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孤立の先にあったもの

「パスこっち!」

「ナイスシュート!」

体育館に大きな声が響いていた。シュートを決めた彼女が笑顔でディフェンスに戻るのが見えた。これは中学校のクラブ活動だろうか。夏の体育館は異常に蒸し暑く、生徒たちは大粒の汗をかいていた。きっと隣で練習しているバドミントン部が、シャトルが風で流されるからという理由で窓を閉め切ってしまうせいだ。二階の窓から降り注ぐ強い日差しが、バスケットボールのコートに揺らめきながら反射していた。


僕の中学時代は、彼女とは対照的に暗い闇の中にあった。全国でも有数の進学校にトップの成績で入学した所までは両親の筋書き通りだったかも知れない。でも残念ながら強制された勉強というのは長続きしないものだ。そして周りの連中も、小さい頃から「天才」と呼ばれて育てられてきた神童な上に相当な努力家ときている。当然の結果として、僕の成績は試験ごとに綺麗な下降線を辿るようになった。


ところが人間というのは、一度トップを取ってしまうと自分が落ちて行く現実を中々受け入れられないものだ。僕はいつも思っていた。「自分はまだ本気を出していないだけなのだ」と。

所属していた部活を途中で辞めてしまってからは、僕は次第に人付き合いを避けて孤立するようになった。根底にあったのは、「自分は人とは違うんだ、天才なんだ」という思いだった。まるで「山月記」に出てくる李徴みたいに本気でそう思っていた。


学校から家に帰ると自分の部屋に籠って、中学生があまり手を出さないような海外の古典文学を読んでいた。トーマス・マンの「魔の山」、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」、バルザックの「ゴリオ爺さん」。どれも正直言って何が言いたいのか理解できなかったけれど、当時の僕にとっては周りと違う物を読んでいるのだという満足感こそが重要だった。今から考えてみると本末転倒だったとしか言いようがないのだが。


そんな孤立の先に待っていたのは、終わりの見えない鬱だった。不安が高じてくると夜は眠れなくなって、2階の自分の部屋から外の暗闇を何時間も眺めていた。心は漠然とした不安に支配されて、世界が終わるかのような絶望感を常に感じていた。そんな夜には自分がベランダから飛び降りる情景が何度も繰り返し頭に浮かんだ。加えて、幼少期から続いていた強迫神経症の症状は悪化を続けていた。四六時中頭の中は強迫観念に支配されて、生きていることは苦痛そのものだった。


「この苦しみを抱えて生きるくらいなら、死んだ方がましだ」という言葉を耳にする時、僕は一つの魂の叫びとしてその人の痛みを感じることになる。僕の感じていた絶望とその人が感じている絶望が同じだなんて全く思わないけれど。絶望は人の数だけ存在していて、他の人の絶望を100%理解することなんて誰にも出来っこないから。でも今あの時期のことを思い出してみると僕にも一つだけ言えることがある。それは言葉にしてみるとこういうことだ。人はほんの僅かな、今にも消えてしまいそうな光であったとしても、誰かが灯してくれる明かりさえあれば、涙を流しながら生きて行くことが出来るんだということ。そして探す努力を止めてしまわなければ、明かりはきっといつか、どこかに灯される。


あの頃の僕には、孤立の中でも一人だけ繋がりを保ち続けていた友達がいた。田村という名前の同級生で、部活をしていない者同士だった僕らは何となく弁当を一緒に食べたりして話すようになった。頭の中で小難しいことを考える性格はよく似ていて、彼はいつも哲学のことを語っていた。学校に行って彼と机上の空論を話すのが、あの頃の僕に与えられた救いだった。


その時ホイッスルが鳴り響いて、バスケの試合が終わったのが分かった。彼女が汗を拭きながら、友達と笑顔で話している様子が見えた。きっと今日の試合のことについて何か振り返っているのだろう。その時に視界がぼやけて、夢が終わりかけているのが分かった。







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