9-2 瓦解するオリンポス
ご愛読、ありがとうございます。
今回はゼウスの失敗でオリンポスが瓦解していきます。
レオン達は着々とハーヴェル諸国連合解放の準備を進めて来た。
ハーヴェル諸国連合 ハーヴェル城
古都であるハーヴェル辺境伯の居城であったハーヴェル城、かつて、辺境伯に成り代わった四人の伯爵はここを諸国連合の中心軍事拠点とした。そして今はオリンポスの拠点となっている。
ヘルメスに呼ばれたマイアは彼の居室に入った。
「何でしょうか?」
執務机に座るヘルメスは机の上の書類から顔を上げた。
「ご苦労、そこに座ってくれ」
ソファーを顎で指すと自分もマイアの向かい側に座った。
「ゼウス様にはこちらにおまえが戻ったのは、ギガンテスのせいだと連絡は入れて置いた」
「ありがとうございます」
「しかし、ペルセポネは可哀そうなことをした」
ヘルメスは疲れた顔でマイアを見た。
「思い出させないでください」
マイアは顔を伏せる。凄惨な光景がマイアの顔を歪める。
「ああ、すまん」
「本題に入ろう。ゼウス様より帝都に新しい情報拠点を作れと指示があった」
「私の顔はもう割れているかと思います。ハデス様が隷属の腕輪をギガンテスに渡したのが、今回拠点を失う原因になったのですから、ハデス様に責任を取って貰えば良いのです」
「ギガンテスか、あれに比べればアーレスやヘスティアの方がはるかにましであったな。なぜ、レオンハルトを見張れと言っておきながら、ペルセポネを派遣し、すぐにギガンテスを派遣したのか。最近ゼウス様の命令が一貫していない様だ」
ヘルメスはくたびれた顔をする。
「愚痴はやめましょう。それで拠点はどうするのです」
「お前が駄目なら、誰か責任者になれるような奴はいないか」
「居ませんよ。あなたも知っているでしょう」
「俺の方も内政に人手を使っているので人手不足だ」
マイアは知っている。ヘルメスがやっているのはプロメテウスの率いる軍への兵士、糧食の供給、ヘパイストスの工場への材料、人員供給を一手に引き受けている。春の大攻勢に向けて準備も必要だ。
秋の収穫が終わった農民を兵士や工員として供給している。それらが消費する食料も無限にあるわけではない。恐らく冬を越せない国民も多いだろう。
まあ、普通の神経を持っている人間には出来っこない。
ヘルメスは消耗している。「ねえ、逃げない」と誘ってやればすぐに乗りそうだ。
しかしマイアにはその勇気はない。
「ゼウス様に泣きつくしかないんじゃない。ちょっとは責任取って貰わなきゃ」
「ああ、そうだな」
「そうだ、第一皇子はもう切りなさいよ。監視されてるみたいだから」
「分かった。そうだ、お前も内政を手伝ってくれ」
「そうね、考えておくわ」
「お前、今、何にもしてないだろう」
「あれ、バレた」
「ああ、もうからかうなよ」
二人は春の大攻勢についても懐疑的である。エドゥアルト王国、バルドゥール王国への侵略は電撃戦、つまり相手が用意していない所に攻め込んだから出来た。もう周辺国は防備を固め始めた。何処を攻めると言うのか、ゼウスははっきりとしない。情報を集めている様子もない。やっても勝てないだろう。
「でもさあ、レオンハルトってオリンポスの邪魔ばかりするんでしょ。ここは大丈夫なのかなあ」
「奴は俺達が行動した時だけしか掛かって来ないから大丈夫だろうさ」
「そうだよね、あいつの知り合いに迷惑かけてるわけじゃないもんね」
あまり話に気が乗っていないヘルメス、グッ、彼の顔が赤くなる。
「どうしたのよ?」
「なあ、この仕事が終わったら結婚しないか?」
「あ、あら、そんなことで呼んだの?」
