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告げられたニュース

夕方5時を回った頃に部長が僕の所へ来て、

「高瀬、ちょっと俺の部屋来れるか?」と尋ねた。

「はい、何でしょうか」と言って僕は部長について行った。部長は自分の部屋に入るなりガラガラと窓を開け、ソファーの一番入り口に近い所を指さして、

「まあ、ちょっとそこに座れ」と言った。

僕がソファーの端に腰を下ろすと、部長はマスクを少しずらして、湯飲みに入った緑茶をずずずと飲んだ。そしてまたマスクを付けると、ため息をつきながら僕を見つめた。いや、僕の周りの空間をぼんやりと眺めたと言った方がいいかも知れない。


「残念なニュースがある。谷本さんがコロナにかかったそうだ」

「え、」

何と言ったらいいのか、咄嗟には思いつけなかった。

「それは・・・ほんとですか?」

「嘘なんて言う訳ないだろう。今日の昼休みの間に体調が悪いと言い出して、病院にかかったらコロナだったそうだ」

「でも、コロナの診断って丸一日はかかるんじゃないんですか?」

「俺もそこら辺は良く知らん。最近はすぐ結果が出るようになってるんじゃないのか?とにかく保健所から連絡が来たんだから間違いないよ」

「そうですか、谷本さんが」

僕は正直な所、無理のない話だと思った。あれだけ精力的に活動していて、コロナにかからずに済んだら逆にラッキーと言えそうなものだ。それに、谷本さんはまだワクチンを打っていなかったはずだった。

「それでだな、」と部長は少し言いにくそうに、

「色んな状況を考えて、保健所の人にも相談して、お前には濃厚接触者として休んでもらうことになった」と言った。


僕は状況が飲み込めずに、マスクの中で口を半開きにして部長を見つめていた。

「それは、えっと、僕だけですか?」

「そうだ。お前だけだ」

「でも、同じフロアには他にもいっぱい人はいますけど」

部長は、換気をさらに万全なものにするために、窓をガラガラと全開にした。

「残念だが、谷本さんが四六時中お前としゃべってる事は、この会社の人間なら全員知ってる事なんだよ。マスクは付けていたかも知れないけど、谷本さんが感染してるなら、お前も間違いなく感染してるっていう話になる。明日以降もお前が出社してくると、みんな居心地悪く感じるだろ?」

僕は谷本さんとしゃべってたんじゃなくて、谷本さんが一方的に話しかけてきただけなんですと言いたかったが、結論が変わる訳ではなさそうだったので止めた。

「そしたら部長、来週のプレゼンはどうなるんですか?」と僕は尋ねた。

「ああ、あれなら伊藤にやってもらうから安心しろ」と言って部長は椅子にどっかりと座り直した。

おいおい嘘だろ、と僕はマスクの下でつぶやいた。僕と伊藤は、昇進を争う言わばライバルのような関係なのだ。想定していた範囲を超えて最悪のシナリオだった。

「部長、お願いしますよ。戻ってきたらしっかりしたものをお見せするので」と僕は半泣きで頼んだが、部長は首を振って、

「申し訳ないけれど取引先の予定もあるから、プレゼンの日をずらす訳にはいかないよ」と答えた。

あーあ、何だったのだろう、今までの努力は。僕は力が抜けて、ソファーに座っているのがやっとだった。

部長は咳払いを一つすると、

「まあ話は以上だから、速やかに帰宅するように。これから十日間は、基本的に人と会わんようにな。また保健所の人から連絡が来るそうだ」と言ってパソコンに向かった。

荷物をまとめて廊下に出た後、何人かの同僚とすれ違った。僕を見るとみんな、少し困ったような目をして距離を置いた。どうやら、僕が濃厚接触者になったという話は既に会社中に広まっているようだった。


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