沖縄の太陽に照らされて
真夏の太陽の下で、砂浜にお城を作っている少女がいた。年齢は恐らく5歳か6歳くらいだろう。黒髪をお下げにして結んだ彼女は、一心不乱にそのお城を作っていた。穏やかな波は、彼女の5mくらい手前まで打ち寄せてはゆっくりと帰って行く。そして彼女の隣には、ビーチパラソルの影で本を読む父の姿があった。
どこまでも青く澄んだ海を見ているうちに、僕は思い出した。きっとここは、小学1年生の夏休みに家族で訪れた沖縄の海だ。僕はあの時、一体何をしていたんだっけ?20年以上も前の事だから記憶は少しあいまいになっている。そうだ、僕はただ浮き輪に浮かんで空を眺めていたのだ。海と同じように青く、そして果てしなく広がっているように見える沖縄の空を。浮き輪につかまって波に揺られていると、水平線なんて物はこの世界からなくなって、全ては果てしない青で構成されているような、そんな気がしたものだった。
小学1年生の僕にとって、世界はあまりに大きくて良く分からないものだった。90年代後半だったから日本でも携帯を持っている人はまだ少数派で、みんな用があると公衆電話を使っていたような時代だった。定期券を入れるケースには、一緒にテレフォンカードを入れていたことを覚えている。定期券と言えば、小学生の途中でSuicaが導入された時は、「なんだこれは!」と衝撃を受けた。今みたいにネットから大量の情報が入っていることはもちろんなくて、人々の情報源はもっぱら新聞かテレビのワイドショーだった。子供の間ではゲームボーイやたまごっちが流行っていたけれど、トランプとかUNOとかのカードゲームだったり、オセロ将棋人生ゲームみたいなボードゲームもまだまだ元気だった。
あの頃のことを思い出すと、満ち足りた気持ちになるのは何故だろう?さらに便利になった今の世の中に比べたら、色々と不便だったはずなのに。一つ思うのは、あの頃は世界に感謝しながら生きれていたんじゃないかということ。自分の周りにある世界は全て新しくて、この世界に生きることはまるで奇跡みたいに思えた。だから僕は、浮き輪に浮かんだまま沖縄の空を眺めているだけで満足だったんだろう。浮き輪につかまって海と空の間で浮かんでいた僕には、世界がその時歩みを止めたようにすら思えた。人生ってまるで矢のように過ぎ行くものだけれど、一瞬一瞬を切り取ってみれば、そこには紛れもない永遠が存在しているのだ。
「パパ、できた!」と少女は嬉しそうに叫んで父の方を見た。くりっとした瞳と砂の付いた頬をくしゃっとさせて、無邪気に笑う彼女の笑顔は可愛らしかった。
小さな子供が作ったものだから立派な作品とは言い難いけれど、中々良くできたお城だった。とんがり屋根の大きな塔に小さな塔が2つくっつけられて、それぞれには窓が綺麗に描かれていた。
父は本を置いて体を起こすと、
「おお、良くできてるなあ」と言って笑った。
父の声を聞いたのは、すごく久しぶりの事のように思えた。頭上では沖縄の太陽が、いつまでも明るく輝き続けていた。