ヘルメスはいい年をしていっぱいいっぱいだ。マイアも茹蛸の様に赤くなるが冷静さを保とうとする。
「こんなおっさんは嫌いか?」
「良いわよ。でもね、一緒に逃げて欲しいの」
「良いのかって、オ、オリンポスを抜けるのか?」
ヘルメスの赤い顔は青くなる。
「ペルセポネを見ちゃったからね。いずれは私達も捨てられるわ」
「そうだな、あんなのを味方に見せちゃいけない。・・・充分に働いたよな。」
ヘルメスは金字教やオリンポスの将来が見えなかった。こんな無茶がいつまでも続く訳が無い。バルドゥール王国の時の失敗がすべてだったな、そう思っていた。
「いつ、どこに逃げるの?」
「そうだな監視の緩むのは、兵站が出来上がった時だろう。逃げるとしたらヴァイヤール王国の南の方、辺境伯領か。王都には金字教の教会があるからな。いずれにせよ、あそこにはイエーガー家が居るから大災厄を凌げる可能性が高い」
「じゃあ、来年早々ね。エルハイホ共和国を抜ければ金字教の目はないわ」
「今まで稼いだ金を元手に、小さな商売でもするか」
「じゃあ、私は店番のおかみさんね」
「おいおい、子供も欲しいぞ」
「分ってるわよ。ウフフフ」
私はペルセポネとは違う、こんなところは早いとこおさらばするわ。マイアは自分は幸せになる、心でそう誓うのであった。
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オリンポス本拠地 ゼウス執務室
「なぜですか?なぜ、ペルセポネを・・・」
ハデスは怒りのままゼウスを問い詰めていた。
「ええい、そなたこそ獣人如きをなぜ気にする。ギガンテスが暴走しても良かったと申すか」
ゼウスは真っ赤な顔でハデスを罵る。
「隷属の腕輪を貸せと言われた時に気付くべきだった」
ハデスは両手を床に着き、悔しさを現す。
ペルセポネはハデスが犯罪組織を潰した時に手に入れた奴隷だ。美しい姿態と素晴らしい力を持つ、こんな逸材はもう手に入らないだろう。それをゼウスは化け物共の生贄にしやがった。
ゼウスはギガンテスは不安定な人造人間だから帝都に着くまでの期間、禁欲させておくと帝都でどんな事件を起こすか知れたものではない。そこでハデスが派遣していたペルセポネを生贄として差し出したのだ。
もちろんそこには獣人を人と見ないゼウスの考えがあった。
「ゼウス様、ヤヌウニ様は亜人も人間も同じだと仰いました。それを獣人如きとはどう言うことですか?」
今まで静かに聞いていたアルテミスがゼウスを問い詰める。
「うるさい!時が立てば教えも変わるのだ」
「その言葉は教皇の言葉とは思えません。私に約束した教会の改革はどうなっているのです」
「そんなことを上層部が許すはずがなかろうが!」
ゼウスの声がだんだん大きくなる。
「私を騙したのですね!!」
「なになに、どうしたの。外まで聞こえてるよ」
いきなり現れたのはデメテルだった。
「お前はエドゥアルト王国に居るはずだろう。なぜここに居る!」
激高するゼウスはデメテルを指差す。
「何怒ってんのよ。アポロンやアテナが居なくなったから、どうすれば良いか聞きに来てあげたんじゃない」
「アポロンとアテナが・・・どういうことだ?」
一転して赤い顔が青くなるゼウス
「なんか、ウラノス様が呼んでるとか言ってたけど。よく分かんない」
「そうか、ウラノス様はオリンポスを見放したのか・・・」
「ウラノスって誰だよ?聞いたことねえぞ」
落ち込んでいたハデスが復活してゼウスに畳みかける。
「ウラノス様とはバルドゥール王国の敗戦から連絡が取れんのだ。わしらは見捨てられたのだ」
ゼウスは絶望しているが周りの人間は訳が分からない。
「どういうことだ説明しろ!」
