人が事故と病気で試験を受けられなかった人なの。つまり実質ビリ、流石の侯爵も裏口入学させられるレベルじゃなかったんだって」
そうか、一緒に中等部に通うのなら替え玉も使えないし、それで試験を受けたのか。
「でも、それって侯爵から逆恨みされそうだよねえ」
エイトが怖い事を言って来る。
「馬鹿!やめろよ。そんなこと言って本当になったらどうするんだよ」
「ああ、もう会場だ。行こうぜ」
王城、王太子執務室
入学式が行われている頃、ここでは王太子を囲んで会議が行われていた。
「ルーカス、お前、レオンの話どう見る」
「北部方面軍で大規模な横領が行われている可能性があります」
「そう見るしかないわな」
王太子の顔は暗い。
「いくら平和だと言ってもその様子では、兵の士気は下がり切っているでしょう。もしかするとウエルフェルトの村が手遅れになったのもそのせいではないでしょうか」
ブレインの一人の中年の男が言う。
「一応、新卒の兵を一人潜り込ませました。状況は見えてくるでしょう」
「貴族派が今年中に大規模な攻勢に出てくる可能性が高い。その資金源になっているのではないのか」
「早急に情報網の強化が必要です」
「予算が必要ですな。王はどのようにお考えで?」
「王の諮問機関は開店休業状態だ。予算も俺のポケットマネー+αでやるしかない」
「王周辺の平和ボケも極まりましたな」
「とにかく王を動かすには証拠が居る。大掛かりな犯罪の証拠を持ってこい」
「ですからそれには予算が必要だと言っているではないですか」
「堂々巡りですね。北部方面軍司令は誰ですか。まずそこを叩きましょう」
「グリューズバルト侯爵だ」
アリストス学園 中等部 入学式典
「・・・最後に先輩方や先生方、どうかよろしくお願いします」
俺の新入生の挨拶が終わり拍手が送られる。次は先輩の答礼だな。
「答礼、一般科、三年 ハインリッヒ=グリューズバルト」
・・入学式は終わったが、俺は心中穏やかではなかった。なぜグリューズバルトがここに居る。
「彼は侯爵の弟の子供よ。本家とは関係ないわ」
「そうですか。入学試験の悪夢がよみがえるのかと思いました」
エリーゼの説明に胸を撫でおろした俺だったが。心の隅に何か引っかかるのを感じる。
エイトが少し遅れて俺達と合流する。
「なかなかいい挨拶だったぞ」
「ありがとう。いやあ、上がっちゃったよ」
講堂から出る俺達の前に立ちはだかった男女が居た。
「やあ、イエーガー君。入学試験では従弟が、迷惑を掛けたようで申し訳なかったね」
グリューズバルトだ。従弟と違ってすらっと背が高い。
「いえ、もう済んだことですから気にしないでください」
「もし良ければ、生徒会に入らないかい?」
「申し訳ありません。中等部には一年しか居られないので」
「そうなのか、優秀なんだね」
「いえ、貧乏なだけです」
自然に構えてる俺が居る。グリューズバルトは終始にこやかに話しているというのに。
「気が変わったら、知らせて欲しい。じゃあ頑張ってくれ」
「はい、ご希望に答えられず申し訳ありませんでした」
グリューズバルトは颯爽と去って行く。歩幅の合わない少女がその後を追いかけて行く。
「なに、緊張してるのよ。あの人は三年間ここに居るのよ。あんたの方が優秀よ」
エリーゼは褒めてくれたが俺はあいつに勝てる気がしない。人間としての格が違う。
「俺は蛇に睨まれたカエルだ。勝てる気がしない」
「何言ってるんだ。お前に勝てる奴はそうはいないって」
エリーゼもエイトもあいつの大きさが解らないのか。
「これを見ろ」
俺の手の平は汗でびっしょりになっていた。
二人は呆れた顔で俺を見る。
その後、教室に入って教科書の販売、授業の内容などのオリエンテーションが行われた。
俺の教科書は長兄、次兄、姉が使ったものが回ってきた。
初等部の教科書は、今アンナが使ってるが、妹に渡さないとな。
「レオン、私の勉強を見てくれる約束でしょう」
学校は昼までで終わったのでエリーゼが寮に押し掛けようとしてきた。
「あ、俺もたのむ」
エイトまで乗っかって来た。エリーゼが怒ってる。勉強の効率が落ちるのを心配してるのだろうか。
取敢えず、コトネとアンナを呼んで寮の食堂で5人で昼食をとる。
「こないだウエルフェルトに行った帰りに、魔獣に襲われてた女の兵隊を見たんだけど、みんな、スキンアーマーを使っていたんだよね」
「あんた!そんなの覗いてたの?!」
「いや、君みたいに魅力的な女性は居なかったから、そういうことは無いよ」
「へ、魅力的?私が?」
エリーゼが思い出したのだろうか、顔を赤くしてドギマギしているようだ。
エイトはニヤニヤしているし、コトネは怒ってるみたいだし、まあいいか、話を続けよう。
「スキンアーマーを使えるってことは魔力があるって事だろう。なんで攻撃魔法を使わないんだ」
「そういう事ね。攻撃魔法は難しいのよ。魔法式を頭の中に描いてあって魔法陣にしないと発動しないのよ。出来る人は少ないわ。その点スキンアーマーは、魔法式は単純だし、魔法陣は要らないし、皮膚の触感でコントロールも簡単だからすぐに使えるのよ。多分その人たちは攻撃魔法を断念したんでしょうね。
でも使用魔力は結構多いから男の人は難しいよ」
「成程、うちの母も姉もいとも簡単に攻撃魔法を使ってるから分からなかったんだな」
「そう、あんたの所が異常なの」
場所を俺の部屋に移して勉強を始める。
なにせ、一学期で1年分の勉強をしないといけない。
のんびりしている時間は無いのだ。
貴族派との軋轢が深くなり、レオンが暗殺者にねらわれる?