午後の風が流れ込んだ時
夢の中で、彼女が机に頬杖をついて窓の外を眺めていた。季節は春だ。窓の外には満開に近い桜の木が見える。少し開いた窓から流れ込んだゆるやかな風は、クリーム色のカーテンを時折揺らせていた。
「えーと、そしたらりんごの生産量が全国1位の県、分かる人はいるかな?」
前に立った中年の男性がそう言うと、生徒たちから口々に「青森!」という声が聞こえた。小学校の授業のようではあるが、それにしては教室が狭く、先生も教壇に立ってはいなかった。小学校でないとするならば、これはきっと塾の一風景なのだろうと僕は思った。小学生が通う塾って、食べ物の生産量1位の県だとか、県の面積がどこが大きいとか、そんな大して役に立たない情報を延々と覚えさせられるのだ。彼女はと言うと、少しつまらなそうな顔をしてシャーペンを指でくるくると回していた。
その時、蘇ってきたのは僕が小学生の時に通っていた塾の記憶だった。古い体質で厳しいことで有名な塾であったが、親に言われるがままに入った僕がそんなことを知る由はなかった。そしてそこで待っていたのは、小学生にはとても消化できないようなショッキングな出来事だった。
教室の中で響く怒号、そして罵倒。今から考えればあり得ないような教育だったが、2000年代の初めはまだまだコンプライアンスが緩い時代だったのかも知れない。僕らより上の世代では椅子が飛んで来ることもあったとか無かったとか。
今でも鮮明に覚えているのは試験の答案が返される時に、僕の隣に座っていた友達が目の前で答案を破り捨てられたこと。大事な試験だった訳ではなく、ただの良くあるミニテストだった。彼に見せつけるように答案を丁寧に破き終わってから、その講師は吐き捨てるようにこう言った。
「この答案は、ただのゴミだ」
僕らはただ衝撃を受けて、その光景を呆然と眺めていることしか出来なかった。答案を破かれた友達の顔は見る見るうちに、まるで土のような色に変わって行った。そして彼の体は、制御を失ってしまった機械のように小刻みにブルブルと震え続けていた。
「そんな所、一刻も早くやめてしまったら良かったのに」ってあなたは思うかも知れない。僕も今なら強くそう思う。でも実際には、僕らの「まともな」感覚はその異常な世界ではすぐに崩壊して行った。暴言も繰り返されれば、やがてそれが当たり前になってしまう。それに子供というのは大人に叱られても反発することが出来ないから、「自分が悪いんだ」と思い込むことで問題を解決しようとしてしまうものだ。
僕はそんな中で、ただ必死に勉強し続けた。良い成績を取り続けていさえすれば、講師たちは異常なほど優しかった。でもその結果生じた成績が落ちることへの恐怖は耐えがたいものだった。月に2回ほどある試験の前には決まって下痢をして、食事がろくに喉を通らなくなった。そしてそれに加えて、塾の授業がない日には毎日のように家庭教師がやってきた。国語、算数、理科、社会のそれぞれの専門の家庭教師たち。結局のところ、あの頃の僕には逃げ場というものがなかった。
午後の風が流れ込んだ時、いつの間にか机に伏せて眠り込んでいた彼女の前髪が、少しだけ揺れた。それは僕の心に残った記憶とは対照的に穏やかな光景で、知らず知らずのうちに微笑んでいる自分がいた。僕はその光景を眺めながら、昔の忌まわしい記憶を窓の外へと放り出した。