襟首を持って怒鳴る。もはやハデスに首領に対する配慮はない。
「ウラノス様・・・ワムゼワ・・ガウルガ」
ゼウスは訳の分からない言葉を話し始めた。
「なんだこいつ壊れたのか?」
ハデスが手を離すとゼウスは床に蹲って、何かブツブツ言っている。
「アルテミス、お前何か知らないのか。お前がこいつの一番近くに居ただろ」
アルテミスは首を横に振った。
「知りません、ウラノスと言う名前もさっき初めて聞きました」
「チェッ、誰も知らないのか。そう言えばアフロディーテは来てないのか」
「あいつの部屋なら空っぽになってたよ。ありゃ逃げたね」
デメテルが無責任に言う。
「俺達がゼウスの命令だと思っていたのは、そのウラノスって野郎に操られてたって事か。そいつはバルドゥール王国の敗戦で、もう目はないと見放したって事か?」
ハデスは暫く考えるとデメテルに言った。
「俺達も逃げるか?ゼウスがこうなった以上、金も貰えんだろう」
「ええ、お金もらえないんじゃ困るよ。それか、どこか金を貰える当てがあるの?」
「そんなもんねえよ。まあ、諸国連合とエドゥアルト王国に黙って置けば、ある程度は時間が稼げるから
金を盗んで逃げればいいさ」
アルテミスが青い顔でハデスに尋ねる。
「私はどうすれば良いのでしょうか」
「アンタは新しい教皇を選んでもらって、巫女さんをやってればいい、食いっぱぐれはねえだろうさ」
ハデスは暫く考えてデメテルを見た。
「おい、お前は強いんだろう。教皇の部屋を漁って金目の物を持ち出したら、ヴァイヤール王国にでも逃げるか?」
「まあ、そこそこ強いけどあんたと一緒は嫌だな」
「俺の手勢に強い奴はいないんだよ。ま、仕方ねえか。行くぞ」
「あ、待って」
ハデスとデメテルは教皇の部屋に走っていった。
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帝都外 草原
いつもの草原の近くにある林の中の木の上で、コトネは相手がどこに居るのか見つけられずにいた。
そこか!近くの木の下にある茂みがかすかに動いたのだ。
コトネは茂みに向かってナイフを投げ、居場所を特定されないように木から木へと移動していく。
ナイフが茂みに吸い込まれても何の動きも無い。騙されたか!
コトネは焦る、今のでこちらの場所が知られてしまったか?
木の上で周囲を警戒するコトネだ。
今まで隠形の術でコトネを上回った者は居なかった。それこそアヤメさんぐらいだ。
「クロエ姉ちゃん!降参するよ」
コトネは隠形を解いて気配を解放する。
「なんだあ、もう降参なの」
驚いたことに自分の真上で声がする。
コトネが真上を向くとビーストグローで黒猫になったクロエが、すぐ上の枝で微笑んでいた。
「もしかして私ここに誘導されたの?」
「あそこの茂みを揺らした時に、この枝に来るだろうなとは思ってたけど」
こりゃ勝てんわ。コトネは心から参った。
「それにしてもビーストグローってすごいね。私の忍術が十倍になった気がするわ」
以前、ここで戦った時はコトネだけビーストグロー状態だったし、それでも捕えきれなかったから、忍術ではコトネが勝てる要素が無かった。
「さあ、戻りましょう。ご主人様が待ってるわ」
「ご主人様なんて言うとレオン様が怒るよ」
「あら、ご主人様はご主人様よ」
クロエはあの後、献身的な態度とヤヌウニの進言により、レオンの従者となった。コトネはクロエに寄りかかる柱が出来たような気がして嬉しかった。
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この小説は水曜、土曜の0時にアップする予定で書いています。
次回は開戦前の風景の予定です。