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不思議な夢

僕は夢の中で、父の放出した精子の一つとなり、子宮の中を泳いでいた。僕の周りには生暖かいドロッとした液体があり、僕と同じ様な形をした無数の精子が、先を争うように前へ前へと泳いでいた。

ああ、こんなにライバルが多いんじゃ、一番になるのはきっと無理だろう。

僕はおぼろげな意識の中で、そんな風に感じていた。


「人間の意識というものは成長と共に出来上がるものであり、生まれたての赤ん坊や胎児の段階では、自己認識というものはありません」

科学者や医者はきっとそう言うだろう。ましてや受精する前の精子や卵子に、意識なんてある訳がない。でもその時僕は夢の中で、確かに自分というものを感じていたのだ。いや、もっと正確に言うなら、「半分の自分」を感じていたのだ。そう、この先に待っている「もう半分の自分」と結合することで、僕は本当の自分自身になれるのだと。


僕はただひたすらに、前だけを見て泳いでいた。子宮の中は、小さな精子にとって果てしなく広く感じる。途中多くの精子たちが、力尽きて脱落して行った。ただ、彼らのことを気にかけている余裕なんて僕には微塵もなかった。きっとこの中で一番にはなれないだろうけれど、今は必死になって泳ぐことしか出来ないんだ。むしろ、今の自分に他に何が出来るっていうんだ?無我夢中になっていた僕は、いつしか周りを見ることができなくなっていた。気が付くと僕は、道に迷ってしまっていた。周りには子宮のオレンジ色の壁が続いているだけで、他の精子たちの姿はなくなっていた。


ここまでか、と僕は思った。ベストを尽くしたけれど、ここが自分の限界だったみたいだ。僕は泳ぐのをやめて、その場に座り込もうとした。

でもその時、遠くの方にわずかに光が見えた気がした。

疲れた体でそちらの方へ泳いで行ってみると、その弱い光は、少しずつ強い光へと変わって行った。そしてその光を放つ物体の前にたどり着いた時、僕はただ言葉を失っていた。


それは光を放つ、美しい球体だった。

僕はその美しさの前で、少しの間呆然としていた。自分がまさか一番にたどり着けるなんて思ってもいなかった、というのはある。でも僕が言葉を失ったのはむしろ、その物体の神秘さそのものに対してだった。この美しい物体が、もう半分の自分なのか、と僕は思った。

しかしそんな甘美な時間が長く続くことはなかった。僕が気を抜いたその瞬間、横からやって来たもうひとつの精子が、その頭を卵子の膜に、ずぶりと潜り込ませたのだった。

自分の周りの視界が、急激に暗くなって行くのが分かった。僕は闇の中に、音もなく転落して行った。

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